「はぁ~、やっぱ可愛いなぁ~」
「さっきからそればっかだね……」
「ねぇアフリカゾウ、それもらっていい?」
「じゃあニホンオオカミのそれ交換ねー」
数時間経って、ここはトツカとサーバルがいた例のカフェ。当たり前ながら二人とも既におらず、客もそろそろ店を離れ始め、店内には人影一つ足りと見えない。店内が無人で会話はあるとはこれ如何にだが、種を明かせば単純明快、先の会話が外に設けられたテラスにいる例のスパイ四人組によるものだからである。
「というかもう十分は経つわよ。まだ進展ないわけ?」
「んー、見てる分には何もないかなぁ。取り敢えずはアフリカゾウちゃんのスマホが点くまで待機かも」
「ただ待ってるだけだから動きもないし、話の内容解らないとホントに暇だねぇー」
そんな彼女らの監視対象は、とあるアトラクションに乗るため長蛇の列へと絶賛参加中。なお、メリーゴーランドを二人が降りた辺りでチーム"
「楽しそうにへらへら笑っちゃってさー、見せられてるこっちの気も知らないでさー」
「何もしないでスマホガン見してるくせによく言うよ。てか、ずっと何見てるの?見せてよー」
やおら席を立って、画面へと食い入るかのようにして割り込む。
映り行きしは小鳥を彷彿とさせる変哲ゼロパーセントな笑顔──具体的には『シロハ』と名を持つ少女の笑顔で、しかし何を予想していたのかこの画像に豆鉄砲をくらったらしいアフリカゾウは、一瞬のフリーズを挟んでから重く口を開いた。
「なるほどねぇ……そのシロハちゃんってさ、カラカルの妹になったわけだよね」
「義理だけどね。まぁ、なんていうかこう、ノリと勢いで気が付いたらなっちゃってたっていうか、あんまりそういう感じはまだしないんだけど」
なんて言いつつも内心では大変ご満悦のカラカルお姉さんだが、本人が嬉しさを隠しきれていると思っている……というか、隠そうと思わずにへら顔を駄々洩れにしているのは周囲からすればなかなか頂けない。
そんな中でも一人黙々とイチゴを頬張っていたニホンオオカミだったが、ついには右手から匙を置き「見せて見せてー」と声をかけながら顔を乗り出したので、察するならば雰囲気に耐えきれなかったといったところか。重心が傾いたテーブルは、ただガタガタと音を鳴らす。
「んー、ほうほう。ちなみに家族ができた感想はどんな感じですかねカラカルさん」
「子供ができたみたいに言うのやめなさいよ……そうね、さっきも言ったけどやっぱ実感ないし、シロハはまだ向こうにいるから何とも言えないってことで」
「多分、一緒に住めるとは思うよ。ただサバンナエリアは暑いから、研究所に住み込みになるかも」
「あぁそっか、シロハちゃん雪山エリア生まれだもんね」
ここで注釈を。
アニマルガールは基本的に動物のころ住んでいた環境を好む傾向があるが、中には与えられた身体の丈夫さを利用して様々な場所へ向かう者、親友と過ごすため住処を変更する者、果てには旅の流れに身を投じる者までいる。アニマルガールのスペックは尋常ではないのだ。以上、注釈終わり。
「でも妹かぁ。私は亜種とかいないから、ヒョウちゃんたちなら何かわかるかもね、カラカルちゃんの先輩お姉ちゃんになってくれるかもよ」
「いやいや、ヒョウが先輩はやめといたほうがいいでしょー。寧ろクロヒョウにヒョウに直してほしい悪い癖を聞いた方が早いって」
「君たちなかなか手厳しいね……ってカラカル、どうかしたの?」
「いや……シロハに面倒くさい姉って見られると思うとなんか息が……あ、天使が見える……」
「それもしかして
「そう考えたら苦しくなくなってきたわ、ありがとニホンオオカミ」
これはひどい。あまりの酷さに噂された本人がかなり盛大なくしゃみを一つ炸裂さられるほどである。本当は強い風が吹いただけとか気にしてはいけない。
「で、トツカはお兄ちゃんと。でもなんでお兄ちゃんなんだろ」
「それねー、私も気になるなー。なんでなのカラカル?」
「スタッフさんに吹き込まれたんだと。私は別にお兄ちゃんだろうがお姉ちゃんだろうが、あいつのことは友達として見てるからあんまり変わらないし、正直どうでもいいわね」
「ふーん。……え?」
数秒、天使が通り。
「……え、二人って友達なの?まだその程度の関係だったの!?」
