宿を出発して十数分、月明かりの下。
「うっはー……また派手にやったな」
「た、戦うのは専門じゃないの!」
「だからってこりゃないだろ……」
ふと気づけばそこには、カラカルを持ち上げながら眼下に広がる状況……というより、惨状へと成り果てた光景を眺めて、ため息を漏らす俺がいた。
美しき白銀世界はどこへやら、そこにあるのはデカい鉄球でも転がしたように抉れた地面、折れて倒れた何本かの木々。
そして何よりそのずっと奥に転がされていた紫色の巨大な球体──セルリアン。
……まぁ尤も、今は既にパッカーンと割れて跡形もなくなってるが。あれを毎日のようにツッコミで食らってたと考えると、それはそれでゾッとするな……
「……ってそうだ!さっき誰か倒れてたはずよね、トツカ」
「あぁ、そういえば。セルリアンにはまだ襲われてなかったと思うが」
「どっちにしろ雪山の中で怪我なんてしてたら危険よ。どこにいるかとかって見えたりしない?急いだほうがいいと思うわ」
カラカルに急かされて辺りを見回す。思いっきり移動したせいで完全に見失ってんだよな。さっきもちらっと見えただけだから服装とかわからないし。あ、もしものために救急キット……は、カラカルがもう準備してるか。
「ならあとは見つけるだけ……お、いたいた!カラカル、今から降りっからちゃんと掴まっとけよ」
「あっ待って待って、これをしまって……よし、いいわよ」
合図を受けて、見つけた位置を見失わないようできるだけゆっくりと高度を下げつつ、翼が木絡まないよう葉と葉の間をすり抜けていく。
ある程度降りたらカラカルを正面に持ち直し出来るだけ位置を低くして、翼をもとのサイズに戻して着地。見間違いでなけりゃ、たしかこの辺に……
「トツカ、こっちこっち」
「ん、今いく」
自らの猫目と聴力を頼りに呼ばれた方向へと進む。長靴の立てるザクザクという音を聴きながらたどり着いたそこで、カラカルに抱き抱えられていたのは──一人の、可憐な少女だった。
着ていたのはノースリーブのセーターとミニスカート。色がまるっきり抜けてしまったかのような白の衣服を身に付けている。
その上には小さめのケープを肩に羽織っていた。多少青みのある灰色に近い感じで、黒い模様が入れられている。
髪色も同じだ。前髪に黒い線模様のある、青みがかった灰色のショートヘアー。
小柄な身体の纏っている肌は、髪色とは対照的で、陶器のように透き通っていた。それこそ雪景色へと溶けてしまいそうに感じられるくらいに。
そして、何よりもの特徴が──頭部にある一対の翼。
「……こりゃアニマルガールだな。こんな格好で出歩く人間だっていないだろうし」
「ええ……一応は手当てをしたけど、怪我より衰弱がひどいみたい。大分弱ってるわ……身体もほら、相当冷たい」
「マジか。取り敢えず宿には連絡入れとくが」
んー、困ったな……危険っちゃ危険だが、俺が連れていけるのは一人までだし、そもそも今は通信の途絶えたスタッフさん達を探してる訳だからそんなに余裕もないんだよなぁ。
カラカルが少女に防寒着を着せて暖めている間に通信用のケータイで連絡を入れて……と、思ったその瞬間。
プルルルルル
「のわっ!?」
突然電話が鳴り出した。
移動中も使わなかったしまさか掛かってくるとは思わなかったから、焦りつつも急いで通話を開く。
「んしょっ、と……あー、もしもし?」
『あっ、ようやく繋がった!あのえと、その、今すぐ宿に戻ってきてください!捜索とか探索とか、もうそんなのどうでもいいんでっ!』
「え?……いや待て待て、なにがあったのか落ち着いて説明を」
『電源を入れに行ったスタッフが帰ってきたんです!電源も既にオンになってて、あとは二人が帰って来るのを待ってて──』
ブツッ……ツー ツー
「んにゃっ……急に鳴ったと思えば急に切れたな」
「切れたなって、どうするつもり?このままこの
「無理?なんで……」
「ほら、あれ」
