とある奇石の幻想管理《コーディネーター》   作:真っ黒セキセイインコ

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口無しの少女

「女……の子……?」

 

 路地裏の汚い地面に倒れ込む少女を見て真田は小さく呟く。

 どうしてこんなところに倒れているのか? いやそれ以前に息はあるのか? もしかすると熱中症? 瞬間的に浮かんでくる数多の想像が、思考を余計混乱させる。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

 肩を叩いて声をかけてみる。しかし少女は欠片も反応することはない。一瞬だけ最悪のパターンを思い浮かべる。とにかく少女に生命があるのかを確かめるのが先決。そう何とか思考を落ち着かせると真田は髪の毛で顔の隠れた少女の口元に手をかざした。微かだが、生温かい空気が定期的に動いているのを感じると真田はホッと息をつく。なんとかサスペンス的な何かになることは免れたらしい。

 次に本で読んだ程度の知識を頼りに少女の額に触れる。汗ばんではいるものの、熱中症特有の高体温は無く至って平常なやんわりとした体温だ。そこでもう一度安堵する。どうやらただ気絶しているだけのようだ。

 

(何でこんなところに……?)

 

 こんな汚くて臭い場所。いやそれ以前に、不良がうろつくようなこんな場所で、年端も行かないであろう少女が気絶していること自体が異常である。しかし服は泥で汚れてこそいるが、乱れているわけでないのだ。まず暴行を受けたわけでも無いだろう。

 ただし少女の異常さはそれだけではなく、その風貌もまたこんなところに居る事を説明するには異常としか言いようが無かった。別段、奇妙奇天烈なものという訳ではない。むしろ場所によってはよく見るものだ。それは緑地に少し薄手のローブ、すなわち病院や研究施設で着るようなそれである。真田も数年前に能力の研究としてそういうものを見たことがあるため、なんとなくそういう第一印象を受けた。

 そして、何より目を引く長い髪の色は、まず日本人には居ないであろう灰色だ。銀色のように輝く色ではない。むしろ黒い絵の具に白色を足していく過程で見る鈍鉄色だった。

 まず普通の一般人では無い。一応曲がりなくもまだ一般的思考ができ、危機回避能力もちゃんとある真田紀里はそう結論付ける。何せこんな場所に居ると言うのに、少女は裸足なのだ。傷だらけの足を見れば、まるで少女がなりふり構わず何かから逃げてきたかのように勘ぐってしまう。

 

(とりあえず、救急車と警備員に電話だな……)

 

 兎にも角にも自分ではこれは対処できない。そう結論付けて携帯電話を開き、舌打ちした。

 昨今最新機種に押されがちになってきた開閉式の携帯の画面が真っ黒なのだ。考えてみればこの頃、充電をし忘れていたことを真田は思い出す。もしもここに電気操作系の能力者がいれば充電などできるわけだが、それは無い物ねだりしかない。一応、知り合いにそういうのはいるのだが、この時間帯ではまだ授業の真っ最中だ。

 完全に充電切れとなっている携帯電話をなおすと、再び真田は状況打破のために思考を開始する。

 方法は三つあるわけだが、どれを選ぶにして面倒な結果になりかねない。

 一つは外に出て救援を呼んでくることだが、230万人のうち約八割が学生である学園都市では、この時間帯に外に出ている人はかなり少ないだろう。それにこんな武装無能力者集団が通るような道に、気絶した女の子を放置するということはあまりにも危険だった。

 二つ目はこの少女を抱えて病院まで走ると言うものだ。一応、真田は体力や筋力がある為、それぐらいなら出来るだろう。しかし、少女の実際の容体は真田には分からないのだ。無理に動かして取り返しのつかないことになれば洒落にならない。

 三つ目はガンスルー。これは即刻却下でしかない。さすがに倒れている人間を放っておくほど冷徹な人間ではない。個人的に自分は一般人で事なかれ主義と自負する真田だが、それとこれとは話が別なのだ。

 あれこれ浮かんでは消えていく案を一つ一つ掻い摘みながら真田は考える。はっきり言って、どれもこれも穴だらけのものばかりだ。真田は自分の考えの無さに頭が痛くなってくる。

 そして、とりあえず意識が覚醒するまで様子を見よう、という酷く投げやりに決めて向き直った時、真田は少女の指が小さく動いたことのに気付いた。そのまま少女は地面に手をつき上体を起こしていく。

 上体だけを持ち上げた少女は未だに寝ぼけているのか。それともこの状況に追いついていないのか。少女は辺りを見回すとやがて目の前に立つ真田を見つめる。

 

(うっわ……)

 

