番外編
10月31日。この日はなんの日だろうか。
一般的に10月の最終日であるこの日は、ある者にとっては誕生日、またある者にとっては何かの記念日かもしれない。そういったものでなくとも、仏教に詳しい者は「臨済宗開祖の栄西が宋から茶を持ち帰ってきた日」と答え、キリスト教に詳しい者は「ルターが『95ヶ条の論題』を教会に貼り付けた日」と答えるだろう。Wikipedia様によると「グレゴリオ暦で年始から304日目の日」とのことだ。
だが、ここ「ジャパリパークキョウシュウチホー遊園地エリア」の様子を見れば、それらよりも真っ先に思い浮かぶものがあるだろう。
それは何なのか?
周囲を彩るオレンジや黒のコントラストで描かれた飾りつけ。
この日のためだけにとわざわざ作られたというカボチャのランタンたち。
このイベントを楽しむ大勢のお客さんと、幽霊などに仮装する一部のスタッフさん。
そして、このどこからともなく聞こえてくる掛け声──
「トラック・オア・トレード!」
「
「どういう意味よそれ……」
つまるところ、ハロウィンである。
そんなわけで今日は10月31日だ。動物であれば特に何かあるわけではないのだが、俺たちはアニマルガールである。こういったイベントは普段の暇を解消するのにはもってこいであり、即ち楽しまなきゃ損なのだ。
それこそ、今目の前でマントをたなびかせるサーバルのように。
「珍しく時間通りに来たことは褒めてあげる。で、それは何の仮装なの?ただ黒いマント羽織ってるだけじゃない」
「これ?ヴァンパイアだよ、怖いでしょ!がおー、食べちゃうぞー!」
そういって腕を構えて手をわにわにさせる様からは微塵の恐怖も感じられなかったが、少なくとも
「この衣装はむこうの貸し出しスペースでもらったんだ。ホントは無理やり着せられたんだけど」
「無理やりって、あの人たち……でもまぁ、このマント無駄にクオリティ高いわね。ほら、トツカも見てよ」
「おうおう、よくできた牙だな。クオリティ高いぞ」
「えへへ、ありがと……って、牙は元からついてるよ!あむっ」
「あいあい、知ってるよ……あだだだっ、噛むなって」
引き剥がそうとしたが「うがー!」と言って二の腕に噛み付いてくる。本人は甘噛みだから痛くないとでも思ってるんだろうが、普通に痛いから離せ。猫に噛まれるとめちゃくちゃ痛いんだぞ、噛んでやろうか。
「ほら、噛んでるところが完全にゾンビだし。吸血鬼なら首筋噛めば……ってバカバカ、何ホントに噛んでんのよ!」
「あむっ、
「痛い。首の左側がめっちゃ痛い」
今度は首の左側を噛まれた。多少吸血鬼っぽくはなったが痛いですやめてください。
「いやっ、おいしいとか以前にここ人前だし!そんな、その……そういうことをする場じゃないでしょ!」
「うぇー?……
「しないわよっ!あぁもうほら、ストップストップ!」
「「うにゃっ」」
ついにしびれを切らしてカラカルが俺からヴァンパイアガールを強制パージ。多少強引だけど……つかできるならもう少し早くからしてくれ。
「ふぅ、助かった。あれ、これカラカルが何も言わなければこうならなかったんじゃ」
「トツカ、あんた後で説教だから」
「え……?」
え、俺被害者だよね。だよね?なんでカラカルさんは怒ってらっしゃるの?真犯人のサーバルはそこでニヤニヤしてますけど。俺は悪くねぇ!
「じゃあ冗談はさておき、早速いろいろ見てまわろっか。どこ行く?」
「そうね、定番だけどジェットコースターとかでいいんじゃない?」
「待って、噛まれた上に説教の約束されたことを冗談で流さないで」
その冗談で俺このあと意味もなく怒られるんだよ?考えて!?
