サモンナイト4 カルマエンド クリアデータ 作:( ◇)
目が覚めたときライがふと思ったのは、体がギシギシと軋む感覚と懐かしいという言葉だ。そこで過ごしたのは幾年も前なのに、すぐ思い出せたからそれほど自分の中に根付いていたのだろう。
「……忘れじの面影亭?」
やはりそうだ。ただ起きたその場所は入り口の近くで、体にはバスタオルが掛けられている。随分杜撰な状態で寝たものだ、と。そうして周りの状態が鮮明に理解し始めた。
……俺の最後に見た記憶よりも新しく、生活している最中で出てしまった傷などもまだ無かった。どうしてここに居るんだ、そう頭を動かしたとき気が付いた。
「……ミルリーフ、どうして」
過去への転移、その事象を行うための儀式は生半可なものではないだろう。少なくともそんな現象も術式を俺は聞いたことが無かったし、ミルリーフから消費された大量の魔力を見るに大規模であったことは間違いない。
『パパをきっとあの頃へと送って見せるから。だから、パパは笑っていて欲しい』
そういって成長したミルリーフは笑みを見せた。それを俺は見ているだけしかできなかった。儀式の規模は中断すれば自分もミルリーフも木っ端みじんになると確信できる程のものだ。
だから俺はただ懇願することしかできなかった。無理にでも止めていたのなら、また別の結末があったのだろうか。
ふと想像してみるけれど……どうしてと、ミルリーフが泣く未来が見えた。どちらにしても最悪だ、ソレを見たくなくて俺は走り続けてきたのに泣かせたら世話がない。
「……でも、やっぱり不完全だったのか」
衣服はフード付きで裏地に金属の鎖を付けたローブと、動きやすい素材のズボン。おまけに数本の短剣が見つかった。……ここに来る前の装備そのままだ。外見は二十台半ばぐらいの頃を思い出すけれど、正直覚えていない。少なくとも俺が15歳だった時よりも老けて見えるのは確かだ。
窓の外から見える風景、家の劣化具合、それらから俺がこの世界に来る前の
本来ならミルリーフは年齢も全て元に戻すつもりだったのだろう。俺が若干若返っているのがその証拠だ。失敗したのは……きっと元の力を失ったからだ。
「あの子は至竜を、守護竜としてをやりきって、次世代に託した。……だから、か」
ミルリーフは至竜として最も早くその役目を終えた。そして子のリュームに力を英知を継承を行った。当時はなぜそうまで生き急ぐのか分からなかったが、この儀式のためだったのだろう。
あの子は俺の子供だけれど、もう大人だった。だからやることに口を出すつもりもなかった。御使い達はミルリーフ自身のためだと俺に伝えており、本人からもその言葉を聞いている。きっといつかミルリーフが心の底から笑ってくれるなら、それでいいと。俺は本気で思っていた。
「ああそうか、あの子は笑えていたのか」
この世界で俺が笑っていられること、それがきっとあの子にとって最も求めていたことなのだ。だから儀式を発動したとき、ミルリーフは笑顔を見せたのだ。莫大な魔力に押しつぶされる痛みも無視して、大丈夫だと言ったのだ。
『これできっとパパはまた笑うことができる』……きっとあの子はそう思ったに違いない。
「笑って欲しい、笑う、笑え、か。……無茶言うなよ」
娘を失って、笑える親が居るものか。ようやくミルリーフが心の底から笑ってくれたのに、いなくなったら意味がないだろう。
「……だったら、俺はどうすればいいんだ?」
このまま俺が腐ったままなら、あの子の笑顔を、意志を、本当に意味を無くしてしまう。だから俺は
だけど、笑い方が分からない。何をすればいいかが分からない。仕事も知り合いも全部なくなって街の中に放り出されたようなものだ。手持ちの資金すらないのだから、何もしなければ路地裏で寝る羽目になるのは間違いないだろう。
そんな死んでないだけの生をミルリーフは望んでいないはずだ。だから自分がこの世界で生きる意味を見つけなければならない。
……今更、生きられるのか?
