来年は新章スタートかもです。これからもよろしくお願いいたします。良いお年を!
「うっ…………はぁ、んぁ……?」
眩しっ。なんか見える……たくさんの葉っぱと、隙間から除く青空。さっきまでこの前のカフェでの出来事をまた体験させられて気が狂いそうだったんだが、なんだ夢か。時刻はまぁ、昼ではないけど朝っぱらと言うには少し遅いくらいだろう。しっかし二日前の記憶がそのまま夢に出るとはな。
「はぅあぅあぁ~……」
まずは仰向けのままあくびと背伸びをひとつ、グッと力も息も抜き出しておき、後は身体を起こしまして顔を左右にブンブンブンと。妙にぐらつく床だなと思ったが枝の上で寝てたのか、研究所を巣立つなんて俺もずいぶん野生化したもんだ。
バサッ
ん……本が太ももで倒れた、なんだろうと見てみるとページもちょっと開いてるし見覚えもある。てことはなるほど、さてはトツカ貴様、昨日はこの本を読みながら徹夜した挙げ句に寝落ちしたな。
全く自分の阿保らしさにため息が出る。研究所で読んでくれ研究所で、こんな固いとこで寝たせいでこちとら背中がガチガチじゃい。
昨日の自分に不平を申していると、視界の端に映る草原の中に、こちらへ歩いてきているような二つの人影が見える。草むらに隠れて見えないから立ち上がったところ人影の片方が気づいて手を振って、それでようやく二人が誰か分かった。
「おはよ、お兄ちゃんここで寝てたんだね」
「お前こそよくこんなとこに来たな、シロハ……んしょ」
ひょいと木から降りて、体に付いた葉を振り落としながらシロハと話す。初めて会ったときの衣装は無くて、代わりに着ているショートパンツと長袖のシャツは暑くないようにと研究所でもらった服だと言う。ただ長袖なのに胴体部分は小さく鎖骨と臍が丸見え、サイズ間違えてるだろ。
「あんたねぇ……人の縄張りを『こんなとこ』呼ばわりはどうかと思うんだけど?」
「げっ」
一方の赤髪少女さん、ことカラカルはいつも通りの服でご登場。つーかここカラカルの縄張りかよ。
「何よその『げっ』て。自分の縄張りに来ちゃいけないの?」
「そういう訳じゃ……」
「まぁまぁお姉ちゃんも怒らないでよ。えーとね、研究員の人たちがサーバルさんを探しててさ、手伝ってるけど見つかんないんだ。お兄ちゃんは見てない?」
見たか見てないかで言われたら見たんだが、ちょうどさっき夢の中で会った、と言ったら嫌な顔をされて引かれるだけだと思うので絶対にやらない。そう言えば昨日も会ってないな。
「見てないな、なんなら今起きたばっかだし。あいつがまたなんかやらかしたのか」
「まぁだいたい合ってるんだけど……ってトツカそれ!」
「うん?あぁ、この本が何か──」
「何かじゃないわよ!昨日返しといてって言ったじゃん!」
……思い返せばそんな気がしてきた。確か昨日の夕べ、借りた本を返しに行こうとして偶然カラカルに会って、別れ際に頼まれてついでにと取りに行ったんだっけ。忙しそうだったから全然話さずに別れちゃったし、印象薄くて覚えてなかったのかも。
「返却期限が今日までなのにぃ~、こんなバカに頼むんじゃなかったぁ~……!」
「落ち込むなよ、てか期限が今日までならまだ間に合うじゃねーか。俺も確か今日が期限だし、今から一緒に行こ?量も多くないんだから。多分」
言いつつ上を覗けば……あぁあるある、枝に何冊か乗っかってらっしゃるわ、ついでと言わんばかりに俺の借りた本まで乗っかっちゃってさ。
「今日は見たい番組があったのよ!……それとトツカ、まさかとは思うけどカードは失くしてないわよね」
「あるぞほら、栞代わりに使ってたからな」
「あんたのじゃなくて。私のは?」
「…………はっはっは」
「なぁにが『ははは』だド阿呆ぉ!あれだけ大事に持ちなさいって念押ししたのに何やってんのよ、あぁしかもこの時期だと図書館のデータベース更新とかで再発行に時間かかるし、もうほんっと最悪っ!サイッテー!」
「俺が悪かったから機嫌直せって……」
「二人ともさ、ちょっといいかな」
「「もちろん」」
いがみ合っているところにシロハの介入が割り込んで、なんとか一命は取り留めた。何を隠そう、我らが妹の悩殺☆キリング上目遣いに姉二人は成す術無しなのである。はぇあーかわええ……なんて思っていたら、胸元にそう大きくはない一冊の本を抱えていて、俺が気が付くと同時に「これさ」と言って差し出した。どうやら先の枝上の本達の一冊らしくタイトル的に物語のようで『第二巻』と書いてあるのだけはわかる。
