民間軍事プロバイダーであるS.M.Sが所有するマクロス・クォーターの艦長室に1人の若い男性が入って来る。
「シノブ・風谷、入ります」
敬礼をして入ってきたシノブは、青みがかった黒髪をアシンメトリーにしていた。
「うむ、先程の出撃ご苦労。まだまだ宇宙海賊が多くて困るな」
「ありがとうございます。ですが、仕方ないかとも思います……」
首にゴーグルを下げ、顔面に古傷のあるダンディな男がシノブを労いながらも、愚痴をこぼす。
「それで、ここに呼んだ目的だが、君はヴァールシンドロームとやらを耳にした事があるか?」
「ブリージンガル球状星団で発生している狂暴化を伴う感染症と言うくらいしか……」
「今はそれだけで十分だ。では、単刀直入に言おう。君に惑星ラグナに行ってもらいたい」
帽子の庇をはね上げた男は真剣な眼差しで告げた。
「それは、出向ということですか?」
「そうだ。商売敵であるケイオスの方からワルキューレの護衛であるデルタ小隊の人員補充の依頼でな。まったく……うちの大事なパイロットを出せと、簡単に言ってくれる」
艦長の男はため息をつく。
「何故私なのでしょうか? オズマ中佐や早乙女大尉等々他にも優秀なパイロットが在籍しているでしょうに」
シノブは、自身直属の上官であるオズマ・リーや美星学園で一緒であり、8年前のバジュラ戦役の英雄である早乙女アルトの名を上げた。
「あちら側からの指定なのだよ。かのバジュラ戦役を生き残った優秀なパイロットの中で指揮官の職務に就いていない者を寄越して欲しいそうだ」
中尉の階級であるシノブは、部隊指揮官でも、教導隊の教官でもなく、ある程度自由な身分である。
「……なんとも身勝手な……」
「まぁ、そう言うな。それで、どうする?」
「生き残りが欲しいと言っているのなら行きますよ。どうせ、待つ人も居ませんし」
シノブは、若干天を仰ぐ。彼には家族はいない。いや、正確にはいなくなったという方が正しい。彼の父親と母親は8年前のバジュラ戦役で死亡し、同じS.M.Sに所属していた4歳上の兄もバジュラとの戦闘で撃墜され殉職した。
「だからこそ、あっちで恋人でも作って来なさい。待つ人がいると言うのはいいものだぞ」
部下に優しい眼差しを向けながら艦長が言った。
「艦長もですか……」
いつも同僚や後輩から言われ続けている言葉に辟易しながらも、シノブは艦長から目を外さない。
「それは置いといてだな。あちらでも機体は支給されると思うが、乗り慣れた自分の機体も持って行くといい。トルネードパックごとな。餞別だ」
「ありがとうございます」
「3日後には異動してもらう。任期は1年だが、どうなるかは分からん。別れは済ませておきなさい」
「了解しました。任務承諾致します。では、失礼します」
敬礼をして艦長室を退出したシノブは、オズマ達が待機している部屋へと足を運んだ。
マクロス・クォーターに備えられているガンルームに入ったシノブはカウンター席のスツールに腰を下ろす。
「艦長から何を言われた?」
彼が所属するスカル小隊の隊長であるオズマ・リー中佐がシノブの隣に座った。
「異動です。ブリージンガル球状星団の惑星ラグナに」
「あっちにはS.M.Sの支社は無いだろうに、何故……」
「商売敵からの依頼だそうです」
「ケイオス……からか」
ボトルに入ったミネラルウォーターを飲みながらオズマが言った。
「選定条件付きだったようで」
シノブの言葉に待機室にいた全ての隊員の視線が本人へと集中する。
「選定条件?」
「バジュラ戦役の生き残りで、部隊指揮官や教導隊教官等の役職に就いていない者……と」
「……となると俺もアルトもダメってか」
オズマは自身の名とかつて部下だった男の名を上げた。
「というか新統合軍にも当時を生き残ったパイロットが居ると思うのですが」
「あいつらの練度がそのケイオスの部隊に合わなかったんだろ。それで、いつ異動なんだ?」
「3日後です」
オズマはニヤリと顔を歪めると周りの隊員達に目配せをした。
「じゃあ、明日は新たな任務に就く仲間を労って送迎会だな!!」
「「「「おー!!」」」」
「……え、ちょっ――」
ラウンジが一気に慌ただしくなり、シノブの声はかき消された。
翌日
仕事を定時で終えたS.M.Sの隊員達は、いつもの店である中華料理チェーン店「娘娘」に集まっており、既に店は貸し切り状態で、多数のテーブルには酒と軽食が並べられていた。
