※ちなみにビッチである《完結》   作:ラゼ

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時系列はバラバラです。


十話

 国というものは人と同じだ。頭が指示を出し、手足が動く。末端よりも頭脳が大事という部分も似通っている。腕が朽ちたとしても、頭があればとりあえずは生きていけるというのもそうだ。しかし四肢の全てが無くなれば動くこともままならず、故に人は体のどの部位であっても大事にするのだ。

 

 つまり頭が手足を大事にしなくなった時点で、国は人でなくなる。翻って、リ・エスティーゼ王国という国家はどうだろう。手足を大事にしているかどうかを考えた時、この国はもはやそれどころの話ではない。頭は支離滅裂に意志を分裂させ、体のあらゆる部分を他人に――他国に売り渡しさえしている。歪な八本指は自らの体をところどころ腐らせ、もはや王国は頭と指だけが不自然に肥えた奇形であった。死の気配は着実に近付いており、頭の一部がそれに気付いていてもどうしようもない状態だ。

 

 悪い部分を切り離して治療すると、骨しか残らなかった――そんな冗談が現実に起こり得そうな国がリ・エスティーゼ王国だ。そんな国をどうすれば救えるのだろうかと考えた時、必要なものは“常軌を逸する何か”だ。“常識を超えた何か”だ。

 

 ナザリック地下大墳墓という勢力は、もちろんそれに含まれる。しかし既に悪を標榜していない彼等にとって、王国をどうにかするというのは“侵略”に等しい。どれだけ正義をなそうとも、民を救おうとしても、国民にとってそれは『アンデッドに支配される』という恐怖を伴うのだ。

 

 人というのは、大部分が“停滞”を望む。今なんとかなっているのならば、革新的な何かは必要がないと拒否反応を示す。間違いではないだろう。今以上を望んだ時――つまり分不相応を望んだ時、身を持ち崩す話は枚挙に暇がない。人はそれが分相応なのか、それとも分不相応なのか判断することが難しい生き物だ。

 

 過信と自信、謙虚と卑屈はいつだって揺蕩(たゆた)っている。だから現状維持を望むのだ。少なくとも王家という頭に従っておく方が、異形の恐ろしい怪物共に支配されるよりはマシだろうと。

 

 ――故に。王国の荒療治に必要なものといえば“埒外の武力”、“逸脱した知力”、“正当なる支配者の血筋”であった。膿を切り落とし、体を正常化させるには圧倒的な武力が必要だ。そしてそれを滞りなく成し遂げるには、順序良く被害少なく、恙無く終えるには化け物染みた知力が必要だ。

 

 民がそれを容認するには、“正当性”と“血筋”と――“信頼”が必要だ。それを全て兼ね備えている者が王国にいるかといえば、間違いなく否である。しかしナザリック地下大墳墓が、モモンガという支配者が武力を貸し与えるという条件付きでならば、たった一人だけ存在する。

 

『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』。その人物は人間の範疇を超えた“智慧”を持ち、王家の“正当”な“血筋”を持ち、そしてこれまでの政策によって国民に人気がある“信頼”厚き王女であった。彼女に権力と、そして有無を言わさぬ武力さえあれば王国は一代で立て直すことさえ可能であっただろう。帝国が三世代をかけて持ち直した事実を鑑みれば、彼女の異常性がよくわかる。

 

 デミウルゴスもアルベドも、そしてパンドラズ・アクターも。彼等は口を揃えてこう言った。『彼女に武力を与えればそれで事は済むでしょう』と。その言葉に頷いた死の支配者は、交渉をデミウルゴスに任せた。

 

 邂逅は月が綺麗に輝く夜のこと。閉めた筈の窓からふわりと風が舞い込み、王女は瞼を開いた。魔法的にも、そしてそれによらない物理的な警護もあって侵入者などまずありえない。けれど、悪魔は確かにそこにいたのだ。

 

――貴方はだぁれ? 何故……(わたくし)のランジェリーボックスを漁っているのですか?

 

――これは失礼……いえ、これも哀れな民を救うために必要なこと。深くは詮索なさらぬよう。

 

――えぇ…?

