畳から立ち上がった俺を見て、カラカルは歩を進める。
「検査、だっけ。もう終わってるのかな」
「さあ?長くはないと思うぞ」
アニマルガールの検査。実際、俺も転生初日にされた訳だが、今思うと結構身体のあちこちを触られていたような気がする。眠気に邪魔されてうろ覚えだったから詳しくは見てないし覚えてないが、男性職員が途中退室したのはそういう理由だったんだろうなとどうでもよく思い出した。
「にしても青っぽい灰色の鳥ねぇ、どっかで見た覚えがあると思うんだけども……」
「ちょっトツカ、前!」
「うわっ、とととぉ!?」
ぽん、と軽い音と小さい衝撃に驚いて胸元を覗く。
「あ、あの……ごめん」
なんともまぁ運命的に、出会いたい人に出会っていた。
「いいのいいの、こいつは気にしないで。で、どうかしたの?」
「えっと。からかるおねえちゃんたちといっしょにねてって、いわれたから。さがしてたんだ…………だめ、かな」
「「今すぐ行こう」」
断れないのわかってんのかなこの
検査についていろいろ聞きつつ借りている部屋へ。もう自分の動物名とかも教えてもらったらしい。そりゃあ、普通はなんかアニマルガールのデータみたいなのがあるんだから、照らし合わせれば一発だよなぁ。この会社……会社でいいのか?とにかく、どの施設も技術力がかなりあるし。そういえば今って西暦の何年なんだろ。
「へー。ちなみに名前は覚えてる?」
「うん、おぼえてるよ!えーっとね、たしかー……」
人差し指を顎に当てて宙を眺めるように思い出す。
「しろは……」
「「しろは……?」」
「……わすれちゃった!」
ヽ(・ω・)/ズコー
「しろは……わかんないな、そんな鳥いたっけ」
「『しろは』から始まるってことなんだろうが、んー、まぁわからん」
しろは……いや、わからん。そもそも動物なんて専門外中の専門外。
「それに、もうあの娘だのこの娘だのっていうのもあれだしな。もうそれが名前でいいんじゃないか」
「これ……え、どれ?」
「言葉のままだよ」
「『シロハ』……シロハで。実際の動物の名前が何だろうが、その三文字は入ってんだからな」
「……あー、嫌だったか?」
「う、ううん!いやじゃないよ!……し、ろは……シロハ……ほわぁ……!」
「ちょっ、おーい、おーい?……聞こえてない、大丈夫かしら……」
気に入ってもらえたなら別にいいんだけど、その放心状態見てるとちょっと不安になって来たよお兄さん。頼むからこの世に戻ってきて、魂を手放さないで。
真っ暗になった部屋の中で、カラカルは目を覚ました。
(はぁー……真夜中に起きるとか、ホント最悪……)
不意に風が吹き、彼女の耳元でガラス戸が震える。というのも、部屋に入ってから数分後、突然として布団に倒れこんだトツカが寝場所の相談も無くど真ん中で寝てしまったためだ。勿論、寒い窓側にシロハを眠らせるわけにもいかないので、自らこの位置を買って出たわけである。
(ううっ、布団越しでも寒い……)
より深く包まろうとして寝返りを打つ。目の前に入ったトツカの姿が、なぜかとても暖かそうに感じられた。その温もりを肌で感じたい、とも。なお不埒な理由からではなく純粋に寒さ故である。
(……もうちょっと近づいても、起きないよね……?)
くぐもった音を出しながらゆっくり体を近づける内、昼頃に『くっついて寝るな』と言っていたことを思い出して気が引けたが、相手の性格を考え、そんなの忘れてるだろうという結論に至った。
(あーあ、私ってついてないな……よりにもよってこんなやつと友達なんて)
耳かきの際に交わしたあの会話が頭を過る。本気で打ち明けた悩みに、曖昧な返事しか返さなかったこの女は、何を思っているんだろうか。考えれば考えるほど興味は沸き、近くにいたはずなのに距離を感じていった。だからこそ、この女のことを、もっと――。
(……まだ、寒いな)
厚い羽毛の下で掌は素肌を滑り行く。それは腕から腹部へと進み、飽き足らず腰の括れを目指して上半身を優しく締め付ける鎖と成ろうとする。
肌の温もり。衣服の柔らかさ。静かにリズムを刻む吐息。
夜の雰囲気に圧倒された指先は止まることを知らぬように思えた。
ピタッ
「ひゃっ……!」
が、何かに触れた感触が彼女の侵攻を食い止めた。
おどおどしながらも感触の正体を探る。自らの手より一回りほど小さく、ほんのりと暖かくて、ほっそりとした形の物体。これは、恐らく。
(…………手だ)
布団から慌てて右手を出し、触れた瞬間の感覚を思い出そうと目の前でわにわに動かす。開いたり、閉じたり、指一本ごとに曲げてみたり。何も考えず何回も繰り返し続ける。寝惚けた頭は何が起こったのかを判断するために脳を覚醒させる。
(んー……まぁー……えーっとぉー…………)
数秒後。
(……~っ!?え?えぇっ!?はぁ……ふぇっ!?わっわわわ、私一体何を……はぅ~っ!?)
