サモンナイト4 カルマエンド クリアデータ   作:( ◇)

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二話上 この子どこの子、ロクデナシの子

 ベッドに腰かけながら寝ていたせいか、身体がギシギシと軋んでいる。その違和感のせいで目が覚めた少し後、もぞりとベッドで動く感覚に俺は頭を押さえた。掛け布で表情は見えないが、自分と同じ色の白い髪が顔をのぞかせている。すぅ、と小さな寝息を立てて眠る少女――フェアの姿があった。ふと片手を見てみると、昨晩寝始めた時と同じ、フェアの手が俺の手を握ったままだった。

 結局昨晩はフェアが眠くなるまで話は続き、眠くなって自分の部屋に戻るかと思いきやこっちの部屋にとどまった。寝かしつけてから床で寝ようと思ったけれど、手を握っていてほしいと言われ、それに応えて少ししたらフェアだけではなく俺自身も寝てしまったようだ。

 

「……甘やかしすぎだよなぁ。いや、いいか」

 

 至竜になってからミルリーフが甘えてくれる頻度は少なくなった。だからその少ないタイミングで甘やかしてしまっていたから、その癖が出ていたのだろう。

 だけど今日でこの宿を出るため顔を合わせることも無くなる。俺自身が子供の頃、親父たちが出て行って一人になった時のことはもう覚えていない。一人前になると言って背伸びしていたことは覚えているから、せめて同じような境遇のフェアに少しぐらい甘くしてもいいと思った。

 

「ん……んん」

 

「と、起こしちゃ悪いか?」

 

 フェアから手を放し寝間着を着替えて軽く寝癖を直す。音を立てないように一階へと向かった。

 二晩、世話になったんだ。朝食の支度ぐらいはやってあげてもいいだろう。パンと野菜、ハムや卵などがあったため手軽にできる料理を作った。ハムエッグやサラダは手軽だけども奥が深い。

 随分と腕が錆びついているのが分かった。ただ少しずつ勘を取り戻していく感覚は悪くはない。

 そんなことを考えていると足音が聞こえてくるのがわかった。小さくあくびをしたフェアがまだ眠そうにしながら此方へ向かってくる。

 

「ふあ……おはよぅ、お父さん」

 

「ああ、おはよう。まだ朝食はできてないから顔洗ってきな」

 

「うん……」

 

 フェアが顔を洗ってきたぐらいで朝食も作り終わるだろう。料理の盛り付けは頼むとして、フェアはコーヒーと紅茶どっちか……紅茶でいいか。それなら今煎れ始めれば丁度いいな。スープを作る暇がなかったのが少し残念だけれど、まぁ及第点といったぐらいだ。

 

「……ん?」

 

 少しだけ違和感があった。いや、違和感が全くなかったことが違和感だというか。

 俺が首をかしげたのと、顔を真っ赤にしたフェアが勢いよく厨房に入ってきたのは同時だった。

 

「違う! ごめんなさいライ! お父さんじゃなくて! その!」

 

「あ。あー、気にしてないさ。ほら、先に身支度整えてきなって」

 

「本当に違うから!」

 

 そういってフェアはまた洗面所へと行ってしまった。微笑ましいものを見てしまったからか少し癒される。

 ただフェアの言葉に違和感を持たなかったことに、無意識に胸が締め付けられる。

 フェアの父親はケンタロウだ。俺の娘はミルリーフだ。だから俺にとってフェアは只の知り合いの子供でしかないし、フェアにとってもそれは同じだ。

 

「(……何も言わずに出ていった方がよかったのかもな)」

 

 たった二日だが深入りし過ぎたと思う。ただ俺が逆の立場だったら、そう思ったときに二の足を踏んでしまった。

 適当な言い訳を、理由を作って物事から離れることは、大人になった今は容易くなったのだからそうするべきだ。

 

 結局料理の盛り付けまで終わらせたため、テーブルに並べながらフェアを待つ。丁度並べ終えて紅茶を注いだところで、身支度を終えたフェアがほんのり顔を赤らめながらやってきた。