 

 普段心を乱すことなど全くといっていい程にない彼女をして、悪魔の行動は意味不明であった。その混乱を無視して純白、縞々(しましま)、穴あき等のいくつかをポケットに収めた悪魔は、王女に向けて無造作に紙の束を渡した。それは王女が常々気にかけていた――本心は別として――犯罪組織の“全て”がつまびらかに記されていた。

 

 捲っていくにつれてそれは内容が変化し、途中からは“不要”な貴族の排除と円滑な“即位”の絵図が描かれている。最後には助力の内容――かなりの貴族や役人が消えることによっての負担、その補填の詳細。それを行うにあたって貸し出す戦力の概要。

 

 全てを読み終えた王女は、にこりと微笑んで悪魔に視線を向けた。王位簒奪の計画だけならば荒唐無稽と切って捨てただろう。しかし八本指に関する詳細はもはや“調査”ではなく“掌握”を意味しており、王国に巣食う恐ろしい犯罪組織を数日――あるいは一晩で()()()()したことを証明していた。

 

 この犯罪組織というのは、冗談のような話ではあるが、王国の武力を数値化した際に一割近い数字を担う。それを誰にも知られず掌握したというならば、()()()()()()なのだろうと王女は理解したのだ。なにより彼等は自分を理解してくれている。自分の“ささやか”な願いを叶えてくれる――いや、その手助けをしてくれる。どのみち裏があろうがなかろうが、王手(チェック)はかけられた。拒否できるような状況でもないのだから、存分に利用させてもらおうと彼女は頷いたのだ。

 

――委細承知致しました。御助力よろしくお願いいたします。

 

――こちらこそ。

 

 満月に照らされて、三日月のように口元を歪め嗤う二人。

 

 契約がなった悪魔は宝石の様な目を光らせてボードゲームを取り出す。それは孤独な王女を癒す治療具。己以外の全てが不知者であり無知者であった、彼女の疎外感を埋める道具。人生において初めて、対等な知能を有する存在を認識させるためのお遊び。

 

 その意味をすぐに理解した王女は、嗤いをおさめ、そして笑った。日常的に演技をしていた瞳からは穏やかさが消え、次の瞬間どろどろと濁ったような光を灯し――更にもう一度変化した。それはきっと誰も見た事が無い、彼女の“興味”の眼。

 

 その日、悪魔と王女は朝まで遊びに興じた。両者とも一進一退の攻防を繰り返し、そして幾度もの勝ちと負けを奪い合った。しかし最後の勝利を奪ったのは……最後の一線を守り通したのは王女の方であった。朝陽が昇るころ、パンツ一丁のラナーと全裸のデミウルゴスは固い握手を交わし、にこやかに笑い合っていた。

 

 ――これが後にナザリック勢とラナーの間で何度も繰り返される“脱衣チェス”の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周辺諸国である程度安定している国といえば――筆頭はやはりスレイン法国だろう。管理の行き届いた法に戸籍、亜人や異形種と争ってはいるものの一般市民においてはこれ以上ないほど安全な地だ。次いでバハルス帝国が挙げられるだろう。鮮血帝によって国民が豊かさを取り戻し、鍛えられた職業軍人達が国を護る理想的ともいえる国だ。

 

 逆に滅亡の一途をたどっているのは、リ・エスティーゼ王国と竜王国の二つだ。こちらは大国ではあるが、その内情はといえば数ある小国群よりも悲惨であった。前者は自滅、後者はビーストマンによる侵略という形ではあるが、死に体ということに変わりはないだろう。

 

 そして丁度その中間がローブル聖王国といったところだろうか。アベリオン丘陵の亜人や異形種と敵対してはいるものの、竜王国ほどに瀕してはいない。国の指導者、聖王女たる『カルカ・ベサーレス』は信仰系の魔法詠唱者として非常に優秀ではあるが、王としては今一と言わざるを得ない。その清廉さは人として美しくはあるのだろうが、王としての資質という点では足を引っ張っているのだろう。

 

 即位してから今日(こんにち)まで、国の南部と北部が未だに対立しているのがその証明だ。しかしそれを差し引いても彼女の実力、そして彼女を慕う二人の姉妹の優秀さは王としての資質の低さを補って余りある。少なくとも彼女の代で聖王国がどうこうなるといった事態にはならないだろう。

 

 ――そんな平和を謳歌しているこの国に、その首都に、強大なアンデッドが突如として現れた。人ならざる美貌を有し、真紅の瞳と口元の牙を携えた吸血鬼……言わずと知れた『シャルティア・ブラッドフォールン』であった。

 

 彼女は堂々と、憶することなく、問題などなにもないと言わんばかりに街への入り口に現れた。いつものドレス姿で、しかし日傘は差していない。ふわりと優しく微笑んで、衛兵の制止の声も聞かずに足を踏み入れた。

 

「ふん、ふん、ふん……中々活気がありんす」

「おおぉぉぉ!!」

「はあぁぁぁ!!」

「《善の波動/ホーリーオーラ》!」

「《衝撃波/ショックウェーブ》!」

「他の国より女騎士の比率が多くありんす……この国の王は良くわかっていんす」

 

