横島とかりんが冬木ドリームシアターの劇場に着いたときには、怪人は舞台の真ん中で正座させられ、女の子達に囲まれてなんとも見るからに哀れな感じになっていた。
横島は一瞬、怪人の格好からドクターカオスか?などとも思ったが、全くの他人であり、また、ドクターカオスよりも若くみえた。
横島は念の為、霊視ゴーグルのセンサーで怪人の霊波を測定して、愕然とした。
ゴーグルの解析結果によれば、怪人が放っている霊波は、亡霊とも妖怪のものとも明らかに違っていた。霊気の強さは霊格的に強く、どちらかと言えば神霊寄りの強さを持っており、さらには肉体まで持っていると出ている。数値だけ見るに、魔族のワルキューレとほぼ同等の数値が出ていた。
つまりはもし、女の子達に囲まれて正座しながら何かうなだれている怪人が敵対行動を起こしたり、暴れていたならば今の横島でも周りに被害を出さずに退治するのはほぼ不可能な相手だと言えた。
(……何があったかはわからないけど、なんとか説得してバトル無しの方向で解決しよう)
横島はそう思いつつ、内心冷や汗をかきながら、舞台の方へと早足で近づいていった。
近付くにつれ、霊視ゴーグルが怪人の霊波とは違った、別の霊波を幾つか拾って表示した。
(あれ?なんか別の霊波も検出している?)
見れば、スポーツウェアにトレーニング用のぴっちりしたスパッツを履いた猫耳をつけた、ちちしりふとももボンキュッボンなおねーさんから、人間ではない霊波、つまり妖怪の霊波を放っているのが見えた。
(え?あれって確かミュージカルスターの、フェリシアだよな?!)
フェリシアから検出された数値もかなりのものだった。妖怪として見ても美神GS事務所の居候のタマモやシロよりも上の数値である。
驚く横島に、その後ろにいるかりんが、
「横島さん、フェリシアさんは敵ではありませんわ。彼女は実はキャットウーマンなのです」
「猫の妖怪か。……俺も一度遭遇したことがある。まぁ、普通に付き合えば友好的なのは知ってるけど……」
昔、横島は猫の妖怪の母子を助けた事がある。
とは言え、そのせいで美神令子に逆らって戦う羽目になり、結果として猫の妖怪母子は助けられたが、依頼を失敗した美神令子にその後酷い折檻を受けたという。
(あの坊主、元気にしてっかなぁ……っと、今は仕事だ)
観客席から舞台の方へとようやくたどり着き、よいしょっと壇上にあがる。
「……とはいえ、この状況は一体何があったんだ?」
しくしくしくしく、と怪人は嘆き、女の子達は困ったように「えーと……」と首を傾げた。
怪人の方を見ればその顔に被っていた仮面の一部にヒビが入っており、おそらくは女の子達の誰かにどつかれたか何かしたのだろう。
霊格を見れば、キャットウーマンのフェリシアが攻撃したのではないか、と横島は思ってそちらを見るが、フェリシアの格好はなんというか目の毒というか目の春でありスタイル抜群、引き締まっているところは引き締まって、しかし、ちちしりふとももどーんどーんどーん。しかもスポーツウェアにスパッツで身体のラインがもう、大変けっこうな感じで、汗で張り付いちゃって……。
「フェリシアさん!僕ぁもう、僕ぁもうっ!!アイラビューっ!!」
横島は本能的にフェリシアに抱きつこうとして、しかしいち早く後ろから横島の襟首を掴んだ、かりんによって阻止され、そしてそのまま舞台の床に投げを食らって叩きつけられた。
「ふげぇっ?!」
ビターン!!あたかもカエルのごとし。
「横島さん?あなたは一体ここに何をしに来たのです?というか怪異を前にしてナンパとは……」
ギリギリギリ。襟首を怒れるかりんに締め上げられ、
「堪忍や~っ、堪忍なんやぁ~っ、あんなん見せつけられたら仕方ないんやぁ~っ!!」
「真面目におやりなさいっ!!」
ドゴン!
