「……あれれ、なんでかな」
「んー、やっぱなかなか合わないもんだな」
「で、でも本当に最後の方だけだよ?みんな頑張ってるし、すごいと思うよ」
はい、とアードウルフが水の入ったペットボトルを配ってくれる。
「ごく、んく……っはぁ、そうね、もう一回だけ通してそれから自主練ね」
「それがいいね、私も楽譜見直しておくよ」
「ああ、そうだな……って、サーバル?」
横を見ると、サーバルが座ったまま手元のペットボトルをじっと見つめて動いていない。話が入っていたかさえ怪しいくらいだ。
「おーい、さーばるちゃーん、だいじょーぶー?」
「わわっ……って、アードウルフか」
「サーバル、あと一回だけ通すから、いい?」
「うん、わかった」
……最近、サーバルの様子がおかしい。
さっきの黙り込みもそうだが、練習でもたまにああやってもぬけの殻みたいになることがある。
まるで、何か考え事でもしているような。そんな感じがした。
「……なぁ、サーバル」
「あ、どうしたのトツカ」
「……あー、なんでもない」
「みゃー、なにそれー!」と、何事もないかのように笑顔で返すサーバル。だが、俺にはその笑顔さえ気がかりだった。
やっぱ、なんかあるな。こいつのことだし。
……よし、楽譜も覚えた、歌詞もバッチリ、ミスは少なくなってきてる。これなら本番も大成功間違いなしだ!
「……てか、それ以前に腹減ったな」
時計を確認すると、すでに12時を回っている。えーと、確か始めたのが7時だから……5時間練習したのか。
「あれ、いつの間に12時に。気がつかなかった」
「言われてみればお腹すいてきたね、結構長く練習したから当たり前なんだけど」
というか、最近の練習スケジュールハードすぎるんだよ……しれっと言ったけども、なんだ5時間練習って。まだ午前中だけなのに。いや、朝の5時にはもう起きてるから遅れることはないんだけども、それ以前になんの違和感もなく「5時間練習したのか」とか言ってるあたり俺も毒されてきてる気がする。
「じゃあなんか適当にもらってくるから、つってもジャパまんしかないが」
「はいはーい、私肉まんがいい!カラカルもだよね」
「うん、じゃ私もそれで」
「あいよー」
えー、肉まん2つ、俺用のピザまん1つと。
「それで、アードウルフは?」
「うーん……私もトツカちゃんと一緒にもらいに行くから、その途中で考えとく」
アードウルフも一緒に来るのか。なら2つくらい持ってもらおっと。
「それまで待ってるね、いってらっしゃい、2人とも」
「あーいよー」
「いってくるね、みんな」
「ええ、気を付けてね」
さて、行くか。
~道中~
練習部屋を出て右に曲がり、そのまま受付の方へと足を進める。今は勤務時間でガイドも研究チームも出払っているらしく、今のところはひっそりとしている。まぁそろそろガイドのスタッフさんはみんな帰ってくるだろうから、またうるさくなるんだが。
「……ねえ、トツカちゃん」
そんな独り言を考えていると、アードウルフが話しかけてくる。その声は、いつも以上に弱気だ。
「あのね、サーバルちゃんについて、なんだけど……」
「わかってる。俺もそろそろ相談しようと思ってた」
言い終わる前に、その先を紡いでやる。
「……やっぱり、トツカちゃんもなんだね」
「当たり前だ」
ちょうどさっきからそのことが頭から離れない。つか、アードウルフも同じことに気づいてたか。
「なんていうか、最近無理して頑張ってるような感じがするんだ」
「多分、緊張してるんだろ。実際俺も緊張が止まらないし」
なんたって、この世界に転生してきて初めてのビッグイベントだしな。そもそも最初はただサーバルの遊びに付き合うだけのはずだったのに、なんでいつの間にやらこんなでかい話になったんだろうか……わけわからん。
「それで、私サーバルちゃんになんて言ってあげればいいのかわかんなくて……その、私も結構緊張してて。そんなに上手くないからアドバイスも出来ないし」
確かに演奏は結構難しい。俺もバッチリとは言ったがまだ不安なところもある。それはアードウルフ達も同じなんだろうけど。
「まぁ、お前結構緊張しやすいタイプだからな。でも今は結構ミス減ってんじゃんか」