「温泉宿でこれの第一巻を読んでたんだけど第二巻がなくて、それでこの本が欲しいんだ。でもどうすればいいのかわかんなくて、教えてほしいの」
「「もちろん」」
「そ、即答なんだ」
あーあ、これは断れませんねぇ。カラカルが即答したのは意外だな、あそこのテレビは録画機能だけ壊れてるしもうちょっと悩むと思ってた。いや、シロハの頼みを前にすればその程度塵にすぎないし当たり前か。
「でもでも、やり方さえ教えてくれれば自分でするよ!もう迷惑かけないように頑張るから、二人は……」
「ダメよ、シロハの周りに危険が来ないよう見張らないといけないから」
「図書館で危険ってなに!?」
「過保護なやつだなお前は」
バスで移動することおよそ一時間、森林・砂漠・また森林の3コンボの景色を見せられながらようやく目的地に到着。さらに舗装路に沿って森を抜けると一面の花畑がお出迎えしてくれるのだが、その中にただ一つポツンと佇む赤い屋根の建物が図書館である。
入ってすぐに見えるデカい木はもうすぐ屋根を貫くんじゃないかという高さを誇る。床は一回にしかなく、天井に至るまで壁にびっしりと本が並べられており、数段に分けて設置された通路をエスカレーターと階段がつないでいる。
「じゃあ私はシロハとカードつくってるから。それ、返しちゃってね」
「カラカルのはまだいいの?」
「どっかの誰かさんがカードを失くしたせいで返せないのよ」
うっ、そういえばカードがないと返却できないんだよねぇ……今回ばかりは言い訳できないから、それを言われるとなにも言い返せない。
「もう、怒ってないからそんな顔しないで。再発行したら自分で返すわ。行くよシロハ」
「はーい今行きまーす。お兄ちゃんもまた後でねー」
カードの発行場所、なぜか貸出管理の端末と別の場所にあるんだよなぁ、一緒にすればいいのに。
貸出端末があるのは上りエスカレーター付近で、いくつか並ぶ縦長の直方体の横にある机に置かれている。そこで必要な操作を全て済ませると、横に置いてあった直方体たちの内、一番手前側にあった物がすいーっとこちらへ寄ってきた。直方体には中腹あたりに四角い穴が開いており、そこに借りていた本をセットして上面のタッチパネルで必要な情報を入力する。
「よいしょ……よしオッケー。お願いね」
俺がそう言うと、先程の直方体は反応するようにピロピロ音を出しながら、底面についた四つの車輪を転がしてエスカレーターへと向かっていった。返却はこのように貸出ロボットが自動配送してくれるのだ、なんと親切な設計だろうか。ただ今は検索機能が壊れてて借りるときは探さなければいけないし、ピロピロしてんのもちょっとうるさいけど。
「ピロピロピロ……(スィー)」
「…………」
はっ、気が付いたらエレベーターで上がってる貸出ロボの横を階段で追っかけてた。どうやらネコ化はかなり進行しているらしい。どうしたら直るんかなぁ、やっぱり首根っこだろうか。でも誰にもつままれたくはない、かといってこのままだとロボが在りし日の我がルンバと同じ運命を辿るし。
どうしたものか、と呟きながら悩み顔を上げ、黄色の毛玉に直面する。うん、この高さなら毛玉じゃなくて後頭部だね。言っとる場合か。
「ぬわっ、とと」
っぶね、なんとか後ろへ逸れて衝突は防げた……と思いきや、毛玉は下に付いた体と共に前方へフラっと傾く。これは倒れるな、ということで咄嗟に両肩を掴みこちらへ引き戻す。てかこの毛玉は、なんで。
「なんでいるんだサーバル」
「むにゃあ」
むにゃあ、じゃないが。
「どうした……ってトツカじゃないか。こんなとこで奇遇だな、久しぶり」
続けて眼前に現れるは、いつ見ても不相応に大きいハンマーを担いだ少女、ヒグマ。その自慢の熊手型ハンマーは持ち余す威圧感を隠せておらず、静かな図書館の中では中々浮いた存在である。
「うぁ、ひぐまぁ」
「……こいつどうしたの?」
「なんか拾った時からこの調子でねぇ」
遠回しに捨て猫呼びされたのに、本人はそのことは全く気にしていないご様子で、眠たそうにヒグマの胸元で甘えている。
「パトロールついでに本を返しに来たんだけど、道中で見つけたんだ」
「てことは、そのハンマーはパトロール用の」
「ハンマー?……あ、そういやだしっぱだった。ま、そういうこと」
片手間に消えていく右手のハンマーと、左手に掴まれた一冊の本。表紙にはカラフルな色ででかでかと『お家で出来る簡単レシピ! 50選』という題名らしき文字が……ん、今の題名は。
