シノブが新たな愛機であるVF-31Fを受領してから3週間が過ぎた。その間にも、ミラージュの指導を受けていたハヤテは、なんとか飛べる状態から、ある程度飛べる状態にまで成長していた。
「どうだ、ハヤテは?」
終業時刻を迎えたアイテール艦内の更衣室には、アラドとシノブがおり、それぞれ隊服から私服へと着替えている。
「まぁまぁ、と言ったところです」
ハヤテの成長度合いを聞かれたシノブは、愛用のGジャンを羽織りながら答えた。
「そうか……で、明日の模擬戦だが、メッサ―とお前が審判だ」
ロッカーのドアを閉め、体を入口へと翻したアラドが後ろ手で伝える。
「――」
「ついでに……戦場の理不尽さも教えてやれ」
そう言い残し、アラドは更衣室を出て行った。
「……理不尽、か……」
翌日
パイロットスーツを着込み、ハヤテの最終試験に審判として上がるシノブは、第二の愛機であるVF-31Fの点検をしていた。
未だ、白地にヴァーミリオン、黒のアクセントの機体には、傷一つついていない。
「ノズル内も問題無し、っと……」
手元のタブレットに表示させているチェックシートに、OKと書き込みながら機体の周囲を一周する。
ラダーに足をかけ、今度はコックピットに入り、機体のシステムを立ち上げた。
『READY』の文字がシート正面の大型MFDに映し出されたが、シノブはマルチパーパスコンテナの装備が普段とは違うことに気づく。
「……2連装MDEビームキャノンユニット――。イング、この装備の説明は聞いていないぞ」
タブレットを機付き長であるイングに手渡しながら問い詰める。
「トルネードパックに装備されてる大型MDEビーム砲の改良型だ。シノブに試験運用をしてくれと、アーネスト艦長からの命令でね」
イングは、受け取ったタブレットに詳細なデータを表示し、コックピットシートに座るシノブに見せた。
「そいつはいいけど、何処で撃つんだ? まさか、海上でやれとは言わないだろう?」
「今日は、ただの稼働試験だ。360度の旋回動作に上方30度までのな」
イングの言葉に耳を傾けながら、シノブはホログラムキーボードをテンポよく叩く。
「射撃は明日。この間、お前さんが壊滅させたはぐれゼントラーディの残骸でやるそうだ」
「俺が壊滅させた訳じゃないさ」
「謙遜すんなよ。お、ヒヨッコのお出ましだ」
そう言ってイングは機体から離れ、青いVF-1EXの元へと駆けていった。
「まったく――」
10分後
雲一つないラグナの青空に4機のバルキリーがダイアモンド編隊を組んで飛行している。
『いいか二人共。制限時間は5分。一発でもミラージュに当てりゃあ、ハヤテの勝ちだ。ハンデとして、ハヤテは何発くらっても良しとする』
『審判は、メッサーとシノブ。各機左右に旋回し、すれ違った瞬間から試験スタートだ』
アラドの説明が無線を通して4人の耳に入り、編隊を崩したハヤテとミラージュがそれぞれ左右に旋回した。
「「了解」」
『距離5000……4000……3000……2000……1000……スタート!!』
オペレーターの一人であるニナ・オブライエンが試験の開始をコールする。
青と赤のVF-1EXが近距離ですれ違った。
そのままの高度をただただ真っすぐに飛んでいたハヤテの後ろを、ループで取ったミラージュが初撃を加えた。
「素人め」
「くっ!!」
ハヤテの操るVF-1EXの背部が紫色の染料で染まる。
「適性のない者を合格させても、戦場で命を落とすだけ。ならば!!」
バランスを崩し、落下していく青いVF-1EXに更なる射撃を加えながらミラージュが追いすがった。
「AIが勝手に……なら!!」
AIサポートを解除したハヤテの機体がブレ出す。
「なっ!! 自分でAIのサポートを切った!?」
「見てろよ!!」
マニュアル操縦に切り替わったVF-1EXを必死に操作するハヤテであったが、そこは技量が足りていない。速度の出ていない機体が無理に旋回に入れば、空気の抵抗を受け、機体が失速する。
アンコントロールに落ちいった機体が海面目掛けて落下していった。
「ハヤテ・インメルマン候補生!! 直ちに脱出しなさい!!」
その後を追いかけるミラージュが声を上げるが、ハヤテはそれを聞かずに、操縦の利かなくなった機体を振り回していた。
「負けたら飛べなくなる!!」
なんなら、辺境のVF部隊にでも行けばいいじゃないか、とシノブはこの時思ったのであるが、そんなことを口に出すほどシノブは馬鹿ではない。