アードウルフは恥ずかしがり屋なところがある。現に最初こそバンドにあまり乗り気じゃなかったし何度か自信失いかけてサーバルに泣きついてたこともあった。
それでも今は以前とは比べ物にならないほどに音楽を好きになってるし、技術だってかなり上達してる。それこそ俺とは違って一度も遅刻しないほどには……あれ、なんか悲しくなってきた。
「んー……確かに緊張するし、難しい、けど……やっぱり楽しいから、かな」
……楽しい、か。
実際やってると普通に楽しい。楽器を鳴らすってただそれだけなんだが、なんつーか、形容しがたい楽しさがあるんだよな。別にそこまで好きってわけでもないけどもう少しやっていたい、みたいな……
ほら、あれだよ。プール入ってて、別に乗り気じゃなかったしそんなに居たいわけじゃないけどもう少し泳いでたいっていうあれ。
「わからんでもないな、その気持ち。演奏中は無意識のうちに全力出してる感じがするし、後を引くって感じはするよ」
「だよね、トツカちゃん!なによりうまくできた時がいっちばん嬉しいな」
いわゆる達成感というやつだな。あとは全力が出るからその間は若干うまくなってる、気がする。
「サーバルちゃんも弾いてる時すごい楽しそうなんだ。なのに……」
一瞬その時のことを思い返したアードウルフから、笑顔が引いていく。少しの間をおいて、先程とは打って変わり何か不安そうな眼差しで振り返った。
「なのに、最近、入れ込みすぎちゃってるみたいで。合わせてる時もずっと1人で悩んだりして、私の話も、たまに聞いてくれないくらいに」
「周りの声も聞こえないほど、音楽に集中、か……」
自分でそうは言いつつも、どこか納得していないところもあった。
単純に、音楽の事に没頭しすぎているというのもあるかもしれない。だが、それなら友達、それも大親友とも言えるアードウルフの声さえ聞こえないのはいくらなんでも入り込みすぎなはずだ。
それに、アードウルフは「聞いてくれない」と言った。
「それだけならいいんだけど……でもね、話しかけても1人で練習したいって言うこともあって」
「1人でって、あの必ず誰かを巻き込むサーバルが?」
気軽に声を掛け合ったり悩んでいるところを頻繁に相談したりと、サーバルとアードウルフが一緒に練習している時間はかなり多い。先程言ったようにカラカルや俺が巻き込まれることもあるが、それを加味しても2人は仲が良い。
尤も、時間だけで言ってしまうと実は4人一緒に固まってることが多いのだが……自主練とは一体。
「それも、だいたい一週間くらい前から、多くなってきたんだけど、心当たりがあって」
「一週間前……確か、スマホ見た時か。確かにおかしなところはあったな」
今になってみれば、あの時は一番感情の爆発した瞬間だったのだろうか、とも思える。
「その時、サーバルちゃんの声がきこえて──
──『追いつかなきゃ』って」
ぞくり、背中に感触が走った。
なにかが見えていなかった、見落としていた?
わかるようで、見えてこない。空気のように掴みかけたところからするりと抜けていく。
「……追いつく?追いつくって、誰にだよ」
「わからない。こわくて、なんのことか聞けてないの……ごめんなさい」
「あぁいや、謝ることじゃないんだが」
……とりあえず一旦保留だ。あいつの行動は予測不可能なところが多い、ここで悩んだところで見つかるとは思えない。
「それでね……サーバルちゃんは私の練習だって見てくれるほど上手なの。でも、やっぱり焦ってるのかな」
「うーむ……あいつの性格的に、それは間違いないだろうな」
なるほど、まぁ原因はわかった。となれば、あとは解決策だ。
しかし、個人的にあの馬鹿は適当に話聞いてやれば自己回復でまた元気溌剌になると思うんよな……そこらへんはカラカルに任せよう。あいつなんだかんだでサーバルの面倒役みたいなとこあるし。あとは……
「トツカちゃん、まえまえ!こっちだよ」
「んぇ、あぁ、すまん」
いつの間にやら道を間違えていた。考え事しすぎてまた前が見えんかったな、いかんせんこの癖なんとかしないと。
そんな風に、自分の悩みに不器用すぎる
不安を勝手に1人で背負うあいつ、と。
「でも余計に不安だなぁ……大丈夫かな、サーバルちゃん」
現在進行形で不安を露わにする横のやつを。
