「……何もないな」
「何かするにはもってこいだろ?」
屋根裏に上ったは良いが、地下の物置があるから必要ないのか、まぁなんとも……簡素。
床から壁を通って天井まで、全部乾いた木の色一辺倒。広さは一階とほぼ同じであろうに内装はというと木製椅子数個が奥でちんまり座ってる程度、でも汚れも少なくクモの巣も張ってない、掃除は行き届いているようでびっくりした。
「あ、木の薫りが……すんすん」
「ふふっ。確かに良い木の薫りがするし、なかなか気に入ったんだ、ここ。さっき君が着替えてる間に、サーバルと見つけたんだけ、ど……っと、はい、準備できたからおいで」
準備、一体どんな準備をしたのかと見てみれば、なんと先程の木製椅子が一つ、群れからはぐれてポツンと置いてあるのみ。
不思議に思いながらもおとなしく座ると、後ろでなにやらガチャガチャと取り出しはじめ、手際よくケープを肩に掛ける。首元でマジックテープを固定すると、いつの間にかアルパカの手元には、どこから見つけてきたのか中ぐらいまで水が入った霧吹きが握られていた。
「あー……じゃまず、髪の毛が切りやすいように、耳を消してくれる?あぁそっちじゃなくて獣耳の方ね。服の消し方は覚えてるかい、あれと同じように……ん、そそ」
言われるがままに消すと、間もなく慣れたような手つきで髪を湿らせ、櫛で梳いていく。思えば尻尾の感覚も無いような、ヒトの姿を思い浮かべたから一緒に消えたのかも、つかそもそも消せたことに驚き。切った髪も消えてしまうらしいが、ただそっちはもとに戻せないとのこと。髪の長さは自分で決められないようだ。
「っと。それで、お客様はどのような髪型になさいますかー?」
「お客様って、妙に手慣れてるんだな……鋏もなんかそれっぽいの見つけてくるし」
「まー本業だからね。あ、あとこれ自前だから」
「……あ、さっきも本業って言ってたか」
で、気になったので色々聞いてみた。
彼女らアルパカは髪が伸びやすく頻繁にセットする必要があって、最初は自分の爪で適当に切っていたらしい。それを知った研究員やスタッフのお陰でちゃんと鋏で切ってもらうようになったんだが、研究所通いが面倒で鋏をもらって自分で切っている内に上達、私も私もとセットして欲しい人が続出、あれよあれよと遂には、小さいとは言えアンインの研究所の一部屋と、化粧台や椅子・用具を貸してもらえることになったんだそうな。
「鋏を持ち歩いてるのはどこでも髪を整えられるように、と。よくそこまでしてもらえたな」
「事務さんやガイドさん、研究員さんはなかなかこの島から帰れないからね、だから私がしてあげてる訳で。大変なんだよ?特にワカイヤなんて、彼女毎週一回は来るんだから……」
口調の割りには嬉しそうに笑うものだから、充実してるんだなと。あれ、でも確か理髪師って資格が……
「さ、無駄話はここまでにして。髪型はどう……あっごめん、サーバルからリクエストあるから今の無しで」
「じゃあ聞くなよな……」
「ごめんごめん、それで料金が、えーっと」
「金取るのかよ!?」
「冗談だって」
~散髪~
それから数分、或いは数十分に及ぶ程に時間が流れたある時。獣耳を失って弱体化を喰らった筈の聴覚は、順調に聞こえる散髪の音の中、背後に「ふむ」と悩み込む声を認識した。
「どした?まさか髪型が変になったとかじゃ」
「違う違う、失敗はしてないんだけど、ね」
「むぅ、じゃあなんなんだよ」
俺の語勢によるものかちょっと話すのをためらうアルパカ。髪を断つザクザクという音は全てを誤魔化しそうで、しかしムッと睨んだのが功を成したらしく諦めの了承を持って無条件降伏に応じて頂いた。
「個人的に……もったいないな、後ろの髪、って感じただけさ。あんまり綺麗な髪だったから」
「あーわかる。絶対じゃないけど女性の髪は長い方が好き」
「好みじゃなくて、あの服との相性のはなし。サーバルのリクエストがあったから後ろ髪も切るようにしたけど、嘘ついて残せばよかったかもな。想像してみてよ」
