とある奇石の幻想管理《コーディネーター》 作:真っ黒セキセイインコ
例えるなら死神の鎌。もしくは斬頭台にあるギロチンの刃。
文字通り男が放ったのは死をもたらすそういう何か。振れれば最後、対象の持つ力も関係なく切り裂いて行くもの。男が放った言葉と共に放たれたのはそういうものなのである。
そうやって、切り裂かれるまで全く気付けない死の刃は、なんの慈悲も無く真田紀里を切り裂て行くはずだった。
「何だぁ? 当てる気で撃ったのによぉ、なぁんで手前ぇの首はちょん切れてねぇんだ?」
男の言葉と自分の後方で倒れる室外機の音によって、真田の意識は現実に戻される。彼もまた何故自分が生きていられるのかが分からなかったのだ。間違いなく真田の能力では絶対に止めることのできない何かが、自分の首目掛けて飛んできたはずだった。
流れたのは自分の首が胴体から離れ汚い地面を転がる濃密な死のビジョン。しかしどこを見渡せど、おびただしい血液など何処にも広がっていない。
しかし、それは夢でないことも確かなものだった。頬から灼熱の痛みが己の生存とこれが夢でないことを物語っているのである。
ならば何故、生きているのだろう。なんせさっき真田は動けなかったはずだ。普段の生活では滅多に出会えることの無い非日常に呑まれ、今度こそ絶命するはずだった。
そして答えは男の口から放たれる。
「あぁー、そうかそうか、手前ぇがやったんだなぁ、
コーディネーター。確かに男は後ろの真田の少女を指しながらそう言った。
聞き覚えの無い言葉に真田は目を白黒とさせることしかできない。意味合い的には、物事を管理や調整する役の人間を差す言葉なのだが、何故そんな言葉が後ろの少女を差すのか真田には理解できない。
そして何より少女は一体何をやったのか、それすらも真田には分からなかった。
「何だ手前ぇ、本当にそいつが何なのか分かんねぇのか? いやぁこんなとこで、しかもそいつに出くわしてる時点で、普通の奴じゃねぇと思ったが、当てが外れたなぁ」
「……どういう、意味だ?」
「おお、喋れたのか一般人。まぁ完全な一般人の手前ぇに言うことなんざ、一つもねぇんだが特別教えてやる。俺の
まるで少女を物としか思ってないかのような口ぶりだった。それがまたあの『化け物』を連想させ真田の身体をこわばらせる。そして男はまた軽い調子で宣告する。
「――――っつうわけでよう、教えてやったんだからさっさと死にな」
男がまた片手を振った瞬間、今度は暴風が路地裏に吹き荒れる。暴風は周りにある不法投棄物の冷蔵庫や空き缶、鉄パイプ、その他一つ一つが通常の風で飛ばない物をお構いなしに空へと浮き上がらせていく。
今度は動くことのできた真田は飛びあがりかけた少女の手を掴み、何とか床に這いつくばって難を逃れる。そしてやっとの風をやり過ごした時、真田は男の声を耳にした。
「本日は晴天っ! 時々『雨』が降るから、
ハッとして上を見上げ絶句する。
いつもなら混じりっけひとつもない青空に、黒い点がいくつも浮かんでいた。一つ一つの大きさはまばらだが、それが何なのか嫌でもわかる。
「嘘……だろ……」
「いくら異能に影響を与えるっつうても、落ちてくるもんには効かねぇんだろ? 別に怪我してようが脳と心臓さえ生きてりゃいいらしいしな」
男は真田紀里など見ていなかった。彼にとって真田紀里は林檎などに集る虫か何かでしかなく、気にするほどでもない存在なのだ。そして、少女もまた男にとっては『物』程度でしかないのだろう。
だからこそ、彼は一つ一つが数キロにも及ぶであろう粗大ゴミを暴風で巻き上げ、ゴミの雨を何のためらいも無く引き起こしたのだ。
「――――くっ……!」
矢のように降りそそぐ鉄パイプを紙一重で避ける。もし当たろうものなら串刺しになるのは必至だ。死にたくない真田は無理やりにでも身体をひねりながら避けて行く。
途中で呆けた少女の腕をつかんで引っ張ると粗大ゴミの弾幕から脱却を図る。人間一人を抱えて避けるというのはあまりにも無謀なことだろう。しかし真田には放っておくことなどできない。
彼には目の前で死にかけている人間を放っておくことなど出来やしないのだ。結局のところ、彼もまたそう言うところが甘い人間なのである。
「おうおう、甘ちゃんだねぇ! でもよう……これをやったら避けれねぇだろ!」
男が笑いながら右手を振るうのを見て、雨を避け続ける真田に緊張が走った。さっきの見えない何かがもう一度飛んでくる。あの時は当たらなかったが、当たったらどうなるかなどいやでも想像できてしまう。
やげて不可視の何かが空気を切り裂き、壁を削る不穏な音を鳴り響かせながら真田に接近する。幸い横に避ければ何とかやり過ごせるかもしれない。横に飛ぶように地面へ倒れ込むと、背後で風を切る音が通り過ぎていく。冷やりとしながらも避けきれたことに軽く安堵しかけた瞬間、不意に地面に映る影を見て真田は凍りついた。ちょうど逃げた場所に幾つもの影ができているのだ。ちょうど冷蔵庫サイズの物までが。
――――嵌められた!
