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「……まだ俺は、デルタ小隊の隊員です‼」
いつにも増して、メッサーが声を張り上げる。愛する人を護るために、命令違反を犯しているのは重々解っている。だが、そのまま指を咥えて観ているわけにはいかない。そんな想いがメッサーを突き動かしていた。
「Δ2、上は何とか抑えておくから、下に行ってこい」
雲を巧みに利用しながら、空中騎士団を相手にしていたシノブが、メッサーに告げた。短い返答がVF-31Fのスピーカーから流れ、メッサーが地上に向かって加速していく。
ボーグ、テオ、ザオの3人がワルキューレに対して、攻撃を仕掛けようと3機がガウォークになり、横一列に布陣する。墜としてくれと言わんばかりの陣形に、上空からメッサーが放ったビームが飛来した。その射撃は、テオ、ザオの動きを制し、ボーグの体勢を崩す。
「カナメさん、無事か‼」
メッサー自身も、ガウォークの体勢を崩してしまう。それでも、ピンポイントバリアでビームを防ぎ、カナメ達に被害を出すことなく護衛としての役目を果たしていた。
「中尉‼」
「歌ってくれ、カナメさん……」
「メッサー君……」
「歌ってくれ……俺が、ヴァールになりきる前にっ‼」
キャノピーを開き、カナメと視線を見交わすメッサーの表情は穏やかであった。チラリとワルキューレの仲間を見遣るカナメ。そして、覚悟を決めたメッサーに向き直った。
「わかったわ、メッサー君‼」
VF-31Fのキャノピーが閉まる。カナメの言葉を受け取ったメッサーは最後に敬礼をし、機体を浮かばせた。VF-31Fが射出したマルチドローンのシグナスが、カナメの周りを滞空し、即席のライブステージを形成する。
カナメのソロライブが幕を開ける。
ワルキューレのエースが、一度きりの復活を遂げた。カナメの歌声にアシストされるように、メッサーの動きが変化していく。まるで、二人の意思がシンクロしていくかのように、メッサーが、カナメが、それぞれの持つ力を最大限に発揮しだす。
戦闘機乗りの一騎打ち。死神と白騎士、それぞれが攻撃の手を一切緩めることなく、相手を追い落とそうとしていた。
そこに他者が介入するスペースなど用意されていない。アル・シャハルの空域にいるパイロットの誰もが、この一騎打ちに手をだせなかった。
幾度となく機体が交差する。マイクロミサイルの奔流をレーザー機銃が迎撃する。
白騎士と死神の舞踏は、その場にいる誰もを圧倒させた。
幾たびに攻守を入れ替え、ドッグファイトを繰り広げる死神と白騎士の機体を何時しか金色の衣が包み始めた。
「カナメさんの歌が、あいつを……」
ノーラの駆るSv-262の攻勢をさばきながら、シノブが独り言ちる。時に大胆不敵な攻撃を行う元教え子に警戒は解かない。だが、それでも、白騎士と死神の一騎打ちは見届けたかった。たとえ、それが最悪の結果になろうともだ。
メッサーから手渡されたバングルを手に、カナメが歌う。遥か空で闘う、メッサーから視線を外すことはしない。瞬き一つでもしてしまうと、勝負が決まってしまうかもしれない。そんなことは嫌だと告げるように、メッサーの織り成す戦闘機動を食い入るように見つめる。
「ああ……わたしは、貴方が飛んでいるのを見るのが好き。貴方の想いに応えたい。だから……だから、この想いを貴方に届ける‼」
ふと、自身の目尻に涙が溜まっていることにカナメが気付いた。そっと指で拭いさり、歌を紡ぐ。今泣くわけにはいかない。泣くのは地上に降りてきたメッサーを迎える時だけと、カナメはそう決意した。
白騎士と一騎打ちの最中、メッサーは不思議な光景を目にしていた。煌びやかな粒子が空を舞っている光景である。カナメの歌に反応するように、共鳴するように、その粒子は空を舞う。
「……っ、もらったぁあ‼」」
死神の攻撃が白騎士のリルドラケンを破壊するが、手痛い一撃をうけてしまう。すぐにコンテナパックを切り離し、機体への誘爆を防いだ。双方ともに、推進剤も武器も、機体さえも限界に近づいていた。
一騎打ちは、遂に終結に差し掛かろうとしていた。
正面から相対する2機。
金色の衣を纏い、ISCもフル活用の状態で翔び、最後に一射。
誰も彼もが目を奪われる。死神と白騎士がそれぞれ渾身の一撃を放ち、ビーム機銃は互いの機体に吸い込まれていった。
