サモンナイト4 カルマエンド クリアデータ   作:( ◇)

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二話下 この子どこの子、ウチん()

 テイラー・ブロングスという男について俺は前の世界でも深く理解はしていなかった。トレイユの街の顔役、幼馴染の父親、その程度だ。

 だけど一番初めに俺を『大人』として扱ってくれた人であり、厳しくも公正な人だったと思っている。ちくしょう、と反発したこともあったし、よくやったと褒められて嬉しく思ったこともある。ある意味では俺自身が一番甘えていた人なのかもしれない。

 

 だが俺は忘れていたことがあった。テイラーさんは『リシェルの父親』であり、『ケンタロウの友人』だったことを。

 

「あの、たぶん聞き逃したか聞き間違えたんでもう一回言ってもらっていいですか?」

 

「なんだ? お前自身が聞いたことだろう。あの宿を任せる、と言ったのだ。無論、此処である程度実績を積んでからの話になるがな」

 

 マジか。

 

 ――

 

 正直に言えば門前払いを覚悟していた。幾らフェアに連れられてきたとはいえ、テイラーさんにとって俺は急に預かった娘の元にやってきた行き倒れだ。変質者だと思われても何も言えないだろう。

 そんな人物と面会しようと思ったのは、フェアの戯言に巻き込まれたのだと考えたから、若しくは流行り病で寝ている娘たちに危害を加えさせないようにするためか。おそらくどちらの理由もあるのだと想像がついた。

 

 金の派閥の召喚士、その家の客間とあって豪奢なものであふれている。一見無駄に見えるそれは力の誇示、同盟者への利を示すものだろう。俺自身、圧倒されている。フェアはそんな屋敷を物怖じせずに歩き進み、館の当主への取次を頼んでいた。そして先に執務室へと入り、俺は客間で待つこととなった。

 武器もローブもサモナイト石も全て預け、やがてメイドの一人がテイラーさんが来たことを伝え、入室してきた。

 テイラーさんと客間で対面すると、じろりと視線を向けられた。間違っても好意的なものものではない。

 

「!? ……ケンタロウ?」

 

「え?」

 

 テイラーさんが最初に言った言葉は聞こえなかった。後で聞いてみると、この時点である程度考えはまとまっていたらしい。

 

「ああいや、なんでもない。今日はあの子の我儘につき合わせてしまって悪かった。彼女の保護者として謝罪を、そして礼を言おう」

 

 目を瞑ることを礼として謝罪の言葉を投げかける。軽々しく個人に頭を下げないのは、テイラーさんの立場もあるからだろう。

 そして俺の立場もある。此方は頼み込む方なのに頭を下げられたら言いづらかった。

 

「気にしないでください。俺は気にしていないので」

 

「そういってくれるなら助かる」

 

 そして俺の対面に座るとそれに合わせてメイドが紅茶を注いだ。ふわりと葉の香りが辺りに漂う。

 

「それと……あの子からは俺のことをどう聞いていますか?」

 

「ふむ? ……新しい従業員として雇って欲しい、と言っていたな。ただ所詮は子供の戯言だ」

 

 貴様にも予定があるのだろう、と。同意させるような言葉に、確かにそうですね、と。否定でも肯定でもない言葉を返した。

 その後も軽いやり取りをした。フェアとどんなやり取りをしたのか、なぜあの宿を訪ねたのか、当たり障りのない言葉を返す。

 一口紅茶を口に付ける。舌を湿らせ、切り込もうと両掌を組んでテイラーさんに尋ねた。

 

「実際宿屋としては、あの子一人で切り盛りするのは難しいんじゃないですか?」

 

「流石に初めから利益を上げられるとは考えてはおらん。ただマイナスのままでは遊ばせておくよりも質が悪いのは確かだ」

 

 幼いころは宿を切り盛りするどころか、俺自身の勉学や宿の回し方を覚えるので精いっぱいだった。結局まともに宿が機能し始めたのは親父たちが旅立ってから数年後だったのを覚えている。

 それだけの期間、宿を遊ばせておくのは金の派閥の召喚士としては痛いはずだ。

 

「だが、それをなぜ貴様が気にする? 所詮宿場町の宿の一つに過ぎないはずだが?」

 

「休業中なのに客として入ってあの子に迷惑かけたので。それに、もともと宿屋をやっていた身としては少し気になったんです」

 

「ほぉ?」

 

 ここだ、と。テイラーさんの声に少しだけ興味が含まれたのを感じ口を開く。

 

「だから本当に雇ってもらえるなら悪くは無い、という下心もあったんですよ。ただ流石にあの子に人事権は無いでしょう?」

 

「だから、あの子を利用してここまで来たと」

 

「身も蓋も無いことを言えばそうですね。だけど、あの子が心配だと思ったのも本心ですから」

 

 軽く笑みを浮かべて一度紅茶で舌を湿らせた。

 本心も何もフェアのことが心配だと言うのが全てだ。逆に宿の運営をしていたことを利用して取り入ろうとしているのだから。

 

「宿を運営していたというのならば何故こうして旅をおるのだ? 自身の宿があるのなら、態々定住を崩す意味もあるまい」

 

