サモンナイト4 カルマエンド クリアデータ 作:( ◇)
久々に味覚がある状態で食べた食事は、自画自賛になるけれど美味しかった。味覚が戻ったばかりだったから刺激の多い辛味は使用しなかったけど、それは目の前の少女にぴったりだったようだ。
「……おいしい」
「それは何より。作り方とか教えようか? そうすればまた自分で作れると思うぞ」
「うん!」
「と、ほらソースついてるぞ。取ってやるから少し待ってな」
少女――フェアと名乗ったその子は笑顔でこちらに返答する。頬にソースが付いていたので拭ってやると少し顔を赤らめた。その仕草に何となく昔を思い出す。
ミルリーフではなく、妹のエリカの様だと感じた。フェアはエリカとは真逆の勝気な表情を見せるが、素直な所やたまに見せるしおらしげな表情は病気がちだったエリカを思い出す。
そして記憶はもう朧気だがエリカが着ていた服や、腕にある腕輪も――
「(……って、この子にある腕輪もそうだし、この家の子って……
この家に居たであろう親父……ケンタロウの衣服については奥に仕舞われていた。だからもうこの家を出て行ったことは想像がついた。その上で一人この家に残った子供であること、魔力によって編まれた響界種の力を抑えるための腕輪があることからフェアについては想像がつく。
もしも俺が女の子だったらこんな子供なのだろうか。
「(過去の改変なんて無茶だとは思っていたけど、その妥協点が別世界の転移って)」
やっぱり儀式は失敗したようだ。
フェアはライ、という名前にも聞き覚えは無かったらしく、俺という存在がこの世界の俺を塗りつぶしてしまっていないらしい。今更罪悪感程度で潰れるつもりもないけども。
昼食も食べ終わり片づけをした後、改めてテーブルに座り向き直る。先に口を開いたのはフェアだった。
「それで……おじさん?」
「せめて名前呼びで頼む」
フェアのおじさん呼びにショックを受けたわけではない。若くないことは理解しているしな。だけど前の世界を思い出してしまい、あまり良い気分じゃない。
「じゃあライさん。ライさんはどうしてここに? もしかしてお客さん?」
「……ああ。そうなる、のか?」
自分の家に来てお客さん……いや此処は俺の家ではないのだけれど、微妙な気分だ。
「初めてのお客さん……えっと、一人さまですか? 何泊していくの? 食事は何処で……」
「まて、待てって。まだこの宿屋は休業中だろう? 仕事、まだ分からないんじゃないのか?」
「それは、そうだけど」
「それに俺は文無しだ」
「堂々と言わないでよ……」
腕を組み胸を張りながら言うと、フェアは半目でこちらを見る。先ほどまであった年上への敬意が減っていくのが分かった。
……いや、それは言い訳だ。はっきりって見知った顔の者と『初めまして』と挨拶するのは、きつい。自分の家ですらそうなのだから、知人と会ったときは自我が揺れそうだ。
「それで、一文無しでお客さんじゃないなら、ライさん……ライはどうしてここに来たの?」
「ひでぇ。あれだ、ちょっとした事故が起きてここに来たんだよ。それでここの入口で力尽きた」
「目的なしのちゃらんぽらん……」
「ぐっ、否定はできないけどさ。たっく、ミルリーフめ」
思わず自分の娘の名前をつぶやき、気が付いた。俺の精神がずいぶんとまともになっていると感じていた。ミルリーフが居なくなって、あれだけ落ち込んでいたのに、もう口に出せる程度まで回復している。
……いや、まともじゃない。精神状態はまともでも今の状態はまともじゃない。精神崩壊は数回は経験してきて、無理やり思考の鉄骨を組み立てて『直して』きた。経験から言えば、ミルリーフを失うなんて出来事は、そのままの俺なら精神がぶっ壊れているだろう。
儀式にその辺りの式も組み込まれていたのだろう。それとも――
「ミルリーフ?」
「ああ、俺の娘みたいな子……っ!!」
こてんと、首を傾げたフェアにミルリーフの影が重なり思わず言葉を失った。
「子供がいるの? それって私と同じぐらい?」
「い、いや……そこそこ成長していたよ。もうフェアぐらいお転婆な子じゃなかったな」
「むー」
「どちらかというとフェアは俺の妹の方に似ているよ。どのあたりが、って聞かれると困るけどな」
もともと勝気な子に『しおらしげな所が似てる』と言われてもよい感情は無いだろう。
ふざけたように言った言葉にフェアは口をとがらせて不満を見せる。その様子が年相応の子供らしく、思わず笑いが漏れた。
――笑った?
