第1話
かつて、シモキティウスという青年がいた。
彼は平凡でありながらも生真面目な性格で、人間の鑑のような人間であった。
ただ、唯一、ほかの人とは違うところがあった。
彼は同性愛者だった。
彼は二コニカと呼ばれる一大都市に住んでいた。
二コニカは多くの人が住み、多様な文化が混ざり合い、活気にあふれ自由を謳歌できるそれはそれは素晴らしく美しい都市であった。
シモキティウスはこの街が大好きだった。
どんな者でも受け入れるこの街は、多様性を体で表したようであり、道を歩けばありとあらゆる人々に出会い、歩を進めるたびに違った顔を見せてくれるのだ。
この街は、住む者がそれぞれの思い思いに過ごす事を受け入れてくれるのだ。
たとえ自らを歌い手と称して冴えない歌を歌いつづけているとしても。
たとえ一人で遊戯をしながらぶつぶつ独り言をつぶやいていたとしても。
たとえくだらない踊りを街頭で踊りつづけたとしても。
たとえ人形にひどい歌を歌わせていても。
たとえ有名な人物の服装を真似て、まったく似合っていないのに街中を歩き回っても。
この街は全て受け入れてくれるのだ。
シモキティウスはこの街のそんなところが好きだった。
彼はそもそもが同性愛者であり、人とは異なっていた。
そして、彼自身もそれを自覚していた。
自分は異質な存在なのだと。
しかし、この二コニカはそんな自分さえ受け入れてくれる。
自分は自分のままで良いのだ、これは一つの個性なのだ、恥じることはない。
この街は彼をそんな気分にさせてくれた。
彼は次第に自信を取り戻し、この街で平穏な日々を享受していた。
だが、二コニカの時の支配者であったウンェイ一世は、同性愛者に暗い影を伸ばそうとしていた。
シモキティウスはある日の夜、普段行きつけのバーに行った。
そこは町のはずれの狭い路地を進んだ先にある、アングラ感の漂うバーであった。
シモキティウスは最近多忙だったので、その店には久しく行けていなかった。
その日は明日が休みなんで、バーは日ごろの疲れを癒し羽を伸ばす人でごったがえしていた。
あぁ^~うめぇなあ!などと言いながら勢いよく酒を飲む人の姿を横目に見ながら早く飲みたいという気持ちに駆られたシモキティウスは、さっそくカウンターに腰を下ろした。
すぐにバーテンダーがやって来た。
ここで勤めているクボティトという男だ。
彼は股間の周りが大胆にカットされたズボンを履き、上半身は鎖帷子にも見えるスケスケの服を着用していた。
そのスケスケの服の下には、彼の鍛え上げられた肉体が見えていた。
割れた腹筋に厚い胸板、男なら憧れるボディだった。
しかしそれに対して下半身は貧弱そうであった。
「あらいらっしゃい!シモキティウスさんご無沙汰じゃないっすか!」と彼は言いつつ、愛用の鞭を磨いている。
シモキティウスは、ここのところ忙しくて来れなくてすまないと言い、店内を見回した。
少しの間来れなかっただけなのに、なんだか懐かしい気分だった。
ふと、いつもいるはずの店長の姿が見えないことに気が付いた。
シモキティウスが、あれ店長は?と聞いた。
「あ、店長?今日は飼ってる奴隷少年の調教作戦とかで、自宅にいるのよね」
とクボティトが言った。
ここの店長はヒラーノと言う名前だった。
ヒラーノは背が高くスラリとした男なのだが、今日はいない。
シモキティウスは少し残念がりながら、そうなんだと言い、とりあえずビールを注文した。
クボティトがかしこまり!と言いビールを冷蔵庫から出す。
冷蔵庫を閉めるときにバァン!という音が鳴った。
シモキティウスはその大破音に、あぁこれでこそこのバーだという思いを噛み締めた。
シモキティウスは出されたビールを受け取り、ふたを開けた。
クボティトも片手にビールをもち、じゃあ乾杯っすね、と言った。
「卍解~」といってビールをカチン。
二人は大きく一口を飲んだ。
それから二人は近況を話し合い、あれがどうだこれがどうだと他愛もない話で盛り上がった。
やはりバーはいい。
シモキティウスは楽しかった。
だがその途中で新たな客がやってきた。
その客は三人組で、ビール!ビール!とはしゃいでいた。
シモキティウスにはその声に覚えがあった。
だがその声を最後に聴いたのは3年も前のことだ。
シモキティウスは驚いて立ち上がる。
その三人の姿を見てシモキティウスは確信した。
間違いない、あの三人だ。
シモキティウスの良き友人たちであり、三年前に修行に行くと言って諸国をめぐる旅にでた格闘家たち。
ミュラー、ヤ・ジュ―、キムルだ。
三人もシモキティウスに気が付き、一瞬驚いた表情をしたあと、笑って彼のいるカウンターに駆け寄ってくる。
ミュラーが嬉しそうに「ほら、シモキティウスも観てないでこっち来て」と言った。
シモキティウスはこっち来たのはお前のほうだと言って、その智将具合の相変わらずさに笑った。