音速近い速度ですれ違い、先にバランスを崩していったのは白騎士の方であった。白騎士と繰り広げた、幾たびもの攻防に競り勝ったメッサーは緩く上昇し、ひらりと軽快なロールを決める。
「白騎士様っ‼」
白騎士が離脱したことで、空中騎士団は全機翼を翻し、撤退していった。シノブと絡み合っていたノーラも、最後は潔く離脱し、空に消えていく。
「カナカナ……」
空中騎士団の去った静かな砂漠に、すとんとカナメが腰を落とす。メッサーの一騎打ちを見届けたカナメが、綱渡りのような緊張を解いた瞬間であった。
「……やったね、メッサー君」
虹色のヴェイパーを描き、空を舞うメッサーを見上げるカナメが、祝福の言葉を呟く。
「まったく……お前って奴は……」
メッサーの右斜め後方についたアラドが溜息交じりにぼやく。だが、それは命令違反を咎めるような口ぶりではない。白騎士との激戦を終えたメッサーを称賛する言葉であった。
ラグナへ帰投中のアイテール格納庫では、メッサーのVF-31Fを多数のメカニックが囲んでいた。どのメカニックも端末片手に顔を顰めており、消耗具合に言葉を失くしている。機体がズタボロであれば、パイロットもまたズタボロであった。
「中尉は幸運だったんでしょうね」
「転換装甲はオーバーロードしてるし、フレームだって昨日のデータよりも皺ができている。いくら安全係数がよくても、これはD整備行きか部位単位で新造だな……」
一か月近い時間が必要なD整備を行わなければならない程、メッサーのVF-31Fはダメージを受けてしまっていた。そんなにも苛烈な戦場であったのだと、VF-31FのARIELⅢも自己診断のデータを表示する。
「キャノピー真横にビーム機銃を被弾して、腕がケロイド状態で済んでるってどういうこと?」
保安要員を連れたアイシャが、医務室で緊急治療を受けるメッサーを見て首を傾げる。最後のすれ違いの一撃で、メッサーは限りなくキャノピーに近い部位に被弾をしていた。そのため、ビーム機銃がパイロットスーツごとメッサーの腕を焼いてしまっていたのである。
「まぁ、でも……死ななくてよかったわ」
麻酔で眠らされているメッサーに対し、アイシャが呟く。デルタ小隊の戦力低下を憂いながらも、一人のパイロットとして最大限の賛辞を贈った。
「メッサー君……」
メッサーの眠る医務室の扉の前で、カナメは両手を組んで祈っていた。ワルキューレがアイテールに戻ると、メッサーは医務室に搬送された後であり、言葉を交わせていなかったのである。戦闘中の言葉が頭に浮かんでは消えていく。そんなことを繰り返しながらただひたすらにメッサーの身を案じていた。
「メッサーも白騎士も、一進一退の攻防だな……」
「こんなに鮮やかなんて」
ブリーフィングルームで待機していたシノブ達は、メッサーと白騎士の飛行ログを解析し、それぞれが思い思いの心境を吐露していた。毎度毎度行うデブリーフィングであったが、フライトログとガンカメラの映像を何度も何度も繰り返し、白騎士とメッサーの一騎打ちをその目に焼き付ける。
「だが、これで終わりではないだろう」
アラドの言葉が響いた。指揮官として、この戦争が白騎士一人墜としたからと言って終わることは無いと、告げる。
「そうですね。これで終わるはずはない」
スクリーンに映る軌道を目で追いながらシノブが言葉を続けた。メッサーの戦線離脱が確実となった今、デルタ小隊は大幅な戦力低下を迎えることは確実である。そんな状態でも、敵が戦争を止めてくれる程、優しい組織ではないことは解りきっていた。
「シノブ、デルタ小隊の底上げが必須な訳だが、妙案はあるか?」
「Δ6……ハヤテの技量をもっと上げなければなりません。もちろんミラージュやチャックもそうですが、ハヤテの成長には光るものがあります」
シノブの言葉にアラドが相槌を打った。話題に上がった本人は、少し得意そうな表情を浮かべるが、その後の言葉に顔色が変わる羽目になる。
「これまでの白騎士との戦闘データを全て交えて、シュミレータで徹底的に対空中騎士団を叩きこみます。そこまでしないと……今回のような事態が起きた時にワルキューレを護り切れない」
全員の顔が一層険しくなる。デブリーフィングの最後を締めくくる言葉は、ハヤテやミラージュの意識レベルをさらに引き上げる言葉でもあった。