このバゼットさんは愉悦神父とは接触しておらず、またランサーも召喚していません。
故に左腕も健在です。
バゼット・フラガ・マクレミッツは魔術協会のエージェント、封印指定執行者である。
彼女は第五次聖杯大戦に際して魔術協会側から派遣され冬木市へとやって来ていたのだが……。
「どうして聖堂教会の監督者も魔術師も誰もいないのっ?!」
そう、聖杯戦争のせの字すら無いかのように、聖杯戦争の参加者が冬木には居なかったのである。
また、最初に任務の協力を頼もうと思っていた聖堂教会側の監督者、言峰神父も教会には居ないどころか、その教会には誰かが居たような形跡も無く、生活していた痕跡も無い無人の空き家であった。
これはおかしいと思ったバゼットは次に間桐家を調査したが、やはり誰も住んでは居ない廃屋になっていた。
彼女は何らかの魔術的な隠蔽か、それとも聖杯戦争を妨害する何者かの手によって参加者達が人知れず始末されたのか、と考えたが、しかしそのような真似が出来るような魔術師などあり得るはずが無い、とその考えを否定した。
なにしろ 間桐家も遠坂家も、そしてアインツベルン家も古くからある魔術の家系であり、たとえ強大な力を持っている魔術師相手であってもただではすまないだろうし、それに監督者である言峰神父まで居なくなると言うのもおかしい。
魔術協会にその旨を報告したが、協会の対応はこうであった。
『徹底的に調査せよ』
明らかに異変、明らかに異常事態であるというのに、増援も支援も無く、いつものように単独でこき使われる。それが魔法協会の対応だった。
普通の諜報機関だったなら最低でもバディぐらいは組ませてくれる筈だし、現地でのバックアップ要員などはやはり当然あるだろうが、魔術協会における彼女への評価故にそれも無かった。
……評価が高いか低いかは推して知るべし。
故に彼女は、現在も調査中であり、そして今、アインツベルンの森と呼ばれる最後の調査地点の中心、アインツベルン城に居るわけだが……。
彼女はそこで、神父的な人物には会うことが出来たのだが、しかしそれはどう見ても言峰神父ではなく、かつて『野獣神父』と呼ばれたルチャ・ドーラー、つまり格闘技の世界で有名なキングであった。
「……いや、『野獣神父』と呼ばれていたのは初代で、私は神父じゃない。孤児院の経営はしているしクリスチャンなのはそうなのだが」
「あ、そうなんですか?」
バゼットは最初、そのジャガーのマスクを見て南米系のジャガーマン、つまりテスカトリポカなどを奉じる魔術師の一派かとも思ったが、
「いや、これは単なるマスクだ」
と、冷静に言われた。キングは世界的に有名なルチャドーラーであるのでバゼットも知ってはいたが、本人に会うことになるとは思っていなかったのである。
もちろん、彼は聖堂教会の関係では無いし聖杯戦争など全く関係のない人物であるのは間違いなく、しかしながら、彼とある意味、協力関係を結べたというのは幸運だった、と言えるかも知れない。
先ほど、この城でいきなり三体の殺人機械人形に襲われたのだが、彼は獣の如く吠えて戦闘し……いや、もちろんバゼットも戦闘には加わったが、バゼットが一体倒しているうちに彼は残りの二体を易々と倒す、というよりはぶち壊していた。
普通ならばたとえ格闘家だとしてもいきなりあんな怪物じみたものにすぐに対応など出来はしないはずなのだが、彼の反応は早かった。というか、普通の人間が魔術回路を搭載していると思われる機械人形に攻撃出来るのがおかしいわけなのだが、彼は、
「……以前も巻き込まれた。ああいうのは慣れている。不本意ながらな」
と、溜め息混じりに言った。一体彼の過去に何があったというのか。
それに、この城でであったのはキングだけではない。
魔術師らしき人物にようやく接触出来たと思えば、全く聖杯戦争とは関係のない人物であった。
ドクター・カオスとその助手マリアである。
彼らはバゼットとキングの戦闘している音を聞きつけて押っ取り刀でやって来たわけであるが、はっきり言って彼らも全く聖杯戦争には関係が無い。というか聖杯戦争に関しては知ってはいたが、下らないの一言で関与したくないと言った。
「だいたいじゃな、第二次世界大戦前にドイツがじゃ、その手のモンに手を出してどうなったか知らんわけでもあるまいに!汚染されてろくでもない事になった、ちゅーオチだったではないか。全く!」
ドクター・カオスとマリアは魔術協会にもどこにも属さないフリーランスの錬金術師であり、また認知症を患ってからは『無害』指定されているが、今の彼からはそのような様子は無く、認知症など患っていないように見える。それどころか頭脳明晰である。
