ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが創造し、設定したナザリックのNPC達。彼等は自分達を生み出してくれた創造主達を至上のものとしていたが、逆に創造主達が彼等をどう思っていたかは人それぞれだ。ペロロンチーノやタブラ・スマラグディナ、モモンガなどは熱い思いの下に細かい設定をこれでもかと書き込んだ。しかしたっち・みーや武人建御雷などが創ったNPC達は設定欄も割とスカスカである。
その熱意の差がもたらしたものはいくつかあった筈なのだが、最終的には『ちなみにビッチである』という設定に覆い隠されてしまった。ならば何故モモンガが自信をもって創り上げたNPC『パンドラズ・アクター』にそれが適用されていないのかといえば――“余白の有無”である。
ユグドラシルにおいてNPCのフレーバーテキストの欄といえば、
加えて設定欄を埋め尽くすような人間は極々稀である。外装に拘る者は多数いたが、読める者がほとんどいないテキストに心血を注ぐなどという行為は、何かを
――しかしアインズ・ウール・ゴウンにはその“拗らせている者”が数人いた。その中でも二人、『タブラ・スマラグディナ』と『モモンガ』という男達は相当なものだ。軽い小話でも書けそうな設定欄にこれでもかと設定を書きなぐり、余白の一切を無くしてしまったのだから。
けれど、その情熱こそがパンドラズ・アクターを救ったのだ。『ちなみにビッチである』という一文が文字数制限によって反映されなかったからこそ、彼は『言動と行動が痛々しいNPC』程度に収まったのだ。
「…という訳だ。いや、ほんとに弁解のしようもないな…」
「至高の御方が我々をどうされようとも、何も問題はございません――と、申し上げたいところですが…」
「うむ……絶対に怒られる。たっちさんとかウルベルトさんは絶対に怒る」
「その際は不肖、このパンドラズ・アクターめが必ずやモモンガ様をお護り致します!」
「…《グランドカタストロフ/大災厄》とか<ワールドブレイク/次元断切>からも?」
「命を賭してでも――必ずや!」
「お、おう(冗談だったんだけど…)」
まあ本気で殺そうとしてくるギルドメンバーは流石にいないだろうと、ただの冗談に過ぎないのだとパンドラズ・アクターを宥めるモモンガ。そんなことより今は法国の使者への対応だと頭を振る。ナザリックの入り口付近で待たせている彼等への対応は、この先『アインズ・ウール・ゴウン』が進む方向性とある程度リンクしているといえるだろう。
とはいえナザリックの奥深く――九階層以降に招待するというのは、些か危険に過ぎるのではないかと彼は思い悩んだ。危機意識が既にガバガバのモモンガであっても、軽々に判断するべきことではない。しかし雑な対応をしていらぬ反感を買うのもまた得策とはいえない。そうなると、やはり知恵ある者に頼るしかないのが小卒のモモンガの悲しいところである。
「パンドラズ・アクター、お前はどうするべきだと思う?」
「…モモンガ様に敵対の意志がないというのは真でございますか」
「ああ。敵対されたならともかく、進んでこちらからというのはな……それに先ほど話した通り、あちら側からすればナザリックを何としてでも引き入れたいと思っている可能性が高い。異形種の巣窟とはいえ、むやみやたらに噛みついてくるとは思えんな」
「成程……こちらの手札はどの程度まで開示されるおつもりで御座いますか?」
「信用を得られる程度に、といったところか。あちらも不安だろうからな……何よりも戦力を確認したいというのが本音だろう。鬼札ともいえるルベド――あとはヴィクティム、ガルガンチュア以外の守護者であれば会わせてもいいんじゃないか? 特にシャルティア、デミウルゴス、アウラ、アルベドあたりはよく外に出ているみたいだからな」
「…ナザリックの防衛はどうなっておいでで?」
「…コキュートスが頑張ってるんじゃ……ないかな、たぶん」
珍しく狼狽えるような雰囲気を見せるパンドラズ・アクター。彼も他のNPCを知っている訳ではないものの、もう少し危機意識を持った方がいいのではないだろうかとため息をつく。その仕草がモモンガとよく似ていたのはご愛嬌というものだろう。
