無職転生の幕間   作:綴りの違うウサギ

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鼻呼吸

 「……何をやっているんですか」

 

 普段よりジト目成分マシマシのロキシーが、仕事を終えて帰宅した直後のまだ帽子も被ったままの状態で俺を見つけて発した第一声がこれです。

 冷たくないですか?

 

 いつもならただいまの挨拶の後、静かに俺の胸に飛び込んできて「今日も疲れました」と言って、子供の様に頭を撫でられるのだ。

 

 そのロキシーが少し冷たい様子を見せるのは何故か。

 

 「餌付けの練習です」

 「自分の娘にですか?」

 

 正確には作業中の娘の口に甘いものを放り込む練習である。

 

 ロキシーとの会話に気を取られてしまったせいで、糖分の供給が途切れた事に気が付いたリリが、口を開けたまま唸って抗議をしてくる。

 

 「ほいほい、ごめんなさいね」

 

 今回のお土産はリリお嬢様のお気に召したらしい。

 食べさせ過ぎて夕食に支障が出たら俺が怒られるんだろうなあ。

 

 「リリ。あなた、全て一人で食べてしまうつもりですか?」

 「ダメですか?」

 「ダメです! ルディのお土産は家族皆の為に買ってきてくれた物なんですからね!」

 「ちぇー」

 

 相変わらず会話の見た目が親子ではなく姉妹だ。

 二人の様子を見ているだけで俺は幸せになれる。

 

 「では次はわたしの番ですね」

 

 なんと。

 

 ●

 

 「これは……花ですか?」

 

 真っ白になってしまった花びらをロキシーが摘まむ。

 

 「食用花の砂糖漬けですね。溶けてドロドロになってしまわないよう、冷やして持って帰って来ました」

 

 鼻を数回、スンスンと鳴らして匂いを採集しようと試みたロキシーであったが、花の残り香とは遭遇出来なかったようである。

 デザートらしいハッキリとした甘い匂いもしないので、花を口へ運ぶ表情には未だに疑いの様子が残っている。

 ちゃんと甘いのに。

 

 「これは……なんといいますか……思っていたより控えめな甘さですね……」

 「アイシャみたいに甘いものが苦手な人でも食べれる程度の甘さらしいですからね」

 

 控え目な和菓子のような味わいだ。

 緑茶が恋しい。

 

 「わたしとしてはもう少し甘くてもいいのですが……」

 

 神が求めていたのは洋菓子であった。

 しかし、抜かりはない。

 

 「そう言うと思って別の物も用意してあります」

 

 ママばっかりずるーい、リリの分もちゃんと用意してあるはずですよ、との事。

 神と天使の戯れである。

 俺が貴族であったのなら、間違いなくこの風景を絵にして残そうと画家を呼びつけていただろう。

 

 「こちらも花なのですが……」

 「今回は花ばかりなのですね」

 「出先が花の名産地だったものですから」

 

 取り出したるは根も葉も、茎すら無く綺麗なままの合弁花。

 それを一人一つづつ手渡す。

 

 「これは飲み物です」

 

 二人揃って目を見開き、俺の顔を見て、もう一度花を見た。

 うーん親子。

 

 「この……えっと、花をそのまま飲むのですか?」

 「もちろん違います。だからリリも丸ごと口に含もうとしちゃダメだぞ」

 

 リリは幾つになっても何をしでかすか分からないから目が離せない。

 一体誰に似たんだか。

 親の顔が見たいものだ。

 

 「……何でわたしの顔を見つめているのかは知りませんが、説明の続きをお願いします」

 「これは失礼。ロキシーに見とれていました」

 「わたしの顔なんか普段から見ているじゃないですか」

 「普段から見ているからといって、絶対に飽きたりしないですからね」

 「それは嬉しいですが……」

 

 ロキシーが顔を赤らめてモニョモニョしている横でリリが呆れて膨れている。

 両親のイチャつきなんか子供は見たくないだろうし、さっさと次に進もう。

 

 「これは花の下から蜜を飲むのです」

 「蜜を」

 「はい。飲みだしてから口を離すとそこで終わりなのでしっかり息を吐いてから口をつけるようにしてくださいね」

 

 三人同時に口をつけて、リリだけが早く口を離してしまった。

 俺とロキシーは鼻での呼吸に慣れているので、蜜を最後まで綺麗に吸い取る事が出来る。

 

 「蜜を吸い終わると花が萎れるように出来ているのですね」

 「花弁の中にも蜜が貯まる様に出来ているからこうなるそうです。見た目が肉厚でないのでなんとも不思議ですが……」

 

 見た目は悪いが、甘いものが欲しい時に花一輪で満足出来るという訳だ。

 

 庭先にこの花があったらロキシーは間違いなく喜ぶだろう。

 蜜の無いハズレ花も無いらしいし。

 

 ただし、リリのように最後まで飲み干せないとめんどくさい事になる。

 

