「ルーデウスは自分の心を隠すのが得意そうよね」
別にやましい事があるわけでも無いのに、何か追及されているような言い方のせいでエリスに無駄にドキドキさせられてしまう。
エリスには普段からドキドキさせれているのだけれど。
昔ほどじゃないけれど危なっかしい所は子供達と同じくらいあるし、鍛えた肉体からあふれ出るパワーを上手く制御出来ないなんていう漫画みたいな事をする所もある。
おそらく一番の被害者は俺。
子供達の事を抱き締めて「痛い」と言われる事が少ないのも俺が体をはったお陰なのだ。
レオやリニアにプルセナなんかにも感謝しておいた方がいいと思う
ウチの子達の為にどうもありがとう!
「俺は別に顔に出ない訳じゃないし、腹の探りあいが得意だとか思ってないけど」
話を逸らしたり逃げるのは得意かもしれない。
実に三下っぽいね。
泥沼の泥は実はこそ泥の泥でもあるんですよグヘヘ。
…………んな訳あるかい。
でもそれで家族が守れて生き延びられるなら上等ってもんだろ?
「そういう時じゃなくて……剣を持ったときの話よ」
イマイチ話が見えない。
そもそも俺は剣士ではなくて魔術師である。
少し離れた所から相手の嫌がる事をトコトンぶつけて近付かれる前に処理したり、前衛が動きやすくするのが仕事だ。
そういう意味でなら格ゲーで鍛えた読み合いが唸っているのかもしれないが。
「ジークはそうでもないけど、アルスが結構分かりやすい所があるのよ」
そりゃあ、俺と貴女の子供ですもの。
自分の血の流れを感じますでしょうエリスさんや。
貴女時々アホ毛で感情表現するでしょう。
それがアルスにも移ったんじゃなくて!?
……シルフィもロキシーもやるし、俺もやってるらしいからウチの子供も皆やってるだろ。
流石に自分の髪がひょこひょこ動くのなんて見たことないけど。
ジークは弱気な自分に打ち勝った精神力と北神流がある。
対するアルスも植え付けられた弱さを乗り越えて、精神的な成長を果たしたものの、ここ一番の勝負で熱くなりすぎてしまうらしい。
剣神流らしい直情さを抑えきるにはまだ至らぬというのだ。
おまけにジークは力が強い。
真剣を使用した勝負を見た事はないが、アイツと俺が与えた剣が合わさればアルスの光の太刀を止めてしまう可能性は大いにある。
たとえ力が無くとも、北神流を修めているジークならいくらでもやりようはある。
実戦になったら家族の中で一番強いだろうし。
「だから自分の感情を上手く抑える方法がないか相談に来たの」
アルスは直接俺に聞きに来てくれなさそうだろうし。
「こんな事情けなくてパパに聞けない……」
とか言ってそうだ。
そして周りから「気にしすぎ」と総スカンを食らう。
しかし、そう言われてもなあ。
俺はいつまでたっても小心者だし。
魔術師じゃなくて剣士だったら相手を切った感触にきっと震えてたと思うし。
魔術で相手を始末して、何の感触も無いのにビビるような男ですよ?