気付いた時にはもう遅い。十以上もある粗大ゴミが真田と少女に降り注ぐ。
◇ ◆ ◇
「あ~ああっと、さすがにこれはやり過ぎたかねぇ」
目の前の粉塵に煙る路地裏で、ゴミの山を眺めながら男は軽い調子で呟く。
まずあの下ではかなり悲惨な状況になっているだろう。なんせ不法投棄の冷蔵庫やらゴミ箱やら古いテレビやらそんなものが降りかかって、まともな形を維持できる人間なんてまずいない。
だが、そんな地獄絵図を見ようが男にとっては、ただのミンチになった肉を見る程度のことだった。
唯一、問題なのは依頼人がほしがっている少女が事切れていないかということ、ただそれだけである。男の目にはあの少年なんてただの埃程度でしか無く、あれが死のうが全く持って関係ない。
(しっかし、お偉いさんの考えることなんざ、よく分かんねぇもんだ。他にも良いのは居るんだから、そっちを無理やりにでも成長させる方が楽だろ)
――――まぁいいか、どうせ自分は知らなくて良いことだ。
男はそんな感じで割り切るとゴミの山へと歩き出す。普通の殺しの仕事なら完全に殺すために自分の能力をあとニ・三発撃ち込んで挽肉状態までするのだが、今回の依頼は殺しではない。
少女の捕獲。それが依頼者の要望なのに挽肉状態にしてしまっては意味が無いのだ。だからこそ死んでいるのか生きているのか確認のために、男はわざわざ探さなければならない。
もし心臓が止まっているなら裏の病院の出番だ。あそこなら心臓が生きてようが死んでようが、いるのは脳だけなので関係ない。最悪、ただ能力を発する機械になってしまっても、男は気にしなかった。
落ちて来た時のショックで潰れた空き缶を踏みつぶし、完璧に砕けたテレビの破片を踏みつけながら男は歩いて行く。
そして、ほぼ全損状態の冷蔵庫を蹴り倒して、異常に気がついた。
(どういうことだ……? あんだけのゴミが降り注いだっつうのに血が一滴も流れて無ぇ……)
何か嫌な予感がした。まるで完璧な絵を描いたのに、一点だけにゴミが付いてしまい駄作になってしまったような感覚が。あれだけのゴミを暴風で巻き上げ、たたき落とし、ほぼ完ぺきなタイミングで逃げ場を封じたのだ。転移系の能力者でもなければ確実に当たっているはずだ。
だからこそ、ゴミの山の下には、カエルのようにぺちゃんこになって潰れた人間が二人居なければおかしかった。
なら何故。
「居ねぇ……」
最後に生ゴミの入った袋の山を蹴飛ばして男は呟く。
完璧なタイミングだったはずだった。例え生きていても間違いなく致命傷になっているはずなのだ。逃げることはできないはず。ならば何故居ない、逃げたというのか? ならどうやって?
あの少女の力だって、すでに起きた現象に対しては全く意味を成さないのに。
(情報の伝達ミス……!? 幻想管理の能力はそれだけじゃねぇのか?)
男は前もってあの少女の力がどういうものかということは聞かされている。
上の人間がわざわざ下処理の人間に本当のことを教えることは確かに無い。だが、それでも今回の仕事は特に影響の強いものらしく、自分にも少女の捕獲のための情報は開かれていたはずだった。
それだけ少女の能力は影響がかなり強い。なんせその名の通り幻想を管理する能力なのだ。能力者にとっては鬼門であり、最悪能力を『退化』させられてしまうらしい。
だが男が言った通り、少女の力の対象は能力だけなのである。つまりは降ってくるゴミの雨をどかすような念動力染みたものは持っていないはずだった。
そして、そこで気付く。少女とともに居た虫の存在に。
「……クハッ! クハハハハ! 俺ともあろう奴が羽虫程度に化かされるとはなぁ!」
男は最初からさっきまであの少年を虫程度にしか思っていなかった。
ただ手を振れば男の力に切り刻まれ果てる存在。だからこそ男にとっては単なる虫でしか無かったのだ。
だが。
しかし。
結論を言えば、その虫に標的の捕獲を邪魔されたことになってしまっていた。
そして、これは学園都市の『暗部』に居るこの男にとって、初めての失敗を味あわせる。
「――――あんのクソ野郎っ! この俺に喧嘩売ったらどうなるか教えてやるっ! 生きてることを後悔するほどになぁっ!」
すでに少女と少年のいない路地裏で、怒りに燃える男の咆哮が響き渡る。
コンクリートの壁ですら抉り削っていく、風の音と共に。