「ママの稽古は厳しすぎるもん!」
もん! とか言っちゃう娘の可愛い声が聞こえたお陰で昼寝から意識が戻ってきた。
ドタドタと走りまわる二人分の音が庭先から家の中へ入ってくる。
こうなったら状況は一方的になる可能性が高い。
逃げる側──多分声の感じからしてクリスだろう──が有利になる。
何故か。
エリスが室内で全力で走れないからである。
つい全力で走って、家を壊す訳はない。
そういう制御は当然出来る。
でも誰がどこから飛び出してくるか分からない。
子供はどんな動きをするか想像もつかない。
ただ捕まえるだけでいいなら、エリスは壁でも抜けばいい。
怒られる人数が増えるのが分かっているからやらないけれど。
「あ! パパ助けて!!」
案の定逃走犯だったクリスは、俺の顔を見た途端にこわばっていた表情を綻ばせて飛び付いてきた。
よしよしいい子だ。
でもパパは家族の味方なんだ。
つまりエリスの味方でもある。
「クリスティーナを渡しなさい」
追い付いてきたエリスは汗ひとつかくことなく、髪を払ってそう言う。
なんでもない仕草が一々カッコいいんだから。
「まあまあ、待てよエリス」
とりあえずお互いの言い分を聞こうではないか。
「別に……皆と同じように剣を教えていただけよ」
外ではルーシーが皆をまとめており『ちょっと休憩にしよっか』なんて声が聞こえてくる。
お姉ちゃんしてて偉いぞう。
「絶対私だけ厳しかった!」
「そんな事ないわよ!」
そっくりな二人の顔が、互いに『私を信じてよ!』と俺の顔を見つめてくる。
ここでどちらか片方の味方をする訳にはいかない。
どちらの信頼も裏切りたくないから。
「じゃあこうしよう」
●
クリスはサボり癖がある訳じゃない。
サボり癖があるのはどちらかと言えばララの方だと思う。
上手いこと、怒られないギリギリの線を攻めつつ、だ。
クリスは剣と母が嫌いな訳ではない。
疲れた、と主張する声が大きくなっただけだったのだろう。
なのでご機嫌とりも兼ねて、俺が家に居るときは一緒に剣を教えてやる事にしました。
エリスに比べたらへっぽこ剣士だけど、これで少しは父親らしい事が出来るってもんよ。
後もう一押し。
●
『赤ママのお師匠様!?』
エリスにも使った昔話戦法である。
「まあ、あたしもこんな年だからな。今じゃすっかりエリスの方が強いぞ」
アリエルにお願いしてギレーヌをお借りしました。
エリスに昔の事をギレーヌのように語らせようとしても、多分「覚えてないわ!」と言われると思ったのでこういう手段をとらせてもらった。
まあ、ギレーヌもゼニスやエリスに会えるし丁度いいかなあと思ったし、だんだんエリスに似てきたクリスをギレーヌに見せてやりたいとも思ったのだ。
実際、目に見えて分かるほど尻尾が嬉しそうに動いていた。
子供の頃のエリスを思い出したのだろう。
中身は全然違うけど。
他の子達の剣を見てもらうのもいい。
ジークなんかは北神流でもあるし。
俺とエリスは昔の恥ずかしい話をほじくり返されるかもしれないが、これも必要な事さ。
エリスは俺がなだめればいい。
それで母と娘の距離が縮まるならお釣りが来る。
●
ギレーヌはいつの間にか子供達だけじゃなくて、シルフィやロキシーからも質問を受けていた。
俺がエリスの昔話をしようとすると、怒られる事もあるが、ギレーヌではそうならない。
顔色が真っ赤な髪の色に近付いていってもエリスが動かないのを見ていると、こういう所もちゃんと大人になったんだなあ、と思う。
反動でガッツリ搾られる気がするが。
もういいでしょ! とエリスが言っても皆からブーイングが帰ってくるので、ギレーヌの話は終わらない。
結局ギレーヌの昔話は、俺がエリスを抑えきれなくなるまで続いた。
●
「私もママみたいに誰かを守るために剣をとるのかな」
もうパパと一緒にお風呂に入りたくない、とか言われそうなもんだと思うけれど、クリスは何だかそうでもないようで、今日の事を振り返るのに夢中のようだ。
自分の知らない事を聞いて、成長しようという娘の意志が見れてパパは嬉しいよ。
「どうかな、パパは強制しないけど」
うん、と応えるクリスの声はまだ答えを求めているようだ。
「少なくとも友達や家族を守ってあげる事は出来ると思うよ」
「友達……」
「そう、友達」
俺が学校や街でクリスを見かけると、大概大勢の友人と一緒に居るのをみかけた。
気に入らない物を全て力でねじ伏せてきた母とは逆に、この子は人を引き寄せる自分の魅力を素直に使いこなしているらしい。
エリスも子供の頃、魔大陸とかでモテモテではあったし。
そう思うとエリスに選んでもらった俺は実に幸運であると言える。
「そしたらいつかクリスにも本当に守りたい人が見つかると思う」
「……そうかな」
「そうだよ」
そうなったら一発くらい相手の男を殴らせてほしいね。
娘をやるんだからそれくらいはさ。
「じゃあ、ルー姉じゃないけど、パパが恥ずかしくないと思うくらい、とりあえず頑張ってみる」
「無理はするなよ?」
「私、パパの娘だよ? だいじょーぶだって!」