 たとえ世紀のアイドルであっても、ここまで人に囲まれることはないだろう。シャルティアを追うように、阻むように、周囲を囲んで攻撃を放つ聖騎士達。とはいえ一度に攻撃できるのは物理的に四人――多くとも六人が限界だろう。小さなシャルティアの体に剣が、槍が、魔法が雨あられと降りかかるが、しかし彼女には傷一つ付いていない。八十近いレベル差があれば当然の結果である。

 

「なん――なんだよぉ!? 俺は何と戦ってるんだ!? なぁ!」

「えと、真祖の吸血鬼、シャルティア・ブラッドフォールンでありんす」

「あ、ご丁寧にどうも――じゃねぇよ!」

「なんで魔法が効かないの!? 無効化ってありえないでしょ!?」

「えと、魔法は実力差がありすぎると無効化されんしょう…?」

「あ、確かに――じゃなくて!」

「くそがっ…! いったい吸血鬼が! なんの用だあぁぁぁ!!」

「聖王女様に会いたいんでありんすが…」

「あ、そっすか……じゃあ謁見の手続きを――できる訳ねえだろうが!」

「聖騎士って愉快な人達でありんす」

 

 たとえエルダーリッチであろうとも数百回は滅んでいるであろう攻撃の嵐に、しかし衣服のほつれすらなく佇むシャルティア。その間にも続々と援軍が到着するが、しかし死者や負傷者が出ないせいで後詰めの意味が無い。普通の人間であれば、ここまで密集してしまうと死者が出かねない。転倒などしてしまえば重傷は免れないだろうが、しかしなんといっても鍛えられた兵士や聖騎士だ。その程度では怪我も負わず、ただただ人の数が増えていくのみだ。

 

「いだっ――ちょっと、どこ見て攻撃してるのよ!」

「わ、悪い!」

「…ん、血が出ていんす。じっとしていなんし……はい、治ったでありんす」

「え? ひゃ、ひゃい……ど、どうも」

「…なんなんだ、こいつはよぉ…!」

 

 得体のしれない怪物――と思いきや、同士討ちをした馬鹿の傷をポーションで治す吸血鬼。彼等の知るアンデッドとは行動も強さも似つかない。どれだけ攻撃しようともまったく意味が無いこの状況に、次第に場は落ち着いていく。あちらは傷付かず、しかしこちらを傷つけず、千日手とはこのことだろう。なにより吸血鬼とはいえ絶世の美少女が、攻撃を受ける度に悲しそうな顔で下手人を見つめるのだ。いくら聖騎士といえども、罪悪感を刺激されるには充分である。

 

 しかしそんな状況にようやく変化が訪れた。人の波を割ってシャルティアのもとへ辿り着いたのは、この国最強の三人――聖王女『カルカ・ベサーレス』、聖騎士団団長『レメディオス・カストディオ』、神官団団長『ケラルト・カストディオ』であった。後者二人はともかく、王たるカルカが前線に出張ることなど有り得ない……というより有り得てはいけないというべきだろう。しかしそれをするからこそ彼女は国民に好かれ、同時に王の資質が低いのだ。とはいってもこの状況――強大なアンデッドが現れたというならば、その行動は間違いとも言い切れない。王でありながら、カルカは神官としても優秀に過ぎるのだ。それこそ戦力の要とも言い切れる程に。

 

「あら、お目当てが出てきんした……こほん、わらわはシャルティア・ブラッドフォールン……強くて優しくてエッチで――そいで可憐な吸血鬼でありんす」

「はっ、不浄なアンデッドが! はあぁぁぁ!!」

「…くふ、どうぞよしなに」

「な――っ! こ、このっ…!」

 

 勢いのまま、額から股まで一刀両断にしようと聖剣を振り下ろしたレメディオス。しかし当ては外れ、額に刃先をつけたままシャルティアは自己紹介を続けた。食い込んですらいない、血の一滴も流れない異様さ。正真正銘の化け物を目にした彼女は、しかし戦意を衰えさせず攻撃を続けた。

 

 

「…有り得ない。姉様の斬撃が……効いてない?」

「これならどうだ! “聖撃”!」

「んっ……ちょっとチクっとしたでありんす」

「っな、馬鹿、な…」

「引いて、レメディオス」

「っ、カルカ様、しかし」

「彼女に攻撃の意志はないようです……まずは話を聞きましょう」

 