「もう、ぐちぐち言う人は置いてっちゃうから!行こ、カラカル!」
「はいはい、今行くわよ。トツカ、反省しながら頑張ってついてきてね」
「あっ、待てっての……ったく、よぉ!」
「トピック・オア・トレンド、ニホンオオカミとアフリカゾウ!」
「
「正解に掠りもしてないわよ」
まぁあえて狙ってない節もあるけどな。
「は、はは……でもびっくりしたよ、ちょうど一緒に乗ってたなんて。なにかの運命かな?」
「運命かどうかは知らんが、ばったり会うとは思わなかったな」
「そりゃこんだけ人が多く来てるんだから、アニマルガールだってかなり来てるんじゃない?」
「かもね、私もさっきキリンと会ったし」
そう言って話し始めるアフリカゾウは、腕や胸の当たりを包帯でぐるぐるまきにしていた。顔だったりへそだったりは見えているが……なんかそれがかえって変に見えてくる。
「……今気付いたけど、あんたたちのその格好はなに?」
「ミイラ、のつもりなんだけどねー……なんというか、全身にしちゃうと暑くって」
包帯でミイラなのはわかるが、第一印象はどっちかっていうと重症負った人だ。ちなみにニホンオオカミは魔女らしく、頭に大きく特徴的な帽子を乗っけてでかいほうきを振り回しながらサーバルと遊んでいる。杖はどうしたのかと聞いたところ、ほうきを気に入ったからどっかに置いてきた、とのこと。もちろん後でカラカルに怒られた。
「トツカは仮装しないんだね。
「……その言い方はやめてくれ。なんというか、俺の技名と同じくらい恥ずかしいから」
「あんたの技名面白いもんねー。私としてはいじれる要素が増えるからじゃんじゃん言って良いと思うけど」
それだけはやめて。ホントに誰だよエンジェルボイスとかあだ名つけたやつ、絶対に使用方法間違えてる気がする。仮にそれほど澄んだ歌声でも、言動はまるっきり男だぞ俺は。
「でも今って10月……いや、もう11月だけど、十分冬ごろよ?そんなにかしら」
「うん、これが意外にね。前にトツカに『巻かれると暑苦しい』って言われたけど、なんかわかる気がするなぁ。マフラーなら平気なんだけど、トツカはマフラーもだめなんだよね」
「時と場合によるが、この時期からはみんなマフラーつけ始めるし、ちょうどいいんじゃないか」
そうか、そういえばもう10月も終わるのか。そろそろ冬、前世ならこたつでも出してる頃なんだな。よく家で猫と一緒に入ったもんだが……
「ねぇねぇトツカ!」
「あ、待ってよニホンオオカミ!」
「うおっ、お前らか」
感慨に耽っていると、後ろから声をかけられる。
「なんだ、どうした?サーバルのこけた回数ならカラカルが知ってるぞ」
「あ、それ気になる!」
「んもうっ、気にならなくていいよ!」
おお、意外とノリのいい。
「だいじょぶ、冗談だよ。それでね、さっきむこうでお菓子貰ってきたんだ!」
ばっと二ホンオオカミが掲げた袋にはいくつかのお菓子たちが入っていた。こんなにもらっていいのか……と思いきや、どうやらお客さんに挙げている袋と同じサイズのようである。ならいっか。
「どれどれ……わぁ、すごいね!何が入ってるのかな」
「あめとかビスケットとかたくさんあるよ、それでみんなにも分けようと思って。アフリカゾウはどれにする?」
「んー、じゃあこのチョコレートがいい!」
「あ、それ私も食べたーい!うみゃー!」
そして突然始まるお菓子争奪戦。「みんなに」とは言っていたが、呆れている俺とカラカルの分まで残るかは怪しいところだ。
「まったく、子供みたいにはしゃいじゃってさ。いつも通りね」
「せっかくのイベントで騒ぎたいんだろうな。カラカルだって笑ってんじゃんか」
「苦笑いよ、苦笑い。こらー、邪魔にならないようににしなさいよー」
まぁ、あれはあれで楽しんでるんだろうな……俺も楽しむとするか!
