「パパはどうして魔術を覚えようと思ったの?」
膝の上のクリスが全体重を俺に預けながら肩越しに振り返る。
始めて会った頃のエリスよりもまだ数年程幼いが、その顔つきは間違いなく将来美人になることを約束されたものだ。
エリスの娘なんだから当然ね。
アタシも彼との激しい夜に頑張って励んだ甲斐があるってものだわ。
「そうだなあ」
クリスの頬を指で軽く撫でながら思い出す。
後はどうやったらまだ学校にも行っていない末っ子に上手く伝えられるかだ。
素直に言っちゃおうか。
父親の弱いところを見せるようでなんとなく嫌だけれど、あの頃の俺が三十数年生きてきた経験を活かせた事といえば、心構えを持てた事くらいだ。
ロキシーがいなければ家からまともに出ることも出来なかったんだから。
「パパが魔術を初めて使ったのは今のクリスよりももうちょっと小さい頃だったな」
「リリよりも?」
「パパからしたらリリもクリスもそんなに変わらないけどなあ」
「私のが絶対大きいもん!」
母親であるロキシーとエリスの種族の違いがあるとはいえ、五歳かそこらのうちから体格差が出たりはしない。
性格的にクリスはリリの事を意識しているけども、リリはおもちゃの代わりに握りしめた魔道具に夢中で、どこ吹く風。
お互い嫌いではないのだけれど、興味のベクトルが違いすぎる。
リリは普段からロキシーよりも眠そうな目付きだが大丈夫だろうか。
寝る子は育つというが。
うーむ。
「じゃなくて、パパ! 魔術の話!」
「ああ、そうだったね」
あの頃は言葉と文字を覚えるのに必死だった。
普通の子なら目に入った物に素直に興味を示すと思うのだけれど、俺には三十数年生きてきた経験が既にあった。
あんまり子供らしく出来なくてパウロやゼニスに心配させただろうな。
「じゃあリリが魔道具に夢中になってるみたいにパパも魔術に夢中になってたって事なの?」
「パパはリリみたいに夢中になってたってほどじゃないけどな」
案外そういう風に見えてたかもしれないけど、もうリーリャしか手軽に聞ける人がいないし分からない事だ。
ララにゼニスの通訳を頼むのもなんだか悪いような気もするし。
「パパが子供の頃はあんまり深く考えずにひたすら魔術の練習して、剣の練習してって感じだったかな」
「疲れたー、ってならなかったの?」
「もちろんなったさ。だから疲れたー、ってなるまで毎日色んな事を教えてもらって、出来るようにやってみた」
「それじゃあ嫌いになっちゃわない?」
クリスの言葉には『私はもう、そういう所まで来ています』という意味が含まれている気がする。
この後の言葉は慎重に選ばないと、自分はダメな子なんて思わせてしまうかもしれない。
それは絶対にダメだ。
「もちろん嫌になるような時もあったよ」
「それでもパパは続けたの?」
「うん。お陰で家族皆を守ることが出来てる……と思う」
結果的に、だけど。
最初は自分が手を抜いたせいで後悔しない人生をおくれるように頑張ろうと思った。
それがロキシーの考え方を動かして、シルフィの人生を救って、エリスと二人で飛ばされても生きていけた事に繋がった。
「もちろん頑張っても失敗する事はいくらでもある。ロキシーだってしょっちゅううっかりしてるだろ?」
「うん。青ママいっつも何もない所で転びそうになったりしてるもんね」
マジかよロキシー。
お腹に子供がいなくて良かったぜ。
いや……俺がその場にいれば抱き止めてあげる事が出来るから今の状態であれば悪くはないのか。
転んだ勢いで胸に飛び込んで来てくれてもいいし。
そんな都合よくいくことなんてないか。
「でも少しでも後悔を減らせるならこれくらい頑張れると思って、パパは剣や魔術の訓練を頑張ってるんだ」
「……じゃあ私も頑張った方がいい?」
「それはクリスが決める事さ。頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい」
どっちを選んでも俺は君の父親として、君を愛する。
そこまでハッキリとは言わないけれど。
そこまで悩む時間はかからなかった。
流石エリスの娘。
勢いよく俺の膝からクリスが飛び降りていく。
「決めたよパパ、私頑張る」
「頑張って私がパパを守ってあげられるようになるからね!」
そこはパパみたいな人を見付けてその人を守ってあげてほしい……と思ったけれども、まだ学校へも行っていないクリスにそこまで言わせる事もないか。
早速外へ駆け出して行って、エリスに何やら言っている声が聞こえる。
ケガに気を付けて頑張ってくれたまへ。
●
「お元気ですね、クリス様は」
「リーリャさん」
クリス入れ違いになるように、お茶が入りましたと、リーリャがやってきて、クリスの分を想定していたカップが余ってしまったようなので折角だから一緒に頂きませんか? ということになった。
「本人がどうしても嫌だというならそれも受け入れるつもりだったんですが」
「クリス様はエリス様の子ですし、そんな事は言わないと思いますが……」
目標さえできればそれに向かって突き進むのがエリスだしね。
「俺やエリスが普段こんな風だから忘れちゃいますけど、クリスって一応貴族の血統に真っ直ぐ当てはまるでしょう? だからそっち方面が伸びたりするかな、とも思ったりしまして」
「そうなったら……エリス様のご両親もきっとお喜びになりますね」
「ええ、それにお爺様も大声を上げて走り回ったと思いますよ」
サウロス爺さんなら大きい体で思いっきり感情表現してくれるだろう。
あの世で「うちのひ孫は天才だ」と叫びまくるに違いない。
それをヒルダ様がなだめて、フィリップ様が俺に近付いて「上手くやったじゃないかルーデウス君」なんて言いながら悪い顔をして笑うんだ。
「ルーデウス様……」
「え……?」
一筋だけ、あくびをした時にでも流れるような涙がこぼれていた。
まともに墓参りに行くことも出来ないが、あの短い期間俺が確かにあの家族の一員であったという証なのかもしれない。
「……なんだか眠くなってしまったみたいですね。顔を洗ってきます」
「ではカップは下げておきましょう。夕食まではまだ時間が御座いますので、仮眠をとるのもよいかと」
「ん、ありがとうございます」
ベッドか、最悪暖炉の近くでもいいか。
起きて夕食の時間になったら頑張ってきた子供達を思いっきり誉めてやろう。
そして、ここにいない人達に胸を張って生きていけるように、元気を分けてもらうんだ。