静まり返る廊下。
急かすように奏でられる四人分の足音だけが高く響いてゆく。
その向かう先は、医務室の一つ。
「……こっ、こっち!ここです!」
先頭を走っていたミライさんが言い終わるかのうちに扉は勢いよくバンと開かれ、俺たちも勢いを殺さず雪崩のように部屋の中へと駆け込んでいく。
「サーバル!」
カラカルが叫ぶ。外にはまだ人が数名いたが、それを気にしている余裕なんてなかった。それはここにいる全員全てに共通している。
……勿論、俺も。
「──あっ!ちょっと待って、みんな!」
「博士さん、どいてっ!待ってなんかいられないわよ!早くしないと、あいつが!──」
カコさんが驚きつつも俺らを制止しようとするが、正直制御を失っていた俺たちを止めるには不十分であった。
ベッドのカーテンが開かれる。
「サーバルちゃん!どこに──」
そして、その先には──
「…………うにゅ?」
──もっきゅもっきゅと美味しそうにジャパまんを頬張る
「「「「……はぇ?」」」」
思わず四人の声がハモった。それくらいにこの光景は信じられない。
つか聞き間違いでなければサーバルは倒れてたはず……でも、そんなことがあったような顔してるやつは一人としていない。カラカルとアードウルフにいたっては理解が追い付かず放心状態だ。
「…………?(はむはむ)」
見間違いかと考えもう一度サーバルをみる。無駄に嬉しそうな顔をしている上にいくら目で訴えても口を動かすのを止めず一心不乱に食いついているのが無性に腹立つが、とにかく元気だ。
「……あれ、元気ですね。いやそれでいいんですけども」
「……もしかして倒れてたのはサーバルじゃなくて偽サーバルだったとか……?」
「トツカさん、現実逃避しないでください。だいたい偽サーバルさんってなんなんですか」
「だってあのドジとはいえここまで元気だと予想と違いすぎて……おいお前、ホントにサーバルなんだろうな」
「んくっ、ホントもなにも、正真正銘サーバルだよ!それより、ごはんもう食べた?私はさっき博士さんにとって来てもら──」
ようやく食べ物を飲み込んで口を開いた──
「──い痛だだだだだ!」
かと思えば。
「痛い痛い!カラカルもアードウルフも頭ぐりぐりしないでぇー!」
「へぇー?倒れたって聞いたからすごい心配してきたっていうのに会って第一声が『ごはん食べた?』ですか。こっちは気が気じゃなかったってのにあんたは呑気に他人の心配ですかそうですか」
「ふぅーん?私サーバルちゃんのこと大丈夫かなってすっごく思ったのに、ぜーんぜん気にしてくれないんだね。友達なのにサーバルちゃんは私の気持ちになんて興味ないんだね。そっかそっか」
「ちょっ、二人とも冗談だってもう言わないいいぃぃぃだぁぁぁぁ!?」
その瞬間、放心状態からカムバックしてきた二人が眼にも止まらぬ早さでげんこつを繰り出す。先程までの焦燥の顔はどこへやら、カラカルの顔は満面の笑みで溢れていた。
アードウルフも当たり前のように笑顔を浮かべている。だがその開かれた眼はこれっぽっちも笑っていない、それどころかけっこうガチな眼をしていらっしゃる。小さく聞こえた「私が見張らなきゃ……」という発言もなかなかに震え上がらせてくれる。
……一言で言って超
「ちょっ、トツカにガイドさんも博士さんも!見てないで助けてよぉ!」
そんな渦中のど真ん中から俺ら三人宛にSOSの信号が届いてくる。普段なら助けにいかないこともない……いや、サーバル相手だと基本的にカラカル案件だし普段でも助けるか怪しいところだが、今回はアードウルフもいるしなぁ。
「……私今回の件について報告しなきゃいけないの思い出しました」
「私は……その、サーバルさんの診察結果提出しなきゃ……」
「俺だるいんでパス」
「まぁそーなるよねー!」
まぁそーなるわな。
「てか最後!最後それぜったい許されないから!前二人はともかくトツカは助けに……ひいぃっ!?」
「あらぁー?まだ何処かに叫べる余裕を隠してたの?」
「そんなに元気が残ってて出したりないんだったら……」
「「
「びぇああああああああぁぁぁ!?」
サーバルの悲鳴を聞き流しつつ目をそらした。お仕置きの具体的な内容は正直知らないし知りたくもないから『ご想像にお任せします』としか言えないが、まぁ察しておこう。
「んしょ……ミライ、報告。行くわよ。トツカさん、少し、外しますね」
「あぁ、わかっ……あ、ホントに行くのか。言い訳ではなかったんだな」
「んー、あれは半分嘘で半分本当ですかね!」
どうやら報告の話は本当だったらしく、ミライさんたちはドアの方へ歩いていった。現状では最も常人に近いであろう二人が外れるのは、先が不安だが……しょうがないか。
「ミライ、それ意味不明……。それと、サーバルさんは、安静にさせて。あの二人も……できるだけ、抑えて、ほしいな」
「数分で戻って来ると思うので、その間サーバルさんを頼みます」
「あー……まぁできるだけやってみるけど」
そう返しながらベッドのほうへそーっと目を向けてみる。
「あっひゃああぁぁぁっ!」
咄嗟に目を背けた。ナイス我が安全装置。
「ひあっ!くっ、くしゅぐっ!くすぐったいぃ!」
「このお腹かな、私たちのこと無視してごはんをためてきたのはっ!」
「この足かしら、私を1人にした挙げ句勝手に倒れて心配かけたのってっ!」
「うぅ、ごめ、ごめんなしゃあぃ!はぅっ!?そ、そこはらめぇ!らめてってばぁひゃうぅぅ!!」
「……できるだけ、お願いします」
「……できるだけ頑張るわ」
知りたくないとか考えた途端にこれだよ!「くすぐったい」って、よりにもよってくすぐられてんのかよ!意外に優しくて安心したわ!
