とある奇石の幻想管理《コーディネーター》   作:真っ黒セキセイインコ

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化け物

 とりあえず、汚れてる体を洗って来い。

 そんな風に言って、灰髪の少女を風呂場に放り込んでから、真田紀里はテーブルの前へ座り込んだ。そのまま、だらしなく頭をテーブルの上に乗せる。

 そのままの体勢でテーブルの上を眺めていると、空になった土鍋が目に付いた。量的にはそこまで多くなく、味も大したことのないはずだったが、少女はそれを完食したのだ。

 空腹だったから。と言ってしまえば、それでおしまいだ。しかし、それでも素直に食べてくれたことが正直に嬉しかった。

 

「――――篠崎雨音……か……」

 

 少女が初めて教えてくれた情報がそれだ。

 それまでは全く気を許してくれることはなく、むしろ敵意を向けられていただろう。だから、少しだけ気を許してくれたことが素直に嬉しい。

 そこまで考えて、真田はため息をつく。

 

(そんで仲良くなって、どうすんだよ? バカヤロー)

 

 真田は当初、早々に少女――――篠崎雨音を警備員に引き渡すつもりだった。真田の出番はそこで終了。それからの出番なんてありえないはずだ。

 しかし、結局それは断念してしまった。理由はちょっとした疑心。

 いいや、それだけではない。真田自身が篠崎雨音を放っておけなかったのだ。

 今日会っただけの他人のはずなのに、そうなるのは如何なことなのか。もしも、女の子と仲良くなりたいなんて潜在意識があったのなら、きっと真田は死にたくなる。

 

(待てよ? そもそも女の子を家に上げて、風呂にまで入れ始めてる時点で――――!?)

 

 そこまで考えて、羞恥心やら何やらで思わず『ぎゃぁあああ』と叫びそうになった時、制止でもするかのようにチャイムが鳴り響く。

 自然と時計に目を移したら、時刻は午後二時を示している。まだ学校は続いているはずの時間で、真田の知り合いなんかが、来るような時刻ではないはずだ。

 ならば、宅配便――――と考えたところで、すぐに違うとそれを打ち消した。この学園都市では約8割が学生だ。そうなると必然的に、日中は家に誰もいなことが非常に多くなる。だからこそ学園都市の宅配サービスは、こぞって休日や完全下校時刻での活動が基本となるのだ。

 

(そうなると……)

 

 考えた途端に嫌な汗がぶわっとにじみでる。

 

(まさか……いや、そんなわけが……) 

 

 ぞわり。と虫が体中を這い回るかのような感覚がした。

 少女と出会い、あの男の前から逃走して、すでに数刻は経っている。ならば、その可能性は十二分にありえるのだ。

 もう一度、ゆっくりと玄関ドアの方を見る。まるでその先には猛獣、いや大きな鎌を携えた死神でもいるかのような錯覚を覚える。ドアに覗き穴がついていないことを、この時は非常に悔やんだ。

 

「…………」

 

 生唾を飲み込んで立ち上がると、玄関ドアの方へと歩いていく。

 断頭台に連れて行かれる囚人の気持ちが、何となくだが理解できる。たしかに恐怖だ。

 そうしてやっとのことで、ドアノブを掴んだ。

 

「…………」

 

 息を深く吸い込むと、意を決してドアを開ける。

 そこにいたのは――――。 

 

「うにゃーっ! サナやーん、なかなか出てこないから心配したぜい?」

 

 思わずドアを閉めた。片手で頭を抱えながら、さきほどの光景を思い浮かべる。

 率直に言うと金髪グラサンのクラスメイトが立っていた。

 

――――……えーっと、なんであいつがこんなところにいるんだ?

 

 何度も言うが、現在の時刻は午後二時過ぎである。いくらなんでも学校が終わるには早すぎる時間だ。

 はてはてあれあれ、と真田が頭を悩ませているうちに、締め忘れたドアが徐々に開いていく。

 慌ててドアを押さえれば、級友の声が朗らかに響いた。

 

「いきなり閉めるなんてひどいぜい、サナやん」

 

「そもそも一体全体、テメェはなんでこんなところにいるんだ!? 土御門ッ!!」

 

「エスケープだぜい。エスケープ」

 

 そうやって、級友――土御門元春は笑顔で、ドアを閉められないように足をすべり込ませてくる。

 まるで押し売り販売みたいだ。

 

「だから、入んなっ! 入んなって!」

 

「まぁまぁ、そんな熱くならずに――――ん? シャワー音……」

 