「……実は俺、召喚獣なんですよ。この世界の人たちからは『名もなき世界』って呼ばれている所の。そこで宿をやってました」

 

「……」

 

「俺を召喚した召喚師は事故で文字通り蒸発したらしいです。そこから一人旅の始まりですよ。神様もなんだってこんな場所に送り込んでくれたんだって言っちゃいましたね」

 

 苦笑する俺をじっとテイラーさんは視線を向けてきた。その頭の中で俺について考え続けて居るのだと思う。

 『名もなき世界』から生物が召喚される、というのは稀なことだ。一般人には知られていない程度には。だから只の一般人には裏付けを取らせないための言い訳に使えない、あるとすれば召喚師の関係者ぐらいだ。

 そして『かみさま』という単語はシルターン、若しくは親父が居た『名もなき世界』の言葉だ。ケンタロウと友人をやっていたテイラーさんなら、聞いたこともあるだろう。

 

「だから空いてる宿があるなら運営してみたいな、っていうのも本心です。無論この辺りの宿事情なんかを調査してからですけど」

 

「成程な、話の筋は通っておると」

 

 冷や汗が一滴頬を流れた。何とかここまでは話を持ってこれた。ここからだ。

 ここでテイラーさんに忘れじの面影亭で働く許可を貰えるとは思っていない、だから段階を踏むつもりだった。少なくとも、フェアとある程度交流が取れる立ち位置に居られるように。……ここだけ聞くと俺が変態みたいだな。

 

 テイラーさんから見て俺の立ち位置は、『名もなき世界』の元店主、若しくは他の派閥、それに連なる工作員と言ったところか。

 前者ならトレイユの街に居を構えることも違和感はなくなるはずだ。ある程度フェアと交流して、そして改めてテイラーさんに提案すればいい。信頼を作れば話を再度持っていくことも可能になるだろう。

 後者なら兄貴やねー……いや、帝国の駐在軍人や蒼の派閥の人員と同じように、街へと留めておくはずだ。下手に潜られるよりも手元に置いた方が監視しやすい、そう動くだろう。そうなったら徐々に敵対の意思がないことを示していけばいい。最悪金の派閥の尖兵になることもアリだろう。

 

「ふむ……分かった。貴様にあの宿の管理を任せよう。契約書は今から作る。少し時間を貰っても構わないな?」

 

「へ?」

 

 そして……どちらでもなく一気に要求を呑むのは流石に予想外で、呆けたような返事を返すことしかできなかった。

 そして、冒頭に戻ると。

 

――

 

「待った、待った! え? なんで?」

 

「……貴様は三度(みたび)に渡って私に説明させるつもりか?」

 

「いや内容じゃなくてだ! 簡単に決め過ぎだろう!?」

 

 テイラーさんの言っていることが飛び過ぎていて、思わず敬語も忘れて言葉が漏れた。それが少し不満だったのか、不機嫌そうな表情でテイラーさんはこちらを見返し口を開く。

 

「簡単も何も、先ほど私が言ったとおりだ。マイナスになるだけの宿をプラスにできるかもしれない、と言うのなら、支援する価値はある」

 

「その支援金を、奪って逃げるとは思わないんですか」

 

「してもいいが、逃げられると思うか?」

 

 じろりと向けられた視線に俺はひきつった笑いを返すことしかできなかった。金の派閥の召喚士が直接経営している宿の金を持っていく、成程組織と召喚師を敵に回すなんて自殺行為だ。

 それに、俺の質問は失敗だった。

 

「私にとっては貴様がどちら(・・・)でもいい。重要なのは益を出すか否か、その一点だけだ」

 

 俺はテイラーさんから見て俺が強請り集りの輩ではなく、名もなき世界の店主、若しくは工作員の二択に見えるよう誘導したはずだ。それ以外の選択肢を聞くなど愚問でしかない。

 そして丁寧に二択どちらでも構わないとのお達しと来た。俺の薄っぺらい誘導は最初から気が付かれていた、といことだ。

 

 成程、ブロングス家という視点で見ればテイラーさんの決断は一部の隙は無い。本当に名もなき世界の元店主ならそのまま経営を任せればいい。工作員だったのなら手元に置いておける。忘れじの面影亭はその場所にぴったりだろう。

 ただ、一つを除けば。

 

「……益のことだけですか? フェアがあの宿に住んでいるから、すぐ結論を出すとは思わなかったんですが」

 

「もともと私が貸していた場所に住んでいるだけの娘だ。必要なら別の場所に越すように言うつもりだ」

 

「なっ――」

 

 テイラーさんの言葉に、俺は思わず言葉を失った。

 だってあの場所はフェアにとって大切な場所だ。ソレを利さえ絡めば簡単に手放してしまうような言葉に衝撃を受けた。

 俺が恩義を受けていたオーナーは、厳しいけれどそれでも幾らかの情があった。簡単に大切なものを切り離してしまうような、金の亡者ではなかったはずだ。

 

「それに、もともと無理やり預けられた子だ。ある程度の我儘は聞こう、だがそれに関わるものが大きすぎるのなら話は別だ。まったく、あの男め」

 

