こつこつ、と音がする。
頭の上から。
俺の知る限りではこの世界にガムのような物は無いので、彼女は俺の頭に顎を乗せて、空気を咀嚼している事になる。
構ってほしいのだろうか。
しかしガムか。
懐かしくはあるが久々に食べたいと思うほどでもないな。
ガムの樹液を取る木なんてのは熱帯とかのジャングル的な場所に生えてるなんて説明を、小学生の時に漫画で読んだような気がする。
さすがに昔の事過ぎて自信はないけれど。
この世界にあるとしたらやっぱり専用のトゥレントがいるんだろうな。
チューインガムトゥレント。
大森林にならいそうだ。
ガラの悪い冒険者がクッチャクッチャやってそうだけど、ウチの次女は冒険者じゃない。
「……ララ」
「……ん?」
「パパはそろそろ頭が痛いので顎をガコガコするのを止めなさい」
「やだ」
ええー。
そりゃ自分の娘に抱きつかれたら嬉しいけどさ。
朝の稽古を終えて汗を流してソファーでウトウトしてた所に脳天コツコツだよ?
パパが微妙に不機嫌になって、脇腹くすぐっておもいっきり笑わせてあげても許されるよね?
レオは足元で俺の代わりに寝てやがるし。
お前もモフモフしてやろうか。
「はいはい。髪結んであげるからバカな事考えないの」
オカンかよ。
まあララどころか子供達に髪結んでもらった事なんかないし、いい経験かもな。
俺の髪なんか纏めてくくるだけなんだけど。
●
「……あの、ララさん?」
「なに?」
「なんで三つ編みなんでしょうか」
「ママとお揃いでしょ?」
……なるほど。そう考えると悪くはない。
ロキシーと同じとは俺にはおこがましいくらいだ。
ただ髪の長さが多少短いとはいえ、髪の色的に牧師の服を着たら陽気な死神に見えなくもない。
魔導鎧にデスサイスを持たせて盾をバスターシールドに換装してやろうか。
「……パパの髪を結んでる紐って何か特別な紐?」
「別にそんな事はないけど……赤竜の髭だよ。持ちがいいんだ」
「赤竜!?」
おお、ララが珍しく驚いておられる。
「昔はぐれの赤竜を上手いこと倒せた時に貰ったんだ。これで髪を結んでおくと髪が無駄に伸びなくなって超便利」
「へー」
興味薄れるの早すぎじゃありません?
「パパのお陰で早起きした分の暇も潰れたし、いいじゃん」
めずらしく引っ付いてきたと思ったら甘えてた訳じゃなくて暇潰しかよぉ!
よいせっとララが降りる先には当然のようにレオが待ち構えている。
お前は働き者だなあ。
ララは普段のように眠そうな目とイタズラを思い付いたような薄い笑顔に戻り、のそのそと俺から離れていき、入れ替わるようにエリスが近づいてきて俺の三つ編みを弄びだした。
俺と同じく汗を流した後なので、普段よりちょっといい匂いがする。
「今日は三つ編みなの?」
「ララがやってくれたんだ」
暇潰しだけどな!
「エリスもやるか?」
「……ルーデウスが結んでくれるならやってもいいわ!」
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その日の朝食の席で、今日は皆三つ編みの日なんだと気付いたシルフィが「後でボクのも結んでね」と言ってきたのは、予想通りだったけど、やっぱり可愛かった。