「ダメです!! サポートだけでなく遠隔操作を切られています!!」
『あのバカ!!』
『消火班及び救護班、緊急待機!!』
普段は罵声など、ほとんど言わないアラドが口に出すほどの事態であった。
高度3000フィート――――約914メートルを保ちつつ、二人の試験の審判をしていたメッサーとシノブがそれぞれの機体を降下させた。
「メッサー、取り敢えず降下させるぞ」
「了解」
その間にも、ハヤテとVF-1EXはどんどんと落下していく。が、その事態は終わりを告げた。フレイアの歌が無線から流れ始めたのである。
アーチ状になっている岩山を腕を出さないガウォーク・ファイター状態で潜り抜け、海面すれすれからの急上昇。
「まだ試験は終わっていないぜ!! 教官殿!!」
「何!?」
「いっくぜぇぇえ!!」
旋回し続ける両者であるが、射撃を加えるミラージュのペイント弾はことごとくが外れていた。
「いい加減、観念しなさい! ハヤテ候補生!!」
遂に、ミラージュ機のレティクルがハヤテ機を捉える。
「掛かった!!」
ハヤテはこのタイミングを逃さなかった。
コブラ機動を取り、急減速する。そして、ガウォークに変形し上昇。太陽の中に入った機体をミラージュは見失った。
そこからバトロイド状態で落下してきたハヤテが、ミラージュ機のコックピット周辺にペイント弾を命中させる。
制限時間を丸々と使い、勝利したのはハヤテ・インメルマンであった。
「よっしゃーーーー!!」
バトロイド状態でフレイアの歌に合わせて踊るハヤテを茫然とした目でミラージュは見つめるのであった。
「負けた? 私が……」
「さて、仕事しますか」
「メッサー、上から回り込んで射撃を加えろ。その後は執拗に追い回せ。俺は、奴の直下から接近し射撃して上空に離脱。で、反転降下して、また射撃だ」
「了解」
シノブとメッサ―がそれぞれ機体を降下、上昇させ、無防備に踊っているハヤテ機に攻撃を仕掛ける。
上空からのメッサーの射撃がハヤテ機を襲い始めた。
「いつまで踊っている」
「いきなり卑怯だぞ!!」
ハヤテは吠えるが、そんなことはお構いなしにと、下からも銃撃が加えられる。
「戦場に卑怯もクソも無い。信じられるのは己の腕だけだ」
コックピット直下を黄色のペイント弾が染め、シノブが淡々とした口調で言う。
「そっち最新鋭機だろ!?」
「ハンディキャップ・マッチだけを飛び続けられると思うなよ」
いったん上昇して反転降下してきたシノブのVF-31Fが機首とキャノピーにペイント弾を着弾させる。
「戦場での撃墜は不意打ちによって行われる。生き残るために、戦う術を身に付けろ」
執拗に青のVF-1EXを桃色と黄色のペイント弾で染め続けるベテラン二人の言葉の正しさを、ハヤテはただ認めるだけであった。
だからハヤテはそれ以上言い返さずに、いつかあの男達を超えてやる、と密かに脳内のリストに書き込んだ。
惑星ウィンダミア
首都ダーウェントにそびえる王城の程近く、ウィンダミア空中騎士団が使用する滑走路に7機のSv-262 ドラケンⅢが着陸した。
その中の1機の機体に、3人の男達が息も荒々しく駆け寄る。
「貴様!! 何だあの攻撃は!!」
真っ赤な髪と2つのルンを煌々と光らせる少年、ボーグ・コンファールトがドラケンⅢから降り立った真っ白な髪と紅い瞳を持つ女性に詰め寄った。
「戦いは変幻の連続、自分以外を信用したら墜とされるわ」
真っ白な髪の女性、ノーラ・ガブリエルがメッゾソプラノの声音で告げる。
「だからと言って!!」
「ボーグ、ノーラ中騎の言葉は正しい。射撃を躊躇う事は、自分の死が一歩近づくという事だ」
ボーグの後ろから、これまた美しい金髪をたなびかせる男、キース・エアロ・ウィンダミア――白騎士がやってくる。
「白騎士様……」
キースの言葉にボーグのルンの煌めきが弱弱しくなり、ノーラに見られまいと体を翻した。
「ノーラ中騎、我々は城に戻る。後は好きにするがいい」
ヘルメットを片手に持ちながら、キースは5人のパイロットを連れて王城へと戻っていった。
「はっ」
キースやボーグ達を見送るノーラは、脳裏にある男の姿を思い浮かべる。
その男は、彼女がガイノス3でVF-25の飛行隊にいた時に世話になったあの男であった。
どうもセメント暮らしです。
今話に登場したノーラ・ガブリエル中尉の容姿は、「食戟のソーマ」の薙切アリス風です
それと、お気に入り登録101件ありがとうございます!!
これからもこの拙作をどうぞよろしくお願いいたします。