ヤ・ジュ―が「お、お前さシモキティウスさ、お前のことが会いたかったんだよ!」と言い、キムルは「お久しぶりです」と言った。
四人はしばらくそのまま言葉を交わした後、カウンターからテーブルへと席を移した。
酒を酌み交わし上等の料理をテーブルいっぱいに並べた。
ミュラーが「今日はいっぱい飲むゾ~」といい酒を掲げる。
みんなもそれに続いて、改めて乾杯をした。
それからはもうめちゃくちゃに旅の話を聞かせてもらい、酒を飲み、二回も再会の涙を流した。
それはそれは奇跡のような時間だった。
今日ここへきて本当に良かったとシモキティウスは思った。
時間はあっという間に流れていったが、四人はそんなことは厭わなかった。
夜が更けるに任せ、彼らは思い出話に花を咲かせた。
だが唐突に、その終わりが来た。
日付が変わる少し前、バーに衛兵達が入ってきて、そのバーの喧騒をかき消すほどの大声で言った。
「警察だ!」
その場にいた全員が衛兵たちを一斉に見た。
喧騒がやんだ。
衛兵がこう宣言した。
ホモは拘束し、連行する。抵抗はするな。
そう言ってその場にいるものを片っ端から捕え始めた。
先ほどまで宴会のようだった店内は悲鳴と怒号の聞こえる地獄と化した。
やめロッテ!、離せオォイ!、フ・ザ・ケ・ン・ナ!ヤ・メ・ロ・バ・カ!という声と共に店の客たちが次々と捕縛されてゆく。
おいやべぇやべぇよとシモキティウスは言い、三人を見た。
三人は少し頷くと、目つきを変えた。
闘うつもりだ、とシモキティウスと直感した。
シモキティウスがまずいですよ!と止めるよりも速く、三人は突進した。
彼らは光のごときすさまじさで、衛兵たちに襲いかかる。
迫真空手、彼らの闘い方はそう呼ばれていた。
たとえ熟練者であっても音を上げるほどの激烈な鍛錬によって極限まで研ぎ澄まされた真に迫る格闘術は、並の人間では反応できない速度に達する。
彼らは強かった。
衛兵たちは屈強な体格をしているものたちばかりであったが、彼らに敵うべくもなく、瞬く間に倒されてゆく。
騒ぎを聞きつけたほかの衛兵が続々と加わってはいたが、気絶した衛兵の山が増えるだけであった。
強い。
シモキティウスはその圧倒的な三人に見とれてしまう。
これならばきっと問題ないと確信した。
冷静に考えれば、ここで衛兵たちを倒しても結局のちのち追われる羽目になるはずなのだが、三人の鬼神のごとき戦いぶりはそんなことを忘れさせてくれた。
いつの間にか、店内はその三人に熱狂する声でいっぱいになっている。
そこにいた客たちはこぶしを振り上げ歓声を上げる。
それと共に三人もますます技が鋭くなる。
ヤ・ジュ―が衛兵を打ち、よろめいたところをミュラーが蹴りを入れ、そしてそれをキムルが—――。
その時だった。
パァン。
乾いた音が一つ。
キムルがガクンと膝を折って倒れこむ。
その場にいた全員の動きが止まる。
一瞬、時間が止まったようだった。
ハッとして衛兵の一人を見ると、拳銃を握っていた。
その衛兵がぽつりと言った。
「やべぇ、撃っちゃった」
人々が思考を取り戻すより一瞬早く、ミュラーがその衛兵に組み付いて叫ぶ。
「そんなに死にてえのか...この畜生めが!」
ミュラーは怒りに身を任せ渾身の蹴りを放つ。
その衛兵は絶命した。
しかし、今度はミュラーの番だった。
残っていた衛兵は一斉に銃を抜き、ミュラーを集中砲火した。
ミュラーが倒れこむ。
そして間髪入れずにヤ・ジュ―が撃たれる。
倒れた三人を見ながら、衛兵の一人が言った。
「もう一人も二人も変わんねーよ」
そして、バー店内の客めがけて衛兵たちは銃を乱射し始めた。
シモキティウスはその後のことをほとんど覚えていなかった。
ただぼんやりと、客たちと自分の壮絶な叫び声の中で、クボティトが自分の腕をひっぱって裏口へ向かわせてくれたような記憶があった。
気が付くと彼は店を出て、狭い路地裏にいた。
息が上がり切って、痛いほど脈打つ心臓を押さえながらふらふらと歩きだす。
遠くからは大勢で走り回る音と悲鳴が絶えず聞こえてくる。
どこへ行くべきだろうか。
家に帰れば捕まるのは明白だった。
かといって行く当てもない。
皆はどうなったんだろうか。
クボティトは———。
そんなことを考えていると、上空に飛行船が来た。
それが大音量で告げる。
「偉大なるウンェイ一世様の命令により、ホモは拘束し連行する。抵抗するな」
シモキティウスはその言葉で全てを悟った。
ウンェイ一世がホモの粛清を命じたのだ、と。
二コニカはもはやホモの居場所ではなくなったのだ。
もうここにはいられない。
とにかく、この街から出なくてはならない。
行く当てはないが、それでも行かなくては。
クボティトやあの三人、心配なことや心残りはたくさんある。
しかしそれはもう今ではどうしようもないことだった。
信じるしかない。
シモキティウスは決意する。
後にホモコーストと呼ばれるこの事件が起こった日、シモキティウスの長い旅が始まった。