とある奇石の幻想管理《コーディネーター》 作:真っ黒セキセイインコ
暗い、暗い部屋の中、人工の光以外差し込むはずの無いその部屋に光が差し込んだ様な気がした。
「…………?」
部屋の主である淀んだ瞳の少女は、突然の光に目を覚まし静かに顔を上げた。見てみれば、あの鋼鉄の扉がほんの少しだけを隙間を空けている。そして、またいつもの
覗いている光が何時も見なれた白い光では無いのだ。その代わりオレンジ色の光が差し込んでいる。
衰えた筋肉に力を入れて徐に立ち上がると、若干ふらつきながら扉の前へと歩きはじめた。スリッパを履いているというのに、鉄の床は何時も以上に冷たく感じさせる。
そして、その隙間から外をのぞくと、少女は息をのんだ。
あれだけ、あれだけ憎かった研究者という名の狂人たちが、全て死に絶えているのだ。
ある者は腕や首、胴体がバラバラに離れていて、そのサイケデリックな色彩の傷口からは鮮血を流し続ける、またある者は発火した重い機材に押しつぶされ、まるで蛙のように臓物をぶちまけ、そのまま火に焙られている。
むせ返るような血肉の匂いは少女の肺を刺激し、余計それが鮮烈であることを少女の目に焼き付けた。
自然と少女は扉を押していた。普段は絶対に自分では開くことのできない隠し扉は、少女の衰えた腕力でも簡単に開く。もしかすると開閉を操作するコンピュータがやられたのかもしれない。
黙り込みながら、スリッパで踏み出る。ペタリとスリッパ特有の足音がなっても、反応するものはいない。やはりこの部屋に生存者は自分以外に居ないのだ。
息を静かに吐くと、ゆっくりと歩き出した。流れ出た研究者の血液が、綿製のスリッパを赤く染め上げたが少女は気にすることは無い。
そもそもこんな地獄絵図、普通の人間であれば精神に異常をきたしていただろう。しかし少女は悲鳴を上げるどころか表情すらも能面の如く変らなかった。
この程度、彼らが少女を
ペタペタと床に真っ赤な足跡を付けながら、少女は当てもなく歩きだす。向かうのはとりあえずこの研究室の出口だ。そこからどうするかはまた考えるほかに無い。
そして、そこで少女の耳が下の階から何者かの声をとらえた。
この研究所は上にではなく地下に広がっている。無論少女が居るのも地下である。つまり声はさらに地下からということになる。
自然と地下へ下るエレベーターに向かおうとした足を、寂れた理性で引きとめる。どう考えてもあの声は普通のものではない。どちらかといえば悲鳴や怒号だと思えた。
ほぼ間違いなく、この惨劇の犯人の可能性が高いだろう。勿論そうなれば、地下へ降りるのは自殺行為でしかない。それ以前に少女は地下へ行くのが怖かった。少女を壊したあの実験を行ったのはもっと下だが、近くに行くだけでも震えが止まらなくなるのだ。
そうなれば、向かう先は一つだけしかない。下ではなく、上に。この研究所の中ではなく、外に。
感知される可能性のあるエレベーターは使えないが、幸い少女がいるのはまだ浅い場所だ。少女の衰えた体力を差し引いても、階段で登るぐらいならできるだろう。
音を極力出さずにすむようにスリッパを脱ぎ、少女は走り出した。
◇ ◆ ◇
「おい、仲介屋ぁ!
炎が燃え上がる地下七階の研究室で、真っ黒な髪をした男が電話相手に吠えかかる。
『この研究所を襲い、とある実験体を強奪せよ』それが彼の受けた命令だ。
しかし、おそらく地下深くに居るであろうソレを探してみれば、まさかのもぬけの殻。決して暇では無い男にとってみれば、とんだ無駄足であり暴れ損でしかない。
彼はまだ息のあった研究員の頭を踏み砕き脳漿をぶちまけさせながら、未だに返答をしてこない電話相手に苛立ちえを募らせる。
「まぁさぁかぁ、この階じゃなくて違う階でしたー、とか言うんじゃねぇよなぁ? もぉし、それだったら優しい優しい俺でもよぉ、殺意わいちゃうわぁ」
切り裂かれた機材が小さな爆発を起こす中、男は相手の返答を待つ。そして数秒後、やっと返答が来た。
『――――おーあーたりぃー!』
人を小馬鹿にするような甲高い声が男の耳に不快感を植え付ける。まるで猿の鳴き声が幾重にも重なったような声だ、というのが男の感想だった。彼は不快感を更なる苛立ちに変えて、怒気をはらんだ声を上げる。
「よっぽど殺されてぇみてぇだな、手前ぇ。四肢切断してマネキンにでもしてやろうか?」
『それはー遠慮願いたいですねー。それにーあなた程度に殺れますかねー、私をー』
「ハッ、言ってろ。……そんで情報は間違いだったと言いてぇのか?」
『そうなりますねー。とは言っても、本当に階が違うだけですが』
「おいおいガチかよ。全階見てきたはずなんだがなぁ」
『ええ、ただあなたのことだから、どうせ皆殺しなんでしょー? 分からないでしょうから、教えてあげましょー』
軽い調子で相手は標的の新しい情報で所在地を語っていく。先程の沈黙とは全く違う様子だ。この豹変が男は嫌いだった。
やがて、どの階の何処にいるかを知り尽くした男は面倒臭そうに呟く。
「――――本当に面倒臭い連中だぜ、こいつ等も、アンタも、アイツらもなぁ」
『褒め言葉として受け取っておきましょー。ただし、これは“木原”からの命令でーす。ご自分の身が心配ならば、言葉には気をつけることですねー』
『木原』という言葉を聞いて男は、小さく舌打ちした。そう、この依頼はその『木原』からなのだ。ある意味、この街――学園都市で最も恐ろしい科学者たち。それが相手の後ろに控えている。
相手の余裕もそれがあるからこそなのだ。
「なら、とっとと見つけてやるよ。とりあえず標的は息さえしてりゃぁいいんだろ?」
『ええ、それではどうかお願いします。どうか“三黒様”のお怒りを買わぬように』
かくして、狩人は放たれた。とある少女を強奪するという目的のもと、少女を更なる闇に引きずり込もうと闇は動き出す。
これはとある少年が白いシスターに出会う前、六月のとある日から始まる物語である。