「どうしたの?気になる?これ」
「少しな、前にヒョウの姉妹が借りてた気がするから、確か誰かに持ってくんだったかな……」
「あ、それ私だよ。私が頼んだの」
「ふぇ?」
え、あのプライマリな人ってヒグマだったのか。料理とかするの意外なんだけど。
「んー、やっぱり意外かい。えーと、ジャングルのみんなが料理がしたいって言いだしてね。でもほら、動物って火が苦手だろう?」
「なるほど、それで火が怖くないお前が。でもそれならスタッフさんにでも頼めばいいじゃないか」
「彼らもなかなか忙しいからさー。それにあの時は、スタッフさん達へのお礼って面もあったから」
ほーん、どこの研究所も案外変わらずブラックなんだなぁ。労わってくれるアニマルガールがいるだけジャングルはマシなのかとも思ったが、材料はスタッフさんが用意したらしいのでやっぱり迷惑かかってるし結局ブラックに変わりなかった。
「でもなんでまた同じ本を借りようと?」
「え?いやいや、これから返しに行こうとしてるんだよ。カードの手続きもさっきしたし、場所もわかってるし」
「そうなんだ。貸出ロボ使えばいいのに」
「え、なにそれ」
瞬間、目が点になったように驚くヒグマ。あぁ、これは全く知らないパターンですか。あまり本を借りなさそうだし仕方ないが、それでも返却用端末の画面に『返却ロボを使用』って書いてあったろうに。
「あーまぁ、今から行くのも面倒だろ。このまま返しに──」
「とつか、とつかぁ!」
突然響いた俺を呼ぶ声はカラカルのもので、慌てて下を見ると、大きな音を出しながらエスカレーターをかけ上るカラカルとシロハを発見。
「あーい、今度は何だー?」
「あのねっ、私が借りたかったやつ、お兄ちゃんのだったの!」
「ワーオ」
半ば絶望した顔で上を見上げれば、なんと言うことでしょうロボットは遥か上の階に居るじゃないですかやだー。と、悲しみに暮れている間にカラカル達も俺らの階に到着。
「あっサーバル、なんでここに……まぁ後でいいや、とにかく追いかけるわよトツカ!」
「無茶言うな、今から間に合うわけないだろ!あれ低く見積もっても7階くらい上に」
「飛べばいいでしょ飛べば、あんたの翼は飾りなの!?ほら早くして!」
なるほど。
「あっ、私も飛べるから一緒に──」
「「シロハはダメ」」
「はい」
「それでよし、行くぞ!」
「ヒグマ、サーバルとシロハをお願いねー!」
「ちょっ、そんないきなり……行っちゃった。あー、私はこれ返しにいくから、二人は下で待ってて」
「あーい」
「ごめんなさい、うちの兄と姉がまた迷惑を……」
一階の休憩スペースで、シロハとサーバルは向かい合うように座る。が、サーバルは眠気を我慢できずに机に突っ伏してしまう。普段どんな相手でも五月蝿く話すサーバルが沈黙というのもまた珍しい。
「あー……サーバルさんって、お兄ちゃんとお姉ちゃんとは長いの?」
「あぅー?」
これではいけないと思い立ち、話題を絞り出すシロハ。
「カラカルとはずっと友達だよ。トツカは、んー……まだ2ヶ月とかそれくらいかな」
「あれ、2ヶ月?結構最近なんだね」
「まーね……あーあ、思い返せばまだ2ヶ月だけなんだなぁ。トツカ、まるで数年は生きてたみたいだからわかんなくなっちゃう」
数十メートル上の階では、貸出ロボを操作するトツカが、またミスをしたのかカラカルに起こられている様子だった。それを見て「まぁ私と同じバカだけど」と付け加える。シロハは言葉の意味をよく理解できていなかった。
「え、わかんないって、どういう……?」
「あーそれね……2ヶ月くらいなんだよ。トツカが生まれてから」
サーバルは眠たげに、んぅー、と背伸びをする。その後また机に伏せたため背伸びの効果は怪しいが、今度は組んだ肘の上に顎を乗せ、机ではなくシロハを見る。
「結構最近なんだ、お兄ちゃんが生まれたの。それなら確かにあの知識量というか、性格は変な感じ」
「確か『しゅごけもの』とかなんとかなんだって~。ふぁ~あ」
やけに詳しいな、と感じたシロハ、今までの会話をもう一度思い出してみることに。その結果、あることに気がついた。
「サーバルさん、お兄ちゃんが生まれたときからずっと一緒なんだ」
「ずっとじゃないよぉー、でも確かにいちばん一緒にいるかも。なんならカラカルとはもっと長い付き合いだよ。……嫉妬した?」
「してないですっ!」
