無職転生の幕間   作:綴りの違うウサギ

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親子喧嘩

 エスパーじゃあるまいし、他人が何を考えているかなんて分からない。

 自分自身の子供でさえも。

 

 大体子供が何を考えてるか分かるなんて傲慢にも程がある。

 血の繋がりはあれど、文字通りの他人であるのだ。

 

 思考は好きか嫌い、イエスかノーに始まりそこから複雑な感情を覚えていく。

 はいかイエスで答えてください?

 子供にそんな事言ったら嫌われますよ。

 

 大人は増えた感情をどう表現するか悩むだけで済む。

 子供は悩む前に混乱する。

 だから暴力的になったりするのだ。

 エリスなんかも多分そうね。

 

 では娘のクリスはどうか。

 彼女はソファの隅で赤い毛玉になった。

 

 ●

 

 いつもお仕事から帰って来たパパを誰よりも早く出迎えて飛び付いてくる娘が静かだと思っていたらこんな事になっているとは。

 一体全体何があったっていうんでい。

 

 「えっと、今回ルディとエリスは朝早くに出発したよね?」

 

 確かに一週間前のお日様がのぼり出した一日の内に一番冷える時間帯に仕事へ出発した。

 

 不規則な睡眠は美容の大敵なのだが、オルステッドからの時間指定なので仕方がない。

 遠出するなら即出発の方が良いのではないかと進言したが、あえてこの時間に合わせる方が事が上手く進むという。

 

 実際楽なもんだった。

 死なれたくない対象を遠巻きに魔物から護衛する凄腕のスナイパーになるだけだったからな。

 

 体を伏せて両目の魔眼を展開し、岩砲弾で狙撃する。

 エリスは当然スポッターではなく護衛。

 俺が射撃を終えたあと「何もなかった?」って聞いたら、満足そうに「何もなかったわ!」って言ったけど、血の匂いがしたので多分何か切ってる。

 ちゃんと燃やしておいてよね。

 

 「そういう依頼だったからね」

 「そのせいで誰も見送れなかったでしょ?」

 

 ビートも普段より静かに門を開けてくれた。

 家族や近隣住民への気遣いが出来るいい子だ。

 

 ……そういう事か。

 

 「パパにいってらっしゃいのチューが出来なかったから……!」

 「チューは重要じゃないと思うけど……」

 

 でもまあそんな感じかな、とシルフィは言う。

 シルフィったら末っ子と俺がほっぺたを引っ付けるだけの事に嫉妬してるの?

 可愛いんだから。

 

 「もしかして一週間ずっとあんな感じなのか?」

 「おまけに日に日に悪化してるよ」

 

 なんてこった。

 娘に愛される父親は辛いぜ。

 

 ●

 

 「私がママの代わりにパパに付いてく!」

 「ダメよ!」

 「どうして!」

 「どうしてもよ!」

 

 争いは同じレベルの者同士でしか──そんな訳ないだろ流石に。

 自分の娘だぞ。

 

 「これこれエリスさんや。否定するのならちゃんとした理由を言わないといけませんよ」

 

 そっくりな顔でコッチを振り向いたが、頷くのは当然エリスだけ。

 

 「ルーデウスに付いていきたいならもっと強くならないとダメよ!」

 「もっと強く、ってどのくらい?」

 「私くらいね!」

 

 どんだけかかるねん。

 案の定クリスも「そんなのむり!」とか言っちゃったし。

 

 「時間はかかるかもしれない。けど貴女なら絶対に強くなれるわ。私とルーデウスの娘なんだもの」

 

 やだ素敵。

 エリスがすっごいお母さんしてる。

 

 「そうやって強くなる頃には、私にとってのルーデウスがクリスにもいると思うから、その人と一緒に冒険に行けばいいわ」

 

 えっ。

 

 「でも今はパパと一緒に出掛けたいんだもん!」

 

 ですよねー!

 危ない危ない。

 エリスが突然しっかりした事言い出すから俺の方が子供になるところだった。

 

 でもこう、早熟させようというのはボレアスの家でもそうだったし、我が家も教育熱心だし間違っちゃいないんだよな。

 

 「それなら私を倒してみせなさい!」

 「パパ助けて!」

 

 状況不利に気がついたクリスがコッチへ飛び込んできた。

 猪突猛進よりよっぽどいい。

 アイシャから習ったのかな?

