魔界大帝キシリカ・キシリスに貰った魔眼には模様が浮かび上がる。
いわゆるルーン文字や魔法陣のような物なのではないかと思うのだけれど、実際どうなのかは知らない。
ちなみに俺の予見眼はよく見るとグルグルおめめになっている。
混乱してるみたいでちょっぴりダサいとか言うなよ?
千里眼はどうなってるか見たことがない。
クリフ先輩の識別眼は絶賛使用中。
「……ダメだな。僕の識別眼で見ても指輪であるという事以上の情報は無いし、魔法陣の痕跡は見つけられなかった」
という事は。
「自動人形のように内側に魔法陣を刻む方式なんだろうが……解体出来ないんだったか?」
「エリスにザノバ、オルステッドが壊せないと断言した代物ですね」
「龍神ですら無理な物か……」
一応アレクにも頼んだけれど「そういうのは得意じゃないですよ?」との宣言通り、指輪に傷が付く事は無かった。
俺が魔術をぶつけてみてもダメ。
熱して冷やしたり、濡らして電気を流してもみた。
弾丸状に練り上げた岩砲弾を打ち付けても意味無し。
誰かに壊されないように水神流の奥義を指輪が発動してるのではないかと疑ってもみたが、指輪はエリスの光の太刀を正面から受け止めた上で堂々の無傷。
ロストテクノロジーに完敗という訳である。
「君が僕の所へわざわざ足を運んだという事は相当特別な魔道具という認識でいいんだろうな?」
「バッチリです」
装着して魔力を流し込めば効果を発揮し、ある程度の期間が経つとその役目を終えて砕けて砂になってしまうという指輪。
人によって害があったり無かったりするのだが、オルステッドにしてみれば少々よろしくない効果を発動するので、俺に使用と破壊の依頼が来たのだ。
「子供の姿になってしまうらしいですよ」
「幾つ頃……かは分かるのか?」
「そこまで詳しくは……。子供と言うくらいですし、成人する前でしょうけど」
つまり15歳より前の年齢ということだ。
個人的にはユニフォーム交換をした13歳くらいの頃が臭い。
子供の頃のオルステッドを是非見てみたかったが、モザイク野郎にそこを狙われた過去があるからNGとの事。
使い捨ての魔道具とはいえ、一時的な若返りを可能とする技術はなんとしてでも研究したかったのだが、クリフ先輩の協力で不可能という事がハッキリとしてしまった。
古代龍族が投げ出した研究の副産物だったりするかもしれないが、調べようがないし、ペルギウスも知らぬ物という事はオルステッドが過去に確認済みであるとの事。
「良かったらクリフ先輩着けてみます?」
「リーゼは喜ぶかもしれないが、職務に支障がでるだろ?」
あっさりとフラれてしまった 。
まあ当然よな。
「そもそも君が依頼された物なんだろう? たまには家族に守られる父親になってみたらどうだ」
「なんだか気恥ずかしいっていうか……」
写真が存在する訳でもないし、小さい頃のパパが見たいという子供達の要望には応えられるだろうけど、威厳のある父親でいたい俺は気乗りしないというか。
「子供の頃にあまり一緒にいられなかった君の母上も喜ぶんじゃないか?」
そう言われればそうかもしれない。
ゼニスとはボレアスの家に行くときに別れて、転移迷宮で再会するまで10年以上会わなかったのだ。
母親として子供の成長を見守れなかったのは辛い事だろうというのは、父親になった今だからこそよく分かる。
…………まあ俺は子供の成長見逃し気味なんですけど。
「そうですね。母さんに子供の頃の俺を……」
指輪の使用者を誰にするか、迷う理由が増えてしまった。
●
「それでも俺は子供の頃のロキシーが見たいんです!!」
冷たい視線が俺に突き刺さる。
神の歴史を紐解いて目に焼き付けたいというだけなのに、戦況は圧倒的に不利だ。
我が軍の兵士は俺一人。
孤軍奮闘である。
同意の声も御馳走様も聞こえない。
「……わたしが子供の頃の姿に戻っても今と対して変わりませんよ」
「でも今より更にララとリリを合わせて三姉妹っぽくなるでしょう!?」
「なりません。わたしが指輪を着ける案は却下ですね」
神はどうあっても若き姿をお見せにはなられないらしい。
シルフィは髪の色が戻ると怖いからと拒否。
エリスは自分が着ける分には興味が無いと拒否。
お母様ズと子供達は満場一致で俺をご指名。
逃げ場がない。
「そうだ! アレクかザノバにでも着けて貰って──」
「ルーデウス」
「はい」
「座りなさい」
「……はい」
俺別に悪いことした訳じゃないんだけどなあ。
なんでこんなに追い詰められているんだろう。
責任者であるオルステッドが指輪の装着期間中は仕事の事は気にしなくていいとか言ったからだよな。
エリスの目がいつもよりギラギラしているのもそのせいだと思う。
子供になったアタシに何をするつもりなのかしら。
……ナニでしょうね。
「…………ルイジェルドで妥協するのはどうだ?」
「ルイジェルドで?」
「ここにいる皆も、もちろんノルンだって子供の頃のルイジェルドは見たことないだろ? 多分ノルンも喜ぶんじゃないかな」
我ながら改心の逃げ道を見つけたと思った。
これならデッドエンドの片翼を担ったエリスもちょっと気になるだろう。
よし、後は適当に逃げてさっさとスペルド族の村に────
「…………」
「……母さん?」
ゼニスが俺の横に立っていた。
ララと違って念話が使えない俺からすれば、自分の母親が無言で横に立っているのはちょっとばかし驚いてしまうと言いますか。
……なんかムスっとしてません?
