「イリヤスフィール様、会場の準備が整いました。」
「そう」
シワのないスーツを着た支配人が私のいる控え室のドアを開けて恭しく頭を下げる。
今日は私の開発した初めての新作の発表会なのだ。何を作ったのか。
それは、今まで不可能と言われ続けた汎用型CADに特化型CAD用の照準補助システムを増設するという技術を初めて実用化した試作デバイスだ。これにより、CADの開発はさらなる飛躍を見せるだろう。
前代未聞の技術という触れ込みでマスコミも世界各国から集まっている。この私に限って失敗することなど万に一つない。
座っていた椅子から立ち上がり、部屋から出る途中で鏡を見る。
身だしなみに問題は無し。鏡に映っていたのは一人の幼女。白銀の長髪に紅の瞳、その様はまるで雪の妖精のようだった。肩や袖に刺繍が施された紫色のシャツにシャツより薄い紫のアスコット・タイ、申しわけ程度のフリルがついた白のスカートを身にまとっていた。
「行きましょう」
そう言って銀髪をなびかせるながら部屋を出る。
誰もが私に頭を下げてくる廊下のど真ん中を堂々と歩く。
(転生なんて不思議なことを経験してからもう15年か)
ふとそんなことを考える。
病弱だった私は案の定、病魔に抗うことができず死んだ。しかし、気がつけば知らない天井の元、この世界に生まれ変わっていた。
かつて「超能力」と呼ばれていた先天的に備わる能力が「魔法」という名前で体系化され、強力な魔法技能師は国の力と見なされるようになった。各国はこぞって魔法の開発に専念するようになったという。そんな世界に私は生まれ変わった。
ところで調整体魔法師というのをご存知だろうか。
遺伝子操作、人体実験上等な研究者によって作り出された文字通り、調整された魔法師だ。
ドイツ発祥のその技術、そのドイツで頂点に立つアインツベルンという一族が研究していた『聖杯シリーズ』の最高傑作の調整体魔法師が私だ。
『聖杯シリーズ』の概要は、聖杯と呼ばれる大規模ストレージに大量の
実験の果てに死んでしまったのか、父親と母親はいなかった。
そして、私を生み出して満足したのか、アインツベルンの当主とその他幹部もほとんどが死亡してしまい、必然的に私がアインツベルン当主となった。
かつての世界には無かった魔法。私は魔法の虜になってしまった。ドイツという国が魔法を用いた工学先進国というのもあり、私は魔法工学に始まりCADの開発にまで手を出した。
私の教育係でもあるセラに政治関係のことを丸投げしてしまっているのがすこしあれだが、私には政治のせの字も分からないので頼むしかあるまい。なんせドイツの魔法界隈の頂点が私たちアインツベルンだ。下手な手は打てないのである。
そしてCADの開発を進めて数年。私は不可能と言われ続けた汎用型CADに特化型CAD用の照準補助システムを増設することに成功したのだ。
壇上の袖で一度深呼吸をする。後ろを見るといつのまにかセラとセラの妹で私の世話をしてくれるリーゼリットが微笑みながら立っていた。
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃ〜い」
二人の声を背に私はステージに立った。
拍手とカメラのフラッシュの光を背中に浴びながら私はステージを降りた。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
そう言って冷えた水をセラから受け取ると一息に煽る。食道を伝って体が中から冷えていく感覚が興奮で火照った体にとても気持ちがいい。
「イリヤ〜、ニュース」
そう言ってリーゼリットからタブレットを受け取る。
『トーラス・シルバーがループ・キャストを公表!』
でかでかと掲げられた見出し。なんでも、日本のデバイス開発会社、フォア・リーブス・テクノロジーに所属する魔法工学技師であるトーラス・シルバーがループ・キャストを実用化したとか。ループ・キャストとは、魔法師の演算キャパシティが許す限り何度でも連続して魔法を発動できるように組まれた起動式、またはそのソフトウェア技術のことである。通常の起動式は魔法発動の都度消去される為、同じ術式を発動するにはその都度CADから起動式を展開し直さなければならなかった。しかし、この技術を用いれば、二度目以降の展開工程を省略し、より高速で魔法が展開出来るというわけだ。
よりによってこのタイミングか。
なんとなく納得がいかず眉をひそめる。
そもそも、ループ・キャストは実用化ができてなかっただけで、論文自体は私が発表したのだ。実用化されて嬉しくないわけではないが、タイミングがタイミングであるだけ、素直に喜べない。
「日本か……」
「如何なさいましたか?」
「あ、いやなんでもないわ」
思わず口に出てしまっていたか。
生まれからドイツだったため、今では慣れたが、もともと私は日本人。寿司に和菓子、日本が懐かしくて仕方がない。
「そういえばイリヤ様、高等学校に行かれたりするのでしょうか?そろそろかと思うのですが」
「高等学校?」
セラの言葉で、あー、もうそんな歳だったか。あっという間だったなぁ、なんて考えてしまう。高校かー、高校。懐かしい。私が病気になったのも高校卒業してからだ。それまでは楽しい高校生ライフを送っていたからなぁ。
ちょっとまって
「セラ、日本って魔法の先進国だったわよね」
「そうですね、件のループ・キャストのフォア・リーブス・テクノロジーを、初めとして先進国と言われるレベルにあるかと。現代魔法だけではなく、古式魔法においても追随を許さないかと」
まぁ、イリヤ様には敵いませんがと付け加えてくるのをそれとなく聞き逃しながら考える。
日本への留学、悪くないんじゃないか?
魔法技術大国、魔法先進国である日本なら学ぶことも多いはず。何か持って帰ってくるという条件付きならうるさい奴らも黙るはず。
廊下にあった手頃なソファに腰掛けると、手元にあるタブレットで日本について調べ始める。
日本が力を入れている魔法教育、その先頭に立っているのが国立魔法大学付属高校。国内に九つの学校の中でも、第一高校は最高峰の国立魔法大学へ一番多く生徒を輩出しており、十師族と呼ばれる魔法に優れた家系の者たちが二人いると。東京にも近い。
ここにしよう。入学しよう。
「セラ、日本の第一高校に入学するわ」
「本当ですか!?」
驚いたように目を見開くセラ。リーゼリットも驚いたのか声は上げずとも目を見開いていた。
「そのことで色々騒がしくなると思うの。だから手回しと準備をお願い。日本には私とセラ、リーゼリットで行くわ。よってアインツベルンの城は残りのメイドと保険で私のゴーレムを置いておくわ」
「……かしこまりました、お任せください」
多少の間があったものの、これでなんとかなりそうだ。
リーゼリットにタブレットを渡し、ソファから立ち上がる。
「楽しみだわ、日本!」
手を広げ、廊下をくるくる舞いながら進んで行く。
なんせ十何年ぶりの帰省だ。私の住んでた世界からとんでもなく様変わりしていると思うが、なるようになるはず。
目指せ友達100人!