せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 作:主(ぬし)
だが、ちょっと待って欲しい。結末がわかっているから面白くないと言うのなら、原作のFate/zeroだってすでに結末は決まっているのだ。だけども、Fate/zeroは悔しいほどに面白い。結末に至るまでの紆余曲折に人を魅せるものがあるからだ。Fate/staynightへ収束していく前の大きくて深いストーリーがあるからだ。
僕にも同じことが出来るかは定かではないが、ネタバレがすでにされているからと言って面白くならないとは限らないのだ。お寿司食べたい。
‡綺礼サイド‡
ライダーの宝具評価———ギルガメッシュと同格である『
だが綺礼はと言えば、別の理由で心を揺り動かされていた。己のサーヴァント———アサシンが最期に見せた雄々しき姿に、焼け石を飲み込んだような灼熱を腹底に感じていたのだ。激しい炎熱は背骨を伝って頭の芯をジリジリと燃やし、精神を高揚させる。それは人並みの感情に例えれば、
アサシンが———いやさ、戦士ハサンが最期に目に焼き付けた光景はレイラインを通して綺礼にも見えていた。彼が最期に魂に刻んだのは、迫りくる王の軍勢ではなく、次の戦場で剣を交える漆黒の騎士の姿だった。
祭服の胸元を強く握り締める。火照った身体はまるでハサンの熱い血潮が燃え移ったかのようだ。今まで空っぽだったはずの胸の内で渦巻く“熱”は、一度身を任せてしまえば今すぐにでも走りだしてしまいそうな爆発力を秘めて今も力を増し続けている。
『……アサシンを捨てた今となっては———綺礼、君の力を出し惜しみしておく必要もない。ましてやセイバー陣営とバーサーカー陣営が同盟を組めば、私自身も戦場で力を振るわなければ間に合わなくなるだろう。心から頼りにしているぞ』
弟子への世辞ではない、切実な懇願だった。
セイバー陣営からの通達———『キャスターをバーサーカー陣営と討ち取った。バーサーカー陣営と重要な話があるため教会に場を設けたい』という申し出が来たことは、すでに時臣に伝えてある。アサシンを介して聞いたセイバーのマスターの話からして、同盟の話に違いない。しかもその口ぶりから察するに、バーサーカー陣営も同盟に肯定の意を示している風であった。
強力な両陣営が結託して敵に回ったら、こちらは二方面作戦を余儀なくされる。如何なアーチャーでも一度に二方面からの敵を迎え撃つのは不安だ。しかも、先の聖杯問答の際にアーチャーの心は蜂の巣にされてしまっており、ヴィマーナで闇夜にトンズラして以来消息不明だ。時臣の心労はピークに達しているだろう。
「はい。承知しております」
そんな時臣の不安を吹き飛ばすように、綺礼は意気盛んに即答した。「おお……!」と時臣の感嘆の溜息が聞こえた気がしたが、綺礼にとっては言われるまでもないことだった。
力の出し惜しみなどしていては、あの男———間桐雁夜に追いすがり、刃を交えることはできない。全力を出し、限界を超越し、さらに死力を絞り尽くさなければ高みには到達できないのだから。
通話を終えて地下室から出れば、身廊の長椅子に父、言峰璃正が力なく腰掛けていた。頭を抱えて俯く彼は、綺礼の気配にも気付いていないようだ。強靭な意思を持つ修道士であり、拳法の達人でもある璃正がここまで気落ちするのは非常に稀なことだ。肉親の情に駆られ、綺礼は父親を労うために声をかける。
「父よ、どうかされましたか?」
「ああ……綺礼か。情けないところを見せてしまったな」
「いえ、そのようなことは」
照れ臭そうに苦笑する璃正の顔には明らかな疲労が滲んでいた。ここ数日でさらに10年は歳をとったように見える。そういえば、父はもう古稀を迎えて久しい。今まで無意識に父の老いから目を逸らしていたが、疲労によって皺が際立った顔を見ていると沸々と後悔の念が沸き上がってくる。ただ己の懊悩を晴らさんと修練に明け暮れていた自分は、いったいどれほど、このたった一人の肉親に孝行をしてやれたのだろうか。
珍しく心配そうに自分を見つめる綺礼の様子に驚いたのか、璃正は安心させるように軽く咳払いをして立ち上がると気まずそうに頬を掻いた。
「息子に心配されるとは私もまだまだだな。なに、心配いらんさ。雨生龍之介の一件で少し問題が生じただけだ」
