「うぅ、羞恥心がオーバーヒートしてるよぉ……」
「安心しなさい、未来永劫語り継いであげるから」
「カラカルのいじわるぅ!」
がさり。
舗装路に落ちた枝は無意識に折られ、暖かな木漏れ日を感じながら道を進む。
さてさて俺たち三人衆は今、ミライさんの案内に続くお客さんのさらに後ろをついて行っている。ここは遊園地エリア周辺の森林地帯、の通行用道路。サバンナエリアまでは短い道のはずだが、周囲は森林に囲まれていてパッと見ではかなり鬱蒼としているように錯覚してしまう。とは言え、ジャングルほど繁っているわけでも山みたく起伏があるわけでもないからこれはこれで独特の雰囲気だ。
「もぉー、こんな目に遭うのはどれもこれも全部ガイドさんのせいだよ!しかもあんな盛大に遊んでおいて、いざガイドとなったら私達には無関心なんて!」
「所詮あんたとは遊びだったんでしょ。まぁまだ運命の相手がどっかに転がってるわよ頑張ってねー」
「あの人とはそんな関係じゃありませぇん!」
そういう発言するから余計にそれっぽく見えるんだよこのゆるゆるおつむが。
ただ、サーバルの言い分も完全に間違ってる訳じゃなくて、確かにこのガイド中……取り分け移動を開始してからはミライさんに一言も話しかけられていない。多分それが普通なんだろうけど、基本はこういう所に住んでる動物の解説、たまーに動物を見つけたらそこで止まって解説、それが終われば今度はサバンナエリアについて解説となかなか仕事熱心。おいこの人誰だ、俺の知ってるケモナーじゃないぞ。
「しっかしアニマルガールの解説とか聞いてると思うが、意外に知らないこともあるんだなぁ」
「仕方ないわよ、あんたはまだ生まれて1ヶ月だもん。寧ろトツカの慣れるスピードって早くないかしら」
「そうでもないと思うよ、トツカだって最初の頃は下着を眺めたりトイレであたふたしたりで挙動不審だったから」
「っせーな、そこら辺は生理的に違和感だらけなんだよ。しゃーないだろ」
だって中身は男のまま体だけおにゃのこなんだもん。そりゃあ歩けば股がスースーするんだから下着というか例の場所だって確認したくなる。まぁ下着がバリバリ女物だったせいで履き直すのくっそ恥ずかしかったけど。
しかしそれでも今や難なく暮らせているのは、やはり人間の精神が持つ驚異的な適応力ゆえなのか、或いはそういったコトへの関心が薄れているのか。もし後者だったならおいたん確実に男のプライド失っちゃうね。
「生理的に……って、動物の頃と今とのギャップってこと?でもトツカって縄張りとかもないし、いっつも研究所で寝てるじゃん」
「あれかしら、守護なんとかだから動物の頃ってのがないっていう」
「それもあるけど、端的に言うとサバンナの環境が俺に合ってないんだよ。この森林なら何ともないんだけど」
言いながら意識は聴覚へと集中する。普通の人間ならよく耳を澄まさないと聞こえない音でもこの体なら簡単に拾うことができるから、様々な環境音──例えば木の上を走る足音や、地面を歩く動物の草をかき分ける音だったりがよく聞こえてくる。それはつまり、この辺りは生物にとって住みやすい環境である、という訳。
「ま、ここも結構快適だからね」
「俺もここに住もっかなぁ」
「あんた野宿嫌いじゃない」
「しょうがないじゃん」
確かにそうだけどさ、それを差し引いてもなんというか……単にこう、歩いてて気持ちがいいんだよな。サバンナほど暑くないし、何よりも木漏れ日が綺麗だし気持ちいい。こればっかりはここくらいでしか見られないし。
「ただここら辺、遊園地からは離れてて本当に林だけなんだよなぁ」
「遊園地とはえらい違いよね。あなたは遊園地みたいに建物とかある方が好き?」
「んー、私は人工物に慣れてなくて。自分の寝床の方が好きですかねー」
そういうヤツもいるとは思うけど、ここまでほぼベットの上で過ごしてきた俺にすれば、やっぱ野宿はちょっと、なぁ。
……え、今の誰?
「あのー?」
「みゃあっ!?」
待て待て誰だお前ぇ!?突然知らない声がするとかそんな怪奇現象いらないからぁ!