ミルリーフが居なくて、失って、なのに、笑った?
なぜ? この状況でなんで? フェアと話していただけなのに? なんで
「(……フェアと、ミルリーフを重ねている?)」
マズいと本能的に感じた。
ミルリーフという存在が他の誰かに重ねられるほど軽いものじゃないはずだ。なのにそれが塗りつぶされる様な感覚があった。
フェアに対して親近感を抱くのは当たり前だ。ある意味では俺自身なのだから、境遇も心境もある程度理解できるし、共感もする。そしてフェアをミルリーフの代わりとして依存してしまう要素はある。
控えめに言って俺はロクデナシだ。俺にとって一番はミルリーフだが二番目は俺自身だったのだろう。そうじゃなければ娘以外どうでもいいなんて、狂った思考にはならないはずだ。
第一前提が娘のため、その次が俺が嫌だから、なんて自己愛だけの行動については親父を思い出す。本当に嫌な所だけ似たものだ。
結論を言うのなら、そんな自己愛に満ちた俺が、俺自身でもあるフェアのことを好かない理由がないと言うことだ。控えめに言わなくてもロクデナシだし、マズいと思うのは当然だった。
「ライにも妹が居るんだ。私にもエリカが居てね、今はちょっと病気になっちゃったんだけど……でもお父さんが直ぐに治すって言ってたから!」
「……そっか。すぐに治ってまた一緒に暮らせるといいな」
「うん! ライはその妹さんと一緒に暮らさないの?」
「いや、もうずっと会ってないよ。何処でどうしているかも知らないな」
エリカとは俺が娘以外の全部を捨てて以降では、一度だけ会ったきりだ。『変わったね』と、そう言われたことは覚えているが、それ以上に『興味がなかった』。
「兄妹なのに?」
「兄妹だからだな。ミルリーフのことで手一杯だったから、そちらまで考える余裕が無かったんだろうな」
どうせ悪いのは親父だと理解しているけれども、俺を抜いて家族団欒をしていたエリカに思う点はある。それ以上にミルリーフのことで精いっぱいだった俺は、エリカのことについて考える余裕は無かった。
いや、この世界に来るまで余裕なんて無かった。成程、無理やり余裕を作り出している今の精神状態は確かにおかしいな。
「……そうなんだ」
俺の言葉に対してフェアは少しだけ顔を俯かせて答えた。何かおかしいことがあるかと思ったが、俺に思い当たる点がない。
暫し沈黙が辺りに流れる。この辺りで切り上げようとしたところで、フェアから声が掛けられた。
「その、ミルリーフって子は」
「……父親離れしたいってさ、俺は追い出されちゃったよ」
「……」
間違いではないだろう。その追い出される場所が家ではなくて世界だとは思わなかった。
外を見ればまだ日は高い。とはいえもう少しここで長居すれば、生活をする資金を得ることも難しくなりそうだった。
貴金属類の最低限売るものぐらいは持っている。それを売る場所を見つけたり、新しく泊まる宿を探さなければならないだろう。
「さてと、そろそろ良い時間だし俺も出るよ。長居しちゃって悪か」
「だ、ダメ!」
席を立とうとしたところでフェアがそれを止めるように立った。
「えっと、ええと、まだ宿代、もらってない!」
「え、いや金はちょっと手持ちが。そうだ、少し手持ちを街で作ってくるから、それで勘弁してくれないか?」
「街に……もしかして食い逃げ!?」
「いや作ったのは俺……」
「とにかく! ダメ!」
……なんでそんなに引き留めるのかが分からない。もしかしたら俺が何かこの店から盗んで、逃げ出すことを警戒しているのだろうか。
再度言うなら俺がここに居るのはマズい。速く離れるべきだ。だけど
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「えっと、えっと、それなら……からだで払ってもらう!」
「こら! 女の子がそんなこと言っちゃダメだろ!」
「ごめんなさい……」
どうせ変な言葉を教えるのは親父……いや、この世界のアイツは俺の親父じゃない。だったらケンタロウと言った方がいいか。