「雨生龍之介……キャスターのマスターですか?」
ライダーの話によれば、あの殺人鬼はバーサーカーによって殺されたという。サーヴァントも早々に討ち取られたのだから、聖堂教会の現地監督役が頭を抱えるような問題が生じるというのは合点がいかない。
不思議そうに眉を顰める綺礼に、璃正は深くため息を吐いて事情を説明する。
「どうやら、あの下手人は殺されていなかったらしい。冬木交番の前に簀巻きにされて放り捨てられていたそうだ」
「———殺されて、いない?」
「ああ。しかも、聖杯戦争の記憶を失っているらしい。拘束された警察病院で、『トゥ!ヘァー!』『モウヤメルンダッ!』などと気合に満ちた叫びを上げて錯乱しているそうだ。入手した診療記録によると、腹部に強烈なダメージを受けた際に呼吸困難になり、重度の酸素不足に陥ったことで脳をやられてしまったのだとか。
そんな都合の良いことが信じられるか、綺礼?間違いなく間桐雁夜の仕業に違いあるまい」
同じ結論に辿り着いた綺礼は目を見開いて絶句した。下手人ですら殺めずに警察に引き渡すという間桐雁夜の高潔な精神に驚愕したのだ。記憶を消したのは、裏で揉み消しを行なっている聖堂教会に対して“雨生龍之介に手出しは無用”と暗に伝えているのだろう。
サーヴァントと令呪を失っても、はぐれサーヴァントが出現すれば元マスターに優先的に令呪が再分配されることは“始まりの御三家”である間桐雁夜なら知っているはずだ。それでも記憶を消して見逃したのは、つまりはそれだけの余裕があるということだ。
「……教会はどうするのです?雨生龍之介を殺すのですか?」
「いや、手出しはせん。警察病院に拘束されてしまった以上、暗殺するにはひどく手間がかかる。
半ば諦め気味の璃正の言葉に、綺礼は納得して頷いた。
矛盾しているように聞こえるが、璃正も綺礼も間桐雁夜に対して一種の信頼のような感情を抱いていた。敵であるが故に相手の底なしの優秀さを思い知っている彼らは、間桐雁夜が記憶消去のような瑣末な謀りを失敗するなど想像も出来なくなっていた。
「———間桐雁夜、か。私は、彼に時臣くんと同じ資質と慧眼があることを祈っているよ」
悄然と床に落ちたその言葉は、暗に「間桐雁夜が聖杯を手にすることもあり得る」と告げているようなものだった。聖杯戦争開始時には「遠坂以外には聖杯を手に入れる資格はない」と豪語していた璃正とは思えない弱気な発言に綺礼は目を剥いた。公正かつ峻厳な性格の璃正は、もしかしたらすでに「間桐雁夜ならば聖杯を託すに値するのでは」と諦め始めているのかもしれない。
綺礼も心のどこかで理解はしていた。全ての陣営を手玉に取る知略と代行者に匹敵する戦闘力、そして悪を許さず、けれども必要以上の殺生をしない高い倫理性を持った間桐雁夜は、まさに聖杯を手にするに相応しい器の持ち主だ。
だが、理解しているからといって
「父よ、まだ勝負はついておりません!」
今度は璃正が刮目する番だった。静かな佇まいを常としていた息子が初めて見せた激情にギョッとして顔を跳ね上げる。
「私は勝ちたい。間桐雁夜に勝ちたいのです。勝たなければ、きっと私は前に進めない」
まるで初めて挫折を味わった子どものように、苦しげな表情で綺礼は続ける。
「父よ、白状致しましょう。私はずっと悩んでおりました。物心ついた時から、私にはどんな理念も、探求も、娯楽も、意味を成さなかった。熱意を覚えることが出来なかった。妻を失っても真の悲しみを感じることができなかった。ひたすら修練に明け暮れていたのは信仰のためではなく、ただ神の愛を持っても救いきれぬ虚無な己を罰するためだった。
しかし、今は違う。やりたいことが見つかった。越えたい壁にぶつかった。この身を燃やす情熱を手に入れた。私はあの男に———間桐雁夜に
「……綺礼……」
ステンドグラスを揺らすほどに張り上げられた感情の爆発に、璃正はその細目を驚愕に開いて息子を見つめた。その両肩が震えているのは、息子が内に抱えていた苦悩を知らず、彼が初めて見つけた倒したい強敵を前にして勝手に膝を屈しようとしていた己を恥じているからだ。
太い腕が綺礼を掻き抱く。綺礼はされるがままに父の肩に顔を埋めた。老人特有の加齢臭が鼻を突く。こうやって父の匂いに抱かれるのは何時ぶりだろうか。
