サモンナイト4 カルマエンド クリアデータ 作:( ◇)
朝日が僅かに部屋へと差し込んだのが分かり、フェアはがばりとベッドから体を起こした。気が付いてから直ぐに起きないと、また夢の中へと落ちてしまう。
季節の変わり目は少しだけ寒い。まだ眠くぼんやりとしつつも、名残惜し気にベッドから離れた。そして小さく欠伸をして、寝間着から私服へと着替える。丈夫な布で作られた買い物袋を手に取ると、そのまま一階まで下りて行った。
普段から早起きをするフェアだが、私塾が休みの日はそれよりも早く起きる。理由は朝市での買い出しに出るためだ。
一階に降りて身だしなみを整え終わると、玄関にはフェアと同じような格好を取ったライの姿があった。靴を履こうとしているその後ろ姿に、ててて、と小走りで近づくとそれにライもフェアに気が付いたようだった。
「おはよう、ライ」
「おはよう、フェア。……まだ寝ててもよかったんだぞ?」
「ううん、今日はお休みだから一緒に行く」
「そっか。それなら頼んだ」
近くに寄ったフェアの頭をポンと軽く触れてライは立ち上がる。慌ててフェアも同じように靴を履いて玄関を後にした。
朝市でも魚河岸の方面は特に威勢のいい声があふれていた。ルトマ湖でとれた魚たちが所狭しと並んでおり、それを品定めしながら二人は歩いていた。時折ライが目利きを教えてくれるが、まだ幼いフェアにとって難しく、ぐるぐると頭の中を回転させながらそれを聞いていた。
それが終われば今度は作物の市場へと向かい野菜や肉、調味料などを購入する。そのころにはフェアの買い物袋も膨らんでおり、両手で引きずらないようにライを追いかけていた。歩調をゆっくりと合わせながらもライは時折フェアへと視線を向けており、フェアもそれに気が付いた。じっとライへと視線を返すと、ライは困ったように頬を掻いて口を開く。
「フェア、持とうか? 重いだろ?」
「むっ、いいよ。ライの方が重いんだから、私が持ってあげようか?」
強がっているだけで、今持っている荷物も重い。本当は持ってほしいけれど、そうはしたくないとフェアの意地が勝った。
「そんなことしたら、お前も食材もぺちゃんこになっちまうって。卵が入っているからそれこそ大惨事だぞ?」
「そうなったら今日もオムライス?」
「今度は卵の殻を入れないようにな?」
「入れない! バカにしないでよ!」
子供扱いされているのが何となく嫌で、思わず声をあげる。笑ってごまかすライは、クシャクシャとフェアの頭を撫でた。頭を振ってその手を振り下ろすと、キッとライを睨みつける。
「もう! それやめてよライ! 髪がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃない!」
「悪い悪い。丁度いいところに頭があったからつい。フェアも女の子だしな」
「もしかしてライ、私のこと女の子扱いしてなかった?」
フェアがジト目で見ると、ライは肩をすくめて口を開く。
「ガキ大将を吊るしあげて自分が就任しちゃうような奴はちょっとな……」
「ち、違っ。あれはリシェルが暴走したからっ。私は止めようとしたの!」
「残念、弟の方からすごい連携だったって報告は上がってんだよ」
この暴れん坊め、と。笑うライに言葉を返せなくて、むぅ、と頬を膨らませる。笑い話になっているけれど、ライに怒られてしまった事件のため、フェアとしては決まりが悪い話だった。
「(また子供扱いされた! 早く一人前になりたいな)」
隣を機嫌よさげに歩くライを見上げながらフェアは思う。そうすればライと同じ景色を見られるのだろうか。
ただお父さんを待っているだけじゃなくて、一人でなんでもできるような、立派になったところを見せたい。そうしたらきっとまた家族みんなで暮らすことができる。お父さんが居て、エリカが居て、私が居て――――
そこに、ライの姿はあるのだろうか。
「……フェア?」
気が付けばフェアは足を止めていて、ライに声をかけられ、はっと顔を上げた。
「ライ、あのね」
「ん?」
「その」
私が一人前になっても一緒に居てくれる? と。そう聞こうとして口を噤ませる。
言ってしまえばきっとライは頷いてくれる。そして約束を守って
あの日、ライを追いかけていった自分を抱きとめてくれたあの時のように。
「……手、握ってもいい?」
「いいぜ、ほら」
代わりに出たお願いにライは軽く答えて手を差し出した。
その手を取ろうとして、フェアは自分の両手には買い物袋があったことを思い出す。どうしようかと思案しようとしたとき、ひょいとその荷物を受け取ったライは、軽々と片手でその荷物を持った。
「こうすれば手、握れるだろ? その代わりこっちの軽いのは頼んだぞ」
「うん! 任せて!」
荷物の軽いものを差し出されたフェアはそれを手で受け取ると、ライの手を握る。そして先ほど少しだけ考えた不安を消してしまうように歩き出す。
一人前になったら、ライが居る理由が無くなるのに、なんで自分は一人前になりたいのだろう。
フェアにとってライという人物は不思議な位置に居る。テイラーからは母方の親戚だと紹介されたが、何となくそれは違うのだろうな、とフェアは思っていた。
単なる宿の従業員、というほど離れてはおらず、家族というほど近づいていない。くっつきすぎるのは良くないな、と思う一方で一緒に居たいと言うのも本心で。山盛りの甘いお菓子を見て、たくさん食べていいか迷ってしまっているような状態だった。
嫌いじゃないし一緒に居たい。だけど違うような気がする。、そんな違和感は一年も過ごしても変わらなかった。自分はライという人物にどうしたいんだろう、どうなりたいんだろう、それがフェアには分からなかった。
