※ちなみにビッチである《完結》   作:ラゼ

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もうすぐ新刊、楽しみですねー。ネイアちゃん死なないよね?


四話

 〇月×日

 

 

 今日という日の行動は記すことが憚られるため、あまり書くことがない。しかし王国の腐敗もかなり進んできているようで心が苦しい。アレの原料を栽培している畑を焼いたところで、焼け石に水だろう。大元をなんとかしないといけないのは理解しているが、もはやそれをどうにかするのは王国そのものをどうにかすることと同様だ。

 

 冒険者であっても、私はこの国の貴族として育った人間だ。友人や、真にこの国を思う者達の力になりたい。もっともっと強くなって、真の英雄の領域に踏み込めたならばきっと救えるものも多くなる。

 

 ――力が欲しい。

 

 …っ、まずい、意識が…

 

 

 

 

 

 

 〇月×日(裏面)

 

 

 滑稽だな。お前のそれはただの偽善だ。真にこの国を護りたいと思うならばいくらでもやりようはあるだろう? 力が欲しいのなら我に身を委ねよ。それで全てに片が付く。お前の望む通り――絶対的な暴力でな。このキリネイラムの化身たる……“影羅(えいら)”の人格をもって、王国を支配してやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 

 また出てきたのね“影羅”。私は貴方に支配などされない! 私には信じる仲間達がいる。彼女達が私の心を支えてくれる限り、貴方のような“真なる闇の意志”に飲まれることなんて有り得ない。

 

 …それよりも今は度重なる娼婦の失踪事件が問題だ。一体何者なのだろうか。状況を考えれば誘拐というよりも救済という方が正しいように思える。まさか貴族の誰かが義憤に駆られてとは思えないが、相当な組織力と実力がなければ成し得ない規模の集団失踪だ。謎が謎を呼んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 〇月×日(裏面)

 

 

 くく……御立派なことだ。だが、私を受け入れないというならば手放せばいいだけの話だろう。お前が私を持ち続けることこそが弱さの証明……()()()()()()()()()()()? なあ“ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ”。

 

 

 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 

 …っ! 黙りなさい。私は貴方を認めない。たとえ弱くとも、私にはそれを受け入れる強さがある。受け入れてくれる仲間がいる。“影羅”。私は貴方をすら飲み込んで――強くなる。

 

 奇妙な噂を聞いた。今まで何もなかった場所に巨大な墳墓ができたという話だ。なにかこの件と関係があるのだろうか。流石に距離が離れすぎているため考え辛いが……私の勘になにかが引っ掛かる。

 

 なにか巨大な()()()に巻き込まれているような、大きすぎて理解できないものが動いているような、妙な感覚を覚える。こういった時の勘はよく当たる。後回しにはなるが、何も見つからなければそちらの探索も視野に入れて行動することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 〇月×日(裏面)

 

 

 もう何も言うまい、弱き者よ。もう既に貴様の魂の一部は浸食された。“黒の意志”に行動を支配されるのは――避けようのない未来だ。日常の端々で行動を操られているのには気付いているだろう? 警告は何度もした。選んだのはお前自身だ。

 後はお前の精神が“黒の意志”に打ち勝つ他に道はない。その時こそ剣の力が解放され、“魔剣キリネイラム”の真の所有者が生まれる時だ。あるいは神を冒涜せし“漆黒の狂戦士”が誕生するか。

 

 …こうなる前に私は――いや、詮無きことだ。

 

 お前はお前の信じる道を行くがいい。

 

 

 

 

 

 

 〇月×日

 

 

 “影羅”、貴女は…。いえ、私も何も言わないわ。結果で示してみせる。アインドラの血は、黄金の精神は“黒の意志”すら飲み込むことを証明してみせる。その時はきっと……心の世界でお茶でも飲みましょう“影羅”。

 

 友人が先日噂になっていた墳墓の調査を優先するべきだと助言をくれた。きっとあの子にしかわからない何かがあるのでしょう。『黄金』は容姿ではなくその頭脳なのだと、私も仲間達も知っている。あちらを優先することにしよう。いったい何が待ち受けているのだろうと、不謹慎ではあるが少し高揚してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタン、とモモンガは日記を閉じた。短い会話であったというのに驚くほど彼女のことを気に入っていた彼は、偶然手に入れてしまったその日記をつい開いてしまったのだ。あるいはほのかな恋心すら抱いていたのかもしれない。乱れに乱れた周囲の環境に、清廉として咲く一輪の花。自信に満ち溢れ、けれど謙虚さも持ち合わせている優雅な佇まい。リアルの世界であればお目にかかることすら叶わない『人の上に立つべき者』。