「冗談だよ。ふふっ」
相変わらずのうつ伏せのまま笑うサーバルは、なんとなく、カラカルとトツカがシロハを自慢する理由がわかった気がしていた。顔に現れるその表情が意地悪くて、シロハはなかなか気に食わなかった。
「……サーバルさんは二人に嫉妬とか、するの」
「たまにはね。友達はみんな好きだし一緒に遊んでいたいから、他の子にかかりっきりだとちょっと、んーってなる。だから……いなくなるのは、イヤ」
眉尻が下がる。しかしすぐにその顔も見えなくなる。
「トツカはあんまり嫉妬しないんだけどっ、はぅあぅあぁ~……」
「って、なんか欠伸多いけど大丈夫?ちゃんと寝てるの?」
「わかんない、ずっとふわふわした感じなの。昨日は何時に寝たんだっけなぁ……はぅ~」
「まぁそこら辺も含めて、ちゃんと研究所で看てもらってよ」
問いに答えるように現れたヒグマに、サーバルはポンと肩を叩かれた。それは「そう考え込むな」とでも言うかのようだった。先程の言葉を聞いていたのだろうか。
「あ、あなたはさっきの」
「ヒグマだよ。私は巡回に戻んなきゃ行けないから、もう行くね。二人もあと数分で来ると思うから、もう少し待ってて」
「サーバルったら、いったいどこ行ってたのよ!」
「ごめんってば~……」
本はなんとか取り戻すことができたわけだが、次に始まったのはカラカルのお説教タイム。
「ところでなんでサーバルのこと探してたんだ?」
「ほら、こいつあれがあるでしょ。バンドの後で言われた、一日一回の検査。一昨日から来てないらしいのよ」
そんなものもあったな。そう言えば、一昨日と言えば高山カフェでアルパカコンビやジャガー、マスターさんと会った日か。帰ったのはそんな遅い時間じゃなかったから研究所には行けた筈。だけど、サバンナについた後は別れたからそれ以降の動向はわからない。
「早く連れてきてって言われてるんだよ、ヒグマもいなくなってるし……どうしよ。トツカが連れてってくれない?」
「なんで俺が」
「まだシロハのカードができてない、あと借りたい本もあるの。それにほら、サーバルは一人じゃ行けなさそうじゃん」
カラカルが向いた先では、サーバルがふらふら歩いてシロハに寄りかかっていた。なんか、さっきより酷くなっているような……
というわけで断れず、ただいま森のなかで二人して長椅子に座っている。うわ、肩に頭乗っかってきた。
「おい、寝てないだろお前」
「ばれたぁ~」
「肩が痛いからやめろ」
何を言っても肩から離れようとしないサーバル。あーもう最近はなんだか忙しい、ライブだの雪山だの遊園地だの、暇だった世界は一体どこへ行ってしまったのか。
「……バス、来ないね」
「ああ」
ここに居た。
意外なことにめちゃくちゃ暇。あと2分くらいしかない筈なのに、何故か長く感じる。なにも持っていないうえいつものように話も弾まないからやることがない。
「そうそう、今更だけど。メイド服、可愛かったよ」
「メイド?……あー、一昨日の。メイド服も着たんだっけ」
「そ、首輪付きの。お嬢様の後にね」
あの後はただのコスプレ大会だっからなぁ。というか、首輪付きのメイド服とか絶対に制服じゃなくめコスプレ用だろ。猫耳カチューシャも入ってたような記憶がある。
「髪飾りも似合ってたけど、やっぱり首輪が一番ピッタリだったよ。赤色のやつ」
「なんだよ、飼われてるのがお似合いだってのか」
「いや、えっとあのー……もうぶっちゃけ聞くけど、トツカってもともと飼い猫だったりしない?」
は?猫を飼ってはいたが俺自身は猫じゃないぞ。言うつもりは無いけど。
「違うぞ」
「そっか、そうなん──っ」
「あっおい!」
気を抜いていた為なのか、立ち上がろうとしたサーバルは足を踏み外し前へと倒れる。なんとかさっきの様に支える……必要もなく、自力でバランスを取り戻し再度椅子に着席した。
「ったく、危ねぇぞバカ」
「なんかふわっとしちゃって。へへ、ごめん」
嗚呼、やはり暇な時間などなくて、面倒事ばかりが続いて行くのかもしれない。
でもまぁ、面倒ではあるが平和でもあるのだ。
なら、特に大事もなく、こんな平和な世界を暮らしていけたら。
──あぁ……なん、で…………?──
──救急車を、搬送を急いで!ここならジャングルのが近い!──
──トツカ起きて!起きなさいよ、ばかぁ……起きてよぉ……!──
──そんな、ダメ、お兄ちゃん!しっかりして、目をつむっちゃだめ!──
いけたら、良かったのに。