「ほらほら、お前まで不安になってどうする。大親友なのは知ってるが、ミイラ取りがミイラになってちゃ元も子もないぞ」
「ふぇっ、ふ、不安なんかじゃないよ!うん、大丈夫、だいじょーぶ……!」
どれだけ取り繕おうが、その焦ってる姿でバレバレなのは内緒にしとこう。何より見てて面白いし。
ただまぁ……やっぱ優しいんだなぁ、こいつ。
誰に対しても本気になって、自分のことみたいに考えて。
サーバルのこともいち早く気づいてたし。
「トツカちゃんだって不安そうな感じだったよ。大丈夫?」
「ん、そうか?正直そんなに深刻には受け止めてないつもりだけども」
「うそ、すごい心配してるでしょ。トツカちゃんは顔に出るタイプだもん」
結構見透かされてるようだ。けど、俺ってそんな顔に出るタイプか?いや、これはあれか。アードウルフは表情から読み取る系の読心術を心得てるんだろう。
ぐっ、お前ら揃いも揃って読心術使いやがって……俺なんて本すら見つからないんだぞ。
「でも、それだけ心配してるってことだよね。やっぱりトツカちゃんは優しいよ」
「んな、それはアードウルフもそうだろ。むしろ俺よりも考えてんじゃんか」
「同じくらいだよ!それに私のことまで気遣ってくれたし、やっぱり優しいって!」
……まずい。これ以上「優しい」って言われると顔がバーニングする、てか羞恥心がオーバーヒートする……!
「だから別にそんな深く考えてるわけじゃ」
「ううん、だってさっき前見ないくらい考え事してたし、すごい優しいよ……あれ、なんで照れてるの?」
「て、照れてないから……ちょっと待って……」
マジでストップ。これ以上は耐えられない。きつい。やばい。語彙力低下してきた。カラカル助けて。
「それに──」
そんな俺の願い虚しく、目の前の
「私はトツカちゃんのそういうところ、素敵だと思うよ!」
……ああ、この笑顔か。
酔った時に見せた、そしてもう一人の問題児の方によく似た、無邪気な笑顔。
なんというか……ほんと、こいつらの笑顔に勝てる気がしねぇよ。
「……ありがとな」
「ふぇ?」
「いや、不安が吹っ飛んじまったなーってさ」
自分でも気付かなかったもんに気付いてくれる。その上それを払拭までしてくれた。感じていて重石なんてどこへ行ったかわからないくらいだ。
ただ、1つ欠点があるとすれば。
「そっか、よかったぁ〜……はわわ、もしかして私の不安だけとれてないってこと!?」
「……」
……本人がこの調子なのがなぁ。
~数分後~
スタッフさんに昼ご飯をもらい、サーバルを元気付ける方法を考えながら部屋に戻った。ちなみにアードウルフは結局カラカル達と同じ肉まんになった。
「……あ、2人ともおかえり。私の分どれ?」
「はいはい、今出すから」
えー、俺のはピザまん、カラカルは肉まんだからこれか……
「……え……?」
違和感を感じ、周りを見渡す。
部屋の中にいるのは、今入ってきた俺たちを含めて3人。
「おいカラカル、サーバルどこだ!?」
「え、さっき2人に会うって追いかけてったけど……そういえばなんで一緒じゃないの?」
ぐっ、まずいな、どっかで入れ違ったんだろ。結構長話してたし、もしかして俺が道間違えた時か?
「みなさんっ!」
ダンッ、という大きな音ともに背後の扉が勢いよく開けはなたれる。振り返れば、そこにいたのはミライさんだった。息は荒く、肩も大きく上下に揺らしていて、まさに今走ってきたばかり、という様子が顕著になっているほどだ。
なにより、その顔はとても深刻で、何かに怯えているかのようにさえ捉えられた。
「あ、ミライさん!サーバルの場所って知らないか!?なんか俺らと入れ違ってまだ戻ってないらしくて」
「はぁ、はぁ、その……サーバルさんは、一応はいました」
なんだ、消えたわけではなかったのか。ふぅ、焦った。多少引っかかるところはあるがそれは後だ。さっさと探して、さっさと不安を払拭して、さっさと練習しちまおう。
「今は、
だが。
「
「落ち着いてっ、聞いてください!」
そんな俺の考えは、どうやらちょいとばかり甘すぎたらしい。
「向こうの廊下で、倒れてたんですっ……!」
本番まで、あと2日。
※8月13日 医療室→医務室 に変更
※12月5日 書き直し