 

 『鈴木悟』としての精神の残滓が、『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』に憧れを持つのは当然といえた。掃き溜めに鶴がいれば惹かれるのは当然である。ヤンキーが良い事をした理論に近いものがあるだろう。異世界で酷い目に合ってきた奴隷少女が、一般的日本人の精神を持つ主人公に普通の扱いをされて感激するチョロイン劇場と似たようなものだ。

 

 ――しかしその幻想は脆くも崩れ去った。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 頭を抱えて床にごろごろと転がるモモンガ。若かりし日の黒い歴史が脳内をリフレインしているのだろう。()しくも小学生の自分が名付けた裏の人格と、この日記に記された裏の人格の名前が同じだったためか、精神へのダメージは倍プッシュだ。

 

 転がりながら壁に激突した彼はすかさず立ち上がり、今度はガンガンと壁に頭を打ち始めた。開かなければよかった。これは開いてはいけないパンドラの箱だったのだ。いや、最後には希望すら残らなかったのだからなお酷い。ふらふらとベッドに戻って突っ伏すモモンガは、精神が抑制されているとは思えないアンデッドぶりであった。もはやアンアンデッドである。

 

「…大丈夫?」

「うおわっ!? …シ、シズか……すまん、外まで音が漏れていたか。なんでもないんだ、なんでも…」

「おっぱいもむ?」

「え、遠慮しておく…」

 

 これだけ騒いでいれば、扉の外で控えているメイドが様子を見にくるのは当然だろう。プレアデスの中でも比較的まともなユリとシズを交代で当たらせているのは、モモンガの涙ぐましいささやかな抵抗である。ユリは仕事とビッチをしっかり分けて考える真面目系ビッチであり、シズは自分からはあまり攻めない誘い受け系のビッチであるため、ある程度まで平穏が期待できるのだ。

 

「あ、シズ……済まないがこの日記を客人のところに返しておいてくれ。マーレが(ごにょごにょ)した時にナザリックの入り口で落としていたようでな」

「かしこまりました」

「頼んだ。くれぐれも中身は読むなよ?」

「はい」

 

 一礼して出ていくシズを視線で見送り、モモンガはため息をついた。まあ中二病ではあったが、通常時が普通であることに間違いはない。彼にも知られたくない黒歴史はあるし、それこそ現在進行形で宝物殿を守護していることを考えれば、他人のことをとやかくは言えないだろう。勝手に日記帳を開いた自分が悪かったのだと、モモンガは野良犬に噛まれたような気持ちでそれを忘れることにした。

 

「そういえばパンドラズ・アクターには怖すぎて会いにいってないんだよな……でも法国へ行くのにワールドアイテムは必須だし、覚悟を決めないと」

 

 そもそも誰を連れていこうか、とモモンガは()()と考えた。ある程度あちら側と会話する必要がある関係上、頭脳面で活躍する誰かが必要だ。こなせるとすれば守護者統括『アルベド』、階層守護者『デミウルゴス』、宝物殿の領域守護者『パンドラズ・アクター』の三人くらいだろうと当たりをつける。

 

 頭脳の高さにもそれぞれ設定された特色があり、アルベドであれば『組織運営、政治面』、デミウルゴスであれば『戦争、戦略面』、パンドラズ・アクターであれば『財政管理、物資補給』において無類の賢さを発揮するのだ。それを鑑みれば、今回の法国行きにもっとも適しているのはやはりアルベドだろう。

 

「アルベドかぁ……アルベドなのか。アルベド…」

 

 ぶつぶつと彼女の名前を呟き続けているのは、アルベドを恋しく思っているなどという理由では勿論ない。彼女が必要ではあるけれど、彼女と接触したくはないという一語に尽きる。そもそも接触すればそのまま性的接触に直行するのがアルベドというビッチである。執拗にビッチである、ビッチである、などと書き連ねたせいか彼女はナザリックでも群を抜いてビッチである。

 

 設定的には一番人間を嫌いそうな彼女が、このナザリックで一番人間を好んでいるのがその証明ともいえるだろう。『好む』の意味が若干アレとはいえ、人類と友好的にしたいモモンガからすればそこだけは悪くない変化と――本当に“そこだけ”は悪くない変化といえる。