 

「お、おはようライ」

 

「おう。改めておはようさん。紅茶だけど砂糖は何個使う?」

 

「む、……なくていい」

 

「分かった、二個な」

 

 フェアの言葉を気にせずそのまま二個角砂糖を入れてかき混ぜる。子供扱いされたから少し大人びたかったのだろう。あー! とフェアは叫びつつ何か言いたげにしたが、本音では二個ぐらい欲しかったのだろと想像がついた。

 むくれるフェアに苦笑しながら手を合わせて食事を始める。一口食べてから表情を柔らかいものに変えてくれたから、味の心配はしなくてもよさそうだ。

 

 食事と軽い雑談を交えながら予定を立てる。この世界に来る前に着ていたローブの中に財布は入っており、直ぐに金銭に変換できる貴金属は常に備えとして持っていた。それを元手に旅支度を終わらせ、あとは旅人用の日雇いの仕事をしたり、格安で護衛などを引き受けて街を渡ればいいだろう。

 そんなことを考えていると、フェアから声をかけられる。

 

「ライはこれからどうするの? 昨日は文無しって言ってたけど」

 

「とりあえず日雇いの仕事で資金を作るところからだな。その後は商人に渡りをつけて護衛でもするさ」

 

「じゃあ! しばらくこの街に居るってこと!? それなら――」

 

「どうかな、すぐに街を発つっていう商人が居たらついていくつもりだし、日雇いの仕事もないことも多いからなぁ」

 

 幸いこの街は旅人が多く通う宿場町でもある。物資の行き来は盛んだし、人の出入りも激しい。長く居ても数日といったところだ。

 

「そうなんだ……」

 

「……ははーん、さてはフェア、俺が居なくなって寂しいんだろ」

 

「そんなことない! ただ……ちゃらんぽらんのライがまた道で倒れてたら大変だなって」

 

「前科があるから否定できねぇ。まぁ、そう言えるんだったら心配しなくてもいいな」

 

 茶化そうとしたら手厳しいカウンターが飛んできて思わず言葉に詰まった。逆にフェアが生意気な表情で口を開く。

 

「ライこそ、私が居なくて寂しくない?」

 

「おー寂しい寂しい。まぁ、また顔見せに寄るから、その時には一人前になった姿を見せてくれよ?」

 

「うん!」

 

 笑みを見せて頷くフェアに、これなら大丈夫だろうと納得できた。

 この子は()だ。十五歳になるまで一人でやってきて、一人前になるのだから。俺が俺のことを一人前と言うのは自画自賛が過ぎるとは思うけれどな。

 

 朝食も終わり片づけをした後、荷物を持って玄関までやってくる。今日は私塾は休みだったらしく、フェアが見送りに来てくれた。昔この宿で働いていた時は見送る立場だったから、少し感慨深い。

 靴を履き終え腰の短剣の位置を確かめる。無防備で旅をしている、と見せないようにするためだ。……まぁ、ローブに沁みついている臭いがあるから、少なくとも鼻が利く者たちは近づかないだろうし、近づく無用人な者ならなんとかできるだろう。

 

「こんなもんか。それじゃあそろそろ行くよ。元気でな、フェア」

 

「……うん。ライも」

 

「分かってる」

 

 軽く頷くフェアの表情はすぐれない。……まぁ、俺の自惚れじゃなければ親しくできていたと思う。そんな相手と別れるなら、少しだけ憂鬱にもなるだろう。表には出さないけれど、俺自身もそうなっているのだから。

 

「そんなしょぼくれた顔するなって。さっきも言っただろ? また顔見せに来るってさ」

 

「だけど……」

 

「一人前になって、立派になるんだろう?」

 

「……」

 

 こくんと頷いたフェアを見て、俺は笑みを作るとぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫でた。ミルリーフにやると、やめて、と言われてしまっていたけれど、フェアは反発する様子は無かった。

 

「約束だ、また必ず会おう。そのときは……俺はちょっとはちゃらんぽらんな所を直しておくよ。フェアは?」

 

