ナザリック地下大墳墓の一階層から三階層。それは名前の通り墳墓然とした威容を構え、足を踏み入れた存在に死者の地であることを訴えかけている。しかし現在は常と違った様相を呈していた。なにせ道行く一行に対し、オールドガーダーやスケルトンがクラッカーを引き、『熱烈歓迎』のノボリを立てて囃しているのだから。
「この一階層から三階層までが彼女の――階層守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』の領域となっています。最初の防衛ラインだけに、最強の守護者たる彼女を置いているんですよ」
「なるほど…」
神官長とモモンガを先頭に、ぞろぞろとナザリック内部を進む二十人近い集団。いってみればこれは『施設案内』であり、自分達がどういった存在であるかをわかりやすく説明する場だ。メイドであるプレアデスを引き連れているのはマナーとしてよろしくないものの、これは“接待”でもある。絶世の美女を横に置かれて嬉しくない男などそうはいない。宗教国家の重鎮である彼等が単純な欲に溺れるとは思っていないモモンガであったが、だからといって完全無欲というのもあり得ないと考えていた。
「そしてこれが転移門です。ここ以降は物理的に繋がっていない場所が多くなるんですよ」
「転移門! そのようなものがあるのですか…」
「ええ。危険はないのでご安心を。そして抜けた先がこちら――地底湖エリアです」
「ほう! これはまた……む、あれは…?」
「ええ、あれは――あれは……なにあれ!?」
ガルガンチュアを沈めている地底湖エリア。さして目新しいものも無いため、さっさと五階層へ案内しようとしていたモモンガであったが、自分の知る場所と完全に様変わりしている四階層を見て驚愕の声をあげる。薄暗く陰気な雰囲気は欠片も残っておらず、それどころかふよふよと漂う発光物体によって神秘的とすらいえるだろう。湖の淵はプライベートビーチのようで、そこに水着姿の女性たちがキャッキャウフフと戯れていた。
「誰なの!?」
「モモンガ様、おそれながら申し上げます」
「あ、ああ。彼女達を知っているのか? ユリ」
「はい。先日、デミウルゴス様方が王都より救助した者達でございます」
「…そ、そうか。というより、そのために『蒼の薔薇』は来たんだったな。すっかり忘れていた……ん?」
そういえばそんな話もあったなと、自分のうっかりミスを恥じるモモンガ。しかし四階層がリゾートになっている説明にはなっていないんじゃないかと、いきなり醜態を晒す羽目になった不運を嘆く。とはいえこれはこれで使えなくもないだろう。人間に友好的である証明、証人が目の前に存在しているのだ。禍を転じて福となしてしまおうと、使者たちに説明をしようとした――その瞬間。見覚えのある人物達が目に入った。
「Dクイック! ティナ!」
「ガガーラン! ブロックして!」
「うおぉぉ!!」
「“分身の術”……ダブルクイックアタック」
「うおぉぉ!? おまっ、それ卑怯だろコラ!」
「――っ! ナイスレシーブ! イビルアイ! はぁぁぁ…! “浮遊する球群”!」
「ボス汚い。それは流石に汚い」
「“
「なにやってんのお前ら!?」
「あ、モモンガさん」
そこにいたのは、ビキニ姿でビーチボールを叩きつけ合う蒼の薔薇の面々であった。周りには人だかりができており、頻繁に黄色い声援があがっている。しかし近付くモモンガ達に気付いた集団は、時間が止まったかのようにピタリと口を閉じた。恐ろしい骸骨が近付いてきたから――という訳ではなく、複数の男性の存在に怯えているのだ。
散々に性処理用の道具として、玩具として嬲られた彼女達の心の傷は完全に癒えていない。それを見て取ったモモンガは、とりあえずラキュース達への質問を棚上げにして、哀れな人間達へと声をかける。
「あー……うむ、初めまして。この墳墓の主であるモモンガだ。お前達の事情は聞いている……そう不安そうな顔をするな。匿った以上、責任を持って面倒は見る。なに、けっして悪いようにはしないとも」
恐怖と困惑、安堵が綯い交ぜになって広がる。しかし主が直々に庇護を約束したことによって、負の感情が限りなく薄まったことは確かだ。口々に感謝の言葉が飛び交い、熱いモモンガコールとなって地底湖エリアを甲高い声が満たす。
神官長や漆黒聖典の視線が生温かいものとなり、モモンガは羞恥に悶えながら彼等に先を促した。そして何故か一緒になってついてくる蒼の薔薇。『今は大事な接待中だから後にしなさい』というモモンガに、ラキュースは頑として首を縦に振らない。