 

 十分ほどたっぷり悩んだ後、モモンガは覚悟を決めてアルベドの私室へ向かう。偽物ではなく本物の『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を装備している辺り、彼の警戒ぶりが理解できるだろう。たとえ複数の竜王と戦争になろうとも持ち出さないギルド武器を、アルベド個人のために引っ張り出したのだ。

 

 それでもモモンガは安心できない。仲間達が総力を結集して作り上げた至高の一品であるこの杖であっても――アルベドを前にすれば頼りない棒きれにしか思えないと考えているのだ。怯えすぎである。

 

 ホコリ一つ落ちていない長い廊下を歩き、彼は地獄の門をノックした。

 

「アルベドよ。入ってもよいか?」

「――はい! はい、モモンガ様! どうぞお入りください!」

 

 ガタゴトと大きな音がして、即座に入室を許可する声が響いた。喜色満面というのが確信できる声色に促され、モモンガは足を踏み入れる。そこには慌てて服を着たような、少し乱れた服装で出迎えるアルベドの姿があった。頬を上気させ、色香が匂い立つような状態の彼女に、さしものモモンガもくらりときたようだ。

 

 こほんと咳を一つ吐き、用意された椅子に深く腰を落ち着ける。姿を現した瞬間に飛び掛かられるのではないかという危惧は、完全に的外れであった。というよりモモンガは変化したナザリックに怯えすぎ、事実以上に相手を肥大化させていたのだ。

 

 彼等はビッチではあるが、忠誠を誓うNPCでもある。モモンガが真面目に取り合えば真摯に向き合うのは当然だ。主がギルド武器をわざわざ装備して訪問した理由が、性的な意味を含むものだと考えない程度には理性もあった。もっとも普通の装備で訪問していた場合はその限りでなく、毒牙にかかっていたのは確かである。きっと仲間の絆が彼を守護してくれたのだろう。

 

「ここに来た要件なのだが……法国へと向かい、なるべく友好的な関係を築きたいと思ってな」

「ああ、モモンガ様! その慈愛を人間達にもあまねく伝えようと仰るのですね。はぁん――敬服致します」

「う、ううん……まあ間違ってはいない、のか? それで、お前にも同行して欲しいと考えていてな」

「おっ――ほぉ…! お、お任せください! 私の体の全てを使ってご満足させてみせます! 私の目の黒い内は御身に乾く暇など――」

「ち、違う! そういう意味ではない!」

「――失礼致しました。守護者統括としての出向でございますね」

「う、うむ……そうだな。それに関してのことなんだが、お前は私のことをどう思っている?」

「それは勿論! 私共を最後まで見捨てず残ってくださった慈愛の御方にして、叡智溢れるビッチ神――そして私の愛を捧げる至高の存在です」

「ビッチ神!? い、いやそうではなくてだな……その、実力面とかそういった方でだ」

 

 これほど話していて疲れることがあるだろうかと、精神を削りながら会話を続けるモモンガ。思っていたよりは話が通じるものの、やはり勘違いが甚だしい。そもそも童貞の自分がビッチの頂点だのビッチ神だのという思考はどこからきているのだと、本日三十八回目にもなるため息をついた。

 

「その深い叡智と英知は私共の及ぶところではなく、その魔法の実力は私共を遥かに凌駕する御方だと存じております」

「…本当にか? ナザリックの頭脳であるお前が冷静な思考でもって、本当にそう考えているのか? 例えば私とシャルティアが戦った場合、どちらの勝率が高くなるか――お前ならば解る筈だが」

「っ、それは…」

「忌憚なく意見を述べよ。冷静に、冷徹に、双方の相性と手札を考えた上で答えてほしい」

「………私の知らぬ手札を考慮に入れない場合は――八:二でシャルティアに分があるかと」

「私もそんなところだと思う。すまないなアルベド、言い辛いことを聞いた」

「そのようなことはっ」

「いい、事実その通りなのだからな。とはいえ手段を選ばぬ場合は間違いなく私が勝つのも事実だ」

「ああ、やはり…!」

「だが強さにおいてはそうであってもだ。その……まあ、なんだ。頭脳においては違う」

 