「……パパ」
どうやらララがお母様のありがたいお言葉を届けてくれるようだ。
ゼニスの右手には指輪。左手には俺の左手が握られている。
嫌な予感しかしない。
「何でもいいから早く指輪を着けてちょうだい、って」
メチャクチャ楽しみにしてるじゃありませんかお母様。
●
「えー……何が起こるか分からないので、オレの部屋でシルフィに付き添ってもらいながら動作の確認をしてきます」
俺は一週間家族の愛玩動物になる覚悟を決めさせられてしまった。
シルフィに一緒にいてもらうのは何かにつけてあった時のために治癒と解毒をスタンバイしておいてもらう為だ。
若返るって事は縮むだろうし、なんか怖いし。
「あの、ルディ。ここまで来ておいて言うのもなんですが、本当に大丈夫なんでしょうか」
「効果自体はオルステッドが確認済みですし大丈夫でしょう。可愛い子供の姿になって戻ってきますよ」
「絶対ですからね」
「もちろんです」
自分の部屋に嫁と一緒に来たのに驚くほどエロい気分にならない。
それほど緊張しているのだろうか。
「それじゃあ、シルフィ。左手の薬指に頼む」
コクリと頷くシルフィの顔にも少々緊張が見られる。
魔道具を使用するとはいえ、未知の魔術に触れようとしているんだから当然か。
「……指の指定まであるなんて、かなり複雑な魔方陣が刻んであるんだろうね」
指は俺が勝手に指定しただけで、ただの趣味である。
結婚指輪の文化をこの世界で見たことはないけれど、せっかくだから、ね?
指の太さを測ってあったかのように、綺麗に俺の指に指輪が馴染む。
装着しただけで魔力を吸われるような感覚はない。
「それじゃあ魔力を流してみる。気絶しそうだったら頼むな」
任せて、というシルフィの声を聞いて指輪に集中しなおす。
意識が途切れたのは、瞬間的だった。
●
「これで俺もアルスとジークと並んで三兄弟とか言える訳ですね」
「口調まで若い頃に直しちゃうの?」
「嫌ですか?」
「なんか再会した頃を思い出しちゃうから……」
「心配かけてゴメン。ちゃんと普段通りにするよ」
「うん。やっぱりルディはそうでなくちゃ」
気絶した俺の体が縮んだのを見て不安がったのに更に不安にさせてしまった。
シルフィをからかってやろう、と思った訳ではなく、寝起きで少し冷静さを欠いてしまった。
縮んだ体で普段通り話すのが照れ臭かった訳じゃない。
「体の調子はどう? 普通に動かせる?」
体を起こして肩と腕を回し、手を握って開いて、指を動かす。
体の無事を確かめる為慎重にベッドから立ち上がり、屈伸したりちょっと跳ねてみたりしたが、痛みは無い。
逆成長痛はないようだ。
「バッチリみたいだ。多分このまま街に走りに行っても大丈夫だと思う」
「じゃあ夜も普段通り?」
えへへ、と笑うシルフィの顔はちょっと赤い。
……そうだな、と応えた俺の顔もちょっと赤くなってたと思う。
なんだよ、二人して新婚みたいな反応しちゃってさ。
もう子供も結構大きいんだぜ?