それはモモンガの友人として、そして王国貴族としての務めだ。周辺の情勢に疎いナザリック勢力が、法国の甘言に騙され、乗せられないための目付け役ともいう。人間に害をもたらさない亜人達すらを殺してまわる法国――聖典に対し、以前ひと悶着あった彼女は彼等を信用していない。
そもそも亜人すら毛嫌いする彼等が、異形種の巣窟であるナザリックに足を踏み入れるとすら思っていなかったのだ。失礼な態度を取って門前払いか、敵対行動を取って返り討ちか、良くても挨拶程度だろうと踏んでいた。だからこそ手持ち無沙汰になったついでに、当初の目的である行方不明者の確認をしていたのだ。まさか彼等を招きいれる筈もないだろう、と。
「…彼等は人間以外を排することを至上としています。以前、恐らくは六色聖典と呼ばれるうちの一つと交戦したことがありますが――モモンガさん達と相容れるとは思えません」
「とりあえずシュノーケルとゴーグル外してから言ってくれないか?」
「隊長の名はニグンといったか……私には及ばないものの、優秀なマジックキャスターを多数引き連れていた。こいつ等だけでは危なかっただろう」
「浮き輪と
額にシュノーケリング用のゴーグルをつけ、ビーチサンダルでモモンガの横を着いてくるラキュース。歩く度にふよんと揺れる双丘に少しだけ意識を割かれるも、モモンガは無理やり視線を逸らして突っ込みを返す。しかし続くように後ろから言葉を発するは、白いスクール水着に身を包んだイビルアイ。水かきを履いたままぺたぺたと床を踏み鳴らし、青い浮き輪を腰の部分に留めてモモンガに忠告する。胸の辺りには『いびるあい』と書かれた刺繍が施されており、裁縫が得意な統括守護者の性癖が垣間見えている。
「ああ――以前、陽光聖典が報告していた例の冒険者か。色々言いたいことはあるが……あえて君達の法に則って言わせていただこうか。これは『法国とアインズ・ウール・ゴウンにおける政治問題』である。干渉される謂れはないと思うがね」
「私は彼の友人として助言しているまでです」
「そこに一切の他意はないと? 王国の貴族としてのしがらみはないと誓えるのかね?」
「…っ」
「モモンガ殿、とても不遜な物言いを許していただきたい。
「…彼女達はとても良い娘ですよ。私の友人としては勿体ないくらいに」
「ええ、その通りです。彼女達は間違いなく善良な存在なのでしょう……だからこそ申し上げているのです。“王国に在る善良な存在”ほど
「おいおい、物騒な話してんじゃねえか。ガゼフのおっさんが
「陰謀とは言ってくれる。ならば王国から流れてくる卑しい麻薬は陰謀なのか? 我々が人を
「…話をすり替えてんじゃねえよ」
「いいや、同じだ。身の丈に合わぬ快楽を貪る輩が払うべきツケを、我々が取り立てているのだ。何もかもが陰謀ではなく一連の、そして必然の流れに過ぎぬ。『お前達が馬鹿をするから私達が尻を拭う』のだ。冒険者に言っても仕方のないことではあるが――日々を滅亡に怯える小国群を我々が支援している間、王国はなにをしていた? 人類の生存域を『勝手に増える食糧庫』としか見ていないビーストマン共を堰き止めている竜王国に、それを支援している我々に王国はなにかしたのか? 法国と竜王国が滅んだ時点で人類は滅ぶと――お前達は本当に理解しているのか?」
「…マクシミリアン様」
「なん…っ、失礼、モモンガ殿。このような場で普段の鬱憤を晴らすなど……我が身を恥じるばかりだ」
「お気になさらず。誰しも自分の信じる正義がありますから」
一触即発といった空気の中、モモンガは気まずさを覚えつつ内心で毒づいた。接待どころじゃないな、と。しかし先程と同様に、これはこれで――とも考えていた。状況だけを見れば、法国と王国が自分を取り合っているようなものだ。そんなに執着していなかった異性であっても、横から掻っ攫われそうになれば引き留めたくなる……そんな心理が働いているのだろう。いわゆるオタサーの姫状態だ。ちなみに実態はヤリサーの王である。
奇しくも蒼の薔薇への対抗意識によって、ナザリックに対する法国の心情は上向いてきている。ならばここは一つの勝負どころでもあるだろう。少し前倒しにはなるが、モモンガはここが機と見て、パンドラズ・アクターと話し合って決めた『アインズ・ウール・ゴウン』の立ち位置を彼等に伝える。
