「カイロスがなんでワルキューレ・ワークスに?」
「シノシノ、ダメダメ~」
終業後、ワルキューレ・ワークスに足を運んだシノブは、格納庫内で改装作業を受けていた2機のVF-31Sの量産型であるVF-31Aカイロスを見て首を傾げた。カイロスじゃないというマキナのお叱りの言葉を受け、シノブは苦笑交じりに手を合わせて謝る。
「正真正銘、この子はジクフリちゃんですぅ‼」
「違いの分からない男はモテない……」
VF-31Sのコックピットで端末を弄んでいたレイナにも辛辣な言葉を投げつけられるシノブ。モテないのは関係ないのでは、と思いつつも口には出さない。
「新造機だよな? カイロスの翼形状で頭部機銃が4門ってことはアルファとベータの隊長機か?」
マキナが行う点検作業を目で追いかけるシノブは、新たな機体に乗るであろうパイロット達を思い浮かべた。
「そうだよ~。新しくフォールドクォーツが手に入ったから製造をお願いしてたんだよね~」
VF-31系列の機体を製造するスーリヤ・エアロスペースから納入されたばかりの真新しい機体。その改装作業を手掛けていたマキナが事の経緯を解説する。
「なるほどね……」
「デルタ小隊の予備機にっていう意見もあったんだけど、アルファ小隊の損耗機の補充を優先するってなってね」
惑星イオニデスの衛星軌道上で起こった戦闘で、複数名のパイロットを失ったアルファ小隊に補充が行われるという話はシノブの耳にも届いていた。
「墜とされるなってか」
腕を組んで機体を見上げていたシノブが呟く。メッサーがいつ他部隊に異動になってもおかしくはないのはシノブも重々理解しており、抜けた穴を埋めるのは己であると言い聞かせる。
「ねぇ、メサメサが離れるかもしれないって本当なの?」
整備の手を止めたマキナの声がシノブの耳朶を打つ。アーネストやアイシャしか知りえないはずの話がマキナの口から出てきてしまった。
「……まだ分からない」
シノブのできる回答としては精一杯の回答である。肯定するわけにも否定するわけにいかない曖昧な回答だが、マキナとレイナはホッとしたような表情に戻った。だが、2人も薄々気付いているのはシノブも手に取るように分かっていた。
「離れてほしくないよね。メサメサだって、大切な仲間なんだもん」
マキナの言葉にレイナが深く頷いた。
「見てろよ……ワルキューレにデルタ小隊っ」
ラグナの防空圏内に侵攻してきた空中騎士団はド派手な信号弾を打ち上げる。ヘルマンに行いを嗜められるボーグであったが、ワルキューレを倒すことに躍起になっており、その口元には笑みが浮かんでいた。
「数は6機か……」
スクランブルのアラートががなり立て、シノブの意識はすぐさま切り替わる。ケイオスに出向する前はスクランブルに対応するアラート勤務にも就いていたシノブはいつものVF-31Fではなく、VF-25Xのシステムを立ち上げ、離陸準備を完了させていてた。
「アーネスト艦長、ヘーメラーの連中が来るまでどれぐらい掛かりますか?」
「最短でも20分はかかると思ってくれ」
「了解」
アーネストとの短い通信を終えたシノブのVF-25Xの翼下には、他のデルタ小隊機には装備されていない武装が懸架されていた。第6世代機のVFにもダメージを与えられるように開発されたミサイルと純粋な火力強化のためのレーザーポッドを携え、漆黒の機体がカタパルトから弾き出される。
「やられっぱなしは癪に障るからな。偶には派手にやろうぜ、メサイア」
熱核タービンエンジンが唸り、機体が速度を増す。VF-25の特徴である可変後退翼が下がり、デルタ翼を形成した。VFの先祖であるVF-0やVF-1、果ては地球統合軍時代のF-14 トムキャットを彷彿とさせる姿で、シノブは空中騎士団の編隊に攻撃を仕掛ける。
「たった1機で何ができる‼」
6機のSv-262とリル・ドラケンから無数のマイクロミサイルが放たれ、その全てがVF-25Xを捉えた。多勢に無勢と言われる状況で、シノブは1発の迎撃ミサイルと無数のフレアやチャフを放つ。その隙にストール寸前まで減速し、そのままインメルマンターンで急速反転を決め、一旦は離脱の態勢をとった。
「さて、狙い通りになるかな?」
シノブが放ったミサイルの近接信管が、無数のマイクロミサイルの熱源を探知し、4本の子ミサイルを射出した。射出された子ミサイルが、今度は無数のスキート(孫弾)に姿を変える。スキートの中に充填された自己侵徹弾頭がマイクロミサイルの外殻を侵食し、無数のマイクロミサイルが誘爆に巻き込まれ、攻撃自体を無意味なものに変えてしまった。