身体に手を回していたのだから相手の腕に接触するのは至極当然と言っても過言ではないのだが、今の彼女に重要なのは前半の『身体に手を回していた』の部分だ。いくら無意識とは言えど、花も恥じらう真っ赤な乙女の羞恥心にはオーバーキルの事象である。
(しかもくっつきすぎよ私のバカ!これ多分だけどっ、腕に、当ててたわよね……私の、おぉっ、おっ……あぁもぉー!)
何とは言わないカラカルさん。決して例の「お」から始まり「い」で終わる4文字を言ってくれることなど期待してはいけない。期待してはいけない。
(やっぱりだいっ嫌いよこんなバカ!もう知らないんだからっ!)
恥ずかしさのオーバーフロー故に機嫌を損ねたのか、プイと反対側を向いてしまう。
しかし、偶然とは非常に空気を読まないもので。
「うぁ……にゃあぁっ」
「ちょっ!?」
突然に伸ばされたトツカの左腕がカラカルの首元をするりと抜け、逃すまいとするかの如く肩を掴んだ。それだけでも十分なアタックだが、伸びたものは大抵は縮むものである。カラカルがトツカの方を向こうと体勢を変えようとして、ちょうど腕の真上に首元が来た、その瞬間。
「きゃあっ!?」
腕は肩を引きながら折れ曲がって背中に絡み付き、再度上半身をごろりと回転させ、寝ているとは思えないほど見事にカラカルを抱き寄せた。
(なぁっ、いきなりなにすんのよこのバカ!変態!スケベ!)
心中が大量の罵倒で溢れ変えるが、焦りすぎて喉元で渋滞を起こし、言葉がつっかかってしまって、実際に出たのは「あぇ……」というなんとも情けない上擦り声だけだった。おまけにトツカの顔がカラカルの方を向いたのでもう大惨事、目も合わせられずかといって逃げることもできず、ただ体温の暖かみを感じて踞るしかできない。
それでも自分を鼓舞して、恐る恐る顔をあげる。先程から前髪に吐息を当ててくるその顔は、気持ち良さそうに目を閉じていた。
(……ったく、寝相が悪いんだから)
いつの間にか羞恥の感情は消え、倦怠感と睡魔に襲われる。
(まぁ、いいわ……)
「……今回だけだから、ね」
誰にも気づかれない声でボソリと呟く。安心感に身を任せ、肩を支える自分のと大差ない大きさの手の甲に触れて──
(…………あれ?)
──おかしい。咄嗟にそう感じた。
そうだ。トツカの手とカラカルの手は同じくらいの大きさだ。
さっき触った手は少しだけだが小さく感じた。少なくともトツカの手ではない。
では、一体誰の。
(……まさか──)
上体を少しだけ起こす。
トツカの顔の向こう側を覗く。
トツカのもう片方の腕は、既に何かにしがみついて抱き寄せていた。
それは──。
「むにゃ……からかるおねえちゃん……」
(
その後は無事、熟睡できたとさ。
朝。窓から流れ込んでくる薄い寒気で、目が覚めた。
昨日、いつもより遅くまで起きていた弊害だろうか?まだ眠気が残って瞼を開けられない。この状況下だと布団の温もりはあんまりにも魅力的すぎる。
……いやいや、ダメだ。せめて時間確認してから二度寝にしないと……
「……いたっ」
っだ、いって!なんだ、なんかが腕に刺さった……?動かそうとする度に激痛が走るし、そもそも動かないしで、一体全体、何が起こってんだか。腕に何か重いものがのしかかって、それで動かないとしたら、こりゃ痺れて痛んでるってことになるなぁ……昨日の夜ってなんかしたっけ。
解らないもんは解らないので放置し、瞼を開けて右を見る。
「…………んぅ……」
「……は?」
するとそこにはまぁ、なんとも可愛らしいシロハの顔がのっかっているではありませんかと。
……なんでだ。
なんにせよ、シロハについてはそっと枕におろしておこう。取り合えず腕が痺れてたってことはわかったけど、このまま起こしても忍びないからな、いっだだだだ……
「……んぁ……とつ、か……?」
「やべっ……あー、まだ寝てていいぞ。今時間確認してくっから、それまで」
「んーん、だいじょぶ……ふぁーあ……」
まだ眠い表情が張り付いたままのシロハから、小さく欠伸が漏れ出る。やはりと言うべきか、痺れた腕で「そっと」は無理があった様子、確かに力も満足に入らない腕でどうしろとって話だった。
「なら、おはようだな」
「おはよう?」