髪を挟んでいた刃はいつの間にか柔らかな指の腹に変わり、本来的な散髪の意味はそこに無く、これもまた触髪の時間へとって代わられたらしい。頭蓋骨上に滑る電流が、快感的な全ての証拠だった。
そんなことより散髪を、とは考えてたが、ただ割と気持ちよくやってくれるもんだから、言われるがままに長髪で例のドレスを着た自分を瞼に写してしまった。
「どうだった?やっぱり今から方針変えようか」
「このままでいいよ。つかサーバルのリクエストなんだろ」
「確かに、君に拒否権はなかったね」
「悲しいことにな。もっと悲しいことに俺はあのドレスに似合わないって話もあるが」
「えー、そんなことないと思うよ?」
「世辞は良いから早う切れ」
「はいはい、わかったよお嬢様」
だってなんか似合わないんだよなぁ、ハロウィンの時の、あのゴスロリは割と似合ってた自信があるけど、やっぱり中身が男だから感性がズレるのか。衣装ならライオンあたりが詳しいかな……
そういや、シロハならぴったりと思ったんだよなこれ。髪色とか合ってる、背丈はちっちゃいけど寧ろお姫様感あって尚よし。その状態でロールプレイしてもらったらマジ鼻血でるかもしれん。スカートちょっと持ち上げながらこっちに走り寄って来て、その上「お兄様」とか呼ばれちゃったりして!あ、髪を伸ばした方が俺の好みにも合って貴族っぽさも出て一石二鳥じゃ……!
「ちょっとちょっと、頭を動かさない!」
「はぅっ」
「まったく、急かしたのは君なんだから少しは協力してくれよ、そんなに目を輝かせてないでさ。何を考えてたんだよ」
「あぁ……んと、妹ならこの服に一番合うんじゃないかってね。もちろん素のままでも可愛いんだけどな」
「妹?へぇー、君って妹もいたのか。メイドの友人に妹まで、キャラが濃いんだな……どんな見た目なの?写真とかある?」
「んー、待ってて」
真黒な貸出のスマホを手に持つ。んで、腕をケープの横から外に出して操作して……
「スマホなんて持ってたんだ、川に溺れたのに」
「ちげーよ、サーバルに『終わりの連絡用に』って預けられたの。どうかしたのか?」
「いや、私もワカイヤに預けたのを思い出してね。いやー、2つ持ってこなかったのは失敗だったな。で、画像は?」
「待てって、えーと、画像の共有ファイルの方に……ん、あった」
これは確か、サバンナに来る前に温泉で再開祝いに撮ったやつかな。だから……あぁそうだ、一緒にゲームエリアで遊んだ時の写真かこれ。筐体の椅子に座りながら左を向いてこっちにピースしてるやつ。
「おぉ、中学生くらいだね。あーでも……君とはあんまり似てないんだ。羽はあるけど耳も尻尾もない、猫というよりは小鳥か」
「そ、ゴジュウカラって鳥のはず。あんたの言う通り小鳥で、俺と俺の知り合いの妹」
「……うん?それはえーっと、君はそのシロハちゃんの姉で、てことは君の知り合いとも姉妹で……んん?」
「そこら辺は込み入った事情がな……」
適当に流すのもアレなので簡単にシロハの生い立ちについて説明をば。勿論、ちょっとしたトラウマがある等の話は出来るだけ省いたり曖昧に誤魔化していく。ただ、問題ないと思ってシロハがアニマルガールになって間もないってのは伝えた。
で、彼女の脳裏にどうも引っかかったらしく、シンキングタイムが再開される。散髪は中止。
「んだよ、今度は何を考えてんだ」
「何も考えてないよ。にしても弱ってるとこを拾ったとは、まさしく救世主だな君は」
「そういうのいいって。本人にも言わないから、とりあえず話してよ」
「……あんまり人の事情に突っ込むのは、良くないとはわかってるんだけど」
申し訳なさそうな顔で俺の頷きを得ると、アルパカは慎重な声で囁いた。内容はこう。
「その
「……あい?」
若干、ほんの若干だが、聞いたときに頭が混乱した。確かにシロハの状況を理解していると自負していただけに、アルパカの発言からはそんな自負に真っ白な閃光を浴びせてきたような感触がした、その上今でもしている。
「いやまぁ、そんな真剣に聞かなくていいよ、推測の話だから。で、根拠を挙げたいんだけど……まず他の生き物と違って、アニマルガールの身体の大半を作っているのはサンドスターって特殊な物質。これは知ってるよね」
