「ルーデウス君って男の子なのに髪の毛伸ばしてるんだね」
自分が短髪だから気になったのか、フィッツ先輩が突然そんな事を言った。
図書室が静けさを求める場所とはいえ、どうせ二人きりなのだから、これくらいの雑談は許されるだろう。
「もしかして似合ってませんかね?」
フィッツ先輩くらい顔立ちの整った人から見れば『冒険者風情が何を生意気に髪の毛なんぞ伸ばしてやがる』くらいに見えるかもしれない。
この人は間違ってもそんな事思わないだろうけど。
「ううん、そんな事ない。凄く似合ってるし、格好いいと思うよ」
「……そんなに誉めても何も出ませんよ?」
「分かってるよ」
困ったように微笑んでも絵になる人だ。
長耳族の血の影響なのか知らないけれど、元日本人の俺には刺激が強い笑顔だぜ。
「ほら、ボク髪型こんなだし伸ばした事無くってさ」
そう言って透き通るような白髪の端を指先で弄ぶ。
ガラス繊維とは違う天然物はやっぱり綺麗だ。
この容姿で若白髪がどうこうなどと思う不躾な輩はおるまい。
「俺のなんかで良ければ触ってみますか? どうせ減るもんじゃないですし」
何も考えずに言った一言だった。
彼とのこういう何気ない会話にあまり打算は持ち込みたくない。
「いいの!?」
想像以上に乗り気でちょっとビビる。
長髪なら俺なんかよりアリエル王女のを触る機会があったりするんじゃないでしょうかね。
俺なんかホラ、冒険者上がりですし、対してお手入れとかしてないですし、トリートメントが足りてないと言いますか。
……なんだか女々しいな。
「どうぞ、気の済むまでお触り下さい」
引っ張るのだけはやめて下さいねと言えば、分かってるよと帰ってくる。
俺なんかより他人の髪の扱いには慣れてそうですしね。
●
なんだか時の流れが早くなったのか遅くなったのか訳が分からなくなってきた。
フィッツ先輩は飽きもせずに俺の髪を触り続けているし。
お陰でなんだかドキドキしちゃってイマイチ集中できない。
「ルーデウス君はなんで髪を伸ばしてるの?」
俺だけがおかしな空気になっているのに気付いてくれたのか、フィッツ先輩が話しかけてきてくれた。
息子はおかしな空気に反応しないままだったのだけれど。
「別に深い意味がある訳じゃないんですけどね」
数人で旅をしていると、誰かが自分の気が付かない事に気付いてくれる。
少し髪が伸びてきたかな、と思う度に「私が切ってあげるわ!」なんて言う女の子がいた。
勢い余って耳まで切ったりしないだろうかとおののいていたけれど、彼女は力の加減が苦手なだけで刃物の扱い自体は得意なのだ。
仮にも女の子であるのだし。
一人で旅をするようになってからは……色々あって髪の長さなんて気にしてなかった。
伸ばし過ぎたかなと、思う頃に世話になったパーティーの誰かのお節介で切ってもらったりしていた。
「お揃いなんです。父と」
ああ、とまるで俺の父親を思い出すかのような反応をフィッツ先輩はしてみせた。
王女様の護衛ともなれば、出奔前のパウロを見たことくらい…………。
あれ?
年齢的に会う機会はあるのだろうか?
アリエル王女とパウロの年の差っていうと……。
いや、違うな。
フィッツ先輩は長耳族の血が流れているのだから、見た目に騙されてはいけない。
こう見えて実は気が遠くなるくらい年が離れているのかもしれない。
エリナリーゼだってそうじゃないか。
そういう事にしておこう。
「そろそろいいですかね」
「あっ! ごめんね、長々と」
あれだけ触ったのに実に名残惜しそうな表情をしてくれる。
そんなに気に入っていただけたのかしら。
「フィッツ先輩でしたらまた好きなだけ触ってもらってもかまいませんよ」
これだけ隣に居てくれるのが心地よい人なのだ。
俺の髪なんかで喜んでもらえるならいくらでも差し出そう。
「じゃあその…………今日最後のひと撫でをしていってもいいかな」
どうぞと、髪を差し出しながら思わず苦笑が漏れた。
何がそんなにお気に召したのだろう。
貴族に近い所にいると、やっぱりちょっと変な所がうつるのだろうか。
「────」
慈しむように俺の髪を手に取ったフィッツ先輩は、自然な仕草で顔を手に近づけて──
「…………」
匂いを嗅いでいた。
「────フィッツ先輩?」
髪と同じような透き通るほどの白い肌が瞬く間に紅潮していく。
髪の色は当然変わるわけがないのでよく目立つ。
「あっ、いや、コレは!!」
そんな全身を使って飛び退かなくてもいいじゃないですか。
俺は別に不愉快だった訳じゃないんですよ?
「えっと、えっと、えっと! ま、また明日!」
行ってしまった。
なんで俺は無駄にドキドキしているんだろう。
あの人は男なのに。
●
「…………それでシルフィはさっきから手を握ったり開いたりしてるのですか」
「ええ。どうやら意識が彼方へ飛んで行ってしまったようです」
想い人の髪に触れて心をときめかすのなら、男女が逆ではないかとルークもアリエルも思うのだが、恋に恋している少女にそんな事は関係ない。
「シルフィ」
「は、はい! なんでしょうか、アリエル様!」
「いい加減に手の匂いを嗅ごうとするのはお止めなさい」
●
「……今からちょっとおかしな事を聞くけど、嘘偽りない答えを聞かせて欲しい」
目の前の二人、ザノバとクリフ先輩が揃って怪訝そうな顔をする。
「僕は君に対して嘘や偽りを含んだ話をした覚えはないんだがな」
「余もです、師匠。このザノバ・シーローン、例え相手が師匠であったとしても意見具申を躊躇ってはならぬことは理解しております」
「二人とも……」
感動した。
友人を疑った事を謝らなければなるまい。
ちょっと気分が上がったせいで調子がおかしくなってしまったのだと。
少女ともとれるような容姿の少年に心を揺さぶられて舞い上がっていたのだと。
「別に気にしてはいないさ。君の様子がおかしいのは気付いていたしな」
「そう言ってもらえると助かります」
では。
「お聞きしましょう。師匠がそれほどまでに気にしている事を」
「うむ、それなんだが────」
「俺って最近臭かったりする?」
『は?』