「だ、大丈夫ですか?」
「いつものことだからへーきへーき」
「なーに考え事してんのよ、ちゃんと前見て歩きなさい前」
「ふぇ?あっうん、そうだな。気をつけとく」
な、なんだ、アニマルガールか……び、ビビって損した……
考え事に没頭しやすいのは悪い癖だな、と感じつつ顔をあげると、その先で少女の視線が待ち構えていて、つい目を逸らしそうになった。
優しさを醸す笑顔の上で、鼠色の柔らかな短髪を揺らす彼女。低身長ながらも肩に掛けた真白のエプロンと美しく優しい目元はまさしく『大人な雰囲気』と形容できるだろう。
「私はコアラと申します。普段はここよりも向こうの方で暮らしてますねー」
「私はサーバルキャットのサーバルだよ!」
「カラカルよ、よろしく」
「ツバサネコだ、トツカって呼んでくれ」
ふむ、コアラか……言われてみれば色もそれっぽいし、耳なんかもよく似てるな。あとエプロンがめっちゃ似合ってる。アニマルガールって美人ばっかだよな……なのにサーバルみたく中身アレなのが多いのが非常に悲しくなる。
「向こうの方がコアラの縄張りってことね。ならどうしてここに?」
「あ、これからユーカリの葉を取りに行くんですー」
ゆーかり?ユーカリってあれか、なんかの葉っぱか。植物の知識はあんまり無いけどコアラって幹にしがみついて葉っぱ食ってるイメージあるもんな。でもさすがにアニマルガールになってからもわざわざ採って食うのか?それ普通に野菜食べてもよくない?
「ユーカリってどっかで聞いたことあるわね。食べるの?」
「あぁいえ、ユーカリの葉は『パップ』を作るのに使うんですよ」
「「「ぱっぷ?」」」
「ええ」
なんでもコアラの作るパップには治癒効果的なものがあるらしく、傷ついたお客さんやアニマルガールが居たときに使ってるんだとか。つーかパップ、パップってどっかで聞いたな。なんだっけパップ。
「ねぇねぇ、パップってどんな見た目なのかな」
「葉っぱで作るんだし、お茶とかかしらね」
「お茶ではなかった気がするけどな」
「あ、せっかくだから皆さんにもお見せしましょうか?」
「「「……え?」」」
~いざパップを求め~
そんなわけで俺たちはコアラのユーカリ集めを手伝うことになったので、後で合流する旨を伝えた上で一旦ミライさん達の列から分離、木々の隙間へと侵入している。
「じゃあ『パップはユーカリの葉っぱで淹れたお茶』の方に研究所食堂のプリン一つ!」
「よかろう、なら俺は『パップはユーカリの葉を細かく刻んだもの』にドーナツを賭ける」
「じゃあどっちも違うにジャパまんイチゴ味」
「ふふっ、楽しみにしててくださいねー」
先頭を行くコアラは持ち前の緩いムード(ある程度話していて分かったが、こいつは間違いなく緩い性格のキャラだ。正直ゲームでのコアラの性格は覚えてないが)で、カラカルとサーバルはいつもの仲良しお喋りで楽し気に道を進んでいく……が、どうしても変わらないな、この景色。べた褒めしたくせにと言われるかもしれんが、流石に飽きて来た。こんなんだから前世で『センス無い』とか言われたんかなぁ……?
「にしても、こんなに近いところでも知らないアニマルガールがいたなんてちょっとびっくり。コアラはサバンナに来たことある?」
「数回なら。後は、別のエリアでお世話になるときに通るくらいかなぁ」
「パップってコアラにしか作れないの?傷をな治せるのって便利だと思うんだけど」
「残念ながら私にしか作れませんね。完全に私の専売特許です」
「うーん、ますます気になる……帰ったら詳しく調べよっかな」
「そんなこと言ってもどうせあんた忘れるじゃない」
「むぅー、調べた内容くらい覚えられるって」
「調べること自体を忘れるってことよバカ」
「おやおや、仲がよろしいんですねー」
あーも-、暇!なんか適当に話題作らないと暇に殺されてコミュ障らしさが出てきてしまうぞ……そうだ、せっかくだからさっきの話題で。
「話は変わるけどさ、コアラはこう、アニマルガールになったときに違和感とか感じなかったか?」
「あぁ、先程のあれはその事だったんですか。んー、っと……うん、ギャップとかは無いですかねー、この身体になってからは誰かとお話することは増えましたが。それでも食べ物が変わったくらいで、生活の変化はあまり」
「えーと、なら身体的な変化もあんまり無しなのか?こう、いきなり身体がでかくなった、みたいな」
「どうですかねー、大分早く慣れたので流して……あ、でも服を知ったときは驚きましたねー。これ取れるんだーって」
手を大きく振って驚くフリをするが、声のトーンのせいで驚いているようには見えない。つか、こいつの性格から考えると本当に驚いたのかすら怪しいんだけど。
「ちなみにコアラの服ってどうなってるんだそれ。エプロンはわかるんだけどその下が、短パンと」
「ノースリーブの服ですねー、後はアームカバーとか諸々。他の服は持ってないので、一旦消してから身体を洗って、また着るの繰り返しでー」
「身体を洗うってのはやっぱり遊園地の方まで行くのか。森の中だと水浴びの場所もないもんな」