「あぁ、後はけものプラズムとかだ」
「それらは全部、火山……ここだったら、あそこの窓から見える真ん中のでっかい山にあるだろう。だからそのサンドスターが地表に出たとき、つまり噴火の時にアニマルガールは生まれる。それでも発生は稀らしいけど」
これはまぁ、
「問題は次。そのシロハちゃんが生まれたのは最近、と君は言ったけど…………ここ数週間、キョウシュウで噴火は起きてない筈なんだ」
あぁ……確かに。
「そもそも、山の噴火なんてことがあれば、その一帯は封鎖されるんだ。本島の火山なんて、噴火の程度によってはジャパリパークそのものが封鎖、なんてこともある」
「お客さんを大惨事に巻き込むわけにはいかないしな」
ジャパリパークとは言えど一応は動物園。研究所なんかもあれどメインはサービス業だし、未だ訳の解らない不思議物質に、無関係な人々を接触させるのはマズい。
そう考えれば、
本人も『最近は事務が多い』なんて言ってた気がするし、社用車であろうサファリバスを私的利用してたあたりお客さんもいなかったんだろうし、何より休暇でここに残る必要はない……いや、あの人らならやりかねん。
「ただ、噴火してから時間が経ってもアニマルガールは発生するって聞いたことはある。噴出したサンドスターの大半は風に乗って空に留まって、それからゆっくり落下するんだとか」
「ん、それなら問題は……」
「でもそれだって二週間程度が限度だよ、封鎖も同じく最長で二週間。多少なら延びるかもしれないが」
てことは、ミライさんがサーバルと休憩してたのは、噴火からかなり時間が経ってて仕事が終わってたから、かな。ならシロハの場合も、あまり話題になってないのも、時間が経ってるため……いや、キョウシュウ内ですら封鎖の話自体を聞いてない時点で変だ。実際の封鎖がどんなもんかは知らないが、客はいなかったとはいえ営業はしていた
「んー、でも確かに生まれてばっかなんだよなぁ、雪山の研究員さん達も変だとは言ってなかったし」
「気がつかなかったか、噴火と関係なく生まれる前例があったかのどちらか……シロハちゃん、何かしらの検査は?」
「受けたよ。生まれたてで拾ったからな、温泉宿に連れてきて直ぐ、いろいろ身体の確認とデータとの照合もしてもらって、元動物も判明って流れだから特別な検査は無かったかな」
「ふむ、それならその時に問題なしってわかったのかなぁ……じゃあ、私の考えすぎだったか……」
少なくとも俺はそう考えてる。なんたって
「アルパカはどう考えたんだ?」
「えー、聞いちゃうのー?んー……私は、前の噴火で生まれて長い時間が経った後、君らに保護された、って考えた。元動物の頃の環境だったから変わらない生活が出来て、姿が変わったことに気づかなかった……とかじゃないかなって。ただ君らが旅館近くで拾ったって話が本当なら、シロハちゃんの
「そしてお前の仮説が正しければ、噴火の後にスタッフさんとかが見つけてる筈だ、と」
これは話してないことだが、
あまり、考えたくない。
「それが、前例があったとするなら君の話にも辻褄が合うんだ。だからまぁ、とにかく、私の思い違いだったよ。変に振り回しちゃってごめん」
「散髪の代金チャラで許してあげる」
「だからお金は取らないって……」
~数十分後~
『おぉ~!』
上がる歓声、長閑な店内、バーの奥にはアルパカに立たされて派手なドレスを着ちゃってる
「その珍獣を見るような目やめてくれませんかね」
「
「調子に乗りやがって……」
偉そうなどや顔の横に普段は半分が隠れる耳(獣耳じゃない方)がぴょこんと飛び出していて、何かと思えばどうやら簪で髪を結んで後ろでポニーテールに纏めていた。違和感があったからどうかしたのかと見ていたら、サーバルが唐突に顔を近づけて髪に手を添えてくる。いや、ちょっとびっくりしたけど声は出てないハズ。
「でも後ろ髪のセットすごいね、ボサボサだったのがキレイに揃ってる。短いってより、割りと長めにしたんだね、アルパカ」