 配下が止める暇もなく突進していったせいで、対話を求めているという吸血鬼が傷ついてしまった――と後悔したカルカであったが、無傷のシャルティアを見てほっと安堵の息を漏らす。アンデッドにすら優しさを見せるのは神官として問題かもしれないが、しかし美徳でもあるのだろう。

 

「『カルカ・ベサーレス』と申します。シャルティア様……でよろしかったかしら」

「あい。様はいりんせん。敬語も」

「…ここにはどのような理由でいらっしゃったのかしら」

「――挨拶」

「…?」

「だから、挨拶でありんす」

「それは……ご丁寧にどうも…?」

「では、口上を述べんしょう。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が拠点、ナザリック地下大墳墓の階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンが告げる」

「…っ!」

 

 柔らかく微笑んでいたシャルティアは一転、真面目な表情で声を張り上げる。圧倒的強者のオーラが畏怖となって周囲を包んだ。そして優雅に歩を進め、彼女はカルカの目の前に立った。姉妹が寄り添うように、護るように横に侍るがまるで気にせず目的を告げた。

 

「――お友達になりんしょう?」

「…へ?」

 

 数百人がひしめき合うこの場で、しかし静寂を切り裂いたように声が響いた。まるで子供のような無邪気さで、友達になってほしいと告げるシャルティア。その言葉を聞いて皿のように目を丸くするカルカ。聞き間違いかと思いもう一度問いかけようとするが、その前にレメディオスが激高したかのように叫んだ。

 

「――ふざけるな! 吸血鬼ふぜいがカルカ様と友だと? 腹で茶が沸くわ!」

「姉様、それを言うならヘソで茶が沸くよ」

「ヘソで茶が沸くわ!」

「ヘソでお茶が? 本当でありんすの?」

「…む! ケラルト、どうなんだ!」

「沸かないと思うわ」

「そうだ! ヘソで茶など沸く訳がない!」

「なら吸血鬼が友となるのもありえんしょう?」

「…む! ケラルト、どうなんだ!」

「えぇ…?」

 

 レメディオスとシャルティア、双方ともに知能に難はあるものの、若干ながら後者に軍配が上がったようだ。そして真っすぐに見つめてくるシャルティアに対し、カルカはしっかりと見つめ返して答える。

 

「…何故私にそれを?」

「えーと……この国のイシキカイカク? のためでありんす。先日わらわ達は法国と同盟を結びんしたの。『人間に敵対的ではない亜人、異形種が国境と人種を越えて友誼を交わす』ための世界作りの一歩……でありんしたか。難しいことはよくわかりんせんが、みんな仲良くするのは良いことでありんしょう?」

「――法国が? それは……俄かには信じられませんが……それに、ギルド…? なんのギルドなのでしょうか」

「別に隠していんせん。調べればすぐにわかりんす」

「…」

 

 シャルティアが言ったことは、カルカにとっても理想だ。『みんな仲良く』がどれだけ素晴らしく、しかし難しいことか。人間同士ですら諍いが絶えないというのに亜人、ましてや異形種だ。どう返答したものかと俯く彼女に、シャルティアが優しく微笑む。

 

「友人関係など最初は打算含みでいいんでありんすよ。モモンガ様は言いんした。信頼されたいのならばまずは礼を尽くせと……だからわらわはこの仕事を任された時に考えんしたの。聖王女様が一番喜んでくれるのはどんなことだろう、と」

「は、はぁ…」

「それは英知溢れるモモンガ様が、わらわにこの仕事を与えてくださった意味を考えれば自明の理でありんした」

「…?」

「《ゲート/異界門》」

「な…!」

 

 シャルティアが魔法を唱え、黒い靄から宝石の如き美貌を持つメイド達が三人、姿を現した。『ルプスレギナ・ベータ』『ソリュシャン・イプシロン』『ナーベラル・ガンマ』の三人だ。その列にシャルティア自身も加わり、揃って恭しく片膝をついた。

 

 聖騎士達の視線が集中する。いったい何事かと――そしてあれ程に強大なアンデッドであっても、聖王女の威光には頭を垂れるのかと。一言一句聞き漏らすまいと、ざわめきが一気に鳴りを潜めた。そして……透き通るような声が、響き渡った。

 

「英雄が色を好むのは当然でありんすぇ。それがたとえ――女同士の交わりであっても。さ、わらわ達の体……どうぞ堪能しつくしてくんなまし」

「私はノーマルですうぅぅぅ!!」

 

 ニワトリを絞めた時の様な、悲痛な叫び声がこだました。聖騎士達の得心と、レメディオスの驚愕と、ケラルトの憐憫が聖王国の主を包む――そんな一日であった。




沢山の感想、評価等ありがとうございます。やる気が出ます。

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