「……一人前の立派な大人になる。お父さんや、ライみたいな、不真面目にならない!」

 

「おう! ……またな、フェア」

 

「また、ね。ライ」

 

 目じりに涙を溜めてフェアは笑みを見せてくれた。それが……俺にとっては凄く尊くて嬉しいものだと感じた。

 

 

 玄関を出て忘れじの面影亭を後にする。そしてこれからどうしようかと考えた。旅の支度の話じゃなくて、なんのための旅をするかについてだった。

 この世界でやりたいことなんて何もない。そもそもどこにも繋がりが無いのだから、始めなきゃならないのは俺がやりたいことを探すことだ。

 

 だったら、俺はあの子(フェア)のために何かをしてやりたい。

 俺のように竜の子を拾って、問題に巻き込まれたのなら助けてやりたい。いや、そもそも巻き込まれないようにしたっていい。立派な大人になったところを見てみたい。

 フェアは()だ。気に掛けてしまうのはたぶん、俺がそれだけ俺自身のことが好きだからだろう。

 

 ……いや、たぶんそれは言い訳で、たった二日程度だけれども俺はあの子のことを娘みたいに思った。ミルリーフと重ねるんじゃなくて、もう一人の娘みたいに。

 俺が勝手に思っていることなのだから、あの子の親なんて言う資格は無いし言うつもりもない。ただ俺がやりたいから勝手にやるだけのことだ。

 

「さて、それならまずは何をしようか」

 

 錆び落としをして、力をつけて、……『軍勢』ができる前なら頭を潰すことも容易いはずだ。

 

 ああそうだ、そもそもソレを救う存在が無ければ――

 

 

「ライ!」

 

 

 後ろから声が響く。

 驚いて後ろを振り向くより先に、その小さな体が俺とぶつかった。

 

「待って! 待ってよ!」

 

 見下ろして直ぐに白い髪が見えた。表情は見えず顔を俺の背中に押し付けたフェアは、靴も履かずにここまで走ってきたようだ。そしてローブを掴みながら荒い息を吐いた。

 

「なっ……どうしたんだよフェア、靴も履かないで」

 

「……で」

 

「え?」

 

 俺に押し付けていた顔を上げてフェアが口を開いた。

 

「いかないでよぉ、ライ!」

 

 叫ぶようにいったフェアの表情は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。そんな表情に自分がさせている、ということに胸が痛んだ。

 だけど、ダメだ。控えめに言っても俺は『まとも』じゃない。断言するけれど俺はフェアに依存しないはずがない。それがダメなことだと俺だって理解できる。

 しゃがんでフェアに視線を合わせる。しゃくりあげて泣くフェアはそれでも俺の服を放そうとしなかった。

 

「何言っているんだよ、フェア。さっき約束しただろう? 一人前になるってさ」

 

「したけど……だけどぉ!」

 

「それに、親父さんだって直ぐに帰ってくる。少しの辛抱じゃないか」

 

「やだ……」

 

「フェア……言うことを聞いてくれって」

 

「やだぁ!!」

 

 俺の言葉を首を振って否定するフェアに、俺は何を言えばいいのか分からなくなった。

 ケンタロウが直ぐ帰ってくるなんて嘘だ。帰ってこないことを俺は知っていて、耳障りの言い言葉で嘘を吐いた。だけどフェアは納得せず、行かせまいと小さな体を押し付けて抱き留めた。

 背に手を回してあやす様にたたく。出会って初めの頃、ミルリーフが泣いたときこんな風に慰めてやったなと、ふと思い出す。そして……ずっと泣かせてしまっていたことを改めて思い出した。

 少しずつしゃくり声が小さくなり、涙は止まっていなかったけれど、呼吸が落ち着いたところで改めて顔を合わせる。

 

「お前は一人じゃない、友達も、頼れる大人もちゃんと居るだろう? 俺みたいな奴が居付いたりしたら、お世話になってる人だって困るしさ」

 