 少女の顔はかなり整っていた。しかしその頬に一切の赤みは無い。まるで能面、いや、まるで人形か何かを見ているかのようだ。ガラスのような凍てついた瞳もそれを余計に際立たせており、無造作に伸びた髪の毛が垂れる様子は若干ホラーである。

 

「…………」

 

「…………?」

 

 少女は無言で真田を見つめる。

 真田的には、『キャー! 何々!?』的な流れで殴られたり、悲鳴を上げられたりするのが、この状況打破にちょうど良い。しかし、この無言の直視はさすがに予想はできなかった。

 そして、こう言う無言にあまり慣れていないヘタレ男児真田は状況打破として、あまりにもありがちで時間的に遅い言葉を投げかける。

 

「あっ、えーと……お……おはよう?」

 

 アホか。

 あまりにも場違い感有りまくりの言葉を吐き出して、直後胸中で自分で自分に突っ込みを入れる。

 他人が見たら間違いなく変な人と見るであろう真田(バカ)の自爆に、少女は表情を変えることもなく無表情で眺めており、それが余計にいたたまれない。

 

(畜生、何このいたたまれない光景!? こう言う時あのトラブル体質のアイツならどうすんだ!? こう言う時こそアイツの対人スキルがほしいって! 変なフラグはいらんけど)

 

 ちなみにこの時どっかのツンツン頭がくしゃみをしていた訳だが、それは関係の無いことである。

 混迷極める真田の思考は数十秒も間を置いて、やっとまともな答えを引き出す。

 

「……えー、こほん。……とりあえず倒れてたけど大丈夫か?」

 

 今度こそ少女に変化があった。変化といっても口を開けただけだが、それでもさっきの無言よりは大きな変化だ。つまりは今度こそ返事をしてもらえる。

 何とかホッとした真田だが、少女の口から声が漏れることはなかった。

 いや、正確には、

 

「――――――」

 

 声が出ていなかった。出そうとしているように見えるのに、その喉から声が漏れることはない。

 今度こそ、真田は少女が驚きを見せたような気がした。相変わらず無表情ではあるが、喉を押さえるその様子はどう考えてもある答えを連想させる。

 

「まさか……」

 

 言うべきかは迷ったが、事実を確かめるには仕方が無い。なんせこちらが何かを言わなければ少女が言いたい事はわからないのだ。

 

「――声が、出ないのか?」

 

 少女は肯定の声の代わりに首肯した。

 この度こそ、真田の思考が停止する。声が出ないなんて本気でまずい状況、真田はどう対処すればいいのか分からない。何を聞いても無言では対処のしようが無いのだ。

 ただし少女の方もそれは変わらない。何せ喋ることができないのだ。人間が元から持つ最も大事なコミュニケーションツールが使えないという衝撃は語る以上のことだろう。

 

「……っ、とにかく病院に行くぞ。知り合いの医者がいるからそいつに頼めば、きっと――――」

 

 飛んで行きかけた思考を真田は捕まえると、とにかく今の優先事項を選ぶ。幸い少女は起きているのだ。それなら連れて行くぐらいならできるはず。あの医者のポリシーは患者を救うことだ。なら最後はあの医者に頼るほかならないだろう。

 しかし、呆ける少女をおぶり病院へ駈け出そうとした時、人通りの少ないはずのこの路地裏に声が響く。

 

「おーいおい、コラコラ。勝手に連れて行くじゃねぇぞ、そこのガキィ」

 

 声の主は男だった。真っ黒な髪は無造作で、歳は真田とそう変わらないだろう。しかし真田は男を見た瞬間、まるでどす黒い闇を見たかのような気がした。かつてとある化け物と対峙してしまった時と同種の気配。まるで人を殺すのに何の感慨の無い人間の匂い。

 

「あーあ、本当にめんど癖ぇ。まったくよう、バカが作った施設をのぞいてみれば目的の物は見つかんねぇ上に、逃げた先で一般人(パンピー)と出会ってるつのは、いってぇどういうことだぁ?

 一般人(パンピー)を殺るのは俺の良心に響くっつうのによぉ」

 

 ぞっとした。何の前触れも無しに男の口から『殺る』という言葉が出たことに真田はぞっとする。少女の身じろぐ音が聞こえたがそれすらも遠く聞こえる。

 そして、直後のことだった。

 

「――――まぁ、そういうことだから、サッサと死んでくれよ一般人(パンピー)

 

 男がそう簡単に言うのと同時に、指揮者のようにふるわれた手から放たれた得体のしれない力が真田紀里に殺到する。

 そして数瞬後、路地裏に何が切れるような音と何か重いものが倒れる音が響いた。

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