 

 「パパが助けてあげてもいいけど多分二人がかりでもエリスには勝てないぞ?」

 「じゃあ痛くされちゃう?」

 「されちゃうねえ」

 「ヤダーっ!」

 

 しないわよ……と、エリスが小さい声で言ってるが、姉兄達が木刀一本で布切れのように吹っ飛ばされるのを散々見てきたクリスにその言葉は届かないだろう。

 

 「ねえパパ、白ママか青ママに勝てたらじゃダメ?」

 「……二人だって俺より強いぞ?」

 

 魔術師としてどうとか、純粋に力でどうこうするって話ではない。

 二人の強さに俺は普段から助けられている。

 

 「でもパパは白ママと青ママを泣かせてるんでしょ?」

 「えっ」

 

 なんのこっちゃ。

 三人の妻に対して後ろめたい事をした記憶は俺には一切無い。

 ましてやクリスの耳に入るような事なんて……。

 

 「……ルーデウス?」

 「待ってくれ。心当たりが無い」

 

 エリスにとってもシルフィとロキシーは大切な家族だ。

 俺が粗相をしたとなれば前が見えなくなるまでぶん殴られるだろう。

 

 「赤ママには泣かされてる、ってララ姉が言ってたから」

 

 ……ははん。

 そういう事か。

 

 「エリス」

 「ええ」

 「ララを捕まえよう」

 

 ●

 

 「誰かララがどこにいるか知らないか?」

 

 一階では夕食の用意が始まっており、皆集まっていたがララとお付きのレオだけがいない。

 

 「ララならさっき慌てた様子で出掛けて行きました。お腹がすいたと言っていたのですぐに帰ってくると思いますが……」

 

 ……逃げたな。

 

 救世主パワーなのか知らないがこういう時ララはやたらと勘がいい。

 嫌な気配を感じるとおでこの前辺りに白い光が走って人の心を感じとったりしてるのだろうか。

 

 「何か急ぎの用が?」

 「ええ。ララがロキシーから覗き癖を受け継いでるかどうか確認しようと思いまして」

 「……何故わたしに覗き癖があると?」

 

 ウップス!

 失言だった。

 

 「えー、それはアレですよホラ、俺達がまだブエナ村で過ごしていた頃です」

 「ブエナ村……懐かしいですね」

 「あれは俺が夜にちょっとトイレに行きたいな、と思った夜の事です」

 

 俺が全てを語る前にロキシーの顔が真っ赤になっていたので話を止める。

 妻の尊厳を守るデウス。

 

 「……もしかしてルディはその時のわたしの姿を見ていたのですか?」

 「はて。子供の頃の記憶なのであまり正確には思い出せませんが……」

 

 すっとぼけながら顔をそらすとゼニスが頬に手を当てて照れているような仕草をしていた。

 横ではリーリャが微妙にオロオロしているが特に問題ないだろう。

 二人はそのまま可愛いおばあちゃんになっていってくれ。

 

 「パパ達は何のおはなしをしてるの?」

 「ルーデウスは夜でも一人でトイレに行ける、って話をしてるのよ」

 「私も夜に一人でおトイレ行けるよ! 偉い?」

 「そうね。クリスは偉いわ」

 「えへへー」

 

 母子の可愛い会話内容が気になるがここはひとまずガマンだ。

 ララは後で問い詰めるとしよう。

 

 「あまり思い出せないなら出来れば忘れてほしいのですが……」

 「それは無理ですね。一生忘れることはないです」

 「やっぱり覚えてるんじゃないですか……」

 

 イカン、ロキシーが涙目になってきた。

 

 「この話は一旦置いておいて本題に移りましょう。クリス、こっちにおいで」

 

 エリスの横からとてとてとクリスが歩いてくる。

 まだまだチビッ子だ。

 

 「ロキシーはクリスがロキシーに勝てると思いますか?」

 

 ●

 

 まず事の経緯を説明した。

 

 クリスがここの所グズグズと拗ねていたのはロキシーも承知でしょうが、そこからエリスと言い合いになりまして。

 

 パパと一緒に冒険したいならママ達を倒してみせなさい! と。

 

 赤ママエリスは絶対無理。

 白ママシルフィは、冷静に考えたら怒るととっても怖いので無理。

 じゃあ青ママロキシーはどうか。

 

 怒った所なんてめったにみないし、普段は学校にいるから魔術を使うところもあんまり見ない。

 もしかしてワンチャンあるのではないかと思ってしまったいうわけだ。

 

