雪が降った日の朝は空気が張りつめた音が聞こえるような気がする。
個人的に気を張るような事といえば、あのモザイク野郎事くらいだが、もう何年も何かをされた気配はない。
今は目の前の雪と戦うべきだ。
防寒着で寒さ対策はバッチリ。
雪を溶かす事に魔術を使うために、体温調節はアナログな方法で済ませておいたほうがいいだろうし。
だけど朝から着こんでいるのは俺とエリスだけで。
「…………あれ、ロキシー学校は?」
「…………流石に今日は自宅学習だと思いますよルディ」
「マジなのですか?」
「マジなのですよ。お陰で母子三人川の字になってのんびり眠れるというものです」
覚悟も準備も完了していたのにトイレに起きてきたロキシーに全て打ち砕かれてしまった。
こうなっては早起きしたただの間抜けである。
しかしロキシー親子が並んで寝ても三姉妹にか見えないよなあ…………
たまにララがロキシーをババア呼ばわりして追いかけまわされてるけど。
そして俺に捕まり余計に怒られる、と。
俺はジジイだろうがおじさんだろうが呼ばれても気にしないけど、ロキシーにそれはダメだ。
将来ララのほっぺが無駄にもちもちになったらロキシーに引っ張られたせいだろう。
しかしどうされようか。
家の周りの雪を片付けてもいいけれど、一緒に起きたエリスもいる。
朝の特別ラウンドがなかったせいでおかしな所で襲われたりしなければいいけれど。
「ルーデウス」
「はい!」
「なに驚いてるのよ……」
「…………いやその、この後どうしようかなーって考えてたもんですから」
「雪を片付けに行くんじゃないの?」
「学校が休みなのに?」
「どうせ子供達が外で遊ぶでしょ」
それもそうか。
「よし」
●
エリスが一歩踏み込むと足元の雪が吹き飛ぶ。
そして俺の顔にかかる。
エリスが力を込めて雪の上を滑るように走り、急制動をかけて庭の雪を吹き飛ばして俺がレジストする…………手はずなのだがエリスの速度が速すぎて俺が間に合っていないのだ。
雪上で速度を維持しつつ転倒もしない上に、宙を翻る赤い髪のせいで「通常の3倍どころじゃねえぞ」なんて驚く余裕もない。
普段なら雪を溶かして出る水蒸気を消しているのだがそんな余裕はない。
遠くから見れば温泉でも沸いたかのように見えるだろう。
俺は家の庭で雪崩に巻き込まれてる気分だけど。
いっそのことこういうビジネスにしようか。
大学にエリスを連れていって、これで貴方も雪崩の疑似体験ができますよ! と売り込むのだ。
速度のない剣士と詠唱の遅い魔術師は無事死亡。
皆どうやったら生き残れるか頑張って考えてみよう!
…………不謹慎すぎる。
「エリス、もういいから! やり過ぎだから!」
どれだけ高速で動いていても俺の声は届くらしく、最後の一撃が届いて、視界が晴れる。
我々は無事生き残る事が出来たのだ!
「もういいの?」
いいですとも。
庭がまるで爆撃でも受けたように凹凸に溢れかえっているが、雪合戦でもするなら丁度良いくらいだろう。
せっかくだから雪に頭から飛び込むぜ! って考え実行するのは難しいかもしれないが、大体俺しかやらないから大丈夫だろう。
皆せいぜい大の字になって雪に倒れこむくらいだ。
風情が足りないぜ。
●
エリスとの爆撃音で迷惑をかけたご近所ご近所さんに謝り「今日も元気ですね」なんて言われたりしつつも、街の雪を片付ける手伝いをザックリとしつつ形だけの出社をする。
どうせ冬季休業なのだ。
オルステッドも龍の人だからね。仕方ないね。
帰りも人通りが多くなるだろう大通りをなるべく蛇行していく。
ハリウッドのセレブが積極的に寄付をしたりボランティア活動に勤しむような気分だ。
なりたくてなった金持ちではないけれど、結果的に心の余裕に繋がり、かつての俺の中では存在などしなかったであろう助け合いの精神が出力されている。
困った時はお互いさま、なんて日本人らしい発想で、嫌いじゃない。
子供達もそんな風に育ってくれると嬉しい。
「情けは人の為ならず、自分の為なり…………なんてね」
●
「おかえりなさい、ルディ」
「ただいま、シルフィ」
体を動かす事も兼ねて歩き続けていたら、すっかり日が高く昇るような時間になっていたようで、とっくに朝食を済ませた家族が庭で元気に俺を出迎えてくれた。
凶器のようなレベルまで圧縮された雪玉が飛び交い、元気にそれを打ち落としたりしている。
エリスも一緒にはしゃいでいるので、あらぬ方向へとんだ雪玉をシルフィがわざわざレジストしているようなのだ。
エリスは混ざっちゃだめでしょーが。
「大丈夫だよ。ちゃんとエリスも加減出来てるみたいだし」
「そうかなあ」
子供達の顔が必死過ぎると思うんだけど……。
クリスがちょっと涙目なのは寒いせいだけなのかしら。
カレったら自分の娘に本当に容赦がないんだから。
…………まあその方がいい時もあるかもしれんが。
さておきシルフィの可愛さよ。
服装が白一色のせいで、真っ赤なおめめがよく目立つ。
肌は昔から薄い色だったけど、目が赤いのは昔からだし別にアルビノではないだろうけど。
俺があげた初心者用の杖を振る姿が間違いを正して導く指揮者のようで実に様になっている。
「今日のシルフィは雪の妖精みたいだね」
「よ、妖精!?」
シルフィの集中が乱れる。
つまりあらぬ方向へ飛んだ雪玉を防ぐ術が無いわけで。
「へぶっ!?」
俺は顔にいい一撃をもらって、気絶した。
今シーズンの雪合戦は、当分中止になるだろう。