「ぎゃ、逆に考えるんだよアフリカゾウ!あれだ!姉二人が付き合い始めたらシロハちゃん困っちゃうでしょ!?」
「いや、なんでよ」
「カラカルちゃん待っててね、ニホンオオカミちゃんも落ち着きなって……」
「「ごめんカラカル、アードウルフ借りるね!」」
「……は?それどういうこと──わぶぅ!?」
焦りに焦った二人によってアードウルフの首がテーブルの隅へと引き込まれ、彼女が瞳を開けば両隣に死んだような光を湛える眼がそこに。カラカルは自らの発言のどこに問題があったのかわからず「そっとしておこう」という結論に到達。アードウルフは犠牲になったのだ。
「ったたたた……ちょっ、ニホンオオカミちゃんったらいきなりなに?」
「さっきのカラカルの反応はどういう意味だと思う?」
「えぇー……普通じゃない、かな」
「うんうんそうだよねツンデレだよね、私もそう思うな」
「話聞いてたのアフリカゾウちゃん!?」
「よし、じゃあ友達関係ってのは照れ隠しってことで終わり!」
「おっけー!」
「ま、待ってよぉー!」
どこにどんな合意が見いだせたのかは彼女らのみぞ知るところ、時代から放り出されたアードウルフに近づくカラカルの哀れの目は悲しみのムードを無駄に増長する。
それでもアードウルフは、ああ、救いかと縋って席に着くことにした。
「お疲れ、怖いから何の話だったのかは聞かないでおくわね」
「あぇ、ありがとカラカルちゃん……そうだよね、二人とは飽くまで親友だもんね」
「…………」
おかしい。返事が来ない。
赤茶な瞳色に自然と溶け込む、茜で染まった黄昏空の歪曲反射は、美しいガラス細工にも通じる芸術性が垣間見えただろう。だがもし彼女が芸術品ならば、掲げられしテーゼは何なのか。アーティストのいない芸術品はただ、虚空へ進む視線の奥でずっと、投げ掛けられた『親友』の言葉だけを、波紋の如く延々に漂わせている。本来、寡黙さなどとは無縁な女であろうに。
親友。だってトツカも、サーバルも、ここにいる皆も、ここにいない皆も、ぜんぶ親友だから。
つい二日前の、あの感覚。
『私、ホントに、なんでこんな……』
いつか。今じゃない、でも必ず来るその日に、皆へとこの思いを吐露する日が来る。
まだ、たった
……ただ、そんな葛藤は以心伝心で伝わるものではない。一方アードウルフからすれば、この状況は『親友にいろいろと疑惑のある相手との関係を質問したら、突然黙り込んで深く意味ありげにボーっとし始めた』訳である。
ならば「まさか、このヒトもしかして……」なんて邪推も、乙女心に免じて許す他なかろう。
「……え、カラカルちゃん……?」
「ダメだダメだぁー!全然繋がんないや、どうしよう」
「あら、どうしたの?」
「スマホの電気がついたんだけど、なんかさっきから盗聴機に繋がんないんだ。多分、電池切れちゃったみたいで」
「あらら、じゃあ今日はここまでみたいね。帰りましょっか」
「か、カラカルちゃん、ホントに帰っちゃうの!?」
「電池無いならしょうがないでしょ。何より」
遠く二人を、そっと見つめて。
「……二人の邪魔しちゃ悪いからね」
「カラカルー、帰るなら先にいろいろ乗ってからにしようよー」
「あ、私ここ行きたーい!」
「もう、あんたたちはホントに雰囲気ってものを知らないわね!」
「は、ははは……」
「いやぁ初めてだけど、なるほどねー観覧車ってこんなのなんか」
「おぉー、上がってる上がってる~!すっごーい!」
視点は変わり、こちらは緑色をした観覧車に乗車中のサーバル・トツカの二人組。時間ゆえにトツカは若干疲れぎみだが、対するサーバルはいつものように元気溌剌、なんたって始めてきたときから待ちに待ち望んでいた観覧車、それも長蛇の列を耐え抜いた後なのだから嬉しさも倍増である。
「嬉しそうで何より。しかしなんか子供っぽいよなぁ、お前ってさ」
「だってようやく乗れたんだもん!あぁー、興奮しすぎて夜も眠れないかもぉ……!」
「……嘘つき」
「みゃ、なんか言った?」
「べーつにー」
まぁ、サーバルが長時間に渡って元気というのは楽しみが終わって帰ればすぐに寝ることの裏返しであり、それがやはりトツカの心労になるのだが。
「まっ、時間的にこれが最後か。しっかし混んでたなー、最後に回さずに昼頃に乗ればよかったんじゃないかこれ」
「いいじゃない、私はケーキのイチゴを最後に食べる派なの!それに、実質これに乗るために遊園地まで来たみたいなもんなんだから、結果オーライだよ」
