無職転生の幕間   作:綴りの違うウサギ

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そういうお店

 結婚は人生の墓場と誰かが言う。

 

 かつての俺ならば『そうなんだろうな』と思い込んで、既婚者をバカにしていただろう。

 結婚なんてしたこともない癖に。

 

 今の俺なら鼻で笑ってやれる。

 バカ野郎テメエ、結婚ってのは最高なんだぞ、と。

 

 美人の嫁が三人もいて、子宝にも恵まれて。

 仕事はちょっと忙しいかもだけど、このくらいビヘイリル王国での列強ラッシュを思い出せば屁でもない。

 こんなに幸せだと、あの時みたいに後ろから突然切られたりしそうで怖い。

 

 「ルディ、また怖い顔になってるよ?」

 「あー、ゴメン。ちょっと考え事を……」

 

 社長似と言うよりは、ちょっと真面目な時のパウロみたいな雰囲気で考え事をしていますね、とはリーリャさん談。

 

 久しぶりにシルフィと二人で買い物に出てきたのに俺が変な事を考えるのに夢中になって心配させてはいけない。

 

 買い物と言っても、食料の買い込みだ。

 冬の雪国はラッセルデウスをもってしても外出に難儀する。

 おまけに一族郎党が集まるのだから、普段暮らしの食料では不足してしまう。

 赤髪親子の食べっぷりをナメてはいけないのだ。

 

 「保存食はいつも通り多目に買うとして……今日は卵はどうする?」

 

 この場合の卵とは、俺のソウルフードであるTKGに使われる鶏卵の事を指す。

 例え卵の具合が悪くてお腹を壊しても、解毒さえしてしまえばなんとかなると考えていた頃が俺にもありました。

 

 しかし。

 しかし、だ。

 

 卵に血が混ざったりしているのを見て、俺の世界の卵は恵まれていたのだと知り。

 卵を割ったら黄身と一緒に虫が出てきた瞬間に、そりゃ皆生卵なんか食べないわ、と思ってしまった。

 

 でも俺は選別して食べる。

 だっておいしいもん、卵かけご飯。

 とはいえ。

 

 「今日はいいかな。せっかく皆が家に居るのに、俺だけ違うもの食べてたら寂しいし」

 「ロキシーみたいに夜中にこっそり食べたら?」

 「いや太っちゃうから……」

 

 というかロキシーまたつまみ食いしたのか。

 命に関わる可能性があったというのに……。

 これはお腹を摘まむというお仕置きが必要ですな。

 決して俺がロキシーのお腹を摘まみたい訳ではない。

 

 ●

 

 「あれ?」

 

 両手に食料を抱え込んだ帰り道。

 長くて可愛らしい耳を跳ねさせたシルフィの声色から察するに何かを見つけたらしい。

 

 「今のってジークだよね?」

 

 母から受け継いだ明るい緑色の髪に、姉と同じく少しだけ長く尖った耳。

 二人ともシルフィほどではないが時折耳を跳ねさせているのをみて姉弟だなあと思ったり。

 

 「間違いないだろうね」

 「あんな方に何しに行くんだろう……」

 

 シャリーアが魔術の街と言っても、流石に歓楽街というものが少なからずある。

 治安の良し悪しも、ルード傭兵団が存在するとはいえ当然あるし、少なからず冒険者も出入りする訳で、そういう施設が必用にもなる。

 

 「まあ、ジークもちゃんと男の子だった、って事じゃないかな」

 「え?」

 「ほら、アッチの方ってそういうお店もあるだろ?」

 「…………そういうお店ね」

 

 お金を支払って女性とそういう事をするお店。

 おかしいな、シルフィの様子は怒ってる感じではないんだけど、なんだかちょっと冷えてきた気がする。

 

 「ルディもそういうお店に行った事があるの?」

 「ああいうお店は仲良くなっておくと、普通の人が知らないような情報があったりするから、そういう目的で訪ねた事はある」

 「ふーん」

 

 疑いの視線を感じる。

 シルフィだって『無言のフィッツ』としてアリエルの護衛をしていた時の経験があるから言ってる事がわかるでしょうに……。

 こういう事は担当じゃなかったのかな。

 

 「安心してくれシルフィ! 俺はそういう目的でそういうお店に行った事は──」

 

 あったわ。

 一度だけだけど。

 

