人には間違いを犯す時が必ずある。大小様々な間違いはあれど、大小様々な理由はあれど、失態を犯したことがない人間というのはそれこそ生まれたばかりの赤子くらいのものだろう。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のモモンガも然り、ユグドラシル最後の日だというのに碌に集まらないメンバーに憤りと寂しさを感じ、その精神は詰まらないミスを犯しても不自然ではない程に消耗していた。
同じ間違いを繰り返すという馬鹿なことをした経験は誰しもがあるだろう。有名な例えを挙げるとすればそうだ、『モンキーパンチ』を『モンキーパンツ』と打ち間違えた人間が『ミス、モンキーパンツです』などという行為を何度も繰り返した事例などがある。あるいは家の鍵を手に握っているというのに、延々と部屋の中を探すような話も枚挙に暇がない。
人間の脳とは時に意味不明な行動を強いるのだ。故に寂寥感に肩を落とし、この日を休むために少しばかり無理をして休みをとったモモンガが、訳の解らないミスをしてしまうのはある意味当然だったのかもしれない。
「ちなみにビッチであるって……いや、ない。これはない」
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が誇る、栄えある守護者統括が設定の最後に『ちなみにビッチである』と記載されていた件について、モモンガは呆れを覚えた。終わりをこんな性格で迎えるのは可哀想だろうと彼は考え、ギルド長権限でこの一文を消してやろうとコンソールの操作を始めた。
「『ちなみにビッチである』を消して……うーん……モモンガを愛しているとかどうだ? いや、ないかな…」
中身が男であることを思えば非常に気持ち悪いくねくねとした動きをしつつ、彼はこともあろうに『モモンガを愛している』などという文を加える暴挙に出ようとしていた。しかし前述したように彼は色々と疲れていたのだ。NPCへ勝手にワールドアイテムを渡していた仲間のことや、最後まで残ってくれなかった仲間に対し思う事も沢山あった。
「あっ、間違えた。なんで同じ文を打ち込んでるんだか……ちなみにビッチである、と。って違う! 俺は馬鹿なのか?」
二度ほど同じ文を打ち込み、慌ててコンソールを弄りなおすモモンガ。その際に戻り過ぎたため、もう一度守護者統括の設定欄を弄ろうとし――間違えて“全てのNPC”の設定を一括で改変する機能を起動させてしまった。しかもそれに気付かずそのまま一文を加え、更にはもう一度同じ『ちなみにビッチである』という設定を反映させたのだ。
しかして彼は異世界に足を踏み入れる。馬鹿な行動を繰り返していたために削られた時間は残酷で、最後は間抜けにもコンソールを開いたまま強制ログアウトかと思われたその瞬間――彼は奇跡の異世界転移を果たしたのだ。
■
リ・エスティーゼ王国の辺境、トブの大森林にほど近い開拓村『カルネ村』は今日も平和だった。先日帝国兵に扮した法国兵に村を蹂躙されかけたこの村は、しかし結果的に数人の怪我人が出た程度の被害に終わり、ある程度の危機感を村人に促しはしたものの、外敵への対処に関した必死さはあまり見受けられない。
その最大の要因といえば度々この村を出入りする圧倒的強者のせいともいえるし、おかげともいえる。トブの森における伝説の魔獣すら霞みそうな強者達がこの村を一時拠点としているのだから、気が緩むのもある意味仕方ない部分はあるだろう。とある少女二人の貞操は危ういが、それ以外は概ね平和であった。
「どうしてこうなったんだろう…」
懇意にしている村民の家で茶を啜るオーバーロード――モモンガは独りごちた。顎の骨から肋骨、大腿骨へだばだばとお茶が漏れているが、彼にはそれさえ気に掛ける余裕すらなかった。全ては彼の周囲がビッチになったせいだ。執事と二人きりで遠隔視の鏡の操作を試せば、やたらと近い彼我の距離に辟易とさせられる。守護者統括と二人で話せば襲われかける。ダークエルフの姉弟の頭を撫でれば絶頂される。真祖の吸血鬼に至ってはもはや言葉にするのも憚られる有様だ。
彼の心が平穏を保てるのはこの村にいる時だけだ。故にモモンガはこの村を殊更に大事なものとして扱っていた。執事の熱っぽい視線に耐え切れず早々に両手を挙げた結果、それがきっかけでこのカルネ村を発見したのは、きっと神が自分に与えてくれた運命なのだとすらモモンガは思っていた。
落ち着いているようでまったく落ち着けていない。そんな彼の平穏を脅かすかのように、ガチャリと玄関の扉が開かれた。ビクリと肩を震わせたモモンガであったが、入ってきた女性を見て安堵の息を吐く。
「ああ、エンリか……どうした? 慌てているようだが」
「あ、モモンガ様――い、いえその……なんでもございません」
「…そうか。もしなにか困っていることがあればすぐに言ってほしい。出来る限りのことは約束しよう」
「は、はい…」
着衣が乱れ、肩の部分が少しはだけている彼女――エンリ・エモットを見て彼は見て見ぬ振りをしつつ格好いいセリフをのたまった。本当は彼女が言いたいことを察しているモモンガであったが、そこに言及すると自分まで危うくなるため知らぬふりをしたのだ。
守護者統括に気に入られ度々セクハラを受けていることや、真祖の吸血鬼に狙われていることや、メイドの一人に玩具にされかけていることは把握していたが――全無視である。無理やり貞操を奪うことだけは絶対にするなと、全配下に厳命はしているのだ。それだけでも自分は頑張ったと彼は胸を張って言える。胸はないが。命を救った代価に多少のセクハラくらいは見逃してくれと、微妙にクズな思考をする自分に少しばかり嫌悪感を覚えるモモンガ。
が、その罪悪感は次の瞬間に消え去った。
「ああ! モモンガ様こちらにいらしたのですね!」
「ひいっ!? あ、あるべど……すまんエンリ! 任せた!」
「あっ!? ま、待ってください…!」
「ああ、モモンガ様ぁ……そんないけずなところも素敵です。あらエンリ、少し服が破けているわね。またあのヤツメウナギ? 仕方ないわね、ほら、繕ってあげるから脱ぎなさい。早く!」
「ひっ――うひゃぁん!」
哀れな羊の嬌声が村中に響き渡る。やはり今日も今日とて、カルネ村は平和であるようだ
続きは明日投稿します。