 一番恐れていたことに気づかれてしまった。ぎくりと表情が固まって、嫌な汗がダラダラと流れ出る。

 この土御門元春という人間、なかなかに厄介な人間なのだ。童貞をさっさと卒業したいやら何やらで不良ぶったり、女子もいるはずの教室でいきなり他のバカ二人とトンデモ論争を繰り広げたり、どうしようもないシスコンであったり。もはや何と言えばいいのはわからないレベルだ。

 もしも、この三馬鹿(デルタフォース)の一角に、真田が部屋に女の子を入れているなんてバレたら、非常に恐ろしいことになる。簡単に言えば学園生活が灰色になったりする。おもに評判的な意味で。

 しかし、慌てて弁解を述べようとした時にはもう遅い。

 

「――――サナやんが大人の階段を上った……だと!?」

 

「とんでもねー方向に話がシフトしてやがるッ!?」

 

 そんな真田もツッコミも、金髪グラサンのクラスメイトは聞いてなどいない。

 『皆に報告じゃぁぁぁあああッ!!』なんて叫びながら、土御門元春は全速力で学生寮を走り去っていく。真田はもう自身の能力でも追いつけないぐらいまで走っていくのを見て、やっと思考が追いついた。

 

――――お、終わった……。

 

 何と言うか、思わず泣きたくなった。というか今すぐ、ベランダから飛び降りて現実逃避でもしたい気分である。真田の能力のせいで、やっても意味はなさそうだが。

 

「…………?」

 

 顔を上げると、ちょうど風呂から上がってきたらしい篠崎雨音が、無言で頭を抱える真田に疑問の視線を向けていた。バスタオルを巻いただけの状態で。

 そんなラブコメ的光景を目撃しても、もはや黄昏サラリーマンな真田はただ思う。

 

――――服、買わねえと……。

 

 ぶっちゃけ、今後の学校生活のことを考えたくなかったというのが本音だったのは言うまでもない。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 薄暗い路地裏を一息で駆け抜ける。

 伝う汗は、真夏日の厚さからではない。今、後ろにひどく恐ろしい存在がいるからだ。

 

「――――畜生ッ……畜生ッ畜生ッ畜生ッ!」

 

 彼は襲撃者のはずだった。『幻想管理』を研究所から奪い、“三黒”に引き渡す。たったそれだけの仕事のはずだったのだ。しかし、今、彼は確実に奪われる側へと転じていた。

 邪魔をした厄介な羽虫の正体と、今いるであろう場所を掴んで、さぁ行こう。その時にそれは現れてしまったのだ。

 

(……っざけんなッ! ふざけんなふざけんなふざけんなァァアアアア!! 何でッ、何であんなのが来るんだよ!?)

 

 毒づきながら、曲がりざまに、“カマイタチ”を後方に放つ。

 彼の能力は、大能力者(レベル4)の《風力操作》。その中でも、抜き身でた類まれなる能力者なのだ。

 そして、それが打ち出す真空の刃は何をもってしても、止めることが出来る訳のないもの。寸分違わず、すべてを切り裂く刃。そのはずだった。

 しかし、彼は約束されたはずのその光景を見ることはできなかった。

 

「――――嘘……だろ?」

 

 全てを切り刻むはずのカマイタチは、()()()()()()()に傷一つ付けられていなかった。翼の主は、お返しとばかりに軽く翼を振るう。ただ、それだけの動作で、彼は壁に叩きつけられる。

 

「……ガァッ!?」

 

「ガァガァうっせーな、テメェはアヒルか何かか?」

 

 茶色い髪をかきながら、忌々しそうに翼の主は答える。

 学園都市が誇る七人の超能力者(レベル5)が一人――――垣根帝督。それが、それが翼の主の名だ。

 

「……なん……で……、未元物質(ダークマター)が……『スクール』が……こんな、シケタ山に……? ……しかも“三黒”を……敵に回す気、かよ……?」

 

「そうか。そういえば、テメェ等、知らねぇんだな」

 

 どういうことだ?

 そう声を漏らすこともなく、垣根帝督は続きを言った。

 

「三黒っつーのは、単なる()()だ、バーカ」

 

 意味がわからなかった。目の前の化け物の言葉の意味がわからない。

 

「その程度の奴が、この街で好き勝手できると思うか? そもそも、それがこの街の本当の裏側だとでも思ってたか?」

 

 言いながら、化け物は翼を振り上げる。

 

「ありもしない幻想に怯えてる時点で、テメェはそこまでだ。精々、冥土でいい夢でもみるんだな」

 

 直後、本当の死神の鎌のように翼が振るわれ、路地裏に酷く暴力的な音が響いた。

 

 

 

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