無職転生の幕間   作:綴りの違うウサギ

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髪型

 「今回はこのような程度でいかがでしょうか」

 「ん、いい感じかな。ありがとね、アイシャちゃん」

 

 庭にアイシャが切ったシルフィの髪がパラパラと落ちているのだから、散髪をしたのだろう、という事は分かる。

 問題なのは、俺が髪を切る前との違いがさっぱり分からんということだ。

 

 今俺が出ていけば、シルフィはきっと上機嫌で「どうかな?」とか聞いてくるんだ。

 彼女は聡いから言葉に詰まって視線をさまよわせる俺を見てちょっと残念そうに微笑むんだ。

 そしてアイシャに怒られる。

 …………イヤだなあ。

 

 朝ちょっと出掛けている内にこんな一大イベントがおきてるなんて聞いてないぜヒトガミさんよ。

 まあ龍神純正の腕輪のお陰でアイツの面なんて拝める訳がないし、仮に腕輪が外れちゃってて夢にアイツが現れたとしても「とっとと失せろクソハゲ野郎、ブチころがすぞ!」って言って終わりだ。

 平和的解決。ラブアンドピース。

 

 しかしどうしようか。

 街に出掛けなおして時間を稼ぎつつ、もしシルフィに聞かれてもいいように謝罪の言葉を考えておいてお詫びの品物を用意しておく。

 こんな感じだろう。

 

 なるべく今後の夫婦生活に支障が出ないように────

 

 「お兄ちゃん何してんの?」

 「どひゃあ!?」

 

 アイシャに気付かれてしまった!

 コマンド!

 

 「えーっと……今帰ったところだよ」

 「……門の脇でしゃがんで隠れてたのに?」

 

 ルーデウスの『いいわけ』はしっぱいした!

 

 俺の切り札が通用しないとは流石アイシャ。

 ここで余計な事をしても心証が悪くなるだけだしさっさとゲロってしまおうか。

 

 「……庭でシルフィの髪を切ってるのが見えてさ、気を散らしたら危ないなーとおもってさ」

 「ふーん?」

 

 分かってくれたような事を言ってはいるが、ジト目の顔に『ホントにそれだけ?』と書いてある。

 嫁に怯える哀れな兄を見逃してはくれまいか。

 

 「アイシャちゃんどうしたの──っと、お帰り、ルディ」

 「あっ」

 「ん?」

 「た、ただいま、シルフィ」

 「うん、お帰りなさい」

 

 こっちのお顔には『どうかしたの?』って書いてある。

 そりゃ自分の旦那が家の前でおかしな行動とってたらどうかしてると思いますよね。

 俺もどうかしてると思う。

 

 ここで注意しなければいけないのは、俺の挙動不審イコールヒトガミ関連の図式が我が家で成り立っているという事だ。

 これを利用した言い訳を考えるのは容易い。

 だがそんな事はしたくない。

 

 「あーっと……シルフィ髪切ったんだ?」

 「うん、最近暑くなってきたからちょっとだけね。分かる?」

 「そりゃ分かるさ。今日もバッチリ可愛いよ」

 「えへへ。ありがとね」

 

 ●

 

 乗り切れてしまった。

 俺もパウロのダメな所をしっかり受け継いでしまっているという事だろうか。

 そりゃそうだよ息子だもの。

 血は争えないという事で、ここはひとつ穏便に……。

 

 「…………」

 

 感じた視線の先にはゼニス。

 息子から旦那と同じダメ男の波動でも感じてしまったのだろうか。

 パウロだって晩年はしっかりお父さんしてましたよ。もちろん俺にも。

 

 「…………ハァ」

 

 深く深く心に突き刺さるようなため息だった。

 今のため息はやっぱり母親としてのものだろうか。

 直前まで俺の事を見てたし。

 

 「母さん。俺は決して言い訳をしたかった訳ではなくてですね」

 

 重ねた言い訳に反応してゼニスが立ち上がる。

 俺の事を見つめたまま。

 

 「髪は女の命とも言いますし、俺が余計な事を言って傷付いたりしないように──」

 

 ムニュっと。

 頬を指で押された。

 

 それ以上喋るなという事だろうか。

 そうだよな。パウロはなんだかんだ言って正直な男だった。

 浮気がバレたときだって言い訳することはなかった。

 俺も男らしくいこう。

 

 「分かりました母さん。ちょっと行ってきます」

 

 頬を押し続けていた指が、そっと背中を押してくれた。

 

 ●

 