カラカルが指を指した方は遥か空、夜空の方。そこにあるのは星だけの筈、だったのだが、猫目のお陰でまた別の物を捉えられた。
「……雲行き、怪しくなってきたな」
「山の天気は変わりやすいってよく言うけど、最悪のタイミングね……そろそろ吹雪になるかも知れないわ」
「なるほど、確かにこりゃ宿までは間に合いそうにない」
「だからどうするって言ってんのよ」
全速力で飛んで運べばギリギリ間に合うだろうが、そもそも一人までしか運べないし、何よりもう既にかなり疲れてヘトヘトって感じだ。
となると、やはり吹雪が去るまで凌ぐしかないって所だが、どうしようか……あ。
「そうだ。こういう時作るもの、と言えば……」
「……っと、よし、こんなもんだろ!」
「あら、思ったより良くできてるじゃない。にしても……」
一度離れて全体像を見直してから問題点はほぼないことを確認し、一仕事を終える。自分でいうのもなんだが実用性含めてかなり良い出来ではないだろうか。
今俺たちは、宿や電源装置を繋ぐ開けた登山コースの上に来ている。
目の前にあるのは、中に空洞を設けてある積み上げられた雪の山……つまり。
「……かまくら、とはね」
かまくらである。
「なんだよ、いいだろ?かまくら。人生初のかまくらだぞ」
「あんたアニマルガールじゃないの……かまくらはいいんだけど、私が言いたいのははしゃぎすぎってことよ」
「何事も楽しく生きるのがモットーだからな」
「はいはい、ったくもう……はい、早く入りなさい」
かまくらとは言ってもパッと思いつくあのかまくらより一回りサイズを大きくしてある。さすがにあれでは三人も入らないだろう、と思ってのことだったが、アニマルガールの力が想像以上だったお陰で、相当詰めれば寝転がることもできる筈だ。
「んっ、と。あ、入り口は……」
「閉めといていいんじゃない?」
「なら閉めとくけど」
半ば急かされるように入り口を雪で覆う。そのあと崩れないよう小さく穴を開け、懐中電灯を点ける。灯る光に照らされた天井へと自然に目が吸い込まれる。
「んんっ……私も寒くなってきたな……トツカ、コート分けて。届く?」
「あーいや、ちょっと無理っぽい。届かん」
「そっか……じゃあこの
「この狭いなかじゃ厳しいんだかな、よいしょっと……」
拾ってきた
……おお、地面は雪だがなかなかに暖かい。ギリギリだから狭苦しいが、その分体温が伝わってくるから温度の面は申し分ない。
「ちょっと待ってねー。えっと、これくらい、かなぁ」
「なにしてんだ?」
「明るさ調節。電池持たせておきたいし」
にしても、かまくらの中って案外暖かいもんだなぁ。テントとかの寝袋で寝る、あの感覚に結構近いところはある、と思う。まぁ実はキャンプも行ったことないからわからんのだけども。
「……あんたはなんともなさそうよね、こーやって危機に見舞われてもさ。かまくら程度ではしゃいじゃってるし」
「遠回しに子供っぽいって言わないでくれ……そうだな、言われてみれば不安には思ってないな。どっちかっていうと安心してる」
それにこの狭い空間なんかもそうだが、今のぎゅうぎゅう詰めな体勢にも奇妙なリラックス効果を感じる。誰かが近くに居てくれるってのもあんだろうけど、ネコは狭いとこ好きだし一番は本能からやろなぁ。前世でも、机の下に潜られるのだけは何年経っても何が楽しいのかさっぱりだったが、今では激しく同感である。
「安心?よくもまぁこんな中で安心できるわね、私は不安で胸が張り裂けそうよ……あそっか、トツカは後先考えずはしゃぐから不安なんてないか」
「そんな精神年齢低そうな思考回路では動いてないからな、俺だっていろいろ考えた上での行動だ。別に、取り敢えず楽しんどけって思ってる訳では」
「どっかの誰かさんはー、『何事も楽しむ』のがー、モットーなんだってー」
「マジすんませんした」
「ふふっ、わかればよろしい」
あとは薄暗さとか静けさとかも心地良い。外は吹雪の音が絶え間なく続くが中からだとくぐもって小さく聞こえ、カラカルも基本静かで声も抑えてるから小さめの環境音が心を安らげる……のだろう、きっと。俺としては寧ろカラカル達の吐息とか隣で寝てるこの