「ライはみたいな奴なんかじゃないよ!」

 

「みたいな奴、さ。それに、俺に甘えてばっかりいたら帰ってきた親父さんに笑われちゃうぞ」

 

 それは嫌だろう? そう聞くけどもフェアは何も返さなかった。

 沈黙が続く。ぽつりと、零したようフェアが口を開いた。

 

「……お父さん、私のこと忘れちゃうかもしれないもん」

 

 フェアの言葉が一瞬何を言っているのか分からなかった。

 

「なっ、んなわけねぇって! 父親にとって娘は一番大事なんだ。直ぐに用事を片付けて戻ってくるに決まってるだろ!」

 

「でも、お父さん私は連れてってくれなかった」

 

「それは……」

 

 その言葉への否定を俺は言うことができなかった。

 ケンタロウがフェアを連れていけなかったのは、まだ幼い響界種であるエリカとフェアが近くにいれば、それぞれが共鳴し合って負荷を与えてしまう。エリカはそれに耐えきれないとケンタロウは分かっていたのだ。

 だけど、それを俺からフェアに言うことはできない。それを言えるのは父親であり、人間であるケンタロウだけだ。

 

「ライだって! 妹さんのこと忘れちゃってた! だから、ライも……私のこと……」

 

「……」

 

 ああ、そうか。この子が泣いているのは、俺のせいか。

 

 俺の妹であるエリカのことを話したとき、フェアは少しだけ表情を暗くしていた。それはきっと、兄妹ですら互いにどうでもいいと言えてしまう前例を見せてしまったからだ。

 それなら、フェアの妹だってフェアのことをどうでもいいと言うかもしれない、いや、父親ですらそう言うかもしれないと。そうフェアに思わせてしまったのは俺だ。

 

 中途半端に手を差し伸べて、心を揺るがせたのは俺だ。この子は()なのだから、同じように一人でやっていけたはずだった。それを俺は――

 

 

「ライも……私を置いて行っちゃうの?」

 

 

 ――違う。自惚れんな馬鹿野郎。

 

 違うよな、俺の最優先は()じゃない。いつだって俺は(ミルリーフ)を一番にしてきたんだ。()が一番で、俺は二番目だ。それだけは今更変えられない。

 

 好き勝手生きてきたロクデナシと、この子(フェア)を同一視して見てんじゃねぇよ。

 フェアは、フェアだ。俺にとってこの子は―ー

 

「……ったく、なんだってそんなに泣き虫になったんだ。見知らぬ男を信頼し過ぎたら将来えらい目にあうぞ」

 

「知らなくない。ライだもん」

 

 苦笑する俺にフェアは離すまいとまた体を押し付けてきた。俺の胸にうずくまるその頭をぐりぐりと撫で、再度視線を合わせる。

 

「分かった。フェアの所に居てもいいか、テイラーさんに聞いてくるよ」

 

「え……?」

 

 俺の言葉にフェアは呆けたような声を返した。

 

「本当!?」

 

「ただあまり期待はしないでくれ。傍から見れば俺は急に来た不審者なんだから」

 

「うん! 人の家の前で倒れるもんね!」

 

「普通はそんな不審者中に入れるもんじゃないんだぞ。ほら、靴を履いて……傷になってるじゃないか」

 

 さっきまで泣いていただろうに、表情を笑顔に変えたフェアに思わず苦笑した。そして治してから行かないとな、とその手を取って家へと向かう。

 

 これからオーナー……いや、テイラーさんの所に行くことに気分が沈んだ。

 今までやってきた交渉と呼べるものは大体が人質やら暴力交じりだった。それらを交えずに金の派閥のやり手と交渉するのは正直気が重い。此方は無職の不審者で傷持ちのおまけつきと来た。

 どうしたものかと、そう考えていたときフェアと視線が合った。それに気が付き笑みを返してくれたフェアを見て、少しだけ頑張ってみるかと手を握り返した。

 

 そのときフェアの手にある腕輪が鈍く光ったのが見えた。俺は、それを見ないふりをした。

 




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