今も彼はバゼットとキングが破壊した機械人形の分析をしているが、何というか彼はかなり不機嫌な様子であり、先ほどからぶつくさぶつくさと文句を言っている。
「……この悪趣味なオート・マタはなんじゃ!悪意しか感じられん!!おい、嬢ちゃん、あんたらの敵は何なのじゃ?!」
「はぁ、敵というか襲撃者については私にも皆目見当がつかないですが……悪趣味?」
バゼットはドクター・カオスの言った意味がよく分からなかった。
たしかにこの機械人形は彼、ドクター・カオスが全盛期にその技術の粋を集めて作り上げた人造人間マリアに比べればおそらくはスペックや性能的に一段も二段も落ちるだろうが、しかしその様式はわりと芸術的とも言える感じであり、不気味ではあるものの悪趣味とは思えなかった。
故にバゼットはドクター・カオスがバラしている機械人形の方を見てみて、そしてかなり後悔した。
「うげっ?!」
そこにあったのは、人形の中に納められている人の死体。顔のマスクの中身は皮膚を剥がされた人の頭部である。さらには脳みそが露出しており、その脳みそには様々な電極が刺されている。身体の方も肋骨の中に肺や心臓だけが最低限に生きられる、いや、駆動するためだけに残されているような状態だった。
「普通ならばこんな事をされれば、改造される前に死んでおるじゃろに、『死ねないように』何らかの魔術的な処置をされ、生きながらにこの人形に組み込まれておる。それも、人などパーツとして組み込むより全て機械で作った方が手間要らずじゃろうに、わざとこのような事をしとる。これを作った物はよほど狂った美学を持っとるじゃろう。吐き気がするわい!」
ビクトル・フランケンシュタインを見習えぃ!などとと言ってドクター・カオスは憤慨したが、しかし人形にされた被害者の遺体が哀れに思えたのか、バラした装甲とマスクを戻してやり、両手を合わせてナンマンダーと拝んだ。
「……ただの機械人形だと思ってましたが、こんな……」
「おお、神よ……!!」
バゼットとキングも黙祷した。
「……また現れたら手加減など、せんようにな。もう、彼らは人には戻れん。脳や残存した身体の一部は、人形の身体に込められた魔力で維持されておるが人形の身体から外そうとすれば、すぐさま腐り果てて……死ぬ。元より、自我も精神も壊れておる。倒してやるしか助けられぬのじゃ……」
ドクター・カオスは悲痛な表情で、拳を握りしめて怒りを露わにしていた。
彼の言うとおり、すでに壊れた機械人形の壊れた装甲の隙間からは腐敗臭が漏れ出している。
ドクター・カオスが装甲を戻したのは、これも理由だったのかも知れないとバゼットは的外れなことを思った。それはある意味現実逃避じみた感情のなせる思いだったのかも知れない。
「マリアよ、薬の材料集めは後じゃ。このような悪事をしでかすような悪漢、ワシの目の黒い内は許してはおけぬ!!」
「イエス!ドクター・カオス」
ドクター・カオスは二人に向き直り、
「嬢ちゃん、それに……キング、と言ったか。この城には、コレを作った奴がおるのじゃろう。操っておる奴がおるのじゃろう。そやつはワシらを生かしてこの城から出すつもりは無いようじゃ……」
「ドクター・カオス。適性反応体無数接近中!」
ガシャガシャガシャガシャ……。
大広間の向こうの扉から、先ほど戦った機械人形の駆動音と足音が無数に響いてきた。
ああ、やっぱり、とバゼットは思った。
「協力せい!生きて出たくば、そやつを倒す以外に無く、違うとしてもこのドクター・カオス、元より許しておくつもりは無いわい!!」
ドクター・カオスもマリアも、この事件の首謀者を倒すつもりのようである。
状況的に、もはや誰彼も否応無しに戦わねば生き残れないだろう。いや、もしくは今すでに腐敗臭をあげはじめている機械人形の材料に自分達もされるかも知れない。それは死ぬよりも悲惨である。
バゼットは、表情のあまり変わらない……いや、どういう仕組みになっているかはわからないが、怒りの表情を浮かべる豹頭のルチャ・ドールを見て、少し情けない表情を浮かべた。
「なんでこうなるのよぉ……?」
そう、厄介事、それも聖杯戦争絡み以外でこんな訳の分からない状況から、バゼットはとっとと逃げてしまいたいと思った。
が、しかし。
ドアを破ってこの大広間に押し寄せようとする機械人形達の群れ、群れ、群れ。
もはや、バゼット・フラガ・マクレミッツは、逃げる術もなく戦う羽目になったのであった。
なお、このバゼットさんはダメットさんであることは言うまでも無い。
キングさんは苦労人。
ドクター・カオスはやや天才復活。