「だとしても、たかが観覧車の為にわざわざ服を選ぶって考えれば滑稽だがな」
「あー……」
会話が止まった。ちょっとしたジョークのつもりが、向かいの席に座る彼女はいつものように笑って返すこともなく、もじもじと落ち着きなく足を揺らしていてまるで人見知りな子供のよう。トツカが声を出すタイミングに迷っていると、サーバルの方が先に口を開いた。
「いやぁ……実はさ。この服、私が選んだんじゃないんだよね」
「……は?マジ?」
「マジ」
「ま、マジか。ちなみに、その服を選んだのは」
「カラカル。それから、アフリカゾウ、ニホンオオカミもちょっとだけ。……言っていいのかわかんないいけど」
名前を聞いた途端に、強烈な絶望がトツカを襲った。これまでも散々弄ばれてはいたが、今回ばかりはもう我慢できぬと、両目を手で覆い隠して現実から物理的に目を逸らす。なお効果には個人差があります。
「うっわ、マジかぁ……つかお前、あいつらに変なこと言われてないよな」
「な、何もないよ。ただ、楽しんできてねってそれくらい。ほんとに、それくらいで……」
窓を見やってつまらない体裁を振舞っていたトツカだが、回答が来ないことには流石の鈍感でも違和感を覚えたらしく、流し目でサーバルへフォーカスを当てる。
「……サーバル?」
「……ごめん。今の、ちょっとだけウソ」
ぽかん、と動作が止まる。トツカの脳内では、言葉が右耳から左耳へ、左耳から右耳への振り子運動を繰り返し、目はドライアイですかと問いただしたいくらいに瞬きし過ぎて痙攣気味だ。
「あー……嘘ってこたぁ、やっぱなんか言ってやがったのかあいつら。ったく」
「あぁいや、そうじゃなくて。トツカが来る前に、相談っていうか、いろいろと話してたんだ」
内容と相手は言えない、と一呼吸置く。
「でね。聞いてたときはあんまり考えてなかったんだけど、トツカに言われたら、ふって思い出して。そしたら……確かめたいことが、できたの。いいかな、トツカ」
「んなのいいから。とにかく言ってみろって、聞くだけ聞いてやるよ」
「……優しいね、トツカは」
「い、いいから早くしてってば」
恥ずかし気に急かす姿を見て、サーバルの顔に一瞬だけ申し訳なさが走った。が、すぐに苦笑は表情筋から姿を消し、顔はいつにも増して真剣に。テンションの高低差に付いていけず、トツカは相手が親友であるのも忘れて無意識に身構えた。
「トツカはさ。いつも一緒の誰かが、いなくなったら……って、考えたことある?」
ぞくり。
全身の毛が逆立つのを感じる。身構え空しく、得体の知れない感情が脊髄を流れ落ちる。
恐怖?違う。そんな陳腐なモノじゃない。
確かに向けられた瞳は恐ろしい程真っ直ぐにトツカを見ている、しかしそこに冷ややかさは無く寧ろ熱く感情的だった。視線はよく一本の放たれた矢と表現されるが、彼女が弓に込めたのは純粋な怒りだった。
だからこそトツカは、今一度思い知らされた。彼女の怒りへに対する、心咎めを。
「なぁ、サーバル……」
「ずっと怒ってるんだよ、私。これまでにないくらいに」
「……すまん」
「やめて。それ、カラカルからも聞いた」
わかっている、謝罪に意味がないことくらい。でも他に言葉が見つからないんだ。
心の中で無力な言い訳だけが生まれて、より一層、彼女を鎖で縛りつける。
「トツカもカラカルも、取り扱い注意な女の子だってことは十分わかってた……でも、実感が無かったんだと思う。カラカルなんかいつも側に居てくれてたから。だから……まさか、消えちゃうなんて考えもしなかった。友達って、ずっとすぐそこにいてくれる、私にとっての『当たり前』だったもの」
怒りは不安と悲しみに変わって、サーバルの語勢を弱める。
「ねぇ……ずっと、友達でいたいって思うことは、ダメなのかな。『いなくなったら』を考えたくないって思うのは……別れから逃げるのは、ダメなのかな」
トツカは、何も言わない。何も言えないから。
「って言っても、どうせトツカは考えてないんでしょ。わかるよ、私も心配させる側だし」
「ぐぅ、反論できん……」
「だろうね。まったく、カラカルはわかってくれるのに、なんでトツカはわかってくれないかなぁ」
「返す言葉もありませぬ……」
と、そこまで言われて、どうも雰囲気が違うような印象を受けた。