「眠って起きたら言う言葉。覚えといて損はない」
「へぇー……」
なんだその返事……と思っていると、こんどは腕の中で、輝くような笑顔を見せて。
「……おはよ、トツカ
今朝一番の爆弾発言を投下した。
「……お兄ちゃん?」
「そう。スタッフさんにね、トツカみたいなヒトのことなんていうのかきいたら『おにいちゃん』ってよぶんだよっていわれて」
「いや、それはそれはそれで結構なんだけど」
結構な訳がない、やっぱり変なこと吹き込んでたなあの人たち……お願い、純真無垢なんだからホントに清く正しく美しく育ててあげて。悲しくてお兄ちゃん見てらんないよもう。
「えーと。まず、カラカルも俺も、同じ女の見た目だよな」
「あー……おなじだね」
「で、カラカルはお姉ちゃんだよな」
「カラカルおねえちゃんだよ」
「じゃあ俺は?」
「トツカおにいちゃん!」
うん、なんでだ。
「んもぉー、うるさいなぁー……なーによ、どしたの?」
「カラカルおねえちゃん、おはよ」
「ん、おはよー……」
俺らの声に起こされたらしいカラカル。目をこすりながらシロハの挨拶に軽く応えて起きる。が、俺に対してはちらっと眼を合わせただけで何も言わずにそっぽで欠伸。かと思えば俺の方へ寄ってきて、また腕の中に戻ってくる。別に二度寝は俺の責任じゃないから構わないんだが、こっち腕が痺れてんの忘れないで。シロハもだかんな、せめて枕で寝ろ。
「不機嫌な顔すんなってばー、私とあんたの仲でしょ?トツカおにいちゃーん」
「聞いてたのかよめんどくさい……」
「おにいちゃん、そっちよっていい?」
「だーめーでーすっ、いい加減起きなさいこの寝坊助姉妹っ!」
こうして、晴れて俺にも妹が誕生したのであった。
~数時間後~
「っていう経緯なんだけど、スタッフさんは身に覚えある?」
「ははは、わかりませんねぇ~……」
「確信犯ですね」
朝ご飯も食べ終わりゲームコーナーでシロハ達にボコられ、今はコートに身を包んでバスを待っている。受付でシロハについて話していたらカピバラも参加して、三人で談話中。
「それで、『シロハラゴジュウカラ』からとって『シロハ』になったと」
「そんなとこだな」
でもってシロハについて話しているので、勿論だがシロハの動物名も話題に出る。
シロハラゴジュウカラ。スズメ目ゴジュウカラ科、ゴジュウカラ属の小さな鳥だ。
結論から言えば、シロハはシロハラゴジュウカラだったわけだ。んで、その鳥が木を降りてる写真とかを見せてもらってるんだが、んー……このすごい降り方、どっかで見たような。
なお当の本人は隣でカラカルと一緒に電話している。相手はカコさん含めた数人の研究員で、用件はシロハ本人との連絡。詳しい内容はもうデータがあるとのことだから、本当に声を聴きに来ただけのようだ。
「うん、そ……うーん、それはどうかな。私はシロハと一緒に暮らしたいけど、ここ寒くて苦手だし、そこはまたおいおい考えます。うん……はい、博士さん達も体に気を付けてねー。じゃ」
「なんだって?」
「特に何も。ただまぁ、生気は感じられなかったわね」
ちなみにカコさんは研究所で合流の予定だったが、どうも俺らがシロハを見つけてきたせいで仕事が増えて部屋から一歩も出られない、というより出してくれないらしい。いやほんと、せっかくの温泉なのに一日オンリーになった上仕事を増やしたとか申し訳無さが深すぎてヤバイ。切れてから内容を聞いたところ、すごいやつれた声で「合流できそうにありません」とか言ってたとのこと。
「しかもそのあと『自分は死に場所を見つけました』とか言っちゃってたし……やっぱり、一回見に行った方がいいんじゃないの?」
「さすがに合わせる顔がないだろこれ。それに一歩も出られないなら会う暇だってなさそうだし、行ったら行ったで迷惑になりそうだし。今度ジャパリまんじゅう送るとかにしとけ」
本音はモフられたくないからだけど。あの人も普段は落ち着いてるけど重度のケモナーだし、怒りとか疲れとかで暴走されたら俺の身体が持たない。物理的に。
なんて短い会話を交わしているうちに、いつの間にやらバスの到着時刻になっていたらしく、向こうの方からエンジンの轟音と雪を踏み抜くザクザクという響きが聞こえてきた。