 「もしかしてわたしはちょっとナメられているのでしょうか」

 「その通りです! ロキシーをナメるのは俺だけで十分だというのに!」

 「馬鹿な事を言っているルディはほっといて、夕飯前にわたしの実力をちょっと見せて来ましょう」

 

 ●

 

 結果はまあ予想通りでした。

 

 未だに無音の太刀すら放てないクリスは剣をロキシーに杖で受け流される──事すらなく、踏み込んだ足を勢いよく泥沼に突っ込んでずっこけた。

 

 可愛い悲鳴と綺麗な受け身だった。

 これでクリスが前に勢いよく転んでも肩を痛めたりしないのが分かったので大きな収穫である。

 

 しかし、ロキシーが泥沼を使うとは。

 旦那の得意技だからってコッソリ練習してたのかな?

 

 それはさておき、クリスの擦り傷を治していざ夕飯。

 

 「そんなに気にする事ないさクリス。パパだって七歳の頃に父さん──クリスのお爺ちゃんと勝負してコテンパンにされたもんさ」

 「パパはなんでお爺ちゃんと戦ったの?」

 「学校に行くお金が欲しい、みたいな感じだったかな」

 「お姉ちゃん達が行ってる学校?」

 「そう。パパが子供の頃はここじゃなくてもっと遠いところに住んでいたんだよ」

 

 ふうん、とクリスの返事がすり抜けていく。

 

 「パパに勝っちゃうなんて、お爺ちゃんはとっても凄い人だったんだね」

 「そりゃそうさ、なんせパパのパパだからな」

 

 人間だしダメになる時もある。

 それでもパウロは最期までルーデウスの父親だった。

 俺はその意味を決して忘れることはない。

 

 「あ、でもパパが十一歳の頃にはお爺ちゃんと喧嘩して勝ったぞ」

 「ホントに!?」

 

 クリスだけじゃなく皆が聞き耳を立てている気配を感じる。

 

 あの頃のパウロは色々あって弱ってしまっていた上に、酒が抜けてなかったからあまり自慢するような話でもないんだが……まあ詳しく話す必要はないし。

 

 「じゃあ私が十一歳になる頃にママ達に勝てたら!」

 「その時は一緒にパパのお仕事に行こうか」

 「やった!」

 

 もう決まった事のようにクリスが喜ぶのを見てシルフィとロキシーは苦笑いで済ますが、エリスは本気の表情をしていた。

 

 「じゃあもちろん私も倒すって事よね?」

 「も、もちろん!」

 「言ったわね!」

 

 それでこそ私の娘と、エリスは息巻いているが、単純に強くなった自分の娘と早く戦いたいだけなんだろうな、と思う。

 

 クリスの方は興奮の勢いで言ってしまっただけだから、今晩寝る頃には後悔し始めて、明日の朝には『どうしようパパ……』とか言い出すだろう。

 

 まあ俺に出来るのはクリスの意思を尊重して、勝つために頑張る方法とどうにか逃げ切る方法の望む方を一緒に考えてやる事だけさ。

 

 ●

 

 「ねえママ」

 「なあにルーシー」

 「ボクもう十一歳過ぎてるしパパやママ達に挑戦した方がいいと思う?」

 

 どうやらさっきの一幕を本気にしていたのはエリスだけじゃないみたいだ。

 

 「しなくてもいいよ。そもそもなんでルディとパウロさんが喧嘩したのかなんてボク知らないし」

 

 パウロさんの事は子供の頃にブエナ村で会ったっきりだけど、ルディとはなんていうか親子っていうより男友達みたいな感じだった覚えがある。

 そんな仲の良かった二人が喧嘩してしまったのも多分、転移事件のせいなんだろうな、と思う。

 

 「ルーシーもルディに何かお願いがあるの?」

 「そうじゃないけど……パパやママみたいに強くないと残念がられないかなって」

 「ルディはそんな事思わないよ」

 

 ルーシーに限らずウチの子達はルディの事をちょっと気にしすぎている所がある。

 ……ボク達がルディの事を褒めっぱなしだからかなあ?

 

 「ルーシーが冒険者になるって言ったら『俺を倒せるようになるまでダメ!』とか言い出しそうではあるけどね?」

 

 自分の子供に対してすっごく甘くて心配性な所はどこにでもいるお父さんって感じだ。

 

 「ルーシーが今のままでもルディはちゃんと褒めてくれるから大丈夫だよ」

 「……うん」

 

 イマイチ伝わったようなそうでないような曖昧な返事。

 子育てって、楽しいけど大変だなあ。

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