あぁ……目の前のカコさんとミライさんの別れが惜しまれる。迫っているのは命の別れかもしれんが。次の転生先どこかな。
「……あ、あなたたち」
と、カコさんが扉の前で止って話し始めた。ミライさんのほう向いてないあたり、扉の向こうに誰かいるようだ。知り合いだろうか?ミライさんも会話に参加しているからその線はある。
区切りがついたのか、カコさんが笑顔でこちらへ振り返る。
「トツカさん、朗報。助っ人来ました。初対面かも、ですけど」
「……はい?」
助っ人?
「あーもう、トツカさんが羨ましいですよぅ。せっかく近くで触れ合えるチャンスだっていうのに……」
「まったく、ミライはそればっかり……早く、行こ。それじゃ、また後で」
「ん、また後でなー」
そう返すと、2人の姿は扉の向こう側へと消えていった。
その数秒後。
「……ゾナ、そろそろ帰りたい……」
「そう言うな、サーバルが心配なのだろう?」
入れ替わるように、黒と黄の影が入って来た。
「うっ、それを言われると……二律背反、板挾みだなぁ」
片方は、ワイシャツにヒョウ柄の、蒼い眼をした女の子。アームカバーやフリルのスカート、ニーソまで模様が散らばっていた。頭にもそれらとは少し違った斑点模様が見える、黄色い子だ。
「我慢しろ。それもまた強さの証だ」
それを全体的に黒と紫で塗り替えたような真っ黒な子はより鋭い目つきをして話していた。こちらも色こそ違えど、大方似たような模様をしている。その腕には、もらってきたばかりなのかジャパまんの入った紙袋が。
「えー、姉さんは単純にアレ聞いてみたいだけでしょ?」
「なっ!?ちっ、違うぞ!オレは単に彼女自身への心配をだな」
「あっ、2人とも!」
会話をしながら歩いている途中、サーバルが2人に気がついて声をかける。
「ん、サーバル。今戻った──」
「助けてくれない!?いまかなりマズイ状況というか、最悪ホントに重体にっがががががぁ!?」
「「よそ見をするなぁー!」」
かけたと思ったら、頭を掴まれていた。おいおい、あれいつか外れるぞ頭。
「えっ……何を、してるんだ?」
「ねぇ、サーバルの声しか聞こえないけど。この部屋だよね」
「あー、お取り込み中すまないが、ちょっといいか?」
このまま2人で話題を展開されても正直ついていけない。そんな訳でタイミングを見計らって話しかけ、そのままネコ科特有の手のポーズで(まぁ実を言うと無意識だったんだが)挨拶する。
「俺もこのバカの見舞いに来たんだ。君たちは?」
流石に見知らぬまま、ってのも居心地悪いしな。名前は聞いておく。
「ん……見ない顔だな。オレはブラックジャガー、普段は隣のジャングルエリアにいる」
「ゾナは、アリゾナジャガーのゾナだよ。姉さんと、同じとこに住んでるの」
相手も同じように猫パンチのポーズで挨拶を返し、快く名前を教えてくれた。ジャガー、確かネコ科の動物だったか?あ、ポーズとってたならそりゃそうか。
「じゃ、俺の番だな。はじめまして、俺はツバサネコ、サーバルの知り合いだ」
「ツバサネコ……ふむ、聞いたことないな」
「ん、確かにジャングルエリアにはまだ行ったことないし、多分みんな知らんと思う」
現状、遊園地エリア・サバンナエリア・森林エリアの3つだからな。道中含めれば一応ジャングルエリアも通ってるんだが、バスだしあんま関係ない。
「で、もしかして2人も知り合い?」
「知り合いではなかったな。サーバルとは今日初めて会った……というより、見つけた。向こうの廊下で倒れてるとこをな」
話によると、ミライさんたちスタッフ数人に絡まれながら歩いていた時に、倒れていたサーバルを見つけたらしい。
「あぁ、それはなんというか……迷惑かけたな。そのあと運んできてくれたのか?」
「いや、運ぶ前に治してくれたんだ。ゾナがな」
そう言ってゾナの頭を撫でる。本人は「うぅ……子供扱い、しないで」と言っているが、とろけた顔を見る限り満更でもないらしい。
「治す?」
「あ、うん。ゾナは、治すのは、得意。サーバルを治してあげたら、急に復活したの」
「それで、あとは念のため医務室に連れて行った。あ、1人スタッフさんが走ってたな」
あ、それ間違いなくミライさんやわ。全力ダッシュで来たもんな、あの人。
「なんにせよありがとな。で、まぁ俺のことは気軽に『トツカ』って──」
「『トツカ』!?」
「うみゃあ!?お、おう……俺がトツカだけど……?」
突然ブラックジャガーが驚いたように俺の名前を復唱し、ビクンッと跳ねる。
えっなになに?俺ってもしかして有名人だったの?