「あ、もう来ちゃったか。一日もいなかったのに、寂しくなるなぁ……」
「そう落ち込まないでくださいよ。またお越しになってくださればいくらかサービスしますよ?」
「ま、全部ジャパリパークの経費として落とされてるんですけどね」
「うっ、言われてみれば」
どこか呆れた様子のカラカルに、にこやかに話すカピバラ、そしてスタッフさん。交わされる会話を横目で流していると、シロハも不思議そうに三人を見ていて、なんか微笑ましくなった。首をかしげる様が最高にキュートすぎる。
「……ま、ああは言ってるけど、また少ししたらサーバルとか連れて会いに行くから。それまでいい子にしてるんだぞ」
「うん……」
大きな到着音を掲げて開いた扉へ、一足ずつ、名残惜し気に乗り込む。
「あぁっ、あのっ!」
その足が、突然のシロハの声で、ぴたっと止まった。
まだ何かあったろうか。そう思い、振り向けば──
「わたし……まってるから!かならずきてね、やくそくだよっ!」
──白い頬を深紅に染めたその顔に、つい胸を打たれてしまった。
「……ええ、もちろん。ね、トツカ」
「ああ、約束だ」
「……~っ!ああもうっ、やっぱりはやくいってふたりともぉ!」
「「わわっ」」
焦るように俺ら二人を押し込んだ瞬間、示し合わせたように扉が閉まった。バスはそのまま動き出したけれど、それも関係なしに大人気無く窓側の席へと走りこみ、思いっきり扉を開けた。
若干遠くはなったけれど、シロハとカピバラ、スタッフさんが、確かに、手を振ってくれていた。
その見送りに、俺もカラカルも無意識のうちに窓から身を乗り出して手を振り返していた。
三人の姿が温泉宿そのものすらも遠く見えなくなり、そっと窓を閉める。今思えば危なかったが、怒ってくれなかった運転手さんにはとにかく感謝に尽きる。
「なぁ、カラカル」
「なに?」
「……シロハ、可愛いよな」
「……当り前よ」
「……いっちゃったなぁ」
「いっちゃいましたねぇ……」
「そうですね……ここは寒いです、戻りましょっか」
「うん」
綺麗に除雪が行われた短い石畳を歩く三つの影。その奥に佇む建物は客がいなくなったからか宿のイメージとはかけ離れ物寂しく感じる。それでも、完全に活気が無くなったわけではないだろう。
「そうだ、二人が来たらなんか脅してやりましょうか」
「ナイスアイデアですカピバラさん!どうせだから停電でもさせます?」
「……怒られますよ?」
「じょ、冗談ですって……」
特に、碧白に身を包む少女──シロハと名付けられた彼女は、これから起こるであろう全てに対して、はち切れんばかりに胸を膨らませていた。不安と期待に満ちた心で少し感傷に浸っていたが、我に帰ったのか急いで二人の背中を追う。
しかして、その時。
「……あ、いたいた!スタッフさーん……おっ、カピバラまで!久しぶりだねー」
「おや、ユキウサギさんにヤブノウサギさんですか。お久しぶりです」
「昨日はすごい吹雪だったね……スタッフさんたちは大丈夫だった?」
「ええ、まあ。いろいろ問題はあったけど今は何ともなしですね。お二人は?」
何やらスタッフとカピバラが暖簾の前で話している。口ぶりからするに話し相手は二人とも知人の様で、仲良く楽しそうな談話を繰り広げている。ふと、シロハは彼女らの輪に入りたいと感じた。
「いつもの洞穴でやり過ごしてたよ。はぁ……」
「……どうかしたんです?」
「カピバラ、実は……ユキウサギちゃんが『怖くない』って我慢しながらも雪の音に驚いて抱き着いてくれたの。最高に可愛かったなぁ、写真に残しておけば――」
「わぁーっ!言わないで言わないでぇー!まったく……ん、あなたは?」
「…………え?」
突然、二人のうち片方、白い服をまとった少女と目が合った。少女はそのままシロハに名を訪ねる。自然な流れとは言え知らない相手に話しかけられ、ついおどおどと戸惑ってしまう。
それでも。
「わたしは……」
彼女は既に名を持っている。
その名に、誇りを持っている。
だからこそ、胸を張って告げた。
「……私はシロハ、シロハラゴジュウカラのシロハだよ。よろしくね」
五話ほどとは一体と感じつつ今回で温泉編は完結です。次回からまたしばらく一話完結の回を二、三個ほど書きたいなと思ってます。