暗く明かりのない地下鉄の線路をシモキティウスたちは歩いていた。
時折電車が過ぎ去る巨大なトンネルの端を、これまでと同じように、静かに素早く動き、時に止まるというのを繰り返しながら進んでゆく。
できるだけ速く、できるだけ静かに。
音をたてないように。
装備のこすれる音ひとつにさえ細心の注意を払いながら。
彼らはフル装備を身にまとっていた。
ステルス迷彩、防弾ベスト、暗視ゴーグル、カービンライフルを持っていた。
総重量はかなりのものになっていたが、それでも戦いを切り抜けてきた彼らにとって動きを阻害するには至らない。
彼らはベテランだった。
だがこれらはウンェイ、いやノボォーがこんなことを始めなければ身に着けていなかったはずの技だ。
誇っていいか悲しむべきか、シモキティウスは複雑だった。
シモキティウスは左腕につけたウェアラブルコンピュータでマップを見る。
前を向くと、トンネルが二手に分かれている。
ここを左にいけば目的地だ、とシモキティウス。
そして彼のハンドサインに続いて、他の二人が動き出す。
その先は建設されたものの使われていない、いわばまぼろしの地下鉄の駅だった。
地下にしては広い空間。
当時の建築資材だろうか、無造作に転がったままになっている。
物陰を選んで前進してゆく。
資材の裏に敵が潜んでいるのではないか、トラップが設置してあるのではないか、それを警戒する。
広さもあるし隠れる場所もある その駅は、待ち伏せには絶好の場所だった。
しかし呆気ないほどに誰もいなかった。
こちらがこのルートで潜入することは気取られていない証拠のように思えたシモキティウスは、少し安堵する。
ここで休憩しよう、とシモキティウスは提案した。
出発からすでに6時間が経っていた。
疲労も溜まってくるころだ。
カッツは「いいねぇ~」と賛成する。
クボティトが「じゃあ参るか」と言ってお弁当を広げた。
このお弁当がうまいのだ。
しかしゆっくり味わう時間はなかった。
周囲を警戒しつつ、こっそり素早く食べる。
これが平和なピクニックだったらどんなにか美味かっただろうにと悔しく思うほどに弁当は良い味だった。
弁当を三人で平らげたあと、カッツがおもむろに一服する。
上等な葉巻だった。
カッツは火をつけ、口にくわえて吸いながら、シモキティウスとクボティトにも一本どうだと手渡す。
クボティトは誘いに乗って吸ったが、シモキティウスは喫煙家ではなかったのでとりあえず貰って、全て終わった時のために取っておくと言ってごまかした。
後で吸うって、お前火あるのか?とカッツ。
いや、ないと言うと、俺のを貸してやるよとライターを貸してくれる。
シモキティウスは礼を言って受け取る。
クボティトとカッツは時間が無いためにタバコを吸うのもそそくさとしていた。
吸い終わった葉巻をポケット灰皿に入れて、やっぱり最後にゆっくり吸えばよかったなとカッツは笑った。
シモキティウスは少し笑って頷く。
彼らは再び前進し始めた。
三人は地下鉄から地上へと上がった。
そこは二コニカを流れる大きな川をすぐ横に見る場所で、半地下ともいえるような、船着き場のようなところだった。
そこから階段を少し上るとようやく車や人でごったがえす地上へと出る。
すでに太陽が遠くの山の稜線に半分隠れ始め、周囲は暗くなりはじめていた。
頭上に夕方の帰宅ラッシュだろう車の音とたくさんの人々の話し声を聞きながらシモキティウスは地上に出たことを知らせるためにジューンに無線する。
ジューンからは了解、という返事と情報が伝えられた。
どうやら動きがあったようだ。
衛星からノボォーのものと思しき車列がここから400mのホテルに入ったという。
場所は「ベストを尽くせば結果は出せる」という名前のホテルだった。
通称ベストホテル。
おもみもものサービスで有名な例の高級ホテルかとシモキティウスはちらりとそのホテルについて思い出す。
おそらくその最上階にいるだろうとの事だった。
現在ベストホテルはVIPの貸し切りになっていて一般客はいないとのことだった。
その待遇からしてかなりの身分の人間があそこにいるということは容易に推測できたし、おそらくそれはノボォーだろうと言うことだった。
そこまでの最適なルートを送るとジューンが言うとウェアラブルコンピュータがマップを出す。
シモキティウスはそれを確認し、二人を振り返って頷く。
光学迷彩をオン。
地上に出ると、街の人通りは多かった。
なつかしき二コニカの街の建物の並び。
一体いつぶりだろうか。
ここの空気の懐かしさは心地よいが、しかし今は姿が隠れているとはいえ素直に楽しめる気分にはなりきれない。
なにせこちらは追われる身、さらにテレビで顔写真まで公表されているのだ。
誰かに目撃されれば一巻の終わりだった。
自然と緊張が高まる。
人通りの少なくなった瞬間に素早く路地裏へと移動し、路地裏を伝うように、人通りの多い道路は極力素早く横切るように移動してゆく。
その時。
ママ、あれなーに?と一般通過幼女がこちらを指さして言った。
シモキティウスたちは驚いてその場にうずくまり静止する。
母親が、なあに?といいながら幼女の指さす方向、シモキティウスの方を見る。
なにもいないよと母親が言い、消えちゃったーと幼女。
母親がもう、急ぐよと言って手を引いて歩きだす。
三人はホッとして動き出す。
子供ならではの観察眼は強力だ。
そんなことを思いながら市街地を駆け抜けた。
そして、ベストホテルまで100mの位置に着く。
物陰からその正面玄関を伺う。
誰もいなかった。
まるでにぎやかな街の中でその一角だけが静寂の世界に切り離されたように閑散としている。
なるほど確かに貸し切りだ、とシモキティウスは頷いて、二人にハンドサインを出す。
裏口に回り込んで潜入する。
しかし———。
正面玄関から一人の男が出てくる。
その男は全身が銀色。
そして、見覚えのあるバイザーを身に着けていた。
三人はそれをみて驚いた。
まるで、ひでのような————。
その男が三人の方に視線を向けて甲高い声で言った。
「アーイキソ」
三人は硬直する。
そしてその男が言う。
お前たちが来ることはわかっていた。出てこい。
彼らは仕方ないと言って互いに頷き、物陰から姿をさらす。
カッツとクボティトは緊張しながら銃を構えた。
だがシモキティウスは違う緊張を覚えていた。
男の声には聞き覚えがあったのだ。
あの特徴的な甲高い声、まさか————。
シモキティウスの頬を嫌な汗が伝った。