「はい、昔はしなかったけど、服を服と見始めてからはどうも汚れが気になるんですよー……あ、この辺ですね。あれが目印です」
目印と言われても指を指されても正直俺らにはさっぱりなんだが、本人は気にすることなく進んでいくので言及は避けることに。
「んで、どれがユーカリなのかしら?」
「あー……ここらへんのやつはほとんどですねー」
「よーし、たくさん採るぞー!」
おうおう、元気だなお前。あんまりはしゃぐと転ぶぞー。
にしてもコアラの「ほとんど」の発言を聞くあたり、ここら辺はユーカリの群生地って感じなのか。俺はそれこそこんな森に入ることはそうそうなかったからユーカリとそれ以外の木の区別なんぞつかんが、コアラはそういうった場所は全部マークしてるのか。
「ちょっとサーバルったら、はしゃがないのっ!もぉー……ごめんコアラ、あいつの世話、見てきてもいいかな」
「大丈夫ですよー、ここら辺のユーカリは低木なのでー。採りやすくて楽なんですよねー」
ありがとね、と言い残してカラカルも向こうへとダッシュ。一か月も見ているとわかるが、こいつら、ホントに仲良しである。悲しくなんてないもん。ぐすっ。
「ま、俺はわからないからお前の近くでやらせてもらうよ。でその序でに」
「相談の続きですか。いいですよー、私でよければバシバシ来てくださいー」
「おう、ありがと」
いろいろと会話しながら、あっちの木へこっちのきへと移り変わりにユーカリの葉を集めていく。やってるうちになんか楽しくなってきたのはあれか、いちご狩りみたいな感覚なんだろうか。
「でもまぁ、今と昔の違いはそれくらいですねー。服を着てないときの身体はー、なんかわからないけどあんまり調べたくないというか……恥ずかしくて。ははは」
「言うて普通は誰だってそういう反応だからな。でも動物の時から羞恥心を感じてないやつもいるにはいるけどな。コアラも多分そうなんだよな」
「あっ、言われてみれば。脱いでる間って、見られてないか気になりますよねー。昔はなかったのに……」
「こあらぁー、これであってるー?ちょっと見てー」
「はーい、今行きまーす」
んー、やっぱし誰に聞いてもアニマルガールになった時の違和感は『獣の時との差』ばっかりで、話してる内容が俺の感覚、つまり人間の感覚とはズレてるのを意識させられちまう。服着てないと恥ずかしくなったとか、どこの知恵の実を食べたんだよ聖書か何かですかってんだ。
でも曲がりなりにも女の子の身体な訳だから、『どう扱ってる?』なんてみだりに聞けない。何をってそりゃ、あれだよあれ。お風呂の時とか、トイレの時とか……ん、トイレ?
トイレ……パップ……あ。
「そうだ!思い出したわ!」
「何をですかぁー?」
「パップだよパップ!」
そうだそうだ、前世の時にテレビで聞いたことあったわそういや!
「トツカさん……」
「パップってたしかあれだよな、コアラのう」
「トツカさん」
「んぁ……あぁっ!?」
嬉々として語ろうとしたところを遮るのは、悪魔の姿を体現したかのようなコアラの笑顔。先ほどまでのやさしさを駆逐し、負のオーラだけを纏ってるのに、顔だけはニコニコと満面の笑み。
「トツカさん、あれはパップって言うんですよ。それ以外の何物でもないんです」
「い……いやだから、そのパップが」
「パップです」
「つまりそれって」
「パップです」
「あの」
「パップ、です」
「はいそっすねパップっすね」
こっわ、パップこっわ……記憶の中に封印しとこ。
「二人とも何のはなし?」
「いえいえ、なんでもないんですよー」
どうやらサーバル・カラカル組は葉の区別があまりついていなかったようで、念のためと俺らが話している間に数種類を採ってコアラに聞きに来た様子。
「ところでさ、コアラはいつもユーカリを採ってる訳じゃないのね」
「はいー、欲しいって言われてから作ってます。今はバリーさんが怪我したそうなのでー、それを治すために集めてますねー」
……ん、バリー?
──なんでも『心強い
「「バリー!?」」
「ねぇコアラ、もしかしてだけど、そのバリーって『バーバリライオンのアニマルガール』だったり……しないかしら」
「…………もしかして彼女のお知り合いですか?」
「それってつまり……!」
「ええ、その通りです。いやはや、奇遇ですねー」
にしても「つて」ってコアラのことだったのか……ほぇー、なんか意外な巡り合わせ。よりにもよって、こんなところで知り合いの頼りに会えるとは、なんかすごい運命的な何かを感じる。
「そっか、バリーって今ケガしてるんだっけ。近くにいるのかしら?」
「先に作ってからお渡しする約束なので、どこにいるかはわかんないですねー」
「なら来る前に沢山採って驚かせなきゃ!カラカルも行くぞぉ―!」
「わわっ、勝手に手を引っ張らないで……」
ズドーッ
「うみゃあああ!?」
「前見て歩きなさいよぉぉぉ!?」
「元気ですねー」
「楽しそうだなお前……」
その後はサーバルが叱られたりカラカルがコアラになだめられたりしてたが、俺は取り敢えず「あんまり汚れなくてよかったね」とだけ言ってユーカリを集めることにしたのだった。
※5月1日 書き直し