疑惑を胸にサーバルを見れば。
「…………ふふっ」
「んぁ?」
「もぉー、その顔!その顔を見てると、ほんっと悩んでる自分がバカらしく見えちゃうんだもんなあ」
「お、おう……じゃなくて、他人の顔見て笑うなやこの野郎!おらぁっ!」
「ひゃっ、
とまぁ、やはり今回も主人公らしいカッコいい言葉は言えずじまいに。根本的どころか一ミリとして解決になっていないが、もうそんなシリアスな雰囲気ではない。蒸し返すのはナンセンスだ。
「いったたた……でもでも、やっぱりズルいよトツカは。どんなに悩んでても、なんか大丈夫だなって思っちゃうんだもん」
「俺に言われても困るんだが?」
「だって、他に言う相手もいないでしょ?」
「カラカルとかいるだろうに……」
話している間にも観覧車は動くもので、眼下の世界は目に見えてスケールダウンしていた。高さから察するに、あと数十秒で折り返しと言ったところか。
「おっと、トツカの珍しい顔いただいちゃった。カメラでももってくれば……」
「やめてくれ、弄られるのはあんまり好きじゃないんだよ。ただでさえ恥ずかしい噂が蔓延してんだから」
「あ、ちょっと止まって」
「にゃ?」
言葉を遮ってじっとトツカを睨むサーバル。
「…………(スッ」
「なっ、なぁ……っ!?」
かと思えば、突然右手をトツカの顔へと伸ばす。柔らかな腕が側髪へと進み、連動するように身体も前傾姿勢となって、顔と顔が自然に近づいていく。
(え?これって……え、えぇ!?サーバルぅ!?)
指が髪に絡み付き、互いの瞳は夕焼けに照らされながら、真剣な表情で見つめ会う。鼓動が聞こえ、吐息がかかってしまいそうな程の至近距離だ。それでもサーバルは、まだ足りぬとでも言いたげにゆっくりと顔を近づける。
(いやいや、なんか気分がおかしいって!頭がぼーっとして、真っ白になってぇ……なんでぇ……!?)
抗えないと、トツカは咄嗟に感じた。頭の中は何事にも集中できず、ただ静かに来る彼女を無意識の内に受け入れていた。濁流の様な雰囲気に軽々と押し流され、出来ることと言えば、精々目を瞑って何故か生じる羞恥に耐え抜くことくらいだった。
観覧車が頂上に近づくにつれて、距離が狭まっていく。
しかし、窓に映る雄大な景色も、今の彼女らにはなんの効果もない。
二人の顔は、重なる程に近づいて──
「ん、とれたよ」
「うぅ……ふぇ?」
トツカが目を開けば、段々と下がって行く外の景色と、満足気に微笑むサーバルが。
「とれたって何が……」
「はい、これ」
「これって……葉っぱ?」
「そ。髪についてたの、気になって」
右手には、若草色をした一枚の葉、正確にはその一部。恐らく、並んでいるときに吹いた突風で煽られ、いつの間にか髪についたのだろう。
「そ、そっか。なんかごめん……」
「みゃ、なんで?」
「こっちの話だから……」
ほんの少しとはいえ、自分が抱いてしまった感情に困惑し(いや、ねぇな)と一蹴するトツカ。サーバルをじっと見ていると、不意に目の端で何かを捉えた。彼女の上着に、何やら小さな白い物がついている。
「……サーバル、その服についてるのは?」
「服?どこどこ」
「ほら、この辺」
「よっと……あれ、なんだこれ。最初に見たときはこんなのついてなかったのに」
「形状的に、なんだろ。マイクってとこか……」
渡されたマイクは小さいながらも後部に若干伸びていて、音を拾う為なのか襟元についていた。サーバルの方に向けて(お前の?)と持ち主確認するが、顔を振る方向は横。彼女のではない。
となると、いったい誰がこんなものつけたのだろう。
そういえば、この服を選んだのは……
(ま、まさか──)
急いでマイクを見直す。
不審だった後部側をよく睨み、かと思えばなにがあったのか今度は虚空へ目を向けた。
額に冷や汗を滲ませて、顔を覗き込むサーバル。
「……サーバル」
「な、なに?」
それに気づいたトツカは、小さな白いマイクを摘まみながら、どこか悲しそうな笑顔で答えた。
「……俺ら、あいつらに盗聴されてたかも」
「え?…………ええええぇぇぇ!?」
この後ジャパリパーク中に走った噂というのは……最早、言わずもがなであろう。
という訳で、温泉の蛇足ことデート編完結です。今後としては、一話完結回を数話だけやって、それからまた長編にしようかなと。