「というかさ、不安不安って言ってるが不安な要素なんて無いに等しいだろ。多分吹雪が止めば出られる、アニマルガールは強靭、不安どころか万全の体勢じゃねぇか」
「あのねぇ、さっきも飛んでるときに言ったじゃない、ほら……私、ああいうとこあるのよ。だから、トツカと……ってこら、なんであの恥ずかしい話をまたさせんのよ、このバカぁ!」
「自分から語りだしてこの理不尽!?」
「元凶はあんたでしょーがっ!」
吐息と言えば今は隣に吐息がかからないように、また隣の吐息がかからないように外側、つまり雪でできた壁を見ている。内側から押し固めているから平面に近い形で、ここは殺風景とは言える。だが頭の方は懐中電灯が灯すオレンジ色の光をより淡く反射していて、雪の白さと相まっている気がする。いわゆる暖色というやつであろう。
……凡人の俺が何言っても変わらないから割愛するが、要は雰囲気で眠気が増してきたわけだ。眠い。
「ったく、はぁ……吹雪、止むのかしらね」
「さぁな……ふぁーあ、これ眠くなる……」
「ってちょっと、あんたに寝られると私一人になっちゃうじゃない。あーもう、眠んないでよ、ねえ」
「でも眠いんだよ。ご飯も食べたから丁度良く眠気が回ってきて……」
意識が落ちないように頑張ってはいるんだが、いかんせん頭もボーッとしてきてる……だぁー、ダメだ。瞼ももう開いてらんない、ギブ。
「カラカルー、俺少し寝るから」
「はぁ!?ちょっ、ちょっとトツカ」
「わりぃー、これ以上はきつい……」
「待ちなさいって、こらぁ……んもぅ」
「あーあ、ホントに寝ちゃったし……」
呆れ混じりの呟きを吐きつつ、カラカルは顔を覗き込んだ。
「ふにゃあ……」
「ご満悦って感じの顔しちゃってさ。憎たらしいことこの上無いわね」
重ねられた防寒着を掻い潜って腕が外に出される。さらに手をトツカの顔へと近づけ、指先で頬をそっとつついてみた。
「ほれほれー、起きないとイタズラしちゃうわよー」
「にゃうぅ……」
嫌がる表情こそするもののトツカの顔に目覚めの兆候は現れない。寧ろどこか気持ち良さそうにすら見える。
「む、これでも起きないか。安心しすぎよ、まったく……」
暫く動き続けていた手が、不意に止まる。
「……安心、か」
腕を戻してもう一度顔を覗き込む。起きる様子のないことを確認し、今度は顔を背けた。
「……ばーか。ああは言っても、私だって安心してんだぞー……あんたの、おかげでさ」
不本意だけど、と付け加えて、ふっと笑う。
「……ったく、寝てる相手になに言ったって通じないってのに、私もバカね……とにかく」
クルっと振り返りながら、トツカへ話しかけるように自分に言い聞かせる。
「何かあったときは、あんたのこと信頼してるからね。まぁこれでも一応は友達──」
だから、と言おうとして、口が止まった。
自分以外の声が全くしなかった故か、完全に油断していた。このかまくらの中には、自分と寝ているトツカしかいないと、思い込んでしまっていた。
それ故に、考えもしなかったのだ──
「…………あ、えと……」
──まさか、先程助けたアニマルガールが起きていて、目があってしまう、なんて。
「………そ、その、あの……」
「……あー、もしかして聞いてた?」
「え……」
その黒い瞳を若干カラカルから反らし、申し訳なさそうに黙ったまま、コクコクと首を縦に振る少女。
「……は、はは……そ、そっかぁ……」
数秒をかけて、カラカルの顔は真っ赤に染め上げられ、ボフっと煙を出した。その赤面が寒さによるものだったのか、はたまたそれ以外によるものだったのかは……本人のみぞ、知る所である。
開けましたおめでとうございました(超絶今更)
稚拙な文章力は治りそうにありませんが、今年もよろしくお願いいたします。
【挿絵表示】
↑今回出てきた少女。オリキャラです。画力がないので脳内補完で可愛くお願いします……