しかしそんな諸々とモモンガの今までの行動、NPC達の行動を鑑みて、彼は会話中に考えていた草案の大部分を破棄した。『敵対した場合どうすればいいか』の対話ではなく、『友好的に接するにはどうすればいいか』の対話に重きを置くべきと判断したのだ。主も同僚も、明らかに人間に対して親しみを感じている。となれば『裏切られたら』ではなく『裏切られないように』と考えて立ち回るべきだろう。
「彼等には“安心”を与えるべきかと」
「…安心?」
「先ほどモモンガ様が仰った通り、彼等は不安なのです。何故不安なのか――そう! 知らぬからで御座います! 人にとって“無知”とは恐怖! ならば知っていただきましょう……隠すべきは隠し、それ以外を納得のいくまで。余すことなく! 信頼をもぎ取るのではなく――まずは与えてみては如何でしょうか。不知という暗闇を! 死地という可能性を! 灯り無き夜の海に、覚悟を持って飛び込んできた勇者たる彼等を! …持て成しましょう!」
「ヤメテ……その語り口ヤメテ…」
ぶんぶんと身振り手振りで、そして要所要所で天に手を掲げるパンドラズ・アクター。そのなんともいえない姿を見てモモンガは床にうずくまる。まだビッチの方がマシだったんじゃないだろうかという思考がちらりと脳裏を過ったが、しかし中二病かつビッチという可能性もあったのだと思い至り、膝を叱咤して立ち上がる。
「うーん……つまり……ああ、なるほど。そういうことなら――パンドラズ・アクター」
「はっ!」
「俺は支配者としての自信なんて微塵もない」
「…はっ」
「プレイヤーとしての強さだって、ユグドラシル基準なら大したこともない」
「…」
主の自虐に対し、否定の言葉が喉まで出かける。しかし紡がれる言葉はそれを望んでおらず、そしてなにより――
「だけどな――まかせろ。“接待”なら誰にも負けない自信がある」
――十年以上も頭を下げ続けてきた営業職の矜持が、
■
ナザリックの地表部分――敷地内は約六メートルにもなる高い壁に囲まれている。入り口は正門と後門の二つが存在し、法国の使者が現在待たされているのは前者の方である。法国における最高機関の一つ、六人の神官長の一人『マクシミリアン・オレイオ・ラギエ』を筆頭とする彼等の目的は、モモンガやパンドラズ・アクターの推測とほぼ違わない。
プレイヤーか否かの確認。敵対的であるかどうかの確認。戦力の確認。そしてその力を利用できるかどうかの確認だ。モモンガは少々楽観的な見方をしていたが、実のところ法国の神官長達のアンデッド嫌いは割と根深い。生まれた時から今この時まで『アンデッドは穢れた存在である』との認識であったのだから、それは当然のことだろう。
彼等が崇拝する神の内の一柱、死の神『スルシャーナ』はあくまで神であり、アンデッドという括りを超えたところに位置しているのだ。故に陽光聖典と敵対した『アインズ・ウール・ゴウン』という勢力に対しての感情はあまり良いものとはいえない。
これはクレマンティーヌの言葉が間違っていたというよりは、実際に戦う者達と文官の認識差といえるだろう。この世界において有数の強者である漆黒聖典の者達は知っているのだ。人間も、魔物も、アンデッドも、結局大した違いはないのだと。護るべきもの、撃退すべきもの、滅ぼすべきものという違いはあれど、
故に今回の使者のほとんどが漆黒聖典であるというのは意図的であり、至極真っ当な人選だ。見下していると勘付かれては問題だ――故にクレバーな彼等を。侮られていると勘違いされては問題だ――故に神官長の一人を。敵対したならば大問題だ――故に法国最高戦力を。
あらゆる問題が起きても対処できうるメンバーを法国は使者とした。けれど、現状の問題は彼等をしてどう対処していいものか悩ませるものであった。
「そいで、クレマンティーヌは言いんしたの。『うちの隊長、絶対童貞マジ童貞……あ、元隊長か』なんて、くふ。本当のところはどうでありんすの?」
「い、いえ…」
「ふぅ……それにしても暑いでありんす。もう少し軽装にするべきでありんしたかしら」
「っ…」
パタパタと胸元をちらつかせ、悩まし気な溜息を零す階層守護者――シャルティア・ブラッドフォールン。先ほどメイド達が大急ぎで用意した椅子に座り、頻繁に足を組み替える。ボールガウンのドレスでそんなことをしても意味の無い行動だ。けれど絶世の美少女たるシャルティアの一挙手一投足は全てに意味があり、男を魅了する。