「私は人間が好きです。そもそも、元が人間ですしね。だからこそ敵意の無い人外を排するやり方には少しばかり……嫌悪を覚えます。もちろん、人間を好んで食料とするような種族と相容れないという考えには共感しますが。法国のやりかた全てには頷けない。王国の仕組みにはとてもではないが頷けない……けれど、ここにいる皆さんは規模は違えど『人を思いやっている』のに違いはないでしょう? 私は、アインズ・ウール・ゴウンは、そういった方々に力を貸したいと思っています。先ほどの女性達……王国にて奴隷まがいの扱いをされていた者達を救った、私の配下達もそう思っていることでしょう――そうだろう? プレアデスよ」
壮大なことを考えている訳ではない――ないが、しかしモモンガは自分が自由に闊歩できるような世界を望んだ。アンデッドに寿命は無い。故に少しづつ、少しづつ周囲を変えていければと思ったのだ。全ての国に力を貸し、誰もが安全と平等を享受できるような世界がほしい。
それは彼自身の考えも多分に含まれていたが、配下の意を酌んでのことでもある。ナザリックのビッチ達が愛する対象は、人間に限らないのだ。そして敵対するものにすら慈愛をもって対処する。それはともすれば危険を孕んだ行動であり、彼等がビッチであり続ける限り不安要素は残る。
そして彼等はビッチであり続けなければならない――他ならぬモモンガの手によってそうされた。だからこそ周囲を平和にする義務があると、モモンガはそう考えていた。自分達以外の平和は、自分達の平和にも繋がるのだ。その想いを言葉に変えて絞り出す。メイド達もきっと力強く頷いてくれるだろうと、少しだけパンドラズ・アクターを参考にした仰々しい腕の振り方と共に、彼は後方を振り返った。
「出たっすか? 出たっすか?」
「うーん……ルプスレギナちゃんの恋愛運はイマイチね。あ、でも占星千里っていっても外れることもあるからあんまり当てにしないでほしいわ」
「私はどうですかぁ? できればぁ、細くて白くてカッコイイ
「エントマ、次は私」
「姉を立てるのが妹の務めじゃないかしらぁ?」
「なら尚更に私。エントマ、貴女が妹」
「違うわぁ。貴女が妹よぉ、シズ」
「いやいや、ここは私がもっかい占ってもらうっす。我慢するっす“妹”たち」
「ルプス、普通はお姉ちゃんが我慢するものよ」
「い~や~。私の恋愛運がイマイチなんて認めないっす!」
「聞けよお前らあぁぁ!」
キメ顔で振り返ったモモンガの目に入ったのは、漆黒聖典の一人“占星千里”に占ってもらい、キャイキャイと騒いでいるプレアデス達であった。女性が占い好きであるのはどんな世界でも共通なのだろう。加えていうと彼女の見た目は完全に痴女であり、ビッチたるプレアデス達を惹きつけるには充分な容姿であった。身に着けている装備は下着とほとんど変わらぬ表面積であり、そこに片方だけの白いニーソックス、申し訳程度にところどころ巻き付けられたフリル紐が煽情感をこれでもかと主張している。この変態の巣窟ナザリックにおいて、相応しすぎる客人といえるだろう。
プレアデスに囲まれて平然と占っている姿は、恐怖など微塵も感じられない。とはいっても、彼女の場合は事前の占いにより危険がないと知っているからこその豪胆さだ。最初から一人だけ澄ました顔でいるのも、当然といえば当然だった。彼女からすれば、占いの結果を告げているのに警戒を解かない同僚達こそがおかしいのだ。
「――はっ! 大変失礼致しましたモモンガ様。この失態、申し開きもできません……何卒、何卒罰をお与えください。妹達の分までボク……私が如何なる責め苦にも悦……んんっ、耐え忍びます」
「いえ! 罰は私にお与えください!」
「ここは私が」
「私っす!」
「(ダメだこいつら……早く何とかしないと…)」
モモンガがメイドを叱り、マクシミリアンが占星千里を叱りながら一行は進む。漆黒聖典の面々と蒼の薔薇の女性達はなんともいえない雰囲気を出しつつ、ちらりちらりと視線を交わす。ラキュース達は先程の神官長の言葉を反芻し――どれだけ人類が窮地に立たされていたのか気付きもせず、狭い世界で持て囃されて調子に乗っていたことを恥じた。それ故の気まずい視線だ。
逆に漆黒聖典の者達はというと、単純に目のやり場に困っているだけである。というより先程から今まで、神官長とは違い彼等の総意は一つだけだ。『着替えろよ』である。
「気を取り直して――こちらが第五階層……凍河の支配者『コキュートス』が守護する、“氷河”です」
「寒うぅぅぅい! さ、寒っ、さびゅっ…!」
「まだ水着だったの!? 馬鹿なの!?」