 「シルフィ姉正直気付いてたよ」

 「……マジで?」

 

 聞かれたシルフィはちょっと申し訳なさそうに、笑った。

 

 「ホントにちょこっと切ってもらっただけだもん。流石にルディでも気付かないよね、ってアイシャちゃんと話してたんだ」

 

 なんという事だ。

 やっぱり俺の頭で余計な事を考えるだけ無駄だったということだ。

 

 「それはその、なんというか……ゴメン」

 「いいよ気にしなくても。ルディが気にしてくれてるのはちゃんと分かってるからね」

 「シルフィ……」

 

 なんと出来た嫁であろうか。

 眩しすぎて目が潰れてしまいそうである。

 

 「はいはい、お兄ちゃん。台所で見つめあってたら邪魔だから用が済んだらさっさと出てってねー」

 「へいへい」

 

 イカンイカン。

 アイシャが止めてくれなければキスでもしている所だった。

 新婚の頃でもあるまいし、昼間からそんな事してちゃいけませんね。

 

 ●

 

 食事の際にロキシーどころかエリスまでもがシルフィの髪に気が付いた。

 まあエリスだって女の子だしね!

 

 「暑くなってきましたし、わたしも思いきって短くしてみましょうか」

 「いいですね。ロキシーならどんな髪型でも似合うでしょうから」

 

 誉めたはずなのにロキシーの視線がいつもより冷たいような気がする。

 何故だろうか。

 

 「……丸刈りでもですか?」

 「無論です。どんなロキシーでも愛してみせますよ」

 「本気ですか?」

 「俺はいつでも本気です」

 

 深く、ロキシーがため息をつく。

 

 「わたしに髪型を変えてほしくないのなら素直にそう言ってもらってもいいんですよ?」

 「俺はロキシーが髪を解いた時も結び方を変えた時も喜んでいたんですが……伝わってなかったでしょうか……」

 

 だとすればとても悲しい。

 俺はいつでも世界の中心でロキシーに愛を叫び続けていたというのに。

 

 「だからルディはどこまで本気か分かりづらいんですよ……」

 「全てが本気です。キチンと態度で示しているでしょう?」

 

 俺の言ったことが伝わったらしく、ロキシーの顔が段々と赤くなる。

 実に可愛らしい。

 

 「お兄ちゃん皆聞いてるよー」

 

 アイシャが隣のアルスの耳を塞いでいる。

 両親の仲が良いのはいい事だが、あんまり子供に聞かせる話でもなかったな。

 

 「まあその……そういう事ならルディ気持ちはしっかり伝わっていますよ」

 

 シルフィとエリスがウンウンと頷くのが見える。

 こういう事で嫁の意見が重なるのは……良いこととしておこう。

 エリスには愛をぶつけられてばっかりな気もするけども。

 呼吸がおっつかなくなるくらいのキスってのはちょっと怖いんだよ。

 

 「まあ今の髪型は気に入ってますし、時々アレンジを加えたりする程度にします」

 

 お下げやツインテールのロキシーをお目にかかれるという訳だ。

 新たな神の祝福である。

 

 「ルディは髪型を変えないのですか?」

 「俺は……」

 

 別に意識した訳じゃない。

 男が最初にカッコいいと思うのが父親ってだけさ。

 

 「まあ、ちょっと思い入れもありますし、このままでいいかなって」

 「……そうですね」

 

 ロキシーも思い出したらしい。

 俺もこの髪型はなんだかんだ気に入っているのだ。子供達が掴んでくれるし、シルフィも時々触りにくる。

 エリスは匂いを嗅ぎに来る。

 

 「私は切らないわよ!」

 

 髪の話ですよねエリスさん。

 なます切りにするのは日常茶飯事ですものね。

 

 「昔シルフィくらいの長さまで切ったことなかったっけ?」

 「覚えてないわ!」

 

 覚えとらんのかい。

 あんまりいい思い出じゃないしな。

 

 目が覚めたら床に飛び散る血──ではなくエリスの髪。

 残されたのは舞い上がってるだけの間抜けな男が一人。

 荒んでた頃のルーデウス君に突入さ。

 

 「エリスは今の髪型が昔と同じで、一番エリスらしいと思うよ」

 「だったら大丈夫ね!」

 

 大丈夫ですとも。

 ていうかエリスだってどんな髪型にしても愛してみせるぜ?

 愛されると言った方が正しいけれども。

 

 まあなんだ。

 皆今のままが一番って事で。


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