先ほど無様に尻もちをついた漆黒聖典の一人――他者の強さを図る技能を持った男などは、既に彼女から目を離せなくなっていた。シャルティアを見て『た、隊長より……強い…!』と震える声で怯えていた彼は、今や『せ、占星千里よりでけぇ…!』などと呟いていた。ちなみにそれはパッドである。
「…うぅん……それにしても、もう少しかかるかしら。申し訳ありんせんが、もそっとお待ちくれなんし」
「いえ、こちらが連絡もなしに訪ねたのです。非礼を詫びるならばこちらの方でしょう」
「――いえいえ、こちらこそ大変お待たせして申し訳ありません」
「…っ!? あ――」
正門前――黒い靄から出てきた化け物。そして人ならざる美貌を持つメイド達。しかし雰囲気は朗らかで、明らかに歓迎の意を示していた。神官長であるマクシミリアンは慌てて立ち上がり、漆黒聖典もそれに追随する。神々が遺した遺産に身を包む彼等だからこそ、モモンガの装備が凄まじいものであると看破した。そして『わー、メイドでも俺らより強いんだー』という現実逃避の呟きが彼等を更に緊張させる。
「ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が拠点、ナザリック地下大墳墓のギルドマスターを務めるモモンガと申します」
「あ、ああ……っ、失礼。スレイン法国、闇の神官長を務めるマクシミリアン・オレイオ・ラギエと申します。急な訪問にもかかわらず、主自らの出迎えに感謝いたします」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります」
一通りの挨拶を終え、モモンガは
「――であればこそ、苦渋の決断ながらあのような非道を行っておりました。これ以上『リ・エスティーゼ王国』を放置しては、人間種そのものが立ちいかなくなると――」
「――なるほど」
まずは表向きの訪問理由――陽光聖典とナザリックがいざこざに至った経緯を説明し始めるマクシミリアン。それは何一つ嘘の無い、少数を犠牲にして多数を生かすやり口の説明であった。
そんな法国のやりかたを聞いたモモンガは、元の世界の国や企業に聞かせてやりたいものだと溜息を零した。彼が生きていた世界は、正しく少数が幸せを享受するために多数を犠牲にする世界だ。とはいえ底辺であってもゲームに興じるくらいの余裕があることを思えば、この世界が如何に過酷かわかろうというものだ。
人権の完全無視や飢え死に、ましてや異種族に喰われるなどという体験を想像すらできない彼にとって、法国のやりかたが間違っているなどとは口が裂けてもいえない。だからこそ陽光聖典の一件は『不幸な行き違い』という落としどころで双方が納得する結果となった。
加害者側だけの言い分で判断するべきではない――といいたいところだが、モモンガは既に王国の腐敗ぶりなど知っている。奴隷まがいの娼婦を正当な手段で救えず、デミウルゴス達が秘密裏に助け出した時点で王国の程度は知れているというものだ。
「――さて、用件は以上といったところでしょうか」
「はい。非常に有意義な時間であったかと……援助の件、エルフ種族の扱い等、細かいところは正式な場を持って改めさせていただきます」
「ええ、ええ。予定はそちらに合わせますので、決まり次第伝えていただきたい」
「かしこまりました……それではこれにて――」
「ああ、失礼。以上といったのはあなた方の用件に対してのこと……実はこちらにも一つお願いがありまして」
「…? それは、どのような?」
マクシミリアンからの疑問の声、そしてほんの少しだけ滲み出る警戒心。穏やかに進んだ会話を経て、
「よろしければ――
相手が望むものをこちらは全て用意できる。営業としてはイージーモードだろう。目の前の人間達の喉がごくりと鳴ったことを確認し、内心で微笑みながらホストの準備をする。情報を得られる期待で喉を鳴らしたのだろう。相手の
トップに近くなればなるほど待遇が悪くなる、宗教国家の鑑のような法国。自戒に長けた神官長や漆黒聖典を堕とすことができるのか。モモンガの手腕が光る!(次回煽り)