ヒラーノの死。
それが重くのしかかる。
今までこのメンバーを引っ張ってきたのはいつもヒラーノだった。
明確なリーダーを欠いた組織は誰かがそれを引き継がなければ瓦解するのはわかっていたものの、後継を託されたシモキティウスは果たして自分に務まるものなのかと不安だった。
なにより、ヒラーノを後回しにしてひでと戦う判断そのものが、彼を殺してしまったのではないかという自責の念が強くシモキティウスの心に深く沈殿していた。
皆は、あの時は仕方なかったと慰めるように言うが、それでも彼は気持ちの整理を付けられないでいた。
緊縛の館の屋上で葬儀が執り行われていた。
ジューンが弔辞を読み上げる。
しかしその声はシモキティウスにはどこか遠くに聞こえるようだった。
棺に収まったヒラーノの顔。
穏やかな表情だ。
眠っているような、今にも動き出しそうな。
ヒラーノとの思い出が駆け巡る。
出会ってから1年もたっていないのに、彼とはたくさんの記憶が刻まれていた。
初めてここに来たこと。
一緒に訓練をしたこと。
一緒に戦ったこと。
三発の弔銃。
それと共にヒラーノの棺に釘が打たれ、無人機に乗せられて飛び立ってゆく。
ソーラーパネルを付けて高高度を永遠に飛び続ける無人機。
ヒラーノの遺言だったらしい。
それが点になって、見えなくなっても、シモキティウスはそこを動けなかった。
見かねたカッツが肩を叩き、行こうと言った。
シモキティウスにはそれは聞こえていたが、体が動かなかった。
シモキティウス!とカッツ・ラギレン。
それでも体が言うことを聞かなかった。
精神と肉体の乖離というべきだろうか、ここにいるようでどこにもいないような感覚。
心にぽっかりと開いた大穴が精神を引きずり込んで、中身を抜き去ってしまったかのようだった。
いまの自分はからっぽだ、とうつろに思った。
カッツは、シモキティウスを右ほおを思い切り殴る。
「悲しいのはわかってんだよおいオラァ!YO!!!」
カッツの叫び声は震えていた。
彼は泣いていた。
クボティトが「まずいですよ!」とすかさず止めに入る。
だがカッツは「離せオォイ!」と収まらない。
カッツがクボティトに静止されながら、言う。
ヒラーノはな、お前に後を託したんだよ。
そのお前がそんなんでどうすんだよ!
シモキティウスは何も返せない。
カッツはそのまま続ける。
お前、あいつが死んだのは自分の所為だって思ってるんだろうけどな、あいつは最後の瞬間までお前を信じてたんだよ!
だからお前に託したんだよ!
ヒラーノの分まで戦って見せろ!
シモキティウスはその言葉にハッとした。
カッツは、クボティトを振りほどくと、お前はあいつのためにやれるだけのことをしろ、お前が責任を感じているなら、それがお前ができる唯一の責任の取り方だ、と言って緊縛の館へと入っていった。
クボティトもそれに続く。
シモキティウスは一人残った屋上で、ヒラーノの飛んで行った先を見つめ、拳を握った。
ヒラーノ————わかりました、と心の中でつぶやく。
精いっぱい、やるだけやってる。
シモキティウスは緊縛の館へと戻った。
一呼吸をおいて作戦会議室に入る。
既に皆集まっていた。
クボティトが、もういいのか、と聞いてくる。
シモキティウスは、もう大丈夫だと答える。
カッツが、さっきは殴ってすまなかったと謝った。
そのことはもういい、こちらも自覚が足らなかった、とシモキティウス。
作戦卓に着く。
そこは、ヒラーノが座っていた席だ。
それを見て皆は小さくうなずいた。
ジューン・ペイが説明を始める。
まず、回収した爆弾について。
ひでが死に際にアレはINM爆弾ではないという旨の発言をしたのを受けて、ジューンは爆弾の解析を試みていた。
だが、結果は芳しくなかった。
爆弾には制御装置の他にもう一つ謎の装置が組み込まれていた。
なんとか解析を進めたが、どうやらその装置は無理やり爆弾を調べようとすれば即座に起爆させるための、いわばもう一つの信管のようだということまでは分かった。
更に悪いことに、その装置だけは防磁処理が施されており、カッツの放ったEMPでも機能を損なわずに今でも動いており、だからそれ以上の解析はその装置によって阻まれたとのことだった。
すなわち、これはINM爆弾なのかそうでないのかはわからず、調べようもない、というのがジューンの結論だった。
なんとかならないのか、とクボティトが言うが、ジューンは即座に無理だと答えた。
ここにもそれなりの設備があるが、あれを爆発させずにバラせるのは軍なんかの巨大な研究機関でなければ無理だし、そんなところには協力を頼めるはずはなかった。
カッツが、どうにもならなさそうだな、と呟く。
シモキティウスは、とにかくこの一個に関してはこちらの手にあるのだから、厳重に隠匿するべきだと提案した。
それには皆頷いた。
この爆弾に関してはコンクリートで固めて地下深くに埋めてしまうことになった。
議題は次に移る。
下北沢でのINM爆弾起爆阻止に関してだ。
シモキティウスは、爆弾の起爆場所に関しての情報はないのかと聞いたが、ジューンは首を振った。
やはり下北沢のどこに仕掛けるかという詳細な計画は、それを運ぶエージェントに一任しているらしかった。
しかし、とカッツ。
下北沢は広い。
探知機があるとはいえ、間に合わなくなる可能性もある。
クボティトが、それに関してはある程度目星を付けておけばカバーできないだろうか、と言った。
ジューンが頷いて、狙うとしたら駅、あるいは野獣邸だ、と言った。
野獣邸。
有名なホモ御用達(意味深)メーカーで、下北沢に本社を構えていた。
シモキティウスが、その二つのどちらかの可能性が高い、そのあたりを車で巡回しながら捜索するのが考えられるベストだ、と提案する。
カッツが、それしかないか、と答える。
成功するかわからないけれど、あれこれ考えたまま何もしないよりはマシだ、とクボティト。
ひどい作戦だとシモキティウスは我ながら思ったが、しかしクボティトの言ったとおりであった。
とにかく、やってみるしかない。
よし、と言ってシモキティウスは立ち上がる。
皆も立ち上がった。
シモキティウスが、やるぞ、と一言。
他の三人が頷いた。
シモキティウスは頷いて、解散、と言った。
皆は部屋から出て行った。
シモキティウスはヒラーノの座っていた椅子を見つめる。
ヒラーノなら、こんな時どんな作戦を立てただろうか。
ふぅ、とため息をついて、天井を仰ぐ。
どうか空の上から見守って欲しい。
私は精いっぱい頑張ってみますから。
そう思いながら、椅子をすっと撫で、シモキティウスは部屋を出た。