 面倒なものを残しおって、と。その言葉がどこか遠く聞こえた。

 

 ぷつんと、何かが切れる音と同時に、俺は手のひらをテーブルへと叩きつけた。

 

「あんたは! フェアのことを何とも思ってないのか!?」

 

 衝撃でティーカップが音を立てた。テイラーさんは僅かに目をこちらに向けると、ふん、と鼻を鳴らして返答する。

 

「最低限の義理は果たしている。それに心配している貴様を送るのだ、悪い采配ではないだろう?」

 

「俺がガキを利用するような大人だったらどうする? あの子の希少性を理解している人さらいだったらどうするんだ!?」

 

 視界が真っ赤に染まったような気がした。事実、頭に血がのぼっているのは確かだ。フェアを蔑ろにしている、そのことがどうしようもなく許せなく感じた。

 すっと、テイラーさんは目を細める。そして動じることなく紅茶へと口を付けた。俺の言葉に対して何も思わない様子に腹が立った。

 

「ふざけんな! どうでもいいって言うなら無責任にガキを預かるんじゃねぇよ!」

 

 

 

「そうやって、あの子のために怒れる貴様だから、私はあの宿を預けると言ったのだ」

 

 そして、一瞬言っていることが理解できなくて思考が固まった。

 

「……え?」

 

 思わず返答に詰まる。そんな様子の俺に気にすることも無く、テイラーさんは話を続けた。

 

「……ふぅ。貴様、あのケンタロウ(ロクデナシ)の関係者なのではないか? 血縁、とまでは行かなくともな」

 

「な……」

 

 ケンタロウの関係者であることは確かだ。そしてそれを言ったのは、テイラーさんにその確信があるからだろう。

 

「あの宿はまだ一般にはあまり知られていない。改築したのは最近で只の一軒家だったのだから」

 

「宿であることを知っていること、フェアのことについて知っていること、ケンタロウのことを仄めかせたのは……わざとか。まぁ材料は幾らでもある」

 

 詰めが甘いな、と。テイラーさんはそのままティーカップをテーブルに置いて答えた。

 俺は思わず脱力したようにソファーへと体を預ける。ある程度此方の心情にも予想がついていて、フェアのことを雑に言ったのも此方を釣るためのものだ。

 本当に何もかも掌の上だったわけで、ここまで奇麗に言われると、負けたっていう気分にもならない。

 

「あとは、名もなき世界の生物は召喚師にとって絶好の研究材料だ。無暗に交渉の秤に掛けるべきではないぞ」

 

「ダメ出しまでされるかぁ……容赦ねぇ」

 

「私の部下になるのなら、その程度は軽く流して見せろ」

 

 下につくという意味では間違っていない。だけど宿屋の店主に求められる能力じゃないだろ。

 

「ここからは流石に想像だ。……貴様はケンタロウにフェアのことを伝えられ、任されたのではないか? 私が居るとはいえ、幾らあの男でもたった一人娘を残すとは思えなかったのでな」

 

「……それ、俺はハイとしかいえないでしょうに」

 

「だろうな」

 

 ……ごめんなさい、あのロクデナシはそこまで考えてないです。俺は男だから一人残されても我慢できる、っていうのはまだ理解できるけど、女の子(フェア)でもそれを容赦なくやるって、本当にあの男はロクデナシだ。

 だけど……ロクデナシなのは俺も同じだ。

 

「……テイラーさん」

 

「今から私が貴様を雇うのだ、公ではオーナーと呼べ。それで、なんだ?」

 

「例えば俺が数千人を殺した人間以外の化け物だとして、それでもテイラーさんは俺を雇うのか?」

 

「その手が私達に向けられるわけではないからな。仕事さえ果たせるのならそれでいい」

 

 それだけか、と。テイラーさんはつまらなそうに此方を訪ねた。俺が抱えている問題なんて些細なことだと、そう俺に言ってきているようだった。 

 

「……書類を作っておく。貴様も短い期間とはいえここで働くのだ。あの子に言うなり、身なりを整えるなりしておけ」

 

 そう言ってテイラーさんは席を立つとそのまま客間を後にした。その背中を見て俺は、大きいな、と。そう思った。

 たった一人だけしか背負えなかった俺とは違う、家族も、友人の娘も、部下も、家名も、すべて背負って立っている男の姿はどうしようもなく大きかった。もしも俺が同じ立場だったのなら、娘以外のものを切り捨ててしまっていたはずだ。

 そんなことを考えていると、客間の扉が開いた。そこには息を切らしたフェアが居て、此方を見ると、ぱぁ、と笑顔を見せて駆け寄った。

 

「ライ! オーナー、ライを雇っても良いって!」

 

「あー、そうみたいだな。たっく、説得するのに苦労したんだぞ」

 

 その苦労は殆ど徒労だった、とは言わないけれどな。

 はしゃぐフェアを抱き留めながら、俺は思わず口をこぼした。

 

「フェア、テイラーさんって、すごい人だぞ」

 

「? 当たり前でしょ? リシェルのお父さんなんだから!」

 

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