「肩にかからないくらいがちょうどいいかなと途中で思ったから。耳やおでこが出るように横と前は短くして流してるから、違和感はないんじゃないかな」
「あっ、髪型だけでああなってるだけじゃないんだ。へぇー、アルパカって詳しいんだね」
「本業ですから」
目を点にして呆然とするサーバルの横でニコニコ笑うアルパカ。話せば質問攻めに合うことがわかっているようで何一つの解説も無しに話題をすり替えにくる。
「というか君、アレやんないの?お嬢様ロールプレイ」
「やんない。絶対やだ」
「えぇ!?そのために用意した服じゃん!」
サーバルが怒りに身を任せて更に顔を近づけて、さすがに耐えきれなくてちょっと声が漏れた、かもしれない。いや、僅かに自分の「んっ」みたいな声が聞こえたような気はしたけど……てか顔が近いんだよ、離れろよ金髪ポニテ猫女。
「ほらポーズとってよ、ドレスの片方を持ち上げて、上から目線な感じで」
「ちょっ、あんまいじんないでよバカっ。あとじろじろ見るのもやめて」
「えーなんでよー。普段は服とか気にしないくせにー」
「お前に見られると恥ずかしいの!こういうのはまたそれとは別のはなし!」
カランコローン
「こんにちは~……あっ、スリちゃん!」
「「スリ……ちゃん?」」
「はぁ……ようやくかい、ワカイヤ」
呆れた声を隠しもせず、手を振るコサック帽子にさの方へ歩いていく。その様子に俺もサーバルもかたまったけど……え、『ワカイヤ』ってことは、彼女がアルパカの……
「まったく君は本当に、先に行ってるなんてよくその口で言えたな」
「ごめんってば~、バスの方向間違えちゃって、えへへ~……あ、あとさっき電話があってね、あの娘がもうちょっと遅れるから待っててって~」
「それは構わないんだけども。あ、紹介が遅れたね、私の友達のアルパカ・ワカイヤ。それでワカイヤ、この二人は」
「おおっ!なんか珍しい服を着てますね~!」
アルパカ──あー……スリの方、とかつけないとだめなんかな?──の話を耳に入れずに、目線はパッとこちらを捉える。確かに着てるのがドレスだから珍しいが、あんたのモコモコ具合も相当じゃないか。にしてもこのゆるふわ感……さては貴様、コアラの同類だな。
「おお~、多分普段の服、じゃないですよね。こういうのってよく着るんですか?」
「ううん、色んな服を見つけたから着てみてるの。ねー、トツカ!」
「着せられてるの間違いだぞー」
「ふぇ~、色もぴったりで似合ってますよ~。可愛いです!」
「あ、ありがとうございます……ってあっ」
ワカイヤさんの視線を避けようと奥を見たら、入り口の所に斜め下を見つめる獣耳金髪を発見した。なんとも今日溺れた俺を助けてくれた顔をしている、てかぶっちゃけるとジャガーである。なんでいんの。
「げっ、見つかったか」
「どうしたんで……あぁ、なるほど。この方は、私が道に迷っちゃったので案内していただいたんですよ~。というか……お知り合いなんですか?」
「まぁ知り合いというか、ついさっき会ったばかりというか……と、トツカこそ何してるんだ?」
あ、論点ずらしやがったこいつ。
「色んな服を着せて遊んでるの。はじめまして、私はサーバルキャットのサーバルだよ。ねぇねぇ、せっかくだし二人もやってみない?」
「おぉ~、やりたいです~!最近スリちゃんが新衣装考案を手伝ってくれなくてモヤモヤしてたんですよ~!」
「仕方ないだろう、私はワカイヤの練習台じゃないんだ」
「えー、スリちゃん可愛いのに~」
衣装ってなんのことなんだろ。てか、もしかしてアルパカ(スリのほう)って、普段の憂さ晴らしに俺で遊んでたのか。
「とはいえ彼女が来るまでなら、トツカで遊ぶのは賛成だけど。ジャガーもするかい?」
「あぁ……あんまり詳しくなかったが、こういう服、ちょっと興味が湧いたかも……」
え何その乙女な反応、なんか意外。ってか姉とそっくりじゃねぇか。なんなら服を着せたい側じゃなくて着たい側の反応にすら聞こえる。
「じゃーまだまだ倉庫にたくさんあるし、早速始めちゃおっかー!」
『おー!』
「……助けてシロハ」
やーだよお兄ちゃん、という声が聞こえた気がした。