「今日のルーデウス君はその…………随分薄着だね?」
そうは言ったけれど、ルディはそこまで薄着って訳じゃない。
いつものローブを着ずにシャツ姿で居るだけだ。
パンツだって昔履いていたような短いやつじゃない。
「北国でも暑い日は流石にローブを脱いでいたくなりますからね。すいません、見苦しい体を見せてしまって」
「そんな事無いよ!」
思ったより大きな声が出てしまった。
ちょっとビックリした顔を見る限り、ルディもそこまで本気で言ったわけじゃないみたいだし。
どうにもルディの前だと普段より心臓が跳ねてしまう。
とにかく早く何か言い訳をしないと!
「ええと、ルーデウス君ってば普段はローブを着てるせいで分からなかったけど、魔術師とは思えないほど体つきがしっかりしてるんだね、と思って」
ボクなんか女の子みたいに、腕も足も細いからさ、ちょっとドキっとしちゃって。
……早口でまくし立ててしまっただろうか。
顔はちょっと熱いけど真っ赤になってる程じゃない……と思う。
ルディは相変わらずキョトンとしたままだったけれど、少しずつ緊張が抜けてきたみたいで、自嘲するように鼻を鳴らした。
「筋肉は裏切りませんからね」
怒っている感じではなかったと思う。
けれど、何か嫌なものでも思い出してしまったかのように、理由を細かく話してくれた。
魔術が使えるからといってその事を過信してはいけない、とか。
出来る事の選択肢を増やせるから筋肉は素晴らしいんですよ、とか。
体を鍛えている時は全てを忘れられるんですよ、とか。
「ゴメン。ボク、変な所に首突っ込んじゃったよね?」
「気にしないで下さい。俺が勝手に喋りだしたんです」
距離を縮めようとして、完全に失敗してしまった。
ルディだってボクと離れていた間に触れてほしく無いことの1つや2つくらい出来ていたっておかしくないのだ。
ボクだってぶり返していたおねしょの事とかあるし。
「フィッツ先輩もトレーニングとかどうです? 朝走るだけで大分違いますよ?」
「えっ、と……」
実は朝早く起きて走っていたりする。
勿論変装して。
ルディが朝早くに街を走ってるのも知ってる。
ルディはボクに気付いていないみたいだけど……。
「ボクはその……アリエル様の護衛の兼ね合いがあるから……」
「……なるほど、せっかくの自由な時間、もとい休息時間ですからね。体はイジメ続けるだけではなく労ってあげる事も大事ですし」
ルディは閉じている門を飛び越えて街の外まで走りに行ってるみたいだけど、ボクがそんな事したら目立ちすぎてしまうし。
1度覗きに行ってみた事があるけれど、ただ走るだけじゃなく、魔術を使いながら走ったり、足場を作りながら飛んだり跳ねたりしていて、目で追っかけるのも大変だった。
あれくらいやらないと魔大陸から帰ってくるなんて無理な話だよね、と納得してしまうほどに。
「もし良かったら腕とか触らせてもらえないかな?」
「どうぞどうぞ、俺のなんかでよければ」
ずい、と差し出された腕は子供の頃に散々見た腕とは当然比較にならないほど逞しい。
どうせならこの腕で抱き締めてくれたりすると最高に嬉しいんだろうけど、そんな事を言ったら怪しまれてしまうので言えない。
ゆっくりでも、着実に、距離を取り戻して行こう。
こういうのは焦っちゃダメだ。
アリエル様やルークに言ったら『言い訳がましい』なんて言われそうだなあ。
「うわ、すっごく硬いね……」
「動かしたりも出来ますよ」
ルディがそう言うと、ボクの触れている腕の筋肉がまるで別の生き物のようにピョコピョコと跳ねる。
同じ人間の腕とは思えないや。
「こんなにガッシリした腕初めてだよ……ボクのお父さんでもこんな風じゃなかったと思うな」
「護衛仲間の……ええと、ルーク先輩なんかはどうです?」
「ルークなんか全然だよ。一応剣士だけど、ルーデウス君と力比べしても敵わないと思うな」
ルークは女を抱くのに余分な筋肉なんか要らないとか言いそうだし。
……そういえば、ジュリちゃんを買いに行った時、ルディは経験があるって言ってたっけ。
ルークほどじゃ無いみたいだけど……ルディが色んな女の子とそういう事をしてるっていうのは……なんかイヤだな。
別に今のボクはそういう事を口出し出来る立場にいないんだけど。
「別にルーク先輩とどうこうするつもりはありませんよ」
「分かってるよ。何か起きちゃった時はボクなんかが言わなくてもルーデウス君は遠慮しないでしょ?」
「そりゃ俺だって我が身は可愛いですけどね…………アリエル王女に刃向かうつもりはありませんから」
「ん、それも分かってる」
●
最近のシルフィは感情がコロコロと移り変わり、実に可愛らしい。
これが本来の彼女の姿なのだろうな、と思うのだけれど。
「……何故さっきから自分の腕を触っているの?」
「だって……ルディの腕が凄かったんですよアリエル様。肩まで触らせてもらうのは近付き過ぎかなあ、と思って」
思わず二人同時にため息が出た。
一方は思い出しの恋煩い。
一方は進展の遅すぎる恋愛を端から応援していて出てしまったものです。
「ルークに腕だけ貸してもらってはどうです?」
「ルークの腕じゃ全然ダメです。あと、男の子である分余計むなしくなっちゃいそうで」
腕まで触れたのなら肩も胸も大して変わらないだろうと思うのはやはり経験の有無なのでしょうか。
さりげなく扱き下ろされているルークは哀れではあるが、シルフィにはルーデウスしか見えていないので仕方の無いこと。
「こんな事ではいつになったら抱き締めてもらえるのでしょうね」
「……そんな事になったら」
「なったら?」
「爆発するとおもいます」
「感情が?」
「体がです」
何故。
「彼の目の前で転ぶフリでもしてみてはどうでしょう。手を引かれてあわよくば──」
「もし見捨てられたら?」
「……彼がそんな事すると思うのですか?」
「大丈夫、だと、思いますけど」
だったら頑張りなさい、と言ってもシルフィはやれないでしょうね。
「案の1つ──程度に考えておけばいいでしょう」
「はい……」