ひで。
妙にむかつく顔をした自称小学生。
カッツ・ラギレンに虐待されたはずのクソホモが、イカセ隊を率いてシモキティウスたちの前に立ちふさがっている。
なぜだ?
なぜ奴がイカセ隊を率いている?
なぜホモであるはずの奴が、ホモの敵になった?
降りしきる大雨の轟音をかき消すほどの怒号をカッツが挙げた。
「ふざけんじゃねぇよオォイ!誰が敵になっていいっつった!」
ひではにやりと笑う。
カッツは叫ぶ。
なぜホモの敵になるのか、と。
ひでは語る。
おじさんに虐待されて、ホモたちからそれを笑われた。
それが広まり広まってついにホモでない者からも笑われるようになってしまった。
もはや屈辱は耐えがたい、だからホモを粛清するのだ、と。
ひでの表情はにやにや笑いだったが、声には怒りが見て取れた。
おじさんはしかし、アレはお前が自分から進んで虐待されたんじゃないかと切り返し、言った。
「自分から入ってきたんじゃないか...(困惑)」
シモキティウスもそれには同感だった。
ひでは自分から虐待されることを選んだのだ。
奴はそもそも男優ではないか。
逆恨みでしかない。
シモキティウスがそういうと、ひではそんなこと関係ないにょ、と叫び駄々をこねるように地団駄を踏む。
その場にいた全員がえぇ...(困惑)という感情に包まれる。
その時、まばゆい閃光がシモキティウスたちの目の前を包んだ。
咄嗟に身をひねる。
直後、ビシャンというとてつもない轟音が彼らを打つ。
全身が強く叩かれた太鼓のように波打つような感覚があった。
何事かは一瞬でわかった。
至近に落雷したのだ。
それを食らったのは———。
ひでだった。
ひでは体に稲妻を受け立ち尽くしていた。
服がところどころ焼け焦げてやぶけ、体からは湯気立っており、まるでオーラをまとっているかのようにも見えた。
奴は動かなかった。
死んだのか?
そう思いしばし見ているとひでの両腕がピクリと動く。
彼らは驚いて銃を構えなおす。
死んでいない。
奴はまだ生きている。
そしてひでは両腕を高く空に掲げ、天を仰ぐようにして叫んだ。
「痛いんだよおおおおおおおお!!!!!」
その叫びが町中へとこだまする中で、ひでは腕をゆっくりとおろし、首をブルブルと左右に振ってから、シモキティウスたちを鋭いまなざしで見据える。
その目は先ほどとはまるで違った。
ひでが唸るように言った。
ぼくはひで。超耐久のひで。皆殺しだ————。
奴は右足を踏み出す。
ヒラーノが怒鳴る。
二人一組で逃げる、ポイントデルタで合流だ、と。
戦闘は避けてとにかく逃げろと言った。
シモキティウスはカッツについてきてくださいと言って、屋上の縁へと駆け出した。
ここは屋上だが、シモキティウスたちにはさして問題ではなかった。
彼らは背中に都市部で立体機動を行うための小型ブースターパックを装備していた。
これによって壁走りや長距離ジャンプなどの常人では考えられない動きをすることができる。
これによって得られる恩恵は計り知れないものだが、訓練によって絶妙なバランス感覚を体得しなければならない上に、連続使用は30分ほどとあまり長くない。
カッツにも渡してはあるが、これを使うのは最終手段だった。
シモキティウスはブースターのスイッチを入れる。
カッツをちらりと一瞥した。
カッツは頷く。
大丈夫、という意味の頷きだ。
シモキティウスは頷き返し、屋上から飛び出す。
目の前に道路。
その両脇にはちょうどいい高さの建物が並ぶ。
彼らはその壁を駆け抜けながら、道路の両脇に建つ建物を、道路を挟んで右、左へとランダムに飛び移る。
追っ手の照準を狂わせるためだ。
待ちゆく人たちは、それを見上げる。
ある者は驚き、あるものはニンジャ、ニンジャと歓声を上げていた。
シモキティウスはそれを視界の端で見つつ、後方のカッツと、さらにそれの後ろに追っ手がいないかを確認した。
今のところ追いかけてくる姿は見えない。
そしてカッツはブースターの訓練をしていないはずだが、苦もなく使いこなしているようだった。
さすが虐待おじさんの異名を持つだけのことはある。
その時、カッツが危ないと叫んだ。
シモキティウスが前を向くよりも早く、ドンという衝撃を受ける。
横腹に蹴りを食らったのだ。
バランスを崩し、建物の壁に打ち付けられる。