近距離の相対なんて専門外だって。
「エリスはどうやって殺気とかを抑えてるんだよ。俺なんかよりそっちの方が参考になるだろ」
「私は……」
視線がぶつかる。
エリスの顔が髪の色と同じくらい綺麗に真っ赤なっていく。
真っ赤にならなくともエリスは綺麗だけど。
そんな事を考えていたら、思わぬ一閃。
力を抑えたいいストレートが俺の肩に入る。
「いきなりなんで!?」
「ルーデウスが変な事聞くからよ!!」
なんちゅう理不尽。
剣王様がどのようにして心を無にしているのか、剣士の先輩として教えてあげれば解決するのではありませぬかと、遠回しに言っただけなのに。
もしかしてあれか。
こういうのは秘中の秘というやつであって、たとえ実の息子であろうとも簡単に教えることはまかり成らんという事か。
だから顔を真っ赤にして怒ったのか。
いくら夫婦だからといっても聞いてはいけない事もあるという事だ。
「悪かったよ、そんな聞いちゃいけない事だとは思わなかったんだ」
「……別にそういう訳じゃないわ」
だったら俺殴られ損では。
そう思っても言わぬが花。
余計な事を言ったら次は足が出てくるかもしれない。
エリスの蹴りは子供の時から大人を吹っ飛ばしてたくらいだし、今もらったら俺の骨が無事では済まないかもしれない。
「ルーデウスがどうしても聞きたいっていうなら、言うわ」
「言わなくていいよ。言いたく無いことを無理に聞いてもお互い嬉しくないだろうし」
そう、と小さく言ったエリスの声音に含まれているのが安堵なのか落胆なのか俺には分からなかった。
ただ、エリスの視線がさっきより明らかに熱っぽいのは分かる。
私、きっと今夜も泣かされるんだわ。
●
「という訳でパパがアドバイスに来ました」
「僕の為にわざわざそんな……」
「たまには父親らしい事させてくれって」
「……はい。分かりました」
うーん、敬語。
まあこれくらい仕方ないさ。
アルスとは色々あった訳だし。
ルーシーとは違う形だけれど、俺の事を分かってくれたんだし。
これくらい許容範囲ってもんよ。
俺もパウロやゼニスとは敬語で喋る事の方が多かったしな。
「心を沈めて、相手に動きを読まれない方法で悩んでいるんだろ?」
「ジークが相手の時、だけなんですけどね……」
エリスやアレクが相手ではそもそも実力不足でその域まで届いていないという。
今息子が求めているものは心を落ち着かせつつも、気を散らさない程度に集中を持続出来る何かなのだ。
エリスにとってのそれが何かは教えて貰えなかったけれど、俺にとっては恐らく我が神が身に付けていた『アレ』の存在が該当するのかもしれない。
でもアルスにロキシーのパンツを渡しても意味が無いだろうし、まさか勝負の最中にパンツを取り出して匂いを嗅げとは言えますまい。
「──パパは赤ママが構えているときに笑ってるのを見たことありますか?」
「エリスが?」
何だろう。
記憶に無い。
俺の中で剣を持ったエリスなんてのはカッコいい姿しか思い出せないし、それ以外を想像する事も出来ない。
「最初は、ちょっとバカにされてるのかな、なんて思ったんだ。パパが時々する悪そうな笑いかたに似てたから」
シルフィ風に言うとニチャっとした笑いかたってヤツだ。
このルーデウススマイルをすると何だか皆に引かれているような気がしている。
ザノバなんかも切り替えの激しいヤツだから人形が絡んでいるときはそういう顔をしたりしそうなもんだけどもいまいちピンと来ない。
「でも赤ママのアレはそんな油断を誘うような物じゃない」
余計な感覚を削ぎ落として相手に動きを悟られず切るためにニマニマとだらしなく笑っているのだと。
…………全然意味が分からん。
でも俺にとっての御神体みたいなものがエリスにもあるって事なんだろうな。
ちょっとジェラシー。
殴られるの覚悟で聞いてみたくなってきたぞう。
「エリスにそこまで引き出せたってだけでも十分成長してると思うけどな」
「僕もそうは思うんですが……」
それを越えたら、後は命を奪い合う所に届いてしまうのかもしれない。
そこまで来ていると分かっているからこそ悔しいのだ。
「お前にとって一番心を落ち着かせる事が出来る物が鍵になってくるかもしれない」
パンツの話はすまい。
アイシャもきっと黙っててくれるだろうし。
「アルスならホラ、女の子の胸とかどうだ?」
「それは……」
「俺だってシルフィの胸を揉んでいる時は落ち着くって言うか……すごく自然な状態になれるぞ」
結婚する前も後も揉みに揉んできた胸である。
結婚したての頃、家に二人しかいない時なんてのはその状態こそが自然であるという感覚すらあった。
彼女の胸には我等が故郷であるブエナ村のような暖かみがあり、たくましく広がる平原には赤い屋根の小さいお家もある。
赤くないか、ピンクか。
赤くなったりもするけど。
「アイシャ姉の胸……」
エリス似の凛々しい顔が次第にだらしない笑みに変わっていく。
「その感覚を興奮ではなく集中に使う。相手に気取らせないためでもいい」
言うのは簡単だ。
実践するのは難しいだろう。
そもそも俺はそんな事出来ないし。
「しかしお前、結婚して子供もいるのにまだ『アイシャ姉』って呼んでるの?」
「まあ、言い慣れてるっていうのもあるけど……この呼び方の方がアイシャ姉喜ぶんですよね」
わーお、妹の性癖を覗いてしまった気分。
「あ、でもカッコつけて『アイシャ』って呼ぶ時もちゃんとありますよ」
「……その調子でこれからもしっかりアイツを守ってやってくれよ」
「────はい!」