「なっ……」
確実に撃墜できると高を括っていたボーグは、自分達の放ったマイクロミサイルがただの破片となってしまった事に言葉を失ってしまう。
「なんと、破天荒な戦術だ」
「ですが、数で押し切ってしまえば‼」
ヘルマンが感嘆の声を上げ、双子の1人であるザオ・ユッシラがさらに攻勢を強めるように進言をした。
「VF-25……っ‼」
「おいっ‼ ノーラ中騎っ‼」
編隊の後方に就いていたノーラはSv-262のコックピットで唇を噛み締める。アフターバーナーを焚き、ピッチを上げた。機首が持ち上がると同時に加速し、急速離脱を決めたシノブのVF-25XをSv-262が追いかけ出したのである。
「各機手出しは無用‼ 荒鷲は……あたしがやる‼」
普段の性格が嘘のようになってしまったノーラに対し、白騎士であるキースは一言だけ、好きにしろと告げた。
コックピット中に響く鳴りやまないミサイルの警告音に対し、シノブは着実にミサイルを迎撃しつつ、反撃の機会を窺っていた。VF-25Xの翼下に懸架されたミサイルは高G下でもVFに匹敵する高機動を行い、敵機に到達できるハイマニューバミサイルであった。
「……癖は消せてないか。ノーラらしい」
ビーム機銃の火線が入り混じる中で、敵機をオーバーシュートさせたシノブ。接近戦が苦手だった教え子の僅かな癖を拾い、反撃へと転じる。
主翼付け根のビーム機銃と固定兵装化されたレーザーポッドから放たれる高密度の弾幕により、ノーラの動きが若干ではあるが単調なものに変わりつつあった。
「メッサー達も上がってきたからな。これで仕留める」
少し離れた空域で白騎士と刃を交えるメッサーや、他の空中騎士団各機を牽制していたアラド達の援護に向かうべくトリガーボタンを握る手に力を込めた。
Sv-262の胴体を半分ほどレティクルに収めたまま、放たれた光弾は主翼や胴体に着弾し、炎を噴かせた。アビオニクスやプロペラントタンクの搭載スペースであるコックピット後方のドーサルスパインを破壊され、ノーラのSv-262は海上に向けて墜ちていった。海中に没する姿を見届ける前に、シノブはその場を離れる。
「これは……メッサーか‼」
悲痛な唸り声を上げ、白騎士に迫らんとするメッサー。シノブもアラドも、明確に何が起こってしまったのか理解してしまった。すぐさま、アラドがワルキューレの出動を要請する。
カナメの声を皮切りにステージが始まり、『僕らの戦場』のイントロが流れ出した。
「Δ2‼ メッサー、応答しろ‼」
「Δ5、メッサーの援護を‼」
アラドからの通信に短い言葉を返し、白騎士と交わるメッサーの援護に就く。
「リーダーの、カナメさんの声を聴けっ‼」
幾重にも絡む飛行機雲を描く2機とワルキューレの奏でる歌声が映画の1シーンのようだなと、この場には似つかわしくない考えを浮かべながら、シノブがメッサーに声を上げる。スピーカーからは、メッサーを呼ぶカナメの声が響いた。
「メッサー中尉‼ 聞こえるっ!?」
「……カナメさんっ!?」
鮮やかなコブラ機動でメッサーの後方を奪い取った白騎士がビーム機銃のトリガーを引き絞る。機首横のマズルから光弾が放たれ、直撃コースでVF-31Fに襲い掛かった。
「うぐっ‼」
呻き声と同時に回避をしてみせたメッサー。僅かな驚きを覚えたキースの元にヘルマンと双子の片割れであるテオの声が入った。
「分析終了しました‼ 遺跡に異常なし‼」
「何時でも風を吹かせることが可能です‼」
その言葉が空中騎士団の任務を終了させるものとなった。ヘーメラーからの増援機が戦場入りすると同時に空中騎士団がラグナの空から離脱していく。
肩で息をするメッサーの姿をキャノピー越しで見たシノブ。その顔色は複雑であった。いつかの資料で見たヴァールになってしまった人間は正常な思考を失い、破壊の限りを尽くす。そんな文言が書かれていたというのに、メッサーはそんな状況で失いかけた理性をカナメの声で引き戻された。
「あんな状態になってまで、俺は戦えないのかもしれないな……」
デルタ小隊のツートップの1人が珍しく吐いた弱気な言葉は、メサイアのボイスレコーダーだけが拾った。
「限界……だな……」
「……はい」
アイテールの格納庫でアラドとシノブに肩を支えられるメッサー。濃い疲労の色がこれ以上の前線勤務は無理だと告げる。
「シノブ中尉、助かりました……」
「礼はリーダーに伝えとけ。お前を精一杯引き戻そうとしていた」
乱れた呼吸を整えたメッサーが顔を上げる。その瞳は力強く前を見据えていた。