『それは、きっと、恋よ!』
『リシェルに聞いた私がばかだった』
フェアの友達のリシェルはそんなことを言って指を突き上げた。なんでも【恋する乙女の意思は星をも貫く】という本で読んだらしい。相談相手を間違えたかな、と。幼いながらもフェアは察することができた。
『お二人がどんな関係か、ですか? 傍から見れば保護者と子供の関係、だと思いますけれど……フェアちゃんは違うって感じるのでしたよね?』
『うん。ライのことは嫌いじゃないのに、よくわかんない』
『成程。きっとそれはライさんに恋しちゃったのではないでしょうか!』
『……そうかな!』
『そうですよ!』
フェアは気遣いを覚えた。また一つ成長できたけれど大人になっていく悲しさを感じた。
リシェルで無理なら大人の女性はどうだろう、と。ポムニットさんに聞いてみたけれども返答はリシェルレベルだった。『歳の差XX歳なんてやっぱりライさんは危険人物ですね!』と、両手を頬に当てて悶えるポムニットをフェアは複雑な表情で見ていた。
ポムニットさんはなぜか人の恋愛が絡むと残念なことになってしまう。そういえばリシェルに本を貸したり読ませたりしていたのはこの人だったことを思い出す。
ポムニットさんはライが来てから楽しそうに仕事をしている、と。フェアはそう思うしリシェルもそう感じていたらしい。
……良く分からないけれどやっぱりもやもやした。
二人とも大好きなはずなのになぜか曇り空を見ているようで、よく分からなかった。
分からない、分からない、分からないと、そんなことばかり。早く一人前になれば、そんなことも減っていくのかな。
家に戻ってきたころには日も登り、朝食には少し遅い時間帯だった。食材を冷凍室に仕舞い朝食を二人で作り始める。調理はもう慣れたもので、フェアも高さを補助する台があれば台所で一人で料理することもできるようになった。
フライパンでソーセージを炒めて宙を舞わせている最中、隣で調理していたライが口を開く。
「ああ、そういえばなんだけどさ」
「ん? なーに?」
「俺、ファナンに出張が決まったから、しばらく宿を空けるぞ」
フライパンのソーセージが飛んで行く。顔面を皿にして受け止めてしまったライが悲鳴を上げた。
――
「フェア、なんか今日元気ないけど、どうしたの? さてはライさんに怒られたとか!?」
「ね、姉さん」
「……別に、そういうのじゃないから。釣れないからって突っかかってこないでよ、リシェル」
昼下がり、水道橋公園で竿を垂らす三人組の間でそんな会話が出された。
ふふんと、どこか得意げに言うリシェルへとフェアは淡々と言葉を返す。同時に釣竿を引き絞り魚を陸へと引っ張り上げた。隣で猫の顔の魚がびちびちと動き、ルシアンが小さく悲鳴を上げた。
「なによ! そういうアンタだってニャン魚だかワン魚だかよくわかんないの釣ってるでしょっ!」
「リシェルには勝っているからいいかな」
「ヌシ以外は全部その他よ! そうでしょルシアン!?」
「えーと、そうなのかなぁ?」
「そうなの! というわけでニャン魚たちはサヨナラよ! ふーんだ!」
リシェルは三人で入れていた魚入れをひっくり返すと、勝負は無効だといわんばかりに胸を張る。食用の魚も入っていたため、何時もならなんてことをするの、とフェアがリシェルに飛び掛かっていただろう。しかしフェアはなぜかそうする気が起きず、ぼんやりと浮き具を眺めていた。
「(……帰ってきてくれるのは分かってるのに)」
嫌だな、とフェアは何となく思った。
フェアに元気がない様子で調子が狂ったのはリシェル達だ。ぽすんとフェアの隣に座ったリシェルはフェアの顔を覗き込む。何処を見ているのか分からないようなぼうっとした表情がそこにあった。
「そういえば、ライさんとパパがもうすぐファナンに用事で行っちゃうけれど、フェアはその間どうするの?」
「うん……」
「あ、パパも居ないなら怒られないし、私たちでお泊り会とかいいわよね!」
「うん……」
「……」
気の抜けた返事をするフェアに、リシェルは少しだけむかついた。おろおろとルシアンがそれを見る。そしてなにかを閃いたように口を開く。
「…………! フェアってやっぱりライさんのこと大好きよね」
「うん…………うんっ!?」
リシェルの言葉を話半分に聞いていたフェアだが適当に返した言葉の意味に気が付き思わず顔を上げた。
面白いものを見つけた、と言わんばかりのリシェルの笑みをつくる。
「へー、そーなんだー、ふーん、フェアちゃんは大好きなんだー。ほーん」
「リシェル!」
「照れなくても分かっているわよ。離れ離れになって寂しいから落ち込んでいたワケね」
かぁ、と。フェアは顔を赤くする。それでは自分がまるで甘えん坊みたいだと思い、それが恥ずかしく感じたのだ。
「……リシェルだってポムニットさんのこと大好きなくせに」
口をとがらせフェアが返す。リシェルの笑みが固まった。
「うぐっ。ポ、ポムニットは関係ないでしょーっ!! ポムニットも一緒に行くみたいだけど、別に私は寂しくないし!」
「教育係から外れたときに、泣きそうなぐらい落ち込んでいたのはどこの誰だっけ?」
「むぐー」
「むー」
「や、やめようよ二人とも」
二人とも釣竿の浮き具が千切れていることも気が付かずにらみ合う。やがてどちらも不毛だと気が付き小さくため息を吐いた。手打ちにしましょうと、という暗黙の了解だった。
沈黙が訪れる。気まずい雰囲気の中、何かを思いついたリシェルが手槌を打った。
「そうよ! ライさんが行っちゃうのが嫌なら、ついて行っちゃえばいいじゃない!」