 不思議そうにこちらを見つめるアルベドに、モモンガは息をのむ。彼女の性欲を感じない視線は初めてだ――と意味不明の感動が体を駆け巡る。その途端、ワールドエネミーよりも恐ろしく感じていた彼女の姿が見たままの可憐な美女であることを思い出し、不意に笑いが漏れた。そうだ、こんなにも忠誠を誓ってくれる配下に何を怯えていたのだと自分を叱咤した。

 

「私の頭脳は、だ。普通に一般人のそれなのだ。卑下している訳でもなく、なにか訳があって騙っているわけでもなく、そこいらの人間と変わらない。むしろある程度の年齢まで教育を受けた者ならば私より上だろう。それを理解した上で付いてきてほしいのだ……正直なところ、国の重鎮相手にまともな会談ができるとは思えん。お前だけが頼りなんだ」

 

 モモンガは失望されるだろうか、とは恐れない。最初から配下の好意が明け透けすぎたために、忠誠や愛が揺らぐとは思っていないのだ。彼がなにより恐れているのは、自分の知恵が大したことのないものであるとバレた時に起こるであろう『罠』を恐れていたのだ。

 

 自身が絶対の知恵者であると思われているからこそ、つまらない策略など見透かされてしまうと変態行動に移さない配下がいる筈だ。アルベドやデミウルゴスが自分をチョメチョメするために、その頭脳の全てをかけて計画を練ればどうしようもないだろうとモモンガは睨んでいたのだ。

 

 故に逃げ出した訳だが、ビッチ度よりも忠誠心の方が幾何(いくばく)か高そうなアルベドを見て、それは勘違いだったのだと思いなおし、全てを暴露したのだ。そしてその言葉を聞いて、アルベドは肩を抱いて震え出す。

 

 敬愛し崇めてさえいる至高の存在が、お前の能力が必要だと、お前にしか任せられないと頼っているのだ。これに感動しない配下などこのナザリックには存在しない。溢れる涙が頬に伝い、床を濡らす。

 

「――かしこまりました。元よりこの身に宿る全ては御身のためにございます。与えられた能力を然るべき時に使わずして、なにが守護者統括でありましょうか。お任せください! 必ずやモモンガ様の望む方向に法国を誘導して御覧にいれます!」

「ああ、ありがとうアルベド」

「つきましては先にご褒美を頂きたく!」

「ああ、わかっ――え?」

「っしゃぁ!」

「ちょっ、ま、待てアルベッ…」

 

 蜘蛛が獲物を捕らえる瞬間よりも速く、アルベドは主をベッドに引きずり込んだ。その様は大渦に引き込まれる小舟のようであった。天幕に映る二つ影のが一頻り激しく動いた後、一つの影がスッと姿を消す。モモンガが花を散らすその寸前、ようやくリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの存在を思い出して転移したのだ。誰にも渡していなくてよかったと本気で安堵した瞬間である。

 

「し、死ぬかと思った…」

 

 無我夢中で転移した結果、どことも知れない廊下に出てしまったモモンガ。ここはどこだったかなと歩き出し、数歩を数えたところで僅かに隙間が開いた扉を見つける。扉の装飾からここが客人達に提供している部屋だということを思い出し、そして何故開いているのかと怪訝に眉をひそめた。眉は無いが。

 

 ナザリックのメイド達の仕事は完璧だ。偶々半開きになっているということは有り得ないだろう。となれば中にいる誰かが開けたのだろうかと、扉の隙間に指をかけ――内部から勢いよく突き出された手に悲鳴を上げた。

 

「うおぉっ!?」

 

 ホラーかよ、と一瞬にして引っ込んだ掌を見送って胸を抑えるモモンガ。傍から見れば彼の方が完全にホラーであったが、そこは言わぬが花だろう。吸い込まれるように消えた、という表現が正しかった掌の行方が気になり、彼は隙間からちらりと中を覗き込んだ。

 

「助けっ――!」

 

 そしてモモンガは転移した。金髪幼女と、最近知り合った元漆黒聖典が見えたような気がしたが、彼は気のせいだと断じた。彼が知っている彼女達は“尻尾”などついていないのだから、きっと気のせいに違いないだろう。自室に戻ったモモンガはベッドにダイブし、取りあえず明日のことは明日考えようと狸寝入りを決め込んだ。アルベドとの話し合いによって縮んでいた『恐怖の大墳墓ナザリック』の影は、戻ってくる時よりも大きくなっているようだ。

 

 ――今日もナザリックは平和である

 




死なないよね?

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