今からわたしがやろうとしているのは、断じてふしだらな事ではありません。
わたし達は夫婦なのですから、これくらいは普通の事であるはずなのです。
落ち着きのある母親として、皆を纏めているシルフィだって、結婚してすぐの頃は凄かったと聞きますし、エリスは言わずもがな。
別にエリナリーゼさんみたいな凄い事をしでかそうという訳じゃありません。
こんな事は、夫婦どころか恋人のうちにやるような事だというのも分かっています。
余分に勇気がいるのです。
こういう抜け駆けをコッソリやろうとする時は。
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雨に濡れた子供達をエリスがお風呂に引き連れて行くのを見送り、後回しにした自分も風邪をひかないように濡れた服を着替えに向かう。
ルディがたまに使用する服を乾かす魔術を使うと、服の生地が傷むらしいので当然使わない。
冒険者の考え方としてはその程度気になりませんが、今のわたしは先生で母親で妻なのです。
家の事を任せている事が多いとはいえ、家族の為にも物を大切に扱うという考えくらいは協力惜しみません。
早く着替えて、濡れた服は洗濯籠に放り込んでしまいましょう。
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パチパチと暖炉の木が破裂する音が聞こえたので、そちらへ向かう。
わたしの予想が間違っていなければ、彼がいるはずだ。
「ただいま戻りました」
離れて見た様子が寝ているようだったので、小さく声をかける。
膝の上に娘のララが。
足元で二人を守るようにしてペットのレオが。
そしてソファーで二人を受け止めるようにしてルディが────わたしの夫が眠っていた。
ララはわたしと同じ──ルディ風に言うと透き通るような青色──髪の色をしていけれど、同じ寝顔をしているお陰で「ああ、やっぱり親子なんですね」と分かる。
ご丁寧に涎の垂らし方まで一緒だ。
「全く、二人とも仕方がないですね」
幸い、服にまで垂れてはいないようなので、拭き取ってしまいましょう。
わたしだって、ちゃんとお母さんが出来ているのですよ!
フフン、と鼻を鳴らしつつ取り出したハンカチでララの口元を拭う。
ではルディも、と口元を見て、体が止まった。
暖炉の強くない灯りが彼の口元の線を銀色に煌めかせる。
別にご無沙汰だった訳ではない。
彼が仕事で不在でなければ三日に一度。
でも。
でも、だ。
シルフィは結婚したての頃、二人きりの家で凄かったと言うし、エリスもルディの仕事に付いていけば、出先で押し倒している様は容易に想像できる。
無論、自分とてそういう記憶が無くもないが、シーローンへ行った時の一度だけだ。
普段のわたしは教師なのだ。
だったら。
「こういう時くらい、茶目っ気を見せても……いいですよね?」
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ロキシーが小さな声で独り言を言っているのが聞こえる。
「まったくわたしは何をしているんでしょうかね!」なんて言っているけれど、その顔は暖炉の灯りに照らされている以外の理由で赤くなっているように見えた。
少し早足で、照れを誤魔化すように大きめの音をたてて部屋から出ていく。
俺の先生は幾つになっても可愛いままだ。
「……パパいつまで寝たふりしてんの?」
「……ララがいつから起きてたか教えてくれるまで」
ビックリして心臓が口から飛び出るのを抑え込めた!
俺エライ!
「青ママに口拭かれた時からぼんやり起きかけてた」
ということは。
「どえらい物みちゃった」
Oh……。
「娘の前でイチャつくってどうなのさ」
「……仲が悪いよりいいだろ?」
俺はロキシーの寵愛を授かっただけだからいいものの、ララにはまだ刺激が強すぎるだろう。
クソッ! ロキシーの舌が顎を這って俺の口の中に侵入してくる時の感触を反芻したいのに、娘の前で迂闊な事は出来ん!
「パパとママ達が仲悪い時はだいたいパパのせいじゃん」
「……ハッキリと言うな」
俺がいつまでも大人になりきれずにワガママな事を言うとそういう空気になってしまう事がある。
結婚生活ってのは大変なんだコレが。
「ま、わたしはもっと凄いもの見たことあるからいいけどね」
「へ?」
捨て台詞を吐いたララは、俺の膝からぴょんこと飛び降りてレオに跨がると「逃げるよ」と言ってレオを叩き起こした。
レオも寝起きで不満そうではあるが、クゥンと一鳴きすると、悪そうな笑みを張り付けたララに従い部屋を出ていった。
もっと凄いものを見たことがある……?
ロキシーの覗き癖がララに遺伝していたとしたら……。
「寝室の鍵はちゃんとかけておいた方がいいかもな……」