「トマホーク・オア・トライデント、アードウルフ!」
「
「もうなにも言わないわよ」
そんなわけでいろいろ遊んだ後の夕方、見事にアードウルフとばったり鉢合わせ。経緯としては、サーバルの衣装を返しに来たところにアードウルフも自分の衣装を、といった感じだ。
そんなアードウルフの姿は、もふもふした毛皮に似せた衣装。
「ってことは、アードウルフの仮装はもしかして……」
「うん、無難に狼人間。狼女、って言ったほうが良いのかな」
「元が
「いいなー、私もこれくらい上手く仮装したかったよー」
実際、すごい違和感がない。今こそ笑っているが、怖い顔すれば普通にお化け屋敷にでられるレベル。もっとも、中身はアードウルフだからあれだが。
「え、えへへ……そんなに言われると照れるよ。サーバルちゃんはヴァンパイアだけど、2人は仮装しなかったの?」
「ああ、俺はするほどのものでもないと思ってたし。一応遊園地もちゃんと楽しめたから……あ、カラカルは良かったのか?」
「私もいいわよ。あんたと同じく、イベントは満喫できたからね」
特に心残りはないことを伝えたが、アードウルフは少し悩んだあとにサーバルへ何か耳打ちする。
そして、何かを決めたように頷き合ったあと。
「2人とも、こっち来て!」
「きゃっ、なに!?」
アードウルフがカラカルの手を引いて店の奥へ走り出す。
「トツカもほら、いっくよー!」
「うわっととと!?」
それに続いて俺も手を取られ、奥の方へ引っ張られていった。
~数分後~
試着室にて。
「うん、やっぱりどっちも似合ってるよ」
「おおー、本物みたい!」
「本物は実在しないんだけどな」
紐が結ばれる音を聞きつつ、慣れない形の靴を履き慣らしながら、鏡に映るドレス姿の自分を呆れて見ていた。
「そういう夢のないことは言わないものよ、ハロウィンなんだから、さっ!」
「どわっ」
突然、後ろで紐を結ぶ姿を映していた、同じくドレス姿のカラカルに背中を叩かれる。いわゆる終わりの合図みたいなアレだ。
なんでこんな格好をしているのかをかいつまんで説明すると、アードウルフとサーバルに「せっかくだから」ときせられたのである。なんでも、2人とも吸血鬼のお嬢様、という設定らしい。……カラカルはともかく、俺にお嬢様は無理があるだろ。
「でも私はいいと思うよ、トツカちゃんのドレス姿。かわいい……よ……あれ……?」
「ナチュラルに読心術使わないで。でもまぁ、ありがとな」
「…………」
「……アードウルフ?」
視線の先を追ってみると、どうも先ほどから顔の下あたりをじっと見つめている。首のあたりってとこだろうか。
「……トツカちゃんって私より背が高いんだね。初めて知ったよ」
「唐突だな……でもそんなに差はなかったと思うぞ。同じくらいじゃないのか」
「トツカちゃんの方がおっきいよ。近づいて確かめてみなって」
そこまで言われると気になってくる。この身体になってからは背が伸びたことはなかったと思うけど、ワンチャンあるかもしれないし。
ゆっくりとアードウルフの方へ進む。
「んー?じゃあいつの間にか成長したとかかな──」
その瞬間。
「あむっ」
「いっ……!?」
胸に痛みを感じた。
驚いて胸のあたりを見ると、そこには。
「……アードウルフ?」
「動かないで、トツカちゃん」
右の鎖骨のあたりを噛んでいる狼少女がいた。
「ねぇトツカ……ってあああアードウルフぅ!?な、なにしてんのよ!」
「んぅ?トツカちゃんの鎖骨食べてるの。あむあむ」
「いいいや、なんでっ!なんでっ!?」
「なんでって……首筋は先客がいたから、かな?」
目線がサーバルに向かう。見られたサーバルが顔を湯気が出そうなほど真っ赤に染めたのを確認してから、アードウルフは左の鎖骨のあたりを噛み始める。……美味いのか、そこ。
「ば、場所の問題じゃないわよ!というか、それなら首の右側でいいじゃない!」
「だってそっちはもう予約が入ってるもん……ね?」
「ひゃっ!?はっ、はうぅ……」
「ふふっ、かわいいなぁ、みんな」