「息子より父が先に負けを認めるなど、あってはならんことだ。私は未熟であった。
綺礼、今まで苦労をかけた。お前を苦しめる内なる葛藤に気づいてやれず、お前に父親勝手な期待という不要な重荷を背負わせた。すまなかった。
存分にやれ、私の自慢の息子よ。もはや私はお前を縛らぬ。外聞など気にせずに、お前が為したいと思うように為せばいい。私はお前の全てを受け入れる」
「———
血の繋がりを持つ肉親の言葉は、骨身を通り越して心に響く。ましてや、それが親による肯定の言葉であれば、子にとっては万の激励に勝る後押しとなる。
瞬間、綺礼は意地も尊厳も振り捨てて咽び泣いた。いつの間にか自分より小さくなってしまった老いた父親に縋り付いて涙を流した。
もしもこの場に部外者がいれば、綺礼の姿をまるで幼児のようだと思うだろう。しかし、彼が父親に抱きついて咽び泣くのはこれが
‡雁夜おじさんサイド‡
「しかし、よく出来てるな。バーサーカー、これどうやって作ったんだ?」
「ぐるる」
今の言葉は、「ハンダゴテで作った」という解釈でいいだろう。発音やトーンといった微妙な差でなんとなく意味が理解できるのだ。
「相変わらず器用だな」と呟き、俺は手元の蟲たちを突っつく。バーサーカーによる魔改造が施されたそれはグロテスクだった様相が一変している。角張った機能的なデザインと化したそれは、“虫型ロボット”と評すればわかりやすいだろうか。プラモデルとして販売すれば売れるかもしれない。
しかも、この虫型ロボットには幾つかギミックが搭載されている。
『おじさん、何か喋ってみて』
「あー、あー。桜ちゃん、聴こえるかい?」
『うん、バッチリ聴こえるよ。おじさんの顔もよく見える』
ロボットには無線型の集音器とマイクと小型カメラも内蔵されている。これらはアインツベルン城からバーサーカーが持ちだした機械類で作ったものだ。これら全部をハンダゴテで作ったというんだから驚きだ。何の資格があればこんな芸当が出来るのやら。
「さらに驚くべきは、この蟲がランクDの宝具になってるってことだけどな」
漆黒の虫型ロボットには、それぞれ一本の毛が埋め込まれている。バーサーカーの兜の
「なあ、その鬣全部俺の蟲にくっつけてくれよ」
「ぐるる!?うーごーごー!!(`;ω;´)」
「えっ、それ引っこ抜く時痛いのか?だってそれ兜だろ!?」
「うごごごご!」
兜も身体の一部とかわけがわからない。変なところで不憫な作りをしてるサーヴァントだ。
「あー!おじさん、またバーサーカー虐めてる!」
「うごご〜」
「よしよし、バーサーカー可哀想」
「虐めてないから!つーか、お前はなんで頭撫でられてんだよ!」
桜はすっかりバーサーカーに首ったけだ。幸いなことにバーサーカーにはロリコンの気はないらしく、子どものすることだと思って弁えて接しているようだからまだ安心だが、日を追うごとにヒートアップする桜の方が不安だ。
桜には言うべきなのだろうか。いずれ、バーサーカーも消えてしまう存在なのだということに。
(……いや、やめておこう。今はまだ伝えない方がいい)
幸せそうにバーサーカーにじゃれ付く桜を横目で眺め、雁夜は葛藤を胸に仕舞い込んだ。桜の容体はバーサーカーの宝具による健康食のおかげでかなり安定してきたとはいえ、まだ本調子ではない。今、余計な負担を背負わせてしまえばせっかく改善に向かっている健康を損ねかねない。
(いずれ話さなければならない時が来る。その時に、しっかりお別れの挨拶をさせてやればいい)
雁夜は心中でそう判断し、改造された蟲の運用に集中することにした。機材の関係で虫型ロボットは2つしか用意できていない。一匹は明日の正午に使うとして、余ったもう一匹は何か有効に使用したい。
「よし、遠坂の動きを探らせよう。奴のアーチャーは脅威になる。さあ、行け」
蟲の背にあるオンオフスイッチをONに入れて命令すると、羽根を羽ばたかせて瞬く間に窓の外に跳びさってゆく。スイッチが必要なのかについては雁夜はもう考えないことにしている。
残った陣営の中でもっとも恐ろしいのは、あの底知れぬ金色のサーヴァント、アーチャーだ。マスターである遠坂時臣もまだ遠坂邸から一歩も外に出ていない。よほどの余裕があるのだろう。あの屋敷の中でどのような作戦が練られているのか知ることが出来れば、それだけで大きなアドバンテージになる。弱輩の雁夜がこの戦争で上手く立ちまわるには、より多くの情報が必要だ。