 「行った事は、何?」

 「いや、早く家に帰ろうか!」

 「ちょ、ルディ!」

 

 ●

 

 「ただいま帰り──何してるんですかパパ」

 

 久々に実家に顔を出してみれば隅に追いやられ正座で野菜を握りしめる父親の姿。

 この人の事だからまた母さん達とバカな事で喧嘩したんだろうな、と容易に想像が出来てしまうのが悲しい。

 

 「やあ、おかえり、ジーク君。僕はね、今野菜に針を刺しているんだよ」

 「……どうしてそんな事を?」

 「これをすると野菜の持ちがよくなるんだよ。まだ、話した事はなかったかな」

 

 そう話す父の目に輝きはない。

 

 「……パパ」

 「なんだい?」

 「見てて痛々しいのでさっさとママに謝ってきてください」

 

 あと、その喋り方は気持ち悪いのでやめてください、と付け足す。

 

 「……でも俺今回はそんなに悪くないと思うんだよ」

 

 よく見ると父は半泣きになっていた。

 息子にちょっと情けない所を見られても構わないと思うほどの事なのだろうか。

 

 「……ボクも別に怒ってるつもりはないんだけどな。あ、ジークおかえり」

 

 ついでですが、ただいま帰りました。

 

 「ジークさ、今日の昼間どこに行ってたか聞いてもいい?」

 「はあ。今日の昼は昔の知り合いとご飯を食べて、ゆっくりしてたらこんな時間になっちゃったから、晩御飯は家族といっしょに食べる、って言って別れて来たけど」

 

 それが今のパパと関係あるのだろうか。

 

 「……変なお店とか行ってない?」

 「……変なお店とは?」

 「……お金を払って女の人とお風呂に入るお店みたいな」

 「行かないですよそんな所……。行ったこともないです」

 

 なんでパパはそんな事を聞くんだろう。

 

 「もしかしてパパがそういうお店に行った事があるかないかで揉めてるんですか?」

 

 白髪の母が静かに笑顔を作るのを見て、僕の中の緊張感はすっ飛んでいった。

 

 ●

 

 「という訳でバカな事でシルフィ姉を怒らせてるお兄ちゃんの公開処刑をしながら晩御飯になりまーす」

 「おい、バカな事とか言うなアイシャ。俺は本気で気にしてるんだぞ」

 

 どうしてこうなった。

 それは俺がさっさとシルフィにゲロってしまわなかったからだよ。

 

 ここまで来たらもはや逃れられる事は出来ない。

 二十年以上も前の恥ずかしい話を、家族に聞かせなければならないのだ。

 説明の過程でここにはいない元カノの話をする必要もあるだろう。

 ……死にたい。

 

 「……とりあえず隠してた理由から自白すれば良いでしょうか」

 「ボクはそれよりもなんで隠してたのかを聞かせてほしい」

 「……というと?」

 「別にそういうお店に行った事自体はどうでもいいんだよ。仕事で必用だったのならそれでもいいし。でもそれを教えてもらえなかったのはボクがまだまだ信頼されてないからなのかな、と思っちゃってさ……」

 

 俺のしょうもないプライドがシルフィにそこまで考えさせてしまっていたとは。

 あの場でさらりと白状しておくべきだった。

 

 「その……そういうお店に行ったのはシルフィと再会するよりも前の冒険者の頃でさ」

 「……もしかして一人で旅してた頃?」

 

 察したであろうシルフィに、静かに頷く。

 あの頃の俺が戦闘不能であった事を思い出してくれたようだ。

 

 「ボクはもう分かったけど……皆には言わない方がいいね?」

 

 ロキシーとエリスも何となく分かったようではあるが、子供達は訳が分からず微妙に不満そうだ。

 

 「ルディはそういうお店に行ったけれどそういう事はしてないって事」

 

 だよね? と言われれば俺は首肯するしかない。

 正確にはしようと努力したけれど、その道のプロにもどうしようもなかったという事だ。

 

 それに打ち勝ったのは幼馴染の努力と酒の力。

 思い出したらなんか恥ずかしくなってきたぞう。

 

 「それじゃ改めて、食事にしよっか」

 

 シルフィはこんな俺なんかについてきてくれて、本当にいいお嫁さんだと思う。

 もちろんロキシーとエリスもそうなんだけれど。

 今度ちゃんとお礼を言おう。

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