送迎会という名の飲み会は始まったばかりであった。
「なぁ、ミシェル……なんでこうなった?」
「お前が断らなかったからこうなった」
隣に座っている同級であり同僚のミハエル・ブランがタンブラーを傾け、氷が当たり小気味のいい音を立てる。
「そうですよ、先輩が断れば僕だって来ること無かったのに……」
その隣のルカ・アンジェローニが独り言ちる。
「ルカはL.A.Iの仕事が忙しい事を言い訳にすれば良かったんじゃないのか?」
「ナナセさんに行ってきたら良いじゃないですかって言われたんです」
「あー、すまん」
ルカから視線を外しながらシノブが詫びた。
「メサイアで飛ぶのか? あっちでも」
タンブラーをテーブルに置いたミハエルがシノブを見ながら聞く。
「あっちの主流はVF-31だからな……デルタ小隊の隊員には専用のジークフリードが支給されるから、飛べるのは最初だけだろうさ」
ビールが注がれたタンブラーに口をつけながらシノブが語った。
「それに、いくら俺のメサイアがチューニングが施されていて強いと言ったって最新鋭機には負けるでしょ。ま、そこは腕でカバーしないといけないけど」
彼の愛機であるVF-25Fはこの8年の間に様々な改造が施され、型式をFからXに変更されている。機体の心臓である熱核タービンエンジンをVF-31S ジークフリードと同じステージIIC FF-3001/FC2に換装され、超高純度のフォールドクォーツの搭載によってフォールドウェーブシステムが使用可能なまでに改造が成された。さらに、YF-29と同じ40Gに耐えられるフレーム、エンジン出力の上昇、ISCの作用時間の延長、全形態でのピンポイントバリアの展開が可能となった。この機体は、YF-29やVF-27、果てはVF-31といった同世代の機体を超える目的で製作されたのだが、その分コストが増大したために、製作はシノブが搭乗する1機のみにとどまっている。
「あのメサイアはL.A.Iが総力を挙げて製作した機体なんですから壊さないでくださいよ!」
「ルカのその言葉は耳にタコができるほど聞いてる。でも、改めて約束するよ」
「分かっているならいいですけど」
たった数杯しか飲んでいないはずなのにルカは既に顔を紅くし、テーブルに伏せていた。
タンブラーをテーブルに置いた途端、カーゴパンツのポケットに入れていたシノブの携帯が音を立てた。
「ん? アルトからだな。もしもし」
『銀河系の中心から端っこに転属だってな』
携帯を耳に当てた途端、懐かしい凛とした声がシノブの頭の中に響く。
「左遷か栄転か……」
『栄転だろう? あのワルキューレの護衛に就くのならな』
「かもな。ところで、シェリルは元気?」
『ピンピンしてる。代わるか?』
「いや、いい。横断ツアーがひと段落してゆっくりしてるんだろう? 邪魔はしないよ」
『伝えとく。まぁ、頑張れよ。じゃあな』
「おう」
電話が切れ、テーブルの上に携帯を置いたシノブは一気にビールを呷った。
出発日
マクロス・クォーターの格納庫には、整備兵やオズマ達が整列している。その向かいには機体を背にしたシノブが耐Gスーツを来て感謝の言葉と抱負を述べていた。
「必ずこのフロンティアに、S.M.Sに帰ってきます!」
「シノブ・風谷中尉の今後の活躍を期待して敬礼!!」
オズマが声を張り上げ、それに合わせて全員が敬礼した。
愛機であるVF-25X型には大気圏内外両用のトルネードパックとフォールドブースターが取り付けられていた。それに乗り込んだシノブは、格納庫内を見渡し、機付長やオズマ、ミハエルと言った同僚達が壁の向こうに消えるまで敬礼をした。
「トルネードパック、異常なし。スカル4よりデルタ1、発進許可願います」
『デルタ1よりスカル4、発進よろし。ご武運をお祈りします』
リニアカタパルトにガイドラインが浮かぶ。
宇宙に溶け込む漆黒に黄色がアクセントとして加えられたVF-25Xが電磁力で浮き上がった。
「発進!」
シノブの声に応じ、VF-25Xが虚空へと射ち出され、惑星ラグナへと飛び立っていった。
どうもセメント暮らしです。
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