「時臣……」
雁夜は未だ、遠坂時臣への感情に整理をつけられていなかった。憎しみと嫉妬は残っている。桜への仕打ちを思い知らせてやりたいという憎悪は消えることはない。しかし、大事な人たちの夫であり父親である彼には、死んでほしくないという思いもある。彼女らを悲しませる結末にはしたくない。
「俺は、どうするべきなんだ……?」
「まずは服を着替えることから始めようよ、おじさん」
「え?」
唐突な提案に隣を見下ろせば、桜が雁夜の総身をジロジロと仔細に観察していた。その後ろにはどこから持ってきたのかたくさんの服を両手に抱えたバーサーカーが桜の従者のように佇んでいる。
「おじさん、いっつも同じシャツとかパンツとかパーカー着てるけど、それ以外の服は持ってないの?」
「持ってない、けど……」
責めるような強い口調の桜に怖じながら答えると、桜ははぁ〜と大きなため息を吐いて肩を落とした。その後ろのバーサーカーも「やれやれ」と言わんばかりに肩を上げて首を振っている。
同じ服の何が悪いのだろうか。着こなしにいちいち悩まなくていいのに。
「ダメだよ、全然ダメ!おじさんはもっとオシャレしないと!」
「ぐるる!」
オシャレと聞いて思い浮かぶのは遠坂時臣の着こなしだ。いけ好かない高慢ちき男だが、高級そうなスーツに身を包むアイツの姿には同じ男として羨ましいものがある。なんというか、生まれ持った気品のようなものを感じるのだ。
「おじさんも顔はカッコイイんだから、オシャレすればもっと立派に見えるよ。ほら、鶴野おじさんが置いていった服をたくさん見つけたから、着てみようよ」
「兄貴の服はちょっと……。サイズが合わないだろうし、さ」
兄、鶴野との仲は最悪だった。間桐の家を逃げ出した雁夜と、間桐のおぞましい魔術を継いだ鶴野は互いに侮蔑のような感情を抱いていた。しかし、今になって考えてみれば鶴野は雁夜の身代わりになったのだ。もしも鶴野が逃げ出していれば、雁夜が間桐家の仮の当主として臓硯の傀儡と成り果てていた。
それに、雁夜の顔は未だ半分がゾンビのように硬直している。どんな服を着ても、その醜態は隠しようがない。やはり、醜い顔を隠すことの出来る粗末なパーカーが自分にはお似合いなのだ……。
「〜〜〜もういい!!」
我知らず暗い想念に沈みそうになった雁夜に、ついに痺れを切らした桜が激昂して叫ぶ。
「バーサーカー、おじさんを捕まえて!強制的におじさんを改造しよう!服のサイズは後で直せばいいんだから!」
「えっ?えええっ!?」
桜の命令を受け、バーサーカーの姿が瞬時に掻き消えると雁夜を背後から羽交い絞めにした。豪腕に動きを封じられた雁夜がジタバタと暴れるが、人外の力の前には意味を成さない。
「こ、こらっ!?お前、どっちのサーヴァントなんだよ!?」
「ぐるる」
「もちろん桜様のです、ってアホか———!!」
‡綺礼サイド‡
「………」
私室のドアを開けた途端、綺礼はまたもや部屋の雰囲気が一変していることに気付いた。この変質度合いは、アーチャーが勝手に入り込んで酒を飲んでいた時に似ているが、違和感の方向はまるで正反対だった。
長椅子にふんぞり返って腰掛けていたアーチャーの姿は見えず、彼がいた時は宮廷の一室のように華やいでいた雰囲気は今やどんよりと沈鬱に沈み、まるで狭い押入れの中で体育座りをしているような感覚に囚われる。
私室の変化がいったい誰によってもたらされたものか察しがついた綺礼は、浅く嘆息してクローゼットの前まで歩むと無言でその扉を開けた。私服が少ない綺礼のクローゼットにはヒト一人が屈めば何とか潜り込める程度の隙間がある。
そして現在、その隙間には背を丸めた英雄王が収納されていた。
「ギルガメッシュ。なぜ私のクローゼットの中にいるんだ?」
「……ふん、痴れ者め。時空の果てまでこの世界は余さず我の庭なのだ。我がどこにいようが我の勝手だ」
「だからと言ってクローゼットに入らなくてもいいだろうに」
そう言うと、綺礼は苦笑を浮かべてベッドの下から取って置きの酒を引っ張りだした。
どうやら、さっそくこの酒の出番が来たらしい。
綺麗な綺礼はお好きですか?