あの子のためだと言って、何人の人を、召喚獣を、殺してきたのかもう覚えていない。原初の記憶は堕竜に落ちた青年で、次に殺したのは無力な妖精の少女。そして次は紅き手袋の暗殺者、鋼、剣、獣の長達、それに連なる者たち。中には子供すらいたことも覚えている。
何時だったかシルターンの住人が俺のことを、修羅だと呼んだ。そんな存在が――
ぐぅ
「……腹減った」
腹から空腹を主張する音にその思考は中断された。
そして体を起こすと記憶をたどりながら足をキッチンへと向けた。
「まぁ、それこそ今更か。世界が変わろうが腹は減るんだ、何か作るか」
はっきりというのなら、俺はミルリーフのために自分が行ってきたことに一片の後悔もない。いや、後悔はしたけれどそれは前の世界で生きていく中でさんざん悩んで押しつぶされて、スクラップにされている。俺が散々消してきた命と自分の娘、どちらが重いか一目瞭然なのだから。
「誰か来ても良いように体ぐらいは拭いて、着替えて。味覚は……どうなってる? 嗅覚だけだと面倒なんだよな。適当に作るか」
前はいつの間にか俺の味覚は無くなっていた。料理をするのに致命的だが、まだ匂いと感覚だけで何とかしていたから、なんとかなるだろう。
……作っても、食べてくれる相手はもう居ないのだけれど。
――
味覚は戻っていた。
ぴしり、と何かがひび割れたような音が聞こえた。
――
私塾からの帰り道、フェアの足取りは重かった。
講師であるセクターが午後から用事があり、授業は半日だったためまだ日は高い。普段なら自分とリシェルとルシアンの三人で遊びに行くか、悪ふざけをしながら帰り道を歩いていた。だがどうもはやり病にかかってしまったらしく、二人とも私塾を今日は休んでいたため、フェアは一人とぼとぼと歩いていた。
「(……家に帰っても、誰もいないもん)」
父親も妹ももう旅に出てしまい、家に戻っても『ただいま』を返してくれる相手は居ない。それがどうしようもなく寂しかった。
大丈夫だとお父さんは言っていて、エリカにも元気になって欲しいとフェアは思っている。だからあの二人をあの家で待つと決めたけれど、早くもその決心は揺らぎかけていた。
昨晩はまだなんとかなった。一人で眠るのではなくてもう一人いたから――
「そういえば、あの人……!!」
フェアが昨晩拾った男――ライのことを思い出して思わず足を速めた。
昨晩は家の前で倒れているライを運ぼうとして、重くて家のすぐ中までしか動かせなかったのだ。それでも起きる様子の無いライを見て、このままだと風邪をひいてしまうと考えバスタオルを持ってきて掛けたところで、眠くなってフェアもその場で寝てしまった。
見知らぬ男でも不思議と怖くはなかった。それどころかその体の温かさや匂いが懐かしく感じて寝入ってしまい、気が付けば朝起きて支度をする時間だったのだから。
ライは目覚める様子が無かったので普段と同じように私塾に向かい、そこでの先生の気遣いや生徒たちの言葉にすっかりそれらを忘れてしまい今に至る。
だがフェアにとっては見知らぬ人物であり、今更ながら泥棒なのかもしれない、自分の家を滅茶苦茶にされてしまうかもしれないという恐怖が出てきたのだった。
家は街のはずれにあり、気が付いた地点はもう家まで一本道で他に人影は無い。とにかく急がなきゃと、そう思って足を動かしたフェアに料理の匂いが運ばれてきた。
「あれ、これって……」
肉と赤い野菜、それをお父さんが炒めていた時の匂いであることを思い出す。香りはフェアの家から風に乗って運ばれてきており、ふとお父さんが帰ってきたのかと考え、否定するように首を振った。昨日の男の人が何かをしていると状況から理解できたのだ。
家の入口まで来るとなぜか無性に緊張してきた。自分の家の中に入るだけなのに、不安がよぎりゆっくりと音を立てずに中へと入る。
「♪~♪~~♪」
鼻歌交じりにフライパンを振るって料理をしているライがそこにいた。
お父さん――ケンタロウの予備の宿の制服を着ており、小奇麗な格好になっている。見かけは全然はずなのに、フェアはなぜかその姿に自分のお父さんの姿を幻視した。
家へと上がるとき歩く音が静かな空間に響き渡る。それに気が付いたのか、ライもフェアが居る方向へと視線を向けた。
「いらっしゃーい。まだ準備中だから少し待っていてく……」
そして体に沁みついた癖というか、条件反射で口を開いたライはそのままの姿勢で固まった。手元のフライパンと菜箸は器用に動かしたままだ。
フェアも客を招くような言葉に少しだけ腹が立った。此処は自分の家なのに、まるで自分の家のように言う
「まだお店、やってない! それにその服、お父さんのだよ!」
「ああ、ちょっと借りて……わ、悪かったよ。そんなに怒らないでくれって」
ぷんすか! という擬音が聞こえてきそうなフェアの様子にライも思わずたじろいだ。
「それに、勝手に台所をつかって! そこは……」
ぐうぅぅ
まだ怒ってます、という様子のフェアが言葉を続けるよりも先に、腹の虫が先に返答した。
フェアの耳どころか辺りにはっきりと聞こえてしまうようなその音は、ライにも当然届いており、気まずそうに眼を反らす。
なんでこんなときに……と、フェアの内心と同じく顔が羞恥で赤く染まる。なにもかもその料理が悪い。そうフェアが視線を向けたことにライも気が付き一言呟く。
「あーー。……昼食作ったけれど、食べるか?」
「……食べる」