目の前でピコピコと、彼女が奏でる鼻歌に合わせて長い耳が嬉しそうに上下しているのを、俺はただ、何をするのでもなく見つめていた。
世間様は『ロバのような耳』とか『悪魔のような耳』だと表現する事もあるらしいが、俺にとっては『愛しい嫁の耳』であり、これ以上の表現は存在しない。
そも、獣の尾のごとく彼女の豊かな感情表現に一役買っている美しい耳に悪い印象などあるわけがないのだ。
「あの……ルディ?」
「んー?」
「さっきからずっとボクを見てるけど、どうかした?」
「いやいや。今日もシルフィは綺麗だなって、思ってただけだよ」
ぴょこん、と耳を跳ねさせた後いつものようにえへへ、と笑って「ありがとう」なんて言う。
ただそれだけの事が愛しくて、俺は生涯彼女にときめき続けるんだろうな、と再確認した。
そうだ。
「シルフィ、耳掃除ってしたことある?」
●
この世界に来てから耳掃除という文化に出会ったことはない。
そもそも耳掃除がアジア特有の文化であり、欧米には存在しないという事は何かの拍子に見た記憶がある。
1へえ。
100円だな。
「えっとじゃあ……失礼します」
耳掃除の作法として、膝枕を勧めさせてもらった。
ただ、シルフィの耳は長いので、痛めないように股の間に耳が入るようにする必要がある。
……非常にこそばゆい。
この鳥の羽でくすぐられるような感覚が、俺のよろしくない所に届かない事を祈ろう。
当のシルフィは赤い顔でモジモジとしている。
そういえば膝枕なんてしたことなかったかもしれない。
俺達はもっとこういう付き合いたてのカップルみたいな事もするべきだな。
あんなことやこんなことばっかりじゃなくて。
「……ホントにそんな棒を耳に入れるの?」
「ホントホント」
「……痛くしないでね?」
「俺がシルフィにそんな事するはずないだろ」
「もちろんルディの事は信じてるけどさ……」
流石のフィッツ様も初めての耳掃除には緊張するらしい。
気持ちは分かるとも。
変な所に力が入るのも分かる。
「じゃあいくぞ?」
「うん……」
こちょこちょかりかりと、耳の中を引っ掻いてまわる。
耳の中は思ったより綺麗だった。
そりゃ耳掃除が必要ないわけだ。
「よし、じゃあこっちは終わったから反対側もやろうか」
へ? とすっかり気の抜けた声を返すシルフィ。
最初こそ俺の太腿を強く掴み、足をぴんと伸ばしていたが、段々と力が抜けて寝起きもかくやというほどに蕩けていた。
「や、やっぱり反対側もやるの?」
「そりゃあ片側だけだったら変な感じするだろ」
う~……と唸っていたが、観念したらしく頭をひっくり返した。
早くしないとエリスやロキシーが帰ってきちゃって大変な事になるかもしれないだろ!
●
「如何でしたでしょうか私めの耳掃除は」
「くすぐったいっていうか恥ずかしいっていうか……なんだか不思議な感じだったよ」
「そうでしょうそうでしょう」
俺もこのもどかしい感覚を『気持ちいい』の一言で片付けるのは難しいと思っている。
普段人に見せないような所を見られているわけでもあるしな。
「それじゃあ次はボクがルディにしてあげる番だね」
えっ。
「お、俺は自分でやるからいいよ……」
「ダーメ。ちゃんとルディの恥ずかしい所も見せてもらわないとね」
「うぐ……」
この後、シルフィには今まで聞かせたことのないような情けない声をたっぷりと聞かれてしまった。
「……しばらく次の耳掃除は無しで」
「ふふ。はーい」
ロキシーやエリスにもやってみようと思ったけど、ちょっと二の足を踏みそうだ。
特にエリスはこういう事苦手だし。
鼓膜なんて破られたくないぞ俺は。