ともかく変な言葉は大体ケンタロウのせいだろう。ロクデナシで教育に悪い男であることは変わりないらしい。反面教師としては一流だけど。
「たっく。……どうすればいい? 店主さん?」
「! うん! まずはお掃除をして、片づけをして、夕食の準備と、お風呂掃除と!」
「おいおい、全部やらせるなよ? まぁ一晩、いや今日も泊っていくから二晩ぶんは手伝っていくよ」
それでいいよな、と。そう声をかけるとフェアは勢いよく頷いた。此方まで来ると無理やり手を取って立たせられ、そのまま引かれていった。現金な奴め、そう思って苦笑する。ただ悪くは無いと感じていた。
……ああ、やっぱりマズい。
――
結局掃除、洗濯、ついでに夕食と振り回されたが、ソレを懐かしめることが楽しいとは思った。
ぴしりと、何かがひび割れる音が聞こえた。
――
夜、真っ暗な自室のベッドでフェアはぼんやりと闇の中を眺めていた。何時もなら眠くなる時間帯のはずでも、目が冴えてしまったのだ。それはきっとこの宿で寝ている一人の男性――ライのせいだろう。
フェアにとって突然現れたライという存在に抱く感情はよく分からないものだ。親近感、という意味では叔父に抱くものと同じだろう。フェア自身見知らぬ他人になぜそう思うかは分からないが、ライ自身は気が付いている。
「(……眠れない)」
ゆっくりと体を起こす。月の光が目に入りそちらへと視線を向けた。水鏡に映った月が、なぜか脳裏に過ぎる。どこかで見た光景の中には、自分と妹、父親と誰かが居たような気がする。暖かい光景なのに、なぜか涙が出そうになった。
「おとうさん……」
今まで一人で寝ていて慣れたはずだった。本当に寂しくなったときは父親の部屋に行ったこともある。ほんの数日前までいたその存在は、今は宿から居なくなってしまった。昨日と同じだ。我慢しなきゃ、そう思わないといけないのに眠りに落ちてくれなかった。
そのとき物音が聞こえた。隣の部屋から聞こえてきたそれは、今宿に泊まっているライのものだ。明日の朝には旅立つと言っており、旅支度をしているようだ。誰かが居る、という安心感とそれが直ぐに居なくなってしまうという反対の感情が、やっぱり眠ることを邪魔した。
「……」
部屋の明かりはつけずそのまま外に出る。廊下は暗くとも隣の部屋からは灯りが漏れていた。小さくドアをたたく。もしかしたら返答は帰ってこないかもしれない、そんな予想とは反対に『はいよー』という軽い声が返される。
扉を開けて出てきたライはもう寝間着姿だった。奥にはバックに纏められた荷物が見え、なぜかフェアの胸を締め付けらえた。
「フェア? どうしたんだこんな時間に。もう子供は寝る時間だぞ」
「……うん」
フェア自身、どうしてライの部屋を訪ねたのか分からなかった。自分が寂しいと思うのは本当でも、それをライに言うのはおかしいと分かっているのだ。自分と何の関係もない、ただこの宿に立ち寄っただけの人物なのだから。
返答はするけれども俯いたままのフェアにライは困ったように頬を掻いた。枕まで持ってきてるのだ、何を言いたいのかは分かる。だけどそれを言うのが正しいとはライは思わなかった。それはフェアも同じだろう。
「(ライは……たまたまここに来ただけ。迷惑かけちゃ、ダメ。……だけど)」
「(分かっちゃいるんだよな。でもきっとソレを俺がするのは間違っているんだ)」
単純な話だった。
二人とも失った何かがあった、そして失った場所にぴったりとあてはまってしまう相手が居た。そうしてしまうことがどちらも間違いだと分かっている、ただそれだけのことだ。
だって失ってしまった何かは二人とも大切なものだ。それを埋めてしまうのは、その大切なものを忘れてしまうような気がしたのだ。
「ごめん、なさい。眠れなくて、その」
「……そっか。分かった、眠くなるまで少し話すか?」
「! うん!」
この一晩だけだ、と。二人ともそう思った。