頭に一撃食らい、横島はぶっ倒れた。
「……しかたないんやぁ……」
ガクッ。
だが、そんな横島に駆け寄り、手を差し伸べた者がいた。
「ああっ、なんと乱暴な。君は穢れ無き愛を歌っただけだと言うのに……!」
怪人であった。
「……怪人?」
「ああ、そうとも。愛を歌う者よ。君は間違ってはいないのだ!」
怪人の手を取り、横島は立ち上がり
「俺は……間違ってない?」
「そうとも!愛は力、愛は希望!そう、この世の光、そして希望!愛を歌う気持ちに間違いは無い!」
「か、怪人……!」
「君よ!!」
ひしっ!と横島と怪人は抱き合った。
非常に奇妙と言うよりもシュールであった。
「あはは、かりん~、これナニ?」
フェリシアは二人を指差してケタケタ笑い、かりんは手を額にやって溜め息を吐き、天野蒼奈ことアマゾーナは変態を見るような冷たい目で二人を見、そしてワンダーモモこと神田桃は目をキラキラと輝かせて、
「……友情っ、素晴らしいです!」
と、喜んでいた。
「えーと、一体何があったの?」
シアターの売店でみんなに差し入れのジュースを買いに行っていたさくらが戻って来て、舞台の上の状況を見て首を傾げた。
「ファントム・オブ・ジ・オペラ……。ではあなたはオペラ座の怪人ですの?」
ようやくごたごたというか、脱線していた状況から話が出来るようになり、神月かりんが主となって話を進めた。
横島に任せていては話が進まないと思ったからだ。かりんは横島がGSとしては有能だが、女の子絡みだと単なる高機動な変態になることを知っていた。
怪人は、自らをアサシンと言い、そして名を名乗った。
「そう、それが我が真名。我は……かつてパリのオペラ座の地下に潜みしエリックという男の残滓。無辜の英霊という形でこの地に現界したが……。ふむ、何故か我が狂気が抑えられているな。歌わずに普通に話が出来るとは……ありがたい」
「英霊?」
「本来ならば英霊は何者かによって召喚され、召喚した者と契約し、主従関係を結び、使役されるようになっている。その際に、召喚したものをマスター、使役される英霊をサーヴァントと呼ぶ……」
「つまり、あんたは誰かに召喚された、と?」
横島がファントムを霊視ゴーグル越しに見て、霊波を再び計測しつつ言った。無論それもファントムに承諾を取ってやっているが、それだけではなく、舞台の上のあちこちを見て、霊波の残滓も記録しているようだ。
「いや、それがおかしいのだ。普通ならば召喚陣で呼び出され『問おう、汝が我のマスターか?』などと呼び出したマスターに問いかけて契約を結ぶものなのだが、出て来たらこの劇場の地下で召喚陣も無く、マスターもいなかった。そもそも、召喚されるというのは英霊にとって一つの見せ場。そう、たとえるならば社交界に初めて出場するデビュタントのようなもの!カッコいいセリフでマスターに印象付けてなんぼなのに!!初めての現界がそんな惨めなもので我はもう、地下に引きこもっていようと思っていたのだ……」
かっくり、と怪人ことファントムはうなだれた。どうやら彼は今回が初めての召喚だったらしい。
「……そう、せっかく「我が顔を見る者は恐怖を知ることになるだろう……お前も」とか相応しいのを考えていたのに……」
どうやらファントムは英霊として召喚されるのはこれが初めてだったらしい。
「まぁまぁ、気を落とさずに。でも、地下に引きこもっていたはずなのにどうして出て来たんですの?」
かりんが再び聞く。
「……歌が聞こえてきたからだ。そう、ミュージカルと言ったか?オペラとはまた違うが、懐かしい声が、そう、クリスティーヌの声が」
ファントムはアマゾーナの方を愛おしげな目で見た。
だが、アマゾーナは、
「うわっ?!」
と後ずさりして、嫌そうな顔をした。どうやらアマゾーナはファントムの事が苦手のようである。
「……ああ、愛とはなんだろう、少年よ」
横島にそう言うとまたファントムはかっくりと頭を垂れて落ち込んだ。
「まぁまぁ、ドンマイ!つまり、えーとアマゾーナちゃんの声がクリスティーヌって人に良く似ていた、と?」
「……クリスティーヌはクリスティーヌだ。代わりなど居ない。そう、私には解る。姿は変わっても、だ」
ギロリ、とファントムの目に剣呑な光が宿り、横島は慌てた。