……いや、悪いイメージでの可能性もある。サーバルだって今や「サバンナエリアのトラブルメーカー」という不名誉極まりない称号を頂いてるんだ。カラカルに常日頃から「バカ二号」とまで言われる俺だしな……どんなあだ名がついてるのかとか想像できねぇ。
「あっ、あなたがトツカ?姉さんずっとあなたの噂を──もがもが」
「違う違う!なんでもないんだ!知り合いに名前が似ていてな?ははは!」
「そ、そっか……」
ゾナが何か言おうとしたがそのままブラックジャガーに口を塞がれて聞き取れなかった。何を言おうとしたんだ?
「っぷはぁ……姉さんたら、そんな恥ずかしがることないよ」
「うぅ……だ、だってさすがに本人の前では言えないだろう」
今度は小声でひそひそ話。転生してこの身体になってからは耳は良い方だと自負しているが、それでも上手く聞き取れない。
「んんっ!とっ、とりあえず。サーバルにジャパまんを渡したいんだが。あの2人は?」
「あ、話逸らした……えっと、トツカの知り合い?」
「あぁ、それなんだけどな。そいつらに関しては少し深い事情があって」
ほれ、と指をさして見せてみる。
「「ちょっと、聞いてる!?」」
咄嗟に2人とも目を背けた。さすが姉妹、息ぴったし。
「なんであんたはいっつも1人で突っ走るの!そのせいで私はすぐに置いてかれて、その上こうして心配かけさせられて!少しくらい後ろ見たらどうなの!」
「わ、わかったってば!」
「ううん、サーバルちゃんはわかってないよ!私たち友達で、仲間で、一緒なのに、急にいなくなったり出てきたり!ずっと見張ってないとダメなの!?」
「いや、ずっとは流石にやり過ぎだよ!?」
どうやらお仕置きという名のくすぐりはいつの間にかお説教合戦に変更されていたらしく、耳(けもみみのほう)を抑えて蹲っていた。とは言ってもさっきよりは多少マイルドに……うん、なってないな。反論の機会すら与えないマシンガンのような説教だ。
「この前だって、あんたは……」
「なぁ2人とも、サーバルも反省してるんだしそろそろ……」
「「…………(ギロッ)」
「あ、なんでもないです」
なんだこの扱い……ついさっき入ってきたばかりの扉が今となっては脱出口っぽく見えてきた……俺も逃がしてぇ……おもいっきり強く開けたの謝るからぁ……!
「……大変だな」
「……大変だね」
「正直このまま生き残れるかわからないレベルで辛い」
挙げ句の果てにはジャガー姉妹に哀れみの目で見られる始末。神様よ、どうして俺の転生先ここだったんだ。もっと優しい女の子に包まれる人生にして欲しかった。くそぅ、くそぅ。
「そういえば、さっきおっきな足音が聞こえたんだけど、トツカは聞いてない?」
「あー……多分それ俺らだわ。焦って走ったから結構足音が……」
あれ。
俺、なんで焦ってたんだっけ。
サーバルに、何をしようとしてたんだっけ。
「……サーバルは、大切なバンドメンバーでもあるんだから……」
カラカルが呟く。
その瞬間、サーバルの顔が下を向く。
顔が暗くなる。
「……サーバルちゃん?」
アードウルフが異変に気付く。
サーバルのベッドを握る手が、震え始める。
俺は、何を、忘れて──
「私……バンド、やめる」
バンド編、あともうちょっとだけ続くんじゃよ。