なんの話なのかはさっぱりだが、どうやら満足したらしくようやく口を離してくれた。アードウルフ、なんかおかしいよな……あ。
「ありゃありゃ、こっちにも歯形が……でもまぁ、こっちは普段は見えないからいいか……アードウルフ」
「なぁにぃ?」
「その手に持っているビールをおけ」
うん、なんとなく予想はつくよね。いつから持ってたのかは知らないけど。
アードウルフは一瞬むすっとした顔になったが、微笑むと缶ビールを置いて無言のままどこかに行ってしまった。
「……あー、どうするよ。これ脱いで解散でもいいけど」
「う、うん……私ちょっと外行ってくるね……」
「……顔赤いぞ。大丈夫か?」
「だっ、大丈夫だからっ!」
そう言い残して、サーバルも全力疾走で部屋から出て行く。
薄暗い明かりの中、俺とカラカルだけが残される。
「な、なあカラカル。アードウルフは酔ってたんだよ、だからその、ここは仕方ないってことで……」
カチッ
「うにゃあっ!?」
うおおおい!?部屋がいきなり暗くなったんだけど!電気ぃ!いや、猫だから月明かりだけでも見えなくはないんだけど……
……待てよ。さっき「カチッ」って、なんかのスイッチみたいな音したよな。
もしかして、電気は「消えた」んじゃなくて「消された」んじゃ──
「トツカ」
「は、はいぃ……って、うわっ」
ガタッ
突然、何かに押し倒される。
顔をあげると、そこには。
「はぁ……はぁ……」
「……えと、カラカル……?」
倒れてる身体を起こそうとするが、上から押さえつけられて動かない。
「さっきから、何回も、首のとこ見せられて……」
「く、首?あ、あれはサーバルがやったのであって俺は」
「静かに」
唇が耳に近づいたのがわかった。声が息とともに直接耳に入りゾクゾクとする。
唇はさらに近づいて。
「はぁー……むっ」
「んっ、んにゃぁ……!?」
優しく耳が噛まれる。右耳、続けざまに左耳、そして右の首筋へと。
「ふふっ……トツカが、悪いんだからね……」
「お、おい待てって!あれか、これが新手の説教か!なんかある意味で辛いぞこれ……」
「静かにって、言ってるじゃないの……あぁむっ」
「ふあぁっ!?んぁっ、ちょっ、んっ、んあぁ……!」
逃げられない。
手足が痺れすぎてて言うことを聞かない。
「わ、わかった!後でサーバルが勝手に食べたお菓子もらってくるから、とりあえず……」
「だぁーめ、ふぅー……」
「んぁっ、んぅぅ……!」
「はぁ……ねぇ、お菓子なんていいから──」
「イタズラ、させて?」
……まったく、なんてアンハッピーな日なんだろうな。
ハッピーハロウィン。そしてグッドラック、俺。
そう心の中で思い、覚悟を決めて目を瞑る。
「……あれ?」
ん……なにもこない……?
恐る恐る目を開ける。
「……~っ!!」
「……カラカル、どうしたんだ……?」
そしたら、やかんのようにぼふっと音を立てながら真っ赤な顔をしていたカラカルが目に入った。
「おい、何もしないなら最初から──わぶっ」
「あ、あんたもそれ脱いで着替えなさい!帰るわよ!」
「いや着替えるの早すぎだろ!んなどうやって……っておい、説教は」
「後でしてあげるから、さっさとするっ!」
大きな音をたてて扉が閉められる。結局、ドレスを持った俺だけが残された。
……せめて明かりくらい点けてってくれたっていいのに。
~次の日~
「なんかさ、昨日トツカちゃんと会った後から記憶がなくって」
「なにそれ、超気に……あ、トツカとカラカル!ちょっと気になることが……って、どうしたの?急にイヤマフとマフラーつけて」
「おう、実は昨日カラカル達に耳とか首とか噛まれて──」
「なにも!なにもなかったわよ!これは、ほら……あれよ、最近寒くなってきたじゃない?だから、ね!」
「そ、そうなんだ。カラカルちゃんはつけないの?」
「私は大丈夫よ、ええ!(迫ったは良いものの急に恥ずかしくなって帰ったとか言えない……!)」
「……ホントになにもなかったの?」
「いや、説教されてたはずなんだが……」
「そっか……大変だね」
「そこそこに、な」