カッツはシモキティウスと叫んだ後、竹刀を構えた。
シモキティウスを痛みを感じながら立ちあがり、蹴りを入れた者の姿を探す。
それは、イカセ隊の一人だった。
背中にブースターを背負っていた。
瞬間、先回りされたのだと悟った。
こいつは、一回り上手だ。
戦闘は避けられない。
カッツもその意思を汲み取り、竹刀を慎重に構えながら隙をうかがう。
ならば、とシモキティウスは銃を構え、撃った。
その銃声で騒ぎを聞いて集まってきた野次馬が一斉に逃げ出した。
シモキティウスの考えはこうだ。
奴がこちらに気を取られてくれればその隙ができる。
その時にカッツが一太刀浴びせるという作戦だ。
シンプルだが最も効果があるとシモキティウスは踏んだ。
だが、イカセ隊もバカではなかった。
奴はシモキティウスとカッツを交互に、瞬時に視界に捉えながらその動きを見、的確な回避をしつつ出方を分析していた。
見え透いた罠に気づかぬ三流はウンェイ直属の特殊部隊にはいないことを奴は自身の動きで証明していた。
そして奴はシモキティウスの方がカッツより技量がないことを見抜いた。
奴がシモキティウスに仕掛ける。
リロードのタイミングを見計らい、豪速で間合いを詰めた。
シモキティウスは反撃する間もなく首根っこを掴まれ、なんと片腕で持ち上げられた。
そして投げ飛ばされ、壁に打ち付けられた。
奴はシモキティウスに追撃。
しかし、カッツがそれに割って入った。
カッツは竹刀で奴の腕と鍔迫り合いをし、なめるなよと一言唸って、はじき返す。
奴はまた間合いを取った。
シモキティウスはようやく立ち上がると、カッツに礼を言った。
カッツは、構わないと言ったが、内心ではシモキティウスが心配だった。
シモキティウスは強化されたとはいえ未熟さが見え隠れしていた。
真の熟練であればそれはたやすく見抜ける。
証拠に今こうしてイカセ隊に優先的に狙われている。
果たして自分にシモキティウスをサポートしながらこいつを倒せるだろうか。
シモキティウスがよろめきながら立つ姿を見て、額に汗を流した。
やるしかない。
カッツは攻勢に出た。
竹刀を奴めがけ乱打する。
しかしどの攻撃も防がれる。
弾かれたカッツが受け身を取った一瞬をついて、奴はまたしてもシモキティウスを狙った。
シモキティウスは翻って、必死に逃げた。
カッツは奴に追いついて、斬る。
だがそれも防がれた。
そして、弾き飛ばされ、路面に打ち付けられた。
奴はもうこちらに目を向けていなかったのをカッツは倒れながら見ていた。
シモキティウスだけを向いていた。
ケリをつける気だ。
シモキティウスは狂乱したかのようにあらぬ方向に向かって銃を撃った。
このままではと、カッツは焦った。
すぐさま立ち上がり追いかけようとしたが、その時見ると、すでにシモキティウスは建物の壁を背にして追い詰められていた。
まずい。
シモキティウスがやられる。
だが、シモキティウスはニヤリと笑った。
銃を真上に向け、連射した。
ガン、という音。
上を見ると、建物の屋上に巨大な日本ペイントの看板があった。
そしてそれが、シモキティウスの放った銃弾で金具が外れたのだろう。
落ちた———。
シモキティウスはとびのく。
しかしイカセ隊は反応が遅れた。
その一瞬の遅れが奴の命取りだった。
ガシャアンという音と共に地面に落ちた日本ペイントの看板は奴の足を挟んだ。
いままで無言を貫いた奴も、それには耐えがたかったのだろう、ぐああという悲鳴のような呻きを上げた。
奴は、身動きが取れなくなった。
カッツは驚いた。
シモキティウスはこれを計算して今まで動いていたのか。
あのイカセ隊を、自らの手の中に誘い込んだと言うのか。
そんなカッツをよそに、シモキティウスは必死に抜け出そうともがく奴の傍らへと悠然と歩いて行った。
シモキティウスはイカセ隊の男を見下ろす。
そして、情けはかけない、と一言呟いて、その頭を撃ちぬいた。
カッツは、シモキティウスを賞賛した。
よく倒した、と。
シモキティウスは、ほんの思いつきがうまくいっただけです、とほほ笑んで、行きましょうと促した。
カッツは、天才というものを目の当たりにした衝撃を抑えられないまま、シモキティウスに続いた。
二人はポイントデルタに向けて移動を始める。
目的地はそう遠くない。