とある奇石の幻想管理《コーディネーター》 作:真っ黒セキセイインコ
気がつけば眼前に真っ赤な海が広がっていた。
見たことがある光景だった。何度も、何度も、何度も、幾度となく繰り広げらていたこの光景が忘れるはずが無い。
海の源泉は一人の人間からだった。いや人間だったものからというべきか。なんせ、それは全身の血管が爆発し、真っ赤な花火となり果てた人間で、人の形などかろうじて残っているぐらいでしかないのだ。
それからこぼれおちた目玉が見ているような気がした。まるでもう言葉を話せない死体の代わりに、それが自分に怨嗟の声を投げかけているかのように、全ての原因となった『少女』に視線を向けている。
そして視線は一つだけでは無かった。
幾つ、いや数十かに及ぶほどの虚ろな目玉がたった一人の少女へ集中している。
彼らはすべて『変化』を求めた人間達だった。しかして、彼らは選ばれ無かったのである。『奇跡』を起こす『奇石』である
それが少女は嫌いだった。まるで呪われたかのように、『叶えることのできないはずの願いを叶えられるかもしれない』と言う餌で人を寄せ付けて、その夢を思いをあざ笑うかのように踏みにじるこの能力が大嫌いだった。
そして何より、人の死に何一つ反応しなくなっていく自分自身が少女は恐ろしかった。
――――誰か……助けて……。
生きているものいない場所で、絞り出した声は誰にも届く訳がなかった。
◇ ◆ ◇
静かに闇の中から浮上するような感覚で少女は目を覚ました。
気分はいいとは言えない。むしろ最悪といってもいい。夢のせいだけではない、少女にとって気絶しているということは、もう『捕まってしまった』ことになるのだ。
やっとあの地獄から逃げることが出来たと少女は思っていた。しかし、やはり現実は違う。きっと目を開けば、あの
やがて、意を決してやたら重たい瞼を持ち上げ、少女は静かに周りを確認した。
まず目に映ったのは簡素な四脚テーブル。次に漫画が敷き詰められた本棚。視線を移せば、古ぼけたラジオ。パソコン。TV。観賞用サボテン。金魚の居る水槽。そして、自分が寝ころんだままのベッド。
(…………?)
簡潔に言えば、非常に生活感の滲み出ている部屋だった。あの部屋とは全くの対象的に。
だからこそ少女は目の前の光景に目を疑う。捕まったのなら少女が居るのはあの研究所にあった部屋のような場所だ。それどころか、牢獄になっていても可笑しくない。
静かに身体を起こす、これがもし何かの実験だと言うならば何かの反応が有るはずである。しかし、身体を起こしても視野が広がるだけで何も起こらない。あるのはエアコンの駆動音がするぐらいだ。
つまりただ一つだけ言えることは、ここは研究所なんかでは無いということである。
――――ここはどこ?
至極まっとうな疑問の言葉。
しかし少女の口からはその『音』が発せられることは無い。まるで喉が声を出すことを拒んでいるかのように少女には感じられた。
しかし、今の少女にとってその『ツール』は二の次だ。
まずは情報、どうして自分がこんなところに居るのかという情報がほしいのである。
ゆっくりとベッドから降りると、冷やりとする板張りの床に足を付ける。やはりのことながら反応は無い。意を決して立ち上ると、途端によろけて倒れ込んだ。最初は気付かなかったが足から痛みを少女は感じた。見てみれば傷だらけだ。裸足で外をずっと走り回っていたのだから、当たり前と言ったら当たり前なのかもしれない。
仕方なくもう一度ベッドへ這い上がるように腰かける。足は相変わらず痛みがある為、これでは暫く動くことはできないだろう。
小さくため息をつき、もう一度少女は自分が気絶した時の記憶を整理する。確かあの時は路地裏で力尽き倒れ込んでいたのだ。そして、そこに誰が居たのか。何が起きたのか。
そこまで考えた時、部屋の扉が開いた。
居たのは見覚えのある茶髪の少年だった。どこかの店からの帰りなのかビニール袋を片手に引っさげている。少年は少し驚いたような顔になったあと、安堵や困惑が入り混じった表情になる。
「えーと……起きてたのか。なんつうかきたねー部屋ですまんな」
ぽりぽりと頬を掻きながら少年は呟く。外を走ってきたのか、茶髪は汗で濡れていた。
「…………」
声のない少女は変わることのない表情で茶髪の少年を眺める。
『きたねー部屋ですまん』
そんな言葉出てくるということは、この部屋は彼の部屋ということになる。普通に考えて他人の部屋ならそんなことは言わない。そして、そうなると早速疑問が湧いてくる。
――――なぜこの少年は自分を連れてきたのだろう?
至極まともな疑問だった。なんせ少女は普通の人間ではない。彼女の持つ能力はそれだけ異常で、それだけ科学者たちにとっては金銀財宝の塊だ。いや金銀財宝が無限に湧き出す宝箱といっても過言ではないだろう。幻想管理はそれだけ異常な能力だ。
だからこそ少年に対して最初に湧いた感情は『敵意』だった。自分の力を狙っては闇に連れて行く敵。彼女にとってはそのようにしか感じられない。そしてそれ以外に相手側のメリットなんて考えられない。
あの路地裏で少年が見えない刃に切り裂かれなかったのだって、単なる時折生じる能力漏れでしかない。あの少年がゴミの雨から少女を抱えて避けたのだって、他の派閥同士の衝突にも感じられる。
例え少年が本当に何も知らないのだしても、少女にはそういう風に装っているとしか考えられなくなっていた。
だからこそ少女の行動は簡単なもので、単純なもの。
すなわち、
「やっぱ、痛んだりするの――――」
――――ここから早々に立ち去るということ。
少年が言い切るが前に開け放たれた扉へと駆け出す。距離はそう遠くない。廊下は少年が塞いでいるが、ほうけている人間など突き飛ばすのは容易いだろう。
しかしながら、少々短絡的な幻想管理は一つの事柄を忘れていた。今の行動をもっと前に起こせなかった理由が経験による恐怖で抜け落ちていたのだ。
傷だらけの足でいきなり走り出したらどうなるか、そんなもの言うまでもない。
よく磨かれている床に足をつけた瞬間、足に激痛が走り前のめりに倒れていく。
「あ」
少年のそんな声の元、ゴッという音と共に少女の視界に星が舞った。