ファントムは英霊と名乗ったが、しかし霊には違いあるまい。そう、霊の類には生前に執着したものを求め続けるという、そういう厄介なタイプの者もあり、そういうケースの霊は駆除する時には往々にして非常に厄介な事が多い。特に暴走したときは周りに及ぼす被害も大きいのだ。
故に横島はファントムに話を合わせた。
「……あー、まぁ、そういう事なんだな、なるほど!」
おそらくは、ファントムは生前に愛したクリスティーヌという女性に執着していたのだろう。そしてアマゾーナをそのクリスティーヌだと思っているのだ。
もし否定してこのファントムが暴走したならば、かなりの被害が出るだろうことは間違いない。
「わかってくれたかね?少年よ。君とはなかなかに話が合う。まるで長い年月を経た友のようだ」
にっこりとファントムは笑う。横島はなんとなく微妙な表情である。
「……ですがわからない事がありますわ、ファントム。あなたはこのアマゾーナさんの声に惹かれて出て来たのですわね?ですが、ミュージカルの稽古は本日から。では、数日前にこの舞台でウチの警備員が襲われた時、あなたはどこにいたのです?」
「……ふむ、私がこちらに来たのは昨日の夜。しかし、数日前ならば我はまだ『英霊の座』に刻まれていた。いや、わかりやすく言えばまだ来ていない、というべきか」
「……やはり、か」
横島はわかっていたように言った。
「やはり、ですわね」
かりんも頷く。
横島はこの舞台を先ほどから霊視ゴーグルで見ていたのだが、舞台にいくつかの強い霊波の痕跡が残されており、そのうちの一つがファントムの物、そしてもう一つがフェリシアの物、そして、最後にやはり大きな霊波の痕跡が残されていたが、それはファントムの物ともフェリシアの物とも違う霊波であり、しかも強い波動値を示していたのである。
かりんもこのファントムが警備員を襲ったとは考えて居なかった。
彼女は小説『オペラ座の怪人』を読んだ事があり、また、小説の元となったパリのオペラ座の事件も知っていたのである。
ファントムが人に危害を本当に及ぼしたのは、全て彼が愛した女性、小説ではクリスティーヌ・ダーエという女性の為であり、つまりはクリスティーヌが現れてからなのである。
そう考えると、彼が警備員を襲ったというのは非常に辻褄が合わないのである。
なにしろ彼がクリスティーヌだと思っているアマゾーナがミュージカルの稽古だとは言え、この舞台に上がったのは今日からなのだ。
つまり、彼が犯人だとは思えなかったのである。
横島は現場検証による証拠によって、かりんは推理によってそれぞれが違う方向から検証して同じ答えを導き出したわけである。
「ええっと、何がやはり、なの??」
さっきから置いてきぼりなさくらが二人に聞いた。
「さっき計測したんだが、ファントムの霊波はどれも真新しいのしか残って無かったけど、一つだけ少し前の霊波がそこの真ん中にこびりついてた。ちょうどそこが警備員が襲われた所だ。だけど、ファントムの霊波とは違う別の霊波だった」
「それに、昔に起こったパリでのオペラ座での一連の事件も、クリスティーヌ嬢がファントムと出逢った後に起こっていますわ。つまり、ファントムとクリスティーヌ、つまり彼とアマゾーナが出逢ったのは先ほど。まぁ……彼がこれから殺人事件を仕出かすのは勘弁して欲しいですけれど」
「……ふむ、つまり私の容疑は晴れた、と?」
「数日前の事件のはね。しかし、霊波の残滓はそこのパイプオルガンの向こうにまで続いてるけど、ファントム、あんたはその霊波の持ち主は見てないのか?」
「不快な気配の跡はあったが、今はもぬけの殻だ。持ち主はわからないが、正体はわかる。犯人は私と同じ、英霊だろう。すなわちサーヴァント、私の本来の敵だろう」
ファントムは手の鉤爪をカチャカチャ鳴らしつつそして、
「よろしい。幸いながら私はアサシンのクラスでね……。探索は得意なのだよ。協力しよう、少年。幸い君と私はなかなかに相性が良いようだ……」
と言い、ファントムは横島の手を取った。
「仮だが契約だ……。汝を我がマスターとして認めよう。『……我が顔を見る者は恐怖を知ることになるだろう……お前も』」
横島はそうしてファントムのマスターとなってしまったのであった。
ちちしりふとももーっ!!ちちしりふとももーっ!!
まぁ、フェリシアのナイスバディはやはり横島もたまらんわけで。
やはり妖物に好かれやすい性質の横島。ファントムにも好かれたようです。