突然の雪風にしゃがみ込むラキュース達。一人だけちゃっかりとメイドのスカートの中に隠れているティアは、流石忍者である。モモンガは呆れながら突っ込みつつ、地形ダメージ無効の魔法を範囲拡大して全員にかけるという離れ業をやってのけた。無駄に器用である。
ここではコキュートスの住処である“大白球”まで出向き、紹介しようかと思っていたモモンガであったが――遠目にギシギシと揺れているような気がして
「こちらが第六階層……ダークエルフの姉弟、『アウラ』と『マーレ』が守護する“大森林”です」
「…! これは……外、なのですか? 空が…」
「いえ、これは魔法で見せかけているだけなんですよ。近くまでいけばちゃんと天井もあります」
「なんと…! 景観も、そして技術的にもこれほど素晴らしいものは見た事が無い…!」
「いやぁ、はは。そう仰っていただけると……ふふ」
どっちが接待をしているのか解らないほど、モモンガは嬉しそうに身を捩る。仲間達と苦労して創り上げたナザリックを誉められると、彼はチョロいのだ。程なくして、転移門の起動を確認した双子達が一行の前に姿を現す。モモンガにとってはそれだけで感動ものであった。
「ようこそ第六階層へ! あたしはこの階層の守護者『アウラ・ベラ・フィオーラ』でこっちが“弟”の――」
「『マーレ・ベロ・フィオーレ』です。よ、よろしくお願いします」
やっとまともに守護者が紹介できた――と思ったのも束の間。おどおどとしているマーレと、漆黒聖典の内の一人とが見つめ合ったまま動かない。どこぞのときめくメモリアルにでも出てきそうな学園の制服に身を包む漆黒聖典メンバーの一人。女性用の制服ではあるが、それに身を包んでいる者の性別は――
「…ヨロシク、マーレ」
「よ、よろしくです」
親し気に握手を交わす二人。彼等以外にはよく解らないシンパシーを感じたのだろう。いや、よくよく見てみれば女性陣がなんとなく嬉しそうにしている様子を見ると、なにか感じ入るものがあったのかもしれない。エルフの二人に案内される一行は、ここにきてようやく穏やかな時間を過ごすことができた。
そして次なる転移門に到着し、一行を名残惜しそうに見送る双子に手を振って彼等は次の階層――“溶岩”へと足を踏み入れた。
「こちらが第七階層……“溶岩”です」
「熱ぅぅぅい! あ、熱っ、あちゅっ…!」
「まだ水着だったの!? 馬鹿なの!?」
灼熱の地面にビーチサンダルの底が融け始め、奇怪なダンスを踊り始めるラキュース。一人だけちゃっかりとメイドに抱き上げてもらっているティアは、流石忍者である。モモンガは先程と同様に魔法を全員にかけ、涙目のラキュースを慰めた。
ここではデミウルゴスの住居である赤熱神殿まで出向き、紹介しようかと思っていたモモンガであったが――遠目に神殿が揺れているような気がして
道すがらの会話で遂に警戒を解いた法国の使者達は、持て成しを拒否するのは失礼に当たるだろうと、これらを心ゆくまで堪能することに決めた。神の食物と言われれば頷いてしまうくらい、信じられないほどに美味な食べ物、飲み物。何種類もある、贅を凝らした浴場。見たこともない種類の酒に、女性であれば誰もが通いつめたくなるエステ。まさにこの世の天国だといわんばかりのこの場所で、彼等は思い思いに楽しんでいた。ちゃっかりと蒼の薔薇も楽しんでいた。
特に漆黒聖典の女性陣――“時間乱流”“神聖呪歌”“占星千里”は、戦闘者であってもやはり女性なのだ。明らかに美しさを引き上げるエステ、マッサージに夢中になっていた。
「ふぅ……んっ!? あ、ルプスレギナちゃん、そこは…」
「これはリンパマッサージっす。リンパに悪いものが溜まってるんすよ」
「で、でもそこは…」
「リンパっす。この辺はリンパ線が集中してるからしっかりやらないとダメっす」
まるでいかがわしい映像作品のエステティシャンのようにリンパを連呼するメイド達。そう、リンパなら仕方ないのがこの世の中の法だ。
「美しいお声ですわ」
「んっ、あ、わ、私は
「ここのリンパにも悪いものが溜まっていますわ」
貴族然とした“神聖呪歌”もリンパの魅力には逆らえず、ソリュシャンにされるがままになっている。スライムである彼女は、マッサージをしつつも特殊な粘液で対象を喜ばせる一流のエステティシャンだ。プレアデスの中でも頭一つ抜けているといえるだろう。
ロリっ娘である“時間乱流”を誰がマッサージするかでひと悶着あったものの、じゃんけんにより勝ち取ったシズが、機械の体をいかして色々と凄いことになっていた。静かな振動音などが何を意味しているかは、この女の花園にいた者達だけの秘密である。
――そして陽が沈み、“夜”が始まった。