 「この花ベトベトしてきました……」

 

 行き場をなくした蜜が花から噴き出してくるという訳だ。

 

 「空気に触れた蜜は甘くなくなっちゃうから、舐めずに洗ってきなさい」

 「はーい……」

 

 ところがそれを上手く利用した物が存在する。

 勿体ない精神とはどこにでもあるもんだ。

 こちらは夕食の後にでも出そう。

 

 ●

 

 「こちらが先程の花を漬け込んで作られたお酒でございます」

 

 食後のデザートに花蜜を配った後に酒……。

 少々水分が多めになってしまった。

 夕食に入っていたあぶり肉で味のバランスはとれるかもしれないが、栄養のバランスが片寄ってしまいそうだ。

 明日は皆体を動かさなければならないだろう。

 

 「この花蜜酒も甘いのですか?」

 「どうでしょうかね……飲みやすいとは聞きましたが」

 

 酒の方は花と違って注意する事もないらしいので試飲していない。

 何かあれば解毒すればいいだけさ。

 

 「お兄ちゃん今日のお土産分かりやすすぎだよね」

 「へ?」

 「ロキシー先生の好きなものって事です。そういう事だよね?」

 「ノルン姉せいかーい」

 

 あと、甘いものとお酒で交互に妹をイジメるのは良くないと思いまーす、と。

 

 「さっきも言ったけど、出先の名産品だっただけで深い意味は無いからな……!」

 

 今日がロキシーの日というのも全くの偶然である。

 ノルンとアイシャが変な事言うからロキシーは真っ赤になっちゃうし、ララは渋い顔してるし。

 

 でもララのやつこんな渋い顔しといてロキシーからバッチリ覗き癖を引き継いでるんだよな……。

 本人はバレてないと思ってやがるし、困ったもんだ。

 

 「それにお前達は俺が帰って来た時家に居るかどうか分からないんだからそうなっちゃうだろ!」

 「あー開き直った!」

 

 珍しく家族皆でお酒飲むんだから余計な事言わないの!

 

 そういえばルイシェリアちゃんも少々顔が赤くなっていた。

 ルイジェルドハウスは素朴な作りであるが、夫婦のプライバシーはしっかり守られているらしい。

 我が家も防御力を上げるべきか。

 

 ●

 

 「だーかーらー! 私はちゃんとアイシャの事好きですからー!」

 「ノルン姉……!」

 

 酒を飲んだノルンはゼニスになる。

 ゼニスも失いさえしなければ今もあんな感じだったのだろうが。

 

 アイシャはリーリャに似るのか、わざとそれっぽくしているのか分からない。

 そしてそのやり取りをすっかりおばあちゃんになったお母様達が微笑ましく見守るのだ。

 

 おまけにお胸が凄い。

 パウロの──ノトス・グレイラットの好みがしっかり反映されている。

 エリスの胸に慣れているとはいえ実に暴力的な光景だ。

 アルスが少々興奮気味なのも仕方あるまい。

 俺は妹に興奮しないけど。

 

 ゼニスとリーリャは流石に酒を飲みこなしている。

 女性に年の功とは言うまい。

 

 「こっちを見てください、ルディ」

 「俺はいつでもロキシーの事を見ていますよ」

 

 ロキシーの顔は赤いし、表情にしまりがない。

 彼女は間違いなくこの中で一番酔っぱらっている。

 

 「ルディはあまり酔いが回っていないようなのでわたしが直々に飲ませてあげようと思いまして」

 「皆酔っぱらっているからって、家族の前で出来ないような飲ませ方はやめてくださいよ?」

 

 とりあえず服さえ脱ぎださなければ大丈夫だと思う。

 ロキシーとわかめがどうこうするお酒の飲み方なんて話した事はないけれど、彼女のバックにはドスケベクイーンことエリナリーゼおばあちゃんがついている。

 何を仕込まれているか分かったもんじゃない。

 

 「では───いきます」

 

 ロキシーは腰に手をあてて、さながら風呂上がりに牛乳を飲むときの正しいスタイルで酒を自分の口に含んだ。

 もう何をしようとしているのか想像出来る。

 

 「ん!」

 

 酒がこぼれると面倒だな、と思ったのでロキシーのちっちゃいお口を覆うように口付ける。

 皆の視線が痛いぜ。

 

 「ふふ……満足……です……」

 

 ロキシーノックアウト。

 ゲロを吐いたりしなくて良かった。

 

 アイシャがアルスに「私たちもアレやろう!」と息巻いていたり、ノルンがここにいない旦那の代わりに娘を抱き寄せる音が聞こえるが、俺にとっては既に遠い世界の出来事だ。

 

 しかしロキシーがやったのならシルフィとエリスも当然続いてくる訳で。

 俺が一番酒に強いけど、今のうちに自分に解毒かけといた方がいいかな……。


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