「ロキシーもエリスも喜ぶね」
二人ともこの体をお気に召してくれる事でしょう。
ロキシーはサイズ的な意味で。
エリスは昔を思い出して。
シルフィは自分が知らない頃の俺と会えたという意味で。
……果たしてわたくしめはこの一週間を無事に生き延びる事が出来るのでしょうか。
●
「……ルー姉はもういいの?」
うん、と頷く姉の顔には微妙に元気が無い。
「ちっちゃくなっても中身はいつものパパのまんまだもん」
背丈が近づいた分、余計に自分と比べてしまうのだと言う。
ちょっとめんどくさい性格がパパにそっくりだね、なんて言ったら怒るだろうから言わない。
「難しい事考えずに今くらい素直に甘えておけばいいのに」
「それはクリスの役目だもん、お姉ちゃんのボクがそんな事してガッカリされたらどうするのさ」
姉が末妹のクリスのようにパパに抱きついても嬉しそうに抱きしめ返すだけだろうけど、姉には悪い未来の方が見えているらしい。
赤髪の母のように「やってみなきゃ分からないじゃない」と言えないのは産みの親である白髪の母の影響だったりするのだろうか。
そのクリスはと言うと、今まさに赤髪母とパパを取り合っている最中である。
ママは夜になったらパパを一人占めできるじゃない、とかそういう問題じゃないでしょ、とか聞こえてくる。
自分の娘に口論で負けそうになって、パパを盾にしている赤髪の母はちょっと可愛らしいなんて思ってしまった。
弟二人は男の子だし流石にそういう甘えかたはしない。
パパが今の見た目の頃はどんな風だったかとか、小さいパパがどういう戦い方をするのかとか、そういう事の方が興味があるらしい。
ま、男の子はそういうの好きだもんね。
特にジークはさ。
リリはちょっとパパに構ってあげたら平常運転。
指輪の研究が出来なかったので、今日も町で見つけた魔道具にご執心である。
なんだかよく分からない煙を吐き出す魔道具らしく、何かあってはいけませんと、青髪の母と外にいる。
パパはちょっと寂しそうだったけど、あの子もわりとパパの事は分かってるし大丈夫だと思う。
少なくとも姉みたいに拗らせはしないだろう。
お婆ちゃん達と白髪の母は、最初にパパを堪能したあと、さっさと退散してご飯の準備に行ってしまった。
饒舌──わたしにとっては──な祖母がパパを抱きしめているのを見て、メイドの祖母が代わりと言わんばかりに静かに泣いていた。
そしてそれを饒舌な祖母が静かに慰める。
あの二人の祖母の関係は複雑だけれど、孫のわたしには分からない程、固く結ばれている。
「レオもあんまり気にしないね?」
「わふん」
姉の前で可愛く鳴いてみせるけれど、コイツは『我輩』なんてカッコつけてわたしと喋る。
同じような喋り方のザノバさんはそう思わないけどなんでだろうね?
『ルーシー様は重く考えすぎなのです』
『そう言ってあげなよ』
『我輩には伝える手段がありませぬ……』
クゥーン、と悲しそうに鳴くレオを撫でて、ありがとうねと姉が言い、優しくその体を撫でる。
わたしと祖母以外にも念話が使えれば皆レオと話せるのに、それが出来ないせいでただの大きい犬になってしまうのは残念だ。
「ルー姉は腐らずに頑張ってるんだから、どんな風になってもパパは喜んでくれると思う」
「ララは簡単に言うもんなあ」
「これでも救世主らしいからね」
フフンと鼻を鳴らすわたしの頬を姉がつついてくる。
「ボクよりいっぱいお昼寝してるのにね」
「ルー姉みたいに素直に努力できないだけだよ」
よく分からないといった風に姉が首を傾げる。
髪の色こそ違えど、その様は彼女を産んだ白髪の母そのものだ。
どうもわたしは皆の気付かない所で努力をする方が性に合っているらしい。
そっちの方がカッコいいと思うし。
……こういう所はやっぱりパパの娘だからなのかな。
「ま、ルー姉の分はわたしがパパに甘えておくからさ、ルー姉はわたしの分も悩んどいてよ」
じゃあね、と手を振ると、え、とかちょ、とか言っている姉を置いてパパの方へ向かう。
レオもわたしの方へついて行きたそうにしていたが、姉がもたれ掛かっていたので諦めたらしい。
たまに甘えてあげればパパなんて簡単に喜ぶんだから、素直になれるうちに甘えておいた方がいいよ、と思って姉を見るとまだモニョモニョしている。
さて、赤髪親子に振り回されてるパパを助けてあげるとしますか。
これでわたしが困ってる感じになれば、姉も入ってきやすいでしょ?
我ながら、いい妹だね。
レオ、